目高箱と幽波紋!!   作:人参天国

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 さて、ここでBGMをひとつまみ……
 アイヤイヤイヤーイ



第二十三話:超生物

 

 

「さて、阿久根くんも古賀ちゃんには勝てなかったってことで、覆面はこのままにさせてもらうぜ」

「くっ、すみません真黒さん! 俺の覚悟が足りなかったばかりに……!」

「いやいやいや、今更言うのもなんだけど一高校生が負傷覚悟で勝とうとする方が無茶苦茶だから。

 それよりさっきのパンチを受けた脇腹が心配だ。診せなさい」

 

 真黒が高貴の服を捲り上げると脇腹に痛々しい青痣ができていた。

 しかし診察する限り、内臓も骨も無事のようだ。高貴がコンクリートより丈夫というわけではないなら、これもいたみの手加減によるものだろう。

 

「凄いな……あのパワーで暴れていながら、しかし実に繊細な力加減をしている。改造の際に膂力だけでなく精密性も重視している証拠だ。いや、もしかして精密動作性と言うべきかな?」

「ふん……古賀ちゃんお疲れ、超痛かったろ」

「そりゃまあ泣きたいほど痛いけど、覚悟はしてたから大丈夫! ふんっ(ガコッ)……っ()ーぅ!」

「(……案の定というか、まるでプラモデルみたいに関節をはめ直したな)」

「ほい、いつもの」

「ありがとー! ぐびぐび……うーんやっぱりチョコ味おいしー!」

「く、くじらちゃんそれは?」

「くじらじゃねえ名瀬夭歌だ。ちなみにコイツは俺様特製の改良版デ〇ド〇ンドリンク(エネルギー飲料)さ」

「疲労対策も取っているわけか……」

「そりゃそうだろ。ネタ晴らしすると、今の古賀ちゃんが全力で()()()()()()()()のはたった五分が限界だからな。なるほどこれは確かに紛れもなく弱点だぜ」

「……え、ちょっと待てよ名瀬さん! 全力稼働!? ()()()!?」

「おいおい、まさか持続力まで確保しているのか?!」

 

 たった五分と言うが、その五分間全力で動き回れるとなると話が変わる。

 

「一流の短距離走選手でも、全力で走り続けられるのは数十秒が限界だ! 俺だってペース配分しなければ五分なんてとても持たない!」

「というか長時間の全力は人体構造的に細胞のエネルギーが足りなくなる! 本当に全力で五分動き続けられるなら、それはもはや弱点じゃなくて長所だ!」

「どうやらアンタの予想を上回ったようだな! まあ無理もないな。奏丞(アイツ)のことを一番理解しているのは俺だからこそ! これくらいの強化は当然というわけだ!

 俺は上! お前は下だ!!」

 

 そう言って夭歌は高貴と真黒に背を向け、いたみもその後に続いた。

 

「どこへ行くんだくじらちゃん!!」

「だから俺は名瀬夭歌だって。どこって決まってるだろ。残りの生徒会メンバーを潰しに行くんだよ。幸いあの化け物はまだ遠くの部屋にいるみたいだから、状況がわかっていない今の内に罠にかけさせてもらうぜ」

「そんな……めだかさんは君の妹だろ!? 姉妹同士で争うなんて!」

「そんなことはさせないぞくじらちゃん!!」

「だーかーらー妹でもくじらでもねーって!

 まっ、この部屋の出入り口は閉じさせてもらうし、せいぜいゆっくりしてきゃいい。別に天井とか床の穴から出て行きたいなら(ズン……)あ?」

「……今なんか揺れた? 地震かな?」

「いや、何か(ズン)おいなんか音が近くないか?!」

「……お兄ちゃんに対してお前呼ばわりはイケナイなぁ」

 

 真黒がニヤリと笑う。

 

「!! てめえまさか!」

「なーに、手間を省いてあげただけだよ、くじらちゃん!!」

「俺をその名で呼ぶんじゃ(ズンッ!)くっ?!」

「嘘でしょ!? 全部屋防音処理してるし距離も離れてたんだけど?!」

「だけどまさか! それでもなお誰かの声を聞き逃さない人と言えば!」

「執拗に大声でその名で俺を呼び続けたのは!」

 

 ズガァン!!

