『無音』   作:閏 冬月

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第28小節 永い時間とのお別れを

「永遠の時間って、退屈だと思わない? 次冠」

「そんな哲学的な話をするために俺を呼んだんじゃないだろ、彩葉」

 

私は日が少し傾いてきた頃に、人里の隅にある喫茶店、道草というところで幼馴染の永井 次冠と話していた。

私はなんとなく、この結界についてのことをいろはさんから聞いていた。ずっと、平和が続く幻想郷。それが霊夢さんの願い、祈り。それにはある1つの問題点があった。

ずっと平和が続く幻想郷、というのはずっと、つまり永遠に平和であるということ。なら、霊夢さんはどうやってその永遠を見るのだろうか。

もし、結界内の時間を止めるピンみたいなのがいれば、それも一応破壊しておきたい。

 

「いやいや、結構重要な話なんだよ?」

「そうには聞こえねーんだよ。まあ、俺からしたら、永遠ってのは別にいいんじゃないか? ずっと好きな人と一緒にいたい、この時間が永遠に続いてほしい、そう願った奴にはとっても嬉しい言葉なんじゃないか」

 

確かに、次冠はそういう人間なのかもしれない。

そういう精神を持つ人間だからこそ、ピン留めには相応しかったのかもしれない。

幼馴染だけれども、私は本来の幻想郷の姿というものを見ておきたい。例えそれが不可能なことであっても、いろはさんが愛し、守った幻想郷の姿を見てみたい。

 

「やっぱり、そうなんだよね。次冠ってさ」

「? お前、さっきから何言ってんだ?」

 

もう、ここからはこちらのターンだ。

次冠に手綱を握られてしまった時点でこちらの負けだ。

 

「次冠、先に言うね。さよなら」

「は?! お前何言ってんだよ! 今から死ぬような言い方しやがってよ!」

「死ぬ、か。多分次冠とか他の人にとっては死ぬことはないんだと思うよ。私みたいな変な存在じゃない限りは」

「お前はお前だろうが! 変な存在じゃないだろうが!」

 

テーブルの上に置かれていたミルクティーとコーヒーが大きな波を立てる。その振動は外には漏らさない。

こういう時に使うことが出来る、いろはさんの能力、「波を鎮める程度の能力」。

本来ならば、こんな使い方ではないのだろうが。

 

「お前がどんな状態に陥ってるのか知らねえがよ、俺はお前のことを思ってんだよ! だから、話せよ」

 

ああ、やっぱり、ピン留めであったとしても、私が長い時間を共に過ごした幼馴染、永井 次冠だったのだ。

だから、壊したくない。あくまで今回、いや、これからずっと先まで彼と会うことはない。

 

「ごめんね、次冠。何があるのかは次冠には話せない。それに、これは誰にも話すことができないことなんだよ」

「なら、俺だけに話せ」

「それも無理。信頼していないっていうわけじゃなくて、もう、引き返せないし立ち止まることもできない。だったら、私は進む道を選んで行く。もう、他の運命に繋がる道は閉ざされたんだ」

「どういう、こと、なんだよ……」

 

次冠は涙を流し始めた。

彼と一緒にいた時間はあまりにも長い。私にだって、次冠とお別れしたくない。だから、せめてこういう風にお話をしている。

 

「次冠、ごめんね」

「謝るなら……、説明してくれよ……。なら、まだ諦めがつくっていうのによ……」

「次冠」

「なんだよ」

 

呼び声に反応し、次冠は顔を上げる。

どんなに頑張って踏ん張っていたとしても、子供の精神。今すぐにでも、崩れそうな表情をしていた。

 

「なんだって言って…?!」

 

私は次冠の唇に唇を重ねた。

喫茶店内には、暇すぎてお会計を支払うところで寝ている人しかいない。

静寂が流れる。静かに、閑かに。

 

「それじゃあ、ばいばい、さようなら。次冠。会うことはもう、ないよ」


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