『無音』   作:閏 冬月
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第30小節 親愛なる

ずぶり、と処刑人の刀は八雲 紫の左胸を確かに貫いた。

認識の境界は弄られていない。いや、そもそも処刑人の存在には境界がない。そこに見える風景、そこにある空間と同じなのだ。もし、彼女が本物であるならば、彼のことをよく知っているはず。しかし、必死に境界を探っていた彼女は。

 

「時繰異変時、すり替わった」

「すり……?」

 

彼女は一生懸命頑張って、不思議な表情を浮かべた。どうやっても、処刑人から逃れることは出来ないと悟りながらも、今出来る精一杯の抵抗だ。

 

「あのときのよく分からない二体の妖怪の処刑、あれは異変を起こした者たちとして、処刑をした。しかし、そのときにお前は八雲 紫にすり替わった。判断材料は2つ。1つ目は八雲 藍を呼び出さなくなったこと。2つ目が1番の判断材料だが、八雲 紫は破滅を望まない。しかし、お前はそれを求めた」

 

彼女は目を伏せ、諦めたように溜息をつく。そして、処刑人を見つめて問う。

 

「そこまで分かっていたんなら、さっさと私を処刑した方がよかったのでは?」

 

表情の見えない、顔のない処刑人はゆっくりと横へと振る。それはお前の思い込みだと。それは、この幻想郷を破壊しようとしたお前の思い込みだと。

 

「八雲 紫はこの幻想郷を救おうとする。博麗を逃さないため、願いを叶える。だから、八雲 紫を処刑せずに意識を絶った。お前はこの語られてはいけない異変に必要な駒。お前に役割を課す」

 

そう言って、処刑人は八雲 紫もどきの胸から刀を引き抜いた。処刑人が施した断絶は、生と死の断絶。

 

「なにかの妖怪の精神体。お前は博麗 霊夢を足止めし、時間稼ぎをしろ」

「了承する、けれども1つ質問。貴方は何故私を使うのかしら? 私ではなくても他の実力が拮抗している、花の妖怪や竹林の月人を使えば、その件は楽になるのでは?」

「まだ、思い込みが残っているのか。いや、これは仕方のないことか。この幻想郷は博麗の巫女と妖怪の賢者が創り上げた結界。その中にいる妖怪は意識が統一され、ここは以前から全く変わらない幻想郷として認識されている。計画を言ったところで無駄だ。ごく稀ではあるが、お前のようなイレギュラーが意図的に生み出される」

 

幻想郷を支配するか、壊そうとするような存在を退治することによって、この幻想郷は永遠に続いていくことを悟られないようにするため、と言葉を続ける。

八雲 紫もどきはもう1つ、疑問を口にした。

 

「何故、私を処刑しないのかしら?」

 

これに対しても、首をゆっくりと振り、嘆息する。

 

「目的が合致している」

 

これ以上分かりやすい説明があるかと言いたげに、処刑人は背を向ける。

 

「ありがとう。それじゃあ、死んでくるとするわ」

「手向けとして、生と死を断絶している。せいぜい、永遠に死に続けろ」

 

その言葉を放つと、八雲 紫もどきはスキマの空間へと消えていった。








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