 壁の一角が吹き飛んだ!

 

「お兄ちゃんの上に立とうなんて百年早い」

「こんの()()()()ィ!!」

「今、くじらという素晴らしい名が聞こえましたが……あ、くじ姉だ」

 

 黒神めだか、参上!

 コンクリの壁を破壊するという信じられない力業で、最短距離でこの場へ駆け付けた!

 

「ご無沙汰しております、お姉さま! お会いできてとても嬉しく思います。

 覆面する程シャイなところはお変わりないようですが、よければその包帯を解いてお顔を見せていただけませんか?」

「ようやく兄貴と呼んでくれたねくじらちゃん。さあ次のステップはお兄ちゃん呼びだ。恥ずかしがらずに言ってごらん!」

「……………………はぁ~~~~」

「お姉さま、ため息をすると幸せが逃げると言いますよ」

「……人をイラ立たせるのがうまくなったな馬鹿妹」

 

 長ーい溜息の後、夭歌は……否、くじらは顔の包帯を解いた。

 くじらの素顔は高貴だけ完全に初見となるが、兄妹と見比べてみると確かに、整ったその顔がよく似ている。

 

「名瀬夭歌と名乗られていますが、覆面の時はそう呼ぶべきですか?」

「……もーいいよ、好きに呼べ」

「それは嬉しい。ではこれまで通りくじ姉と呼ばせてください。

 さて、せっかくの再会ですのでお聞きしたいことがいくつもあるのですが」

「…………」

「まず、お姉さまはなぜこの様な計画に参加されているのです? あなたは自らの不幸をバネに成長する素晴らしい方でしたが、他人を犠牲にするようなことはしなかった。

 まあ一名を除きますが」

「……それを言うならそこの変態兄貴が先だろう。フラスコ計画前統括者だぞ。妹が全てと言いつつ自分の趣味でフラスコ計画に参加してたんじゃないのかよ」

「それは確かに。お兄様、事と次第によってはお兄様を包帯まみれにしますが、実際のところどうなのですか?」

「おいおいお兄ちゃんを疑うのかい? 信用ないなあ。僕の原動力は今も昔も変わらず『妹』だけだよ。フラスコ計画自体ははっきり言ってどうでもよかったさ」

「は? アンタあんだけノリノリで研究成果残してるじゃねーかよ」

「へえ……ならやっぱり今の統括はくじらちゃんか。まあくじらちゃんなら僕の研究を満遍なく引き継げるだろうね。

 まあそれはいいとして、僕が参加した理由は三つある。

 一つ目は、いずれ愛する妹達が入学するであろうこの学園で胡散臭い計画が進んでいたこと。お兄ちゃんとしては当然、君達に害があるか確認する必要があった。実際当時の計画はヒジョーに悪影響のありそうな、物騒で無意味な計画だったよ」

「……フラスコ計画が今の形になったのは兄貴の考えらしいな」

兄妹(ぼくたち)に都合の良い形に変えさせてもらった☆」

「……兄上様はやることがおっかねェな」

 

 フラスコ計画に期待をしている都城達がこれを聞いたらと思うともはや哀れになってくる。

 計画の成果は間違いなくあるのだろうが、根底にあるのが真黒の妹愛と知れば、真黒をタコ殴りにしても許されるだろう。

 

「二つ目は、くじらちゃんなら箱庭学園に入学したら計画に参加するだろうと思ったからだよ。でも運動神経が残念なくじらちゃんがまさか特別体育科(ジュウイチ)として入学してくるとは、流石に予想外だったな」

「……お兄様、くじ姉との接触は控える約束だったのでは?」

「先にフラスコ計画にいたのは僕だし、くじらちゃんから接触して来る分には構わないよね♪」

「当たり屋かよこいつタチわりぃ……」

「そして三つ目はたぶんくじらちゃんと同じさ」

「ああ?」

「奏丞くんの能力を僕なりに解析するために、ちょうどよかったからね」

「!」

 

 なるほど確かにくじらと同じだった。くじらにとってもフラスコ計画に参加するメリットはいくつかあり、その内の一つが奏丞の能力を調べるのに都合の良い環境だったということがある。

 

「そして、僕の研究成果は全てくじらちゃんに渡す準備ができている。彼はなるべく秘密にしたいだろうけど、妹以上に優先される事柄はない!

