『無音』   作:閏 冬月

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第3小節 あなたは今、幸せですか? 前編

「ふうぅ……」

 

私は今、暇という原点にして頂点の至高とも言えるであろう時間を過ごしていた。

外は夏真っ盛り。多分、山を下りれば暴力的な日差しが私をこんがりと焦がすだろう。

しかし、私が住んでいるのは緑が生い茂る山。

刺々しい夏の日差しは木々の葉が受け取り、柔らかな暑さに変える。そして、風鈴の音と木の葉と葉が擦れる音が私に涼しさを与えてくれる。

こんなにも夏で快適に過ごせる場所は幻想郷で、ここ以外にあるだろうか。

いや、ないだろう。いや、あった。

紅魔館。あそこは年中快適だ。

一度、咲夜さんになぜ快適なのかを聞いてみたが、エアコンという機械を使っているかららしい。

簡単に言えば、風で部屋の中の温度を操る機械だ。風というのは涼しくするだけだが、暖かくするのはどういった仕組みなのだろう。河童の人に聞いてみたいが、あの人たちは技術を絶対に漏らさないだろうし……。

 

 

しかしだ。

この家の中はエアコンとやらの機械を使わずに涼むことが出来ているのだ。

此処こそが幻想郷の最大の避暑地なのではないだろうか。

 

「まさに天国……。此処に住ませてくれた霊夢ではない、前の博麗の巫女様と偉大なる我がご先祖様に多大なる感謝を忘れません」

 

私は珍しくご先祖様に感謝した。基本的には私は過去を振り返らない主義だ。過去のこと考えるより今のことを考えよう。

それにしても霊夢も魔理沙も全く来ない。平和だ。いつもならば今の時間から、霊夢か魔理沙は遊びに来て騒いでいる。そのまま昼寝でもしようかと考えている時だった。

 

ドンドンと、他人の家の耐久のことなど、全く考えない暴力にも似た力強いノックが家全体を響かせた。

誰なのだろうか。いや、そんなことはとうに分かりきっている。

霊夢しかいない。

そのとき、自らフラグを建築していたことに気付き、自分を悔いた。過去は振り返らない主義ではあるが、流石に後悔ぐらいはする。

 

「ハイハイ。すぐ開けるからもう少し待ってて」

 

イライラしながら、鍵を開けた瞬間、

 

ガチャ

バッ

ドスッ

「グエッ!?」

 

効果音の説明。

ガチャ 鍵を開けた音

バッ 霊夢が勢いよくドアを開ける風切音

ドスッ ドアノブが私のみぞおちにきれいに入った音

 

とりあえず言えること、かなり痛い。

 

「あ、いろは。そこにいたんだ」

「ゲホッ…その前に言わ、ないといけないことがあるでしょ」

「めんごめんご」

 

その霊夢のノリが軽そうな態度に怒りがふつふつと湧き上がってきた。

その怒りをなるべく表情に表さず、霊夢のことをまっすぐ睨みつけながら何の用件かを尋ねた。

 

「あんたの家に涼みに来たのよ」

「ああ〜」

 

理解した。そして理解した私は少しだけ機嫌がよくなった。

態度をコロコロと変えるのは、霊夢や魔理沙などの破天荒な人と付き合う上でとても必要なことだ。

とりあえず、そんなことはどうでもよくて。

やはり、霊夢も此処のことを涼しいと思っているようだ。

私の同士、1人目だ。

 

「このお茶開けるわよ〜」

「えっ。いや、だめ……。って言う前にもう開けてる!?」

 

 

 

__________

 

 

 

 

完全に霊夢はまるで自分の家のように振る舞っている。

勝手に1番良いお茶を開けたし、現在進行形で人の家の冷蔵庫(ほぼ機能していない)を漁っているし。あのお茶かなり大切にしてたのに……。

 

「ん?何?この本?」

 

霊夢は冷蔵庫の中身を漁るのをやめて、本棚の中身をひっくり返していた。

そして、霊夢はある一冊の本に目がついたらしい。他の本には背表紙がついているのに、1冊だけ紐で纏められているだけの本。

その本というのは、私が1番大切にしていて、中でも誰にも見られたくない本だった。

その本の名前は、空音の音。

私の一族がずっと大切に紡いできた特別な音楽たちだ。

見せたくない大きな理由としては、その音楽たちを聴くと、半端な心構えでは精神持たない。

 

私は霊夢を止めようとするも、霊夢は適当に開いたページの五線譜の上に指を滑らせていた。

 

「やめてよ……」

「なんで?」

 

霊夢の腕を掴んだ。もう、やめてほしいから。

腕を掴まれたことに驚いた霊夢はこちらを見つめた。霊夢の私を見つめる目は完全に生気を失っていた。

 

「私は博麗の巫女だよ」

「違うの…。霊夢、あなたが壊れたら、私は誰を頼ればいいの?」

 

外で何かが割れる音が聞こえた。

そのとき、幻想郷の何もかもが

 

 

 

 

 

 

 

 

消滅した。

 

 




次回、『無音』最終回となります。
コラボはちゃんと行いますよ。

それでは。

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