『無音』   作:閏 冬月

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皆様、ここまでお付き合い下さり有難うございます。作者として嬉しい限りでございます。
最終回的な台詞ではありますが、もう少し続きます。
そのもう少しの間だけ、この『無音』という1つの物語、楽曲に付き合って頂けると幸いです。

それでは、最終楽章の幕が上がります。
皆様、どうか聞き逃しの無いようお願い致します。






第21小節 借音とはいえ

「桜花、本当に何も覚えてないのよね?」

 

母は何度も繰り返し訊ねる。

それに対して私も何度も繰り返し答える。何も覚えていないと。

覚えている、いないの議論になっているのは約1週間前の日のことなのだ。母曰く、その日の何かがすっぽりと失くなったような感覚がしているらしい。それは私も同感である。あの日、何をしていたのか全く覚えていない。

 

「まあ、彩葉も何も覚えてないみたいだし、聞いても無駄かな……」

「あ、お母さん。例の封印具が外れてきてる」

「……、後で締め直さないとね」

 

私の能力は、妖怪の力の一部を扱う程度の能力。例えば鬼の力であるならば怪力、吸血鬼の力であれば外傷の治りの速さ。そういった妖怪にとってほんの一部の側面を私は使うことが出来る。

 

「身体の方に何か異変はある?」

「んー、少し両腕が痺れてるような感じがする」

「了解。明日にまた封印し直しやるわよ」

 

 

 

 

 

 

 

__________

 

 

 

 

 

 

 

 

博麗神社から距離はあまり離れず、裏山の中、陽友 彩葉宅。

 

「やったーーっ!!」

 

こちらでは夜にも関わらず、大きな叫びが外に漏れることはなかった。

当然のように彩葉宅内では大きく木霊する。

 

「魔理沙さん! やっと出来ました!」

「お、おう。良かったな」

 

魔理沙さんはビクリと両肩を上下に揺らし、私の声に反応した。どうやら眠っていたようだ。

私はここ4日間ほど、能力の発現を魔理沙さんに付き合ってもらっていた。

魔理沙さんは努力、霊夢さんや桜花は自然に発現するという全く違う方向の能力の発現のしかただ。先天的か後天的か。私の発現の仕方は恐らく後者。

私は至って普通の人里出身の人だ。それは魔理沙さんも一緒。私には出来ないかもしれないが、努力をしてみる価値は充分にある。

魔理沙さんは何かを掴む感覚を覚えれば、その後はとても簡単だと言ったが、始めて2日はその何かすらが私には解らなかった。魔理沙さん曰く、何か好きなことや追いかけようと思う目標を思い浮かべると分かりやすいらしい。ただ、1週間やそこらで能力がポンっと出ればそれは努力ではなく先天的なものらしい。

追いかける目標。それは私にとってはたった1つだけしかない。

3日目になれば何かを掴むことが出来た。その何か、それは私にとっていろはさんの姿だった。

そして、今日4日目、__と言うより0時を過ぎているため5日目と言うべきか__能力が発現したのだ。能力の内容は『音を消す能力』。

 

「魔理沙さん! やりましたよ!」

「喜ぶのも良いんだが……、それはお前の努力で手に入れたものではないって自覚はあるか?」

「まあ……」

 

この能力は正確には私のものでは無い。私の中に刻み込まれたいろはさんの魂が元々持っていた音。

つまりはいろはさんが私に貸し与えているようなものなのだ。

 

「先天的なものとは自覚しています」

 

魔理沙さんはそれなら別に良い! 笑顔でそう言った。

その直後、少しだけ考えたような表情を見せる。

 

「その能力って音を消すだけだとは思えないんだよなぁ。なんというか、本質がそこではないような気がするんだが……」

 

そんなことをたった今自覚したてほやほやの私に言われてもどう返事をすればいいか分からない。

そういう話はこの能力の持ち主である、いろはさんにするべきであろう。

 

そして1時間ほど経った。魔理沙さんは相も変わらずうんうんと唸っている。そろそろ強烈な眠気が私を襲う。今日は床寝でもいいかなとか思いながら意識を手放そうとすると、不意に左肩を叩かれたような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

____________

 

 

 

 

 

 

 

 

「魔理沙、分かったんだけど、聞く?」

「彩葉……、ではなく、いろはのほうか。ほんと驚くから変わる時は声かけろよな」

 

それは無理な相談だ。私が彩葉の内側にいる時は彩葉の方には一切関与は出来ない。逆もまた然り。

 

「で、何が分かったんだ?」

「私の能力の本質っていうの」

 

魔理沙は私に詰め寄る。

そしてぐぬぬぬぬ、と言わんばかりに歯をくいしばる。性格が悪いとは思われてしまうが、魔理沙や霊夢のこのような表情を見るのが好きなのだ。

普段は散々私を振り回してくる2人。その2人を手のひらの上で転がしてるような気がして、ちょっと愉快なのだ。

 

「頼む。教えてくれ」

「分かった。とりあえず一つの前提として、私が聞いたことがあるだけだから不確定っていうことで」

 

そう言うと魔理沙はコクンと頷いた。

 

「音というのは耳を通して、脳は伝えるもの。その音は鼓膜という耳の部分を震わせることで私たちは音を認識する。ここで魔理沙に質問。魔理沙は暖簾はどうやって揺らす? 手は触れないでね?」

「ん? そんなの魔法で揺らすだろ?」

「うん、才能の無駄遣いだね。それに質問した私が馬鹿だった。普通の人なら風を起こして揺らすんだよね。それと同じだと考えると、音というのは空気を伝わる何か。そして聞いたことのある内容だと、その正体は波」

 

「つまり……!」

 

魔理沙はここまで来てようやく分かったようだ。

私も多分、この話を聞いたことがなかったら何も分からなかっただろう。

 

「そう、私の能力というのは、『波を鎮める』能力ってこと」


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