 だからこの後軍艦塔(ゴーストバベル)を訪ねて来てよ。流石に普段からデータを持ち歩いてるわけじゃないからね」

「…………」

「いつだって僕は愛する妹達のことを考えているのさ」

「……ありがとうお兄ちゃんっ!」

「妹よっ!」

 

 真黒は嬉しそうに、胸に飛び込んできたくじらを強く抱きしめた。高貴はそれを兄妹愛のある美しい光景と思って見ているが……くじらの性格をよく知るめだかといたみは、しらーっとした目でそれを見ていた。

 案の定、真黒はくじらが自身の背中に回した手のあたりでチクリと刺す感触を覚え、途端に力が入らなくなり崩れ落ちる。

 

「なっ……え……!?」

「……いや別によ。兄貴の話を疑うわけじゃねーんだ。なんなら放課後にでもデータは貰いに行く。でも今兄貴は邪魔なんだよなァ~」

「……お姉さま、兄貴に注射したのは何ですか?」

「安心しな、即効性のただの筋弛緩剤だよ。不肖の兄貴とはいえ、負傷させるのは哀れだからな」

「しょりゃにゃいよ~ふひらひゃ~ん……」

「ええ、安心しました。しかし、邪魔と言うのであればつまり」

「ふっふっふ、こーゆーことだよ」

「!」

 

 くじらを背に隠すように、いたみが割って入って来た。

 

「姉妹水入らずのところ悪いけど水を差させてもらうよ! 私は名瀬ちゃんの実験動物(しんゆう)、二年十三組・古賀いたみ! よろしく生徒会長さん!」

「……こちらこそよろしく頼むぞ古賀二年生! くじ姉がボッチにならずに済んだのはあなたのおかげと聞いている。色々と誤解されやすいタイプの人だから、今後もくじ姉の良きご友人でいてほしい……が、察するにあまり呑気な話はできないようだな?」

「まあね? あいにく、私達のフラスコ計画は続行中なんだよーん! 当然、黒神めだかの研究もね! ハァッ!!」

「むっ、やはりこの拳速、このパワーはッ!」

 

 いたみが殴りかかり、めだかが迎え撃つ。どちらもコンクリを容易く砕くパワーを持つ者同士、互いに一歩も引かない攻防を繰り広げ始めた。

 

「これは……! 予想通り、貴様強いなッ!」

「そっちも生身のわりにはね……!」

「気を付けてくださいめだかさん! 彼女は名瀬さんによって全身改造された改造人間! 膂力だけでなく異常な関節駆動域や桁外れの回復力を持っていて、精神力も並じゃありません!」

「おいおいネタバレなんて無粋だぜ高貴くん。人の秘密を晒し上げるなんてヒドいヤツだぜ」

「白々しいことを……そう言う名瀬さんは秘密にし過ぎてさっきのめだかさんの質問にも答えてないんじゃないかい!?」

「おっと、これはうっかりしてたぜ。一本取られたな柔道だけに!

 おーい妹。なんで俺がフラスコ計画に参加してるか聞きたいかーい?」

「ええ……くっ! ……もちろんです! 聞かせてください!」

「(苦戦している!? 『十三組の十三人(サーティン・パーティ)』最強の男すら一方的に降しためだかさんと真正面から殴り合える人がいるなんて!)」

 

 『旧破壊臣』『柔道界のプリンス』である高貴をして、恐るべきインファイトの応酬だった。過剰反射神経を持ち、音速で動けるはずのめだかが今、ようやく互角に戦えている。

 高貴がいたみと戦った際は手加減されていたことがよくわかった。

 

「まー生徒会長殿は今お忙しいみたいなんで手短に答えてやるとするぜ。

 俺が他人を犠牲にするような計画に参加した理由。こーして正体がバレてまで計画を続ける理由。実の妹と大親友が争う悲しい状況を止めない理由。それは……」

「――それはッ?!」

「……その方が『捗る』からに決まってんだろ!! やっちまえ古賀ちゃん!!」

「まっかせてー! おりゃあああ!!」

「くっ、はあああッ!!」

 

