誰得賭博部回はーじまーるよー
おわーるよー
「『――はいどーぞ』『送っておいたよ』」
『――――。――――……――――!』
「『あはは』『大した手間じゃないよ』『気にしなーい気にしなーい』」
理事長室から出た球磨川は賭博部部室への道中、電話をしながら歩いていた。
既に夕焼け空の時刻。グラウンドで熱心に運動しているスポーツ系部員たちを除き目に映る生徒はおらず、故に球磨川にバッタリ出会う生徒がいなかったことは箱庭学園にとって幸運だったと言えるだろう。
「『地下じゃ携帯が通じなかったから録音だけなんだ』『残念だろうけど我慢してね』」
『――――? ――――』
「『いやあそう言われると僕は悪くない気になるね!』『でも久しぶりに会うなら』『せっかくの第一声は生声の方が良かったんじゃない?』」
『――――! ――――』
「『いやあこれを聞いたら別の意味で卒倒しちゃうような気がするなあ』『くれぐれも』『僕は悪くないんで悪しからず』」
『――――。――――』
「『うん』『君のことは頼りにしているよ!』『明日からよろしくね!』」
そう言って球磨川は携帯電話を切った。
そして誰に聞かせるでもなく、球磨川は一人呟く。
「『さーて』『その内とは言ったものの』『なんでも後回しにするようなことは良くないよね~』
『やっぱり宿題も掃除も』『片づけられるうちに片づけないと!』」
と、そんなことを言っているうちに目の前は既に賭博部の部室。目的地に到着だ。
「『へー』『ここが賭博部の部室か~』『よーし早速挨拶をしていこう!』」
中には人の気配があり、どうやら部員たちはまだ帰っていないようだ。
そしてノックすることもなく、球磨川はいきなり扉を開け放つ。
「『風紀委員だ!』『全員動くな手を挙げろ!』」
「「「「!!」」」」
「『おっと怪しい動きだ射殺するー!』」
突然の訪問に驚いた
一瞬で部室が真っ赤な血肉に染め上げられる。
「「「「……ハッ!?」」」」
と思いきや、更に次の瞬間には部室が元通り。
各々に刺さっていたはずの螺子は最初からギリギリのところで外れていたかの様に身体のすぐ横に刺さっていて、肉体には傷一つない。
「『……って一回やってみたかったんだ!』『僕って昔から正義の警官に憧れててね!』」
「い、今のはいったい……!」
「『おいおい呆けてないで来客だぜ』『飲み物くらい出してくれよ』」
球磨川は机を挟んで賭博部部長・蛇尾兄の向かいの椅子にドカリと座り込む。
あまりの出来事に困惑していたが、そこは蛇尾兄、一流ギャンブラー。並大抵のメンタルではない。
「……んっん、悪いね、どうやら寝ぼけていたようだ。弟よ! 彼に飲み物を。……お菓子はどうです? ウマいチョコレートを
一般人なら怯え上がっていただろうが、異常事態を飲み込み球磨川に応えて見せた。
兄の言葉を聞いて落ち着きを取り戻した蛇尾弟が、部室に備え付けていた冷蔵庫を開く。
「……アイスドリンクは一通り用意しております。お茶、ジュース、コーラ、ミルク……ご希望はありますか?」
「『じゃあ温かいお茶をちょうだい』『ここ冷房効きすぎ』」
「……承知しました。少々お待ちを」
――兄さん、コイツは……
――予想はつく。私に任せろ。
兄弟同士、ほんの一瞬だけ目で会話する。
「……それで。目的は宇城ですかな?」
蛇尾兄は単刀直入に切り込んで見せた。今更馬鹿丁寧に
それすなわち――
「『……ん?』『ウキ?』『何それおサルさんかな?』」
「どちらかというとゴリラのような男ですがね。あなたのようなオカルトな人間はたいてい宇城か化け物生徒会長がらみ。我々は宇城とは違い戦う術など持たないし、関わることもない。なのにわざわざこの部室に来たあたり、狙いは実にはっきりしている」
「『ヒュー!』『名探偵だね!』『白状すると僕は彼と気の置けない友人でねえ』『彼が馴染み深い部活に興味があったのさ!』」
「それはそれは。私はね、てっきり奴に恨みがあって、関係者に八つ当たりしようとしているのかと思っていましたよ」
「『へーそれは悲しい勘違いだね!』『名探偵と言ったのは撤回しよう!』『もし本当にそうなら今頃君たち死んでるぜ?』」
「お茶をどうぞ」
「『ありがと!』」
これまでの、ほんの短いやり取り。
にも関わらず、蛇尾兄は――あろうことか! これまで球磨川と関わって来た
「(コイツ、なんて…………なんて……!)」
「『ん~理事長室で飲んだお茶より口に合うかも!』『やっぱり庶民には庶民的な安いお茶が一番だね!』」
「(
言うに事を欠いて、この悍ましき球磨川禊を『やりやすい男』と感じていたのである!
