『無音』   作:閏 冬月

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第3小節 奏でる、あの音

博麗神社の裏山にあるという家に向かって、私こと陽友 彩葉とその友達の博麗 桜花は登山をしていた。

裏山の中は、残暑が厳しい秋でも木漏れ日により暑さが大分軽減されていた。

ここに住んでいた『空音 いろは』という人はとてつもなく頭が良かったのだろう。

さっき変人とか思ってましたごめんなさい。

 

「ねえ桜花ー。いつまで歩いてるの?そろそろ足が止まるんだけど」

「うーん。お母さんが言うにはもうそろそろのはずなんだけどな〜」

 

さっきから、同じところをぐるぐると回っているような気がして、不安だ。

霊夢さんに案内を頼んだ方が良かったと思う。

 

「あ!あったあった!」

 

そこにはちゃんと家があった。

自分が考えていたのは、小さい掘っ建て小屋を想像していた。

普通の家だ。

 

 

 

なんだか、懐かしい…ような…。

 

「彩葉ー?どうしたの?」

「…。あっ!ごめんごめん。ボーッとしてた」

 

懐かしいというのは多分勘違いだろう。

こんなところに来たことも見たこともない。

 

この時、彼女は自分の前世の記憶がうっすら呼び起こされたのには、当然気付くわけもなく、ただの勘違いだろうと処理した。

 

 

 

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「へぇ、こんな裏山とかいう変なところに住んでるんだし、住んでる人は変人だと思ってたんだけど、普通の人なのかなぁ?」

 

桜花は手を頭の後ろに回して、そんなことをぼやいている。

初めは私もそう思った。

家の中を見ている限り常識人なのだろう。

 

「ねえ桜花。この家に住んでる人って……」

「もういないよ」

「この幻想郷に?」

「ううん。この世に」

 

亡く…なったのか。

そう私が認識すると、桜花は私の顔を覗いて来た。

 

「どうしたの?彩葉。さっきからボーッとしてたり、顔色が悪かったり」

 

 

 

桜花に心配されるほど、私は顔色を悪くしていたのか。

全く意識なんてしていなかった。

いや、顔色なんて意識して操作できない。

 

「ううん。なんでもない」

 

桜花の心配を拭うため、精一杯の作り笑顔を桜花に見せた。

 

 

ガチャ

 

 

扉が開いた音が聞こえた。

この家に誰かが入ってきたのか。

 

「彩葉。そこの角にいて」

 

桜花がそう言ったので、私は素直にその指示に従った。

桜花は臨戦態勢を整えていた。

 

トントントンと足音が近づいてくる。

 

トントントントントントン

 

「いやぁ、やっぱここって迷うな〜」

 

この声は聞き覚えがある。

この明朗快活な声の持ち主は、

 

「「魔理沙(さん)!?」」

「おおっ!?桜花に彩葉、なぜここに?」

「魔理沙こそなんでここに?」

 

 

 

〜少女達説明中〜

 

 

 

魔理沙さんはこの家の前の持ち主、『空音 いろは』さんが死んでから、ずっとこの家の管理をしているらしい。

管理をしている理由の一つは、むしゃくしゃしたときにここに来ると、彼女の音が聴けて落ち着く。だそうだ。

 

「ふーん、魔理沙ってそういうところあるんだ〜」

「まぁな、あの頃の私たちにとっては珍しい普通の人間の友達だったからな」

「普通の人間……」

 

霊夢さんや魔理沙さんからその人の話を聞いている限り、普通の人ではない気がする。

『無音』

という名の異変を起こしたらしいし。

そして、桜花の目には嫉妬の色が見えている。

 

「なあ、彩葉。お前だったらあいつの音、奏でられんじゃねえか?」

「え?いやいやその人の音ってその人だけの音なんだから弾けないよ」

「大丈夫だ。お前はどことなくあいつと似てるからよ」

 

そんな魔理沙さんの無茶ぶりに困惑していると、右から肩を叩かれた。

桜花だ。

 

「彩葉ー。座ってていい?足疲れた」

「あ、うんいいよ」

 

 

「あいつの音って『無い音』なんだからよ。ま、その『無音』があいつらしいというかあいつなんだよなぁ」

 

魔理沙さんは私に奏でさせようとしている。

諦めてくれないかなぁ。

 

「やればいいんですか?」

「おう!」

 

私は、家の中にあったピアノの前に立った。

空音 いろはさんの音。

無い…音。

 

お願いです。空音 いろはさん。今だけでいいんで貴女の音を貸して下さい。

 

そのとき、何かが私の中で思い起こされた。

 

 

 

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無音にも感情がある。やろうと思えばこの幻想郷から音を一時的に消せる。

やってみよう、私にしか出来ない音を、この私の想いをみんなに届ける。

一時的に音を消す。その『一時的』は、私の曲が終わるまで・・・。

 

届け、この想い旋律に乗せて。

 

 

 

_____________________

 

 

 

 

届け、この想い旋律に乗せて。

 

とりあえず、頭の中に浮かんだメロディを奏でてみた。

いや、奏でてはいない。

だって、音は無いんだから。

 

 

パチパチと拍手をされている。

拍手しているのは当然、魔理沙さんと桜花だ。

 

「お前、本当にすげえな。やっぱいろはの生まれ変わりなんじゃないのか?」

「違います」

「彩葉、音楽はよく分かんないけど凄かった」

 

魔理沙さんの言葉に否定をいれ、桜花の言葉に少し照れくさくなった。

 

 

 

バタン!!

 

 

 

「おっす!霊夢じゃないか!どうしたんだ?」

「ハァ…ハァ…。いろは…じゃないのね」

 

霊夢さんは息を切らしながら入ってきた。

どうやら、私が発した音(奏でたじゃないし、どう言えばいいんだろう)を聴いて、全力で来たらしい。

 

「そういや、お前だけだもんな。あいつの最期を見たのって」

 

全員の空気がどんよりとしてきた。

そこに、桜花の声がその空気を破った。

 

「ねえ、帰らない?」

「そうね。桜花に彩葉ちゃん、帰るわよ」

「じゃあな」

 

 

 

_____________________

 

 

 

 

「ねえ彩葉ちゃん」

「はい?」

「今度、私にも聞かせて。あの音。あと、あなた自身の音を」

 

 

 

「……はい」

 

そのときの霊夢さんは、泣いていないけれど、泣いているような哀しい顔をしていた。


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