 いたみとめだかのハイキックがぶつかり合う。

 ガツンッ!! と、まるで屋上から岩でも落としたかのような重く、鈍い音が互いの足から響く。

 

「(地下一階(めいろ)の時から思いっぱなしだが、人体がこんな音を出していいものなのか?! めだかさんも古賀さんも強烈だが……しかしパワーで拮抗するならテクニックで勝るめだかさんに勝機があるはず!)」

 

 体勢を立て直したいたみが、めだかにラッシュを仕掛けた。

 

「本気で行くぞぉ! フルパワー、百パーセント中の百パーセントだ!!」

突き(ラッシュ)の速さ比べか! よかろう!」

「ウリアアア!!」

「そらそらそらァ!!」

 

 ガンガンガンガンガンガンガンガン

 

 両者の拳の凄まじい連打がぶつかり合う。高貴自身、あの中に入れば二秒でミンチになると確信する程の迫力だ。しかしめだかさんなら!

 そんな高貴の思いとは裏腹に徐々にめだかの顔が苦しげに歪んでいき……

 

「無駄ァ!!」

「ぐはッ!」

 

 ついにめだかがぶっ飛ばされた!

 

「あああっ、め……めだかさんがッ! パワー負けしたぁ――ッ!?」

真に恐るべきは(ひんにおほるへひは)くじらちゃんの改造力(ふひらひゃんにょひゃいしょーよく)……!」

「真黒さん全然言えてません!」

「名瀬ちゃんの科学力は世界一イイイイ!! 宇城くんの能力を基準にイイイイイイイ……この古賀いたみの身体の力は作られているのだアアアア!!」

「ポチっとな」

 

 くじらがリモコンを操作すると、いたみの両サイドの床から何かがせり上がって来る。

 伏せた鋼鉄の獣のように横たわり、しかし無骨な殺意を溢れさせているそれを、いたみは両手に取った。

 もはや悲鳴のような声を高貴は出す。

 

「ミッ、ミニガン!? しかも()()()!!?」

「くらえ黒神! 一分間に六千発の麻酔弾を発射可能! 一発一発の弾丸がお前を眠りの世界(常人ならフツーに肉が抉れて永眠するけども)に(いざな)うよ!!」

 

 いたみは宗像形のような暗器術は使えないため、ミニガンを隠し持つことはできない。しかしいたみのパワーであれば彼にはできないミニガンの片手持ちが容易にできる! つまり彼以上の殺意が表現可能なのだ!

 

 ドババババババ!!!

 

 二丁のミニガンが火を噴いた!*1

 

「あーはっはっはー!!」

「ああ、めだかさんが弾幕に蹂躙されていく……!!」

「……いや違う(ひやひはふ)!!」

「……な、なんだと!?」

 

 真黒が初めに、続いてくじらも気付いた。

 

「はあああっ…………!!」

 

 めだかが目にも止まらぬ速さで腕を振るい、その手刀でもって弾丸を切断している!!

 くじらが目を剥いて叫んだ。

 

「バ……バカな! やつの武器は手刀……弾丸をはじくならともかく高速回転運動する弾丸*2を切断するのは不可能なはず!」

 

 ブゥゥ――ン、と、小さく唸るような異様な音がどこからか聞こえてくる。全員がその発生源を探し、視線がめだかの手刀に行き着いた。

 

「なんだあの音は! なぜめだかさんの手刀が唸るのだ!」

 

 弾を撃ち尽くしたいたみに、手刀を携えためだかが突っ込んで来る。

 

「きたきたきたきたきたきたきた――っ!!」

 

 いたみはめだかがすれ違う瞬間目撃し、理解した。めだかの手刀の秘密を!

 

「こ……この音は!」

 

 めだかの手刀はただの鋭いカッターではない!

 震えていた! 高速で震えていた!

 超音波が生み出すような細かい微小な、しかも鋭い振動で手刀を震えさせていたのだ!

 その振動一回一回が空気を叩き、めだかの手刀があたかも音を発しているように聞こえたのを理解した!!