「(出鼻をくじく登場! 人の神経を逆撫でするような発言の数々! 間違いない、コイツは典型的な天邪鬼タイプだ! 人とは逆の言動をしたり、人の虚をつくような行動を好むタイプ!)」
ハッキリ言って、蛇尾兄にとっては球磨川の悍ましい雰囲気など二の次だった。
重要なのはパーソナリティ!
相手の強み、弱みは何か。どんな思考をし、どんな行動をとるか。何を目的とし、何を隠そうとしているのか。
一流の詐欺師が一流の心理学者に通じるところがあるように、蛇尾兄は既に、ドス黒いベールで覆い隠されていた球磨川の内面へ一直線に踏み込みつつある!
「(へらへらとした笑いを崩さないのは当然、その必要があって取り繕っているからだ! コイツは常にその表情を保とうとしている! 理由など一つしかない。内側の表情を隠すためだ! 実際はかなりの激情家と見たぞ……だが、そんな己を表に出すまいとしているようだな。
得体の知れないキャラクターが武器のようだが……フン! お前のようなポーカーフェイスをはき違えた男に、一流ギャンブラーである俺が怖気づくとでも思ったか!)」
無論、蛇尾兄にとってこれほどまでの
だが、こうも考える。下手に機嫌を損ねられないなら、上手く損ねればいいのだ。賭博部の活路はそこにある。
そしてギャンブルを通じて様々な人間を見て来た蛇尾兄は、目の前の男に何かもう一つ……後押しになるような、何か決定的な情報が隠れている気がしてならない。
「しかしあなたの思惑がどうであれ、これだけはあらかじめ言わせてもらおう」
「『なにかな?』『もしかして今度は追い詰められた犯人よろしく「見逃してくれぇ!」とでも言うのかな?』」
「いいや、もっと
「『おいおい潔いなあ』『それとも降伏すれば人道的な扱いを受けると思ったかな?』『だとすれば実に
「フン! そんなくだらない希望を抱くような人間は
「『…………』」
「(……お? 今ヤツの
彼我の戦力差から言って抵抗したところで意味はない、という諦めが蛇尾兄にある種の余裕を持たせている。
だからといって、よりにもよって球磨川の心を土足でマインスイーパーするか? と傍から見て思うかもしれないが、しかしもはや球磨川が発する迫力など、蛇尾兄は既に物ともしていない。
覚悟があるのか? 脳みそがバカになっているのか? ――いいや、違う。
あるのはスリルだけだ。
ヒリつくスリルが、蛇尾兄の背中を球磨川の地雷原へと押し出している!
「もっとも、あなた程の人間であれば当たり前な勝利など飽きる程喰らっているかもしれませんがね」
「…………(ギリギリギリ)」
「!!」
思わず蛇尾兄は椅子を倒して立ち上がった。
なにしろ球磨川のニヤケ顔が完全に消え去り、今にも殺しに来そうなほど忌々しげに顔を歪めて歯ぎしりしているから――
「……ちょっとお待ちなさいよ。下世話な興味本位で聞かせてもらうが……あなた、これまでの人生で何回……
「…………」
「ま、まさか……ないのか? 人生で一度も!? 勝ったことが!?」
誰にも触れられたことのない
無論、睨みつけてくる顔と両手に持った螺子はそれ以上に騒々しく、雄弁に、これから起きるであろうことを語りかけてくるが。
「……よくも僕の心にずけずけと入り込んで「それならば話は別だ!!」!?」
球磨川の言葉を突如遮り、蛇尾兄が叫んだ。両手を机について身を乗り出し、逃げるどころか球磨川がたじろぐくらい顔を一気に近づける!
