「うぅ、あっ…、ぐぅ……」
夜も更け、あたりが暗くなっている中、私は布団の中で呻き声を殺す。
私の能力は妖怪の力の側面、一部分だけを扱う程度の能力。その能力を紫は霖之助さんとはまた違った、人間と妖怪の架け橋だと言った。
しかし、私はそうは思わない。私の中に、妖怪がいるような気がするのだ。そして、能力を使う度に私の中のそれは私の中を喰らっている。もし、このまま喰われ続け、自分というものを失えばどうなるのか。想像するには難くない。
恐怖はとうの昔に打ち勝ったはずなのに悪寒が走る。妖怪となるのは特段恐ろしいものではない。霊夢や紫、魔理沙に退治されるだけだから。
けれども、親友の彩葉を貪り喰らうことがなによりも怖い。
「うぐぅっ……」
誰か早く、助けてよ。
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「本当に、これで大丈夫なの?」
スキマの内部で博麗 霊夢は八雲 紫に問うた。
「なんのことかしら?」
「桜花の能力のこと、桜花自身でかなり制御出来るようにはなっているのはなっているけれど、妖怪に喰われる感覚は変わらないようなのよ」
「まあ、それはいいことね。どんなに優れた素質を持っていたとしても、己の内にある妖怪には手が出せない。それが判っただけでも私にとってはとても有意義なことよ?」
その言葉の意味を霊夢はよく知っている。それを同意した上で霊夢は八雲 紫と一緒にこの空間を形成したのだ。
しかし、霊夢は爆ぜる。
「あんたのせいで桜花は苦しんでんのよ! どれだけ苦しんでんのか分からないし、妖怪が内側にいる恐怖なんてものは計り知れない! あんたが自分の」
そこで霊夢の言葉は止まる。
自分の首元には切れ味が良さそうな刀がこちらに向けられている。この刀は処刑人のものではない。それだけはなんとなく分かる。
「霊夢、貴女は勘違いしているようだけれど私も貴女の共犯、知らなくて? この空間、じゃないわね。ここにある幻想郷の素を創り上げたのは霊夢よ。私は理想と現実の境界を少し弄っただけ。つまり、貴女がこの異変の主犯なのよ」
分かっている、と言いたい。分かっているなら、私のこの怒りは不適当なものだ。
歯を軋ませる他ない。
「そこの歪みで生まれた副産物が博麗 桜花。それが結界の楔となったおかげでこの幻想郷は安定して、完璧な結界となった。けれども」
「けれども?」
「1つ、招かれざる客がいるのよ。あの害虫を処理するのはこちら側でやるから、貴女は楔を守りなさい」
そう言って、八雲 紫はスキマの中から姿を消した。
害虫、それはなんとなく分かる。
「いろは……」
霊夢は結界を作るきっかけとなった親友の名を、完璧な結界の中に紛れ込んだ害虫となった親友の名を、ポツリ地に落とした。
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「漸く、自覚したか」
顔をすっぽりと覆い隠すような外套を着た男は寝ている彩葉の横に座り込み、起こさないように小さく呟く。
「まったく、処刑人もいちいち偽装とかかけんなよ、見つけたのに間違えたと思ったじゃねぇかよ。自分から依頼しといてよ」
彼は幻想郷の外から来た、また違った幻想郷の住人である。彼自身の能力は見たことのある能力を模倣する能力。幻想郷の外から、ここへと来ることが出来たのは、八雲 紫の境界を操る能力があったからだ。
「紫さん、性格変わりすぎじゃないか? こっちの幻想郷じゃ理知的で穏やかだったと思うんだが。まあ、今はあっち側と違うし、依頼の方優先だがよ」
朝が来るまで待っておこうと決め、隣に座り込んだ。
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「小さく小さく動き出した歯車、遅すぎるスタートだったが始まってもらえるのであれば何も文句はない。今回の異変は、博麗の巫女が主犯だから、俺も手出ししようがない」