 

「ま……まだ勝てない!」

 

 めだかが手刀を振るい、いたみの横を通り抜ける。いたみの手にしたミニガンが銃身半ばからズルリと断たれ落ちた。

 

「今の私の能力では、今の名瀬ちゃんの科学で……は……」

「古賀ちゃん?!」

 

 糸が切れた人形の様に、いたみが膝から崩れ落ちる。すぐさま駆け寄りたいところだが、目の前に立ち塞がる妹がそうはさせない。

 

「あの倒れ方は……『脳震盪』か?! まさか、高速振動する手で触れて古賀ちゃんの頭を揺らしたのか! 超音波カッターなら一秒で何万回と振動するが、仮にその勢いで揺らされたのなら流石の古賀ちゃんも立ってはいられない!」

「恐るべき相手だったぞ古賀二年生! 私の切り札その二『黒神微振動ゆすり』を使うことになるとは!

 人前ではマナーが悪いからあまり使いたくなかったのだがな!!」

「いやお前人間じゃねーよ!!(技名ダサッ)」

「う、うおおおやったぞめだかさん!!(技名ダサッ)」

僕の妹はどこまで化物になる(ほふのひほーほはほこあへはへほほひはう)!?(技名ダサッ)」

 

 原作をも超える圧倒的戦闘力! これこそがこの世界における究極の生命体(アルティミット・シイング)黒神めだかである!

 ……なお、これでも一応、たぶん、想定では、おそらく人間なので、あしからず。

 倒れ込んだいたみも気絶したわけではないようで、立ち上がろうともがいている様子だが、くじらの見立てだとおそらくすぐには立てないだろう。

 

「(古賀ちゃんの復活にはもう少し時間がかかるか。脳みそへのダメージは対策しにくいんだよなー……

 しっかし強くなり過ぎだぜ我が愚妹。お前もうちょっと人間としての自覚を持てよ。今のお前ならドラゴンボールでもいくらかやっていけそうだぜ……)」

 

 ちょいと鍛えられ過ぎている気はするが、とはいえそれ自体は想定内。腕っぷしは強いに越したことはない(まあ強さが裏目に出る敵も世の中にはいるかもしれないが……)。

 しかし当初の予定はあくまで球磨川対策の精神面強化だ。()()()()()()()()()()もあり、ぜひ実験……もとい使いたい薬品があるが、さてどう投与したものか。

 だがそうこうしている間にも、めだかがくじらの目の前に立ってしまった。

 

「さてお姉さま。決着もついたことですし、降参していただけると話が早いのですが」

 

 めだかの目を見る限り、特に敵意は感じない。感じないが、相手は身内にも厳しいめだかだ。くじらが降参しないと言ったところで「そうですか。それでは続けましょう」とブッ叩かれるのは目に見えている。人並な身体のくじらなら高確率で死にそうだ。というか普通に死ぬ。

 くじらは両手を挙げた。

 

「……おっけー降参だ。負け負け! 俺達の負けだよごめんなさーい! ほれ、これが俺と古賀ちゃんの研究データだよ。この通り二人分くれてやるから許してね☆」

「…………」

「……なんだよなんか言いたげなその顔。潔く負けを認めてんだろ?

 それともよく頑張ったねって頭撫でてほしいのか? 勝者の要求ってんなら敗者としてやってやるが」

「……そうですね、それは実に魅力的な提案だと思いますよ」

「かーっ、お前もまだまだこど「ただ」あ?」

「その裾に隠している注射を私に刺すつもりであるなら止めておいた方がいいですよ。古賀二年生との戦いで反射神経を全開にしたばかりですので、()()()()()()()()かもしれません」

「…………ほんと可愛げがないヤツだなまったく」

「さ、その薬も渡してください」

「チッ……ほらよ」

 

 めだかは受け取った注射器を観察してみるが、何の薬かはわからない。

 