「まさかこの世に『勝ったことがない人間』がいようとは! 面白い! 面白いぞ! だからこそ、
「『…………変わった遺言だね』『だったら抵抗してみるってことかい』」
「いいや! その話を聞いたところで私の意見は変わらん! 間違いなく死ぬのは賭博部だ! 賭けてもいいが、最初から結果のわかっている賭けほどつまらんモノもない!」
「『話が見えないね』『だったら何をそんなに興奮してるんだい』」
「決まっている! ぜひあなたに
「『…………お願い?』『交渉ではなく?』」
球磨川の興味を引いた――この時点でほぼ、蛇尾兄は『勝ち』を確信している!
「交渉とは互いに銃を突きつけ合っているから交渉になるのだ! 銃を持たん我々はもとより交渉などできん!
そしてどうにもあなたに強者としての自覚がないようだからはっきり言っておく。
あなたは願いを聞かずに我々を殺していいし、願いを聞いてから殺したっていい! 聞いてる途中で『話が長いから』と言って殺してもいいし、『気が変わったから』と殺したって当然いい! 我々の間にはそれほどの実力差がある!
故にこれは所詮、弱者が強者の慈悲に縋るお願いでしかないのだ!」
「『…………』」
これははたしてただの降伏宣言なのか?
――否。蛇尾兄は何一つ諦めてなどいない。
これまで球磨川が見せた天邪鬼な性格、勝ち負けに対する強烈なプライドを全力で突きに行っている!
「『……随分勿体ぶるけど』『もしかして賭博部らしく』『僕とギャンブルしたいってことかな?☆』」
球磨川が落ち着いて来ている。内心はわからないまでも、少なくとも表情を取り繕い直す余裕ができているのだ。これも蛇尾兄の計算通りである。
「話が早くて助かるな。その通り! 我々四人と、それぞれゲームをしてほしい! 私の願いはそれだけだ」
「『おいおい馬鹿馬鹿しいな』『それぞれってことは計四ゲーム?』『メンドくさいって話はさておいても』『ただのゲームなんて』「ただし共通してたった一つの『ルール』を設けるッ!」『!』」
そしてこのルールこそが蛇尾兄の真骨頂! 『勝ち知らず』の球磨川に挑むギャンブル・クレイジーの願いとは!
「『
「『!!?』」
「ポーカーならば必死にブタを作り、チンチロなら
『敗北』を奪い合う! 賭博部が貴様に挑むギャンブルとしてこれ以上のものはない!」
これこそが!
「『……驚いたよ』『いやマジで』『正直ちょっと引いてる』『まさかこの世に』『負け戦を僕に挑むヤツがいるなんてね』」
「貴様にとって、敗北にはさぞ
「『しかしゲームの内容としては片手落ちじゃないかい?』『賭けるものがなければギャンブルとは呼べない』『まるで家族で遊ぶトランプゲームのように』『ナアナアな気持ちでゲームをされちゃあ』『”スリル”ってものがないよね』」
「その通りだ。賭けるものがなければギャンブルとは言えない。しかし我々には賭ける『物』がない。なぜならここにある物は貴様が気まぐれで容易く奪ってしまえるからだ。我々の命すらも! であればそんな物を賭けたところでそれこそ茶番にしかならん」
「『そこまでわかってるなら』『さっさと
ニヤリと蛇尾兄は笑った。
周りの部員たちも、ふん、と当然のような態度で言葉を待っている。
胸に手を当て、蛇尾兄ははっきりと宣言した。
「我々バクチ打ちとしての『魂』を賭けようッ!! 全身全霊を賭して、貴様から『敗北』を奪い取るッ!!」
「『……グッド!』『少しだけ面白くなってきた』
『なら僕も同じく賭けようじゃないか』『そーゆーバクチ打ちの魂とかー』『高校生の魂とかー』『そんな感じのヤツを!』」
……しかし当然、そんな『熱い思い』だけで賭博部がギャンブルをするはずもない。
間違いなく、これは蛇尾兄の生存戦略だ。
確かに、どんなゲームができるかという興味は大きい。それもサガだ。
だが、ゲームができただけで命を諦められるかというとそんなワケがない。
「(『勝ったことがない』だとぉ~? 馬鹿め、真に勝ったことがない人間などこの世にいるものかッ! 現に貴様は入室時、我々全員を一度殺しているのだろう! これを勝ちと言わずに何と言う!)」
球磨川の
「(それでもなお自分の『負け』を疑わないのは、コイツがくだらない美学を抱えているからだ! 潔癖なロマンチストめ……自分が納得できる
「『いいよ』『それじゃあ勝負しようか』」
球磨川の誇りに、躊躇いなく唾を吐きかけるような形で!