「……これは何の薬ですか? 先ほど兄貴に注射した筋弛緩剤とは違う薬のようですが」

「何ってそうだな……言うなれば『成長できるかもしれない薬』ってとこだな」

「……ふむ」

「せ、成長できる()()? なんだそれは。そんな得体の知れない薬をめだかさんに打ち込むつもりだったのか?! いったいどういうつもりで……!」

「……おいおいそのアンプルはまさ(ほいほいしょにょはんふるはましゃ)ぶへっ?!」

「おーっとお兄さん黙っててねー♪」

「古賀さん!? もう復活したのか!?」

「まあね! せっかくの姉妹の語らいを邪魔しちゃダメダメ!」

 

 真黒が自身の異常(アブノーマル)で解析した答えを言おうとしたが、脳震盪から立ち直ったいたみが背中に飛び乗り、真黒の口を塞いだ。

 その様子をチラリと見ためだかは特に心配することもなく、くじらに向き直る。

 

「……人が薬一本でそう簡単に成長できるわけがありません。できないからこそ、お姉さま達はフラスコ計画を続けているはずです」

その通り(Exactly)。お察しの通りフラスコ計画、恥ずかしながら未だ過程だぜ」

「つまりこの薬自体が成長をもたらすのではなく、この薬によって発生する『状況』こそが成長の要といったところでしょうか」

「なるほどなるほど、それで?」

「これ以上の私の戦闘力はお姉さまにとっては過剰でしょう。ならば力以外の面での成長を促そうとしていると考察します」

「うんうんだから?」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「…………」

 

 くじらの返答はニヤッと笑うだけだった。

 

「あやつが私や善吉の危機に駆け付けない理由を考えた時、一つ思い浮かんだ理由がありました。

 『それが私達のため』であることです。

 だとすればそう説得したのはお姉さまであり、奏丞はそれを信じたのだと思います」

「……だったらどうする、妹よ?」

「敬愛するお姉さまと、心配性な幼馴染を信じます(プスッ)」

「!」

 

 そう言ってめだかは自分の腕に躊躇なく注射器を刺した。

 

「これが二人からの『試練』ならば! ()()は乗り越えてみせましょう!!」

 

 力強く宣言しためだかは直後に頭痛を感じ、大きく身体がよろめいた。

 くじらの口角が更に吊り上がり、見る者がたじろぐような魔王的スマイルを浮かべる。

 

「ひゅ~っ! 名瀬ちゃんの妹だけあっていい『覚悟』してるね!」

「めっ……めだかさん! なんてことを! それが本当に良いモノかなんてわからないんですよ!? あなたはいつもそうだ! 誰の言うことでも簡単に鵜呑みにして……十中八九それは罠です!」

「……ふふ……阿久根書記。貴様の言うこともまあわからんではないが。たとえ百億人から一兆回騙されたところで、私は好きな人達を疑ったりしない、よ……」

 

 そう言って、ついにめだかは倒れてしまった。

 

「めだかさん……あなたって人は……! 名瀬さん! 聞いたか今のを! めだかさんは君をこんなに信じてくれたんだぞ!! そんな彼女にいったい何を打たせたんだ!?」

「おいおい落ち着けよ高貴くん。まるで毒でも打ったような言い草だけど安心しな。心療内科とかで普通に処方されてる普通の薬だぜ」

「俺は何を打たせたんだと聞いているッ!」

「うー、おっかねえ。そんなに知りたきゃ兄貴に教えてもらいな」

「しゃっひにょありぇあ」

「……いい加減何言ってるかわからなくて鬱陶しいな。古賀ちゃん、これ注射してやれ」

「あいさー♪」

「今度は何を!?」

「筋弛緩剤に対するただの拮抗薬だよ」

 

 注射器を投げ渡されたいたみが真黒に注射し、背中から降りた。効果がすぐにあったのか、プルプルと震えながらも真黒がすぐに立ち上がる。

 

「生まれたての小鹿のようとは正にこの事だな。さ、回答どうぞオニイサマ?」

「ふ、ふふ……ご指名ならば当ててあげるよ。さっきのあれは、おそらく!」

 

 突然、めだかがムクリと起き上がり、きょとんとした顔をした。

 

「!! 大丈夫ですかめだかさんっ!!」

「うむ。大丈夫だ、心配いらぬ。ところでここはどこで私は誰で、何のために生まれてきた?」

「『記憶制御薬』!! しかも、凶悪(くじらちゃん好み)()()されているね!?」

「大当たりィ!」

「な、なんだってェ―!!?」

 

 キョロキョロと周りを見回すめだかは敵地だというのに気が抜けたような表情をしており、先ほどまでの凛々しい顔つきとは似ても似つかない。今がどんな状況なのかも忘れてしまっているのだ。

 

「めだかさん! しっかりしてください! 鉄壁の記憶力を誇るあなたが記憶喪失だなんてそんな馬鹿な……俺です! わかりますよね!?」

「……うむわかる。ちゃんと憶えておるぞ」

「!!」

「十島くん……だよな?」

「誰ですかそれ! なんでここで知ったかぶりするんです!? ほらよく見てください俺ですよ! 中学生の頃あなたに毎日のように殴り掛かっていた阿久根高貴です!!」

「阿久根くん、それはどちらかというと忘れてもらった方がいいんじゃないかい?」

「……真黒さん! たかが注射一本でこんなことがありえるんですか!?」

「いや……記憶を消すこと自体は簡単なことなんだよ阿久根くん。構造的に人間の脳は『忘れるように』できているからね。電気信号と血の巡りを適度にいじくってやれば記憶や感情はある程度操作できるんだ。記憶制御薬そのものは古くから研究されて、今じゃ一般的な病院でも実用化されているよ」

「…………!」

「(それにしたってめだかちゃんの異常性(アブノーマル)を封じなくとも効果がある薬なんて、凄まじい効力だけど……)問題はどの程度まで記憶を消されたのかということなんだが……」

「くそっ、名瀬さん! 君をあれほど信じていた妹に対してこの仕打ちなのか! 何が『成長できるかもしれない薬』だ! ふざけやがって、宇城クンはこんなやり方も承知の上なのか! 彼はこんなことを認めるような男じゃないぞ!」

「テメーごとき薄っぺらな藁の家が、深遠なる目的の俺と奏丞の砦に踏み込んで来るんじゃあないッ! さあ仕上げだ古賀ちゃん!」

「オーケー! こっそり栄養補給もしちゃったし、もう一戦始めようか!」

「そんな、いつの間に?!」

 

 せっかくめだかが戦って体力を削ったというのに、その努力は一本の栄養ドリンクで容易く無に帰した。戦えるのはもはや高貴だけだが、あれほどの大立ち回りを見せたいたみに勝てるとは思えない。

 

「(めだかさんは記憶喪失、真黒さんはそもそも戦える身体じゃない! どうすれば……)」

「ふん。事情は飲み込めんが、我々に危害を加えようというのならどうやら戦わざるを得ないようだな」

「!! めだかさん……記憶がないのに……!?」

 

 絶望した高貴の目の前で、記憶を失ったはずのめだかが立ちはだかった。

 

「そうか! 記憶と人格は別物なんだ! 記憶を失えどめだかさんはめだかさん! そういうことですよね真黒さん!」

「……いや、その通りではあるんだが……」

 

 すべてを忘れても立ち向かうめだかを見て、高貴もいたみと戦うべく立ち上がった。

 

「そうだ、俺には覚悟が足りないと学んだばかりだ! ならば俺も全力であがいてみせる! 必ずこの状況を乗り越えるんだ!」

 

 脇腹の激痛を抑えて高貴が真っ先にいたみにとびかかったのは決意の表れでもあり、本調子ではないめだかへの気遣いでもあり、そして年上としてのプライドでもあった。くじらの言葉への抵抗もあっただろう。

 めだかもまた、よくわかっていないがその後に続いた。敵らしいので降りかかる火の粉を払うためにとりあえず戦う、以上の動機は残念ながら持っていないが。

 そんな()()()()()()()()を、真黒は無念そうに見つめ、いたみは余裕を持って相対し、そしてくじらは鼻で笑うのであった――

 

 

*1
麻酔弾です

*2
あくまで麻酔弾です






 シュトロハイムの徹甲弾が一分間に600発なので、少なく見積もってミニガン一丁3,000発/分を2丁で6,000発/分としても、めだかの迎撃能力はカーズの…………うにゅにゅ? ぼくけいさんわからにゃ~い。

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