「(この百戦錬磨の蛇尾をナメるなよ……! 貴様の『勝ち』も『負け』も滅茶苦茶にしてくれる!
瘦せ衰えた病人のようなガリガリのプライドを完膚なきまでにヘシ折って、そのニヤケづらをゲドゲドの恐怖づらに変えてから
「『ただし!』」
「!?」
ガガガガガガガガガガッ!!
次の瞬間、大小様々な螺子が、部室内のあらゆる物を抉り穿つ!
一見無造作に見える破壊だが、部員の誰もが気付いていた。
螺子が刺さったのは――まさに! 『仕込み』がある場所!
隠してあるはずのカードやサイコロだけではない。机に埋め込んだ磁石や顔が映る程ピカピカに磨き上げられたガラス・トロフィーの数々といった何気ない仕込みまで、破壊が完璧に網羅されている!
「(完全に死角のはずの場所まで螺子を打ち込んでいるッ!? コイツ、やはり生徒会長と同じ化け物か!)」
「『心を覗いて勝ったと思った?』『自分達のホームなら勝ちも負けも自在だと思った?』『敗北を奪えば負けを認めると思った?』
『――この球磨川禊をナメるなよ』」
「! ……ふ、ふふふ、言われてみれば貴様の名前もまだ知らなかったな」
「じゃあ僕も自己紹介させてもらおうかな」
「『!』」
「一年三組、大柳
┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨……
これまでのやり取りを静かに見守っていた少年が、これほどの惨状を一瞬で作り出した球磨川に平然と話しかけてきた。それだけでも只者ではない予感があるが、それ以上に感じるスゴ味はそこらの一年坊に出せるものではない!
「『……ジャンケン?』『へー!』『そんな運任せの勝負で』『僕に
「『ジャンケン』はただの運任せと思う? 僕はそうは思わない」
「『…………』」
「『ジャンケン』は確率じゃない。勝ちたいと願う『心の力』だ。『ジャンケン』で負かすことは相手を『心の力』で負かしたってことだ。『ジャンケンの勝利』は『精神の勝利』だ! 勝ちと負けがひっくり返ったとしても、本質は何も変わらない……」
大柳はそう言って、球磨川にグーの右手を突き出した。
「『男気ジャンケン』だ! ルールは知ってる? 勝った者が全てを支払い、負けた者が全てを得る。そういうルール。そして、先に三回負けた方が負けの
だけど当然蛇尾部長が言っていたように、あなたには選ぶ
ゲームを受けるか? 受けないか? ……受けないならそこまで、話は終わり――だから、あなたが決めるんだ」
「『……僕は人生の先輩だぜ?』『精神の勝負ならなおさら僕に分がある』『いやここは「ない」と言うべきかな?』
『かく言う僕もジャンケンには一家言あってね』『ジャンケンをして僕の思い通りにならなかったことなんて』『実は一度もないんだぜ』」
まあ、思い出してみればそもそも、球磨川は誰かとジャンケンをしたことが皆無だったが。
なぜだろうとちょっぴり考えて……すぐに理由がわかった。
競い合ったことがないからだ。友人同士にしろ、敵同士にしろ。
意味がないからと
そして初めてのジャンケン相手が、推定ジャンケンのプロという世にも珍しい不利――だから面白い。
「『ただの暇つぶしだったはずが』『何かを得る機会になるかもなんて』『思いもしなかったな』」
「さあ決めてよっ! 受けるか! 受けないか!」
「『――受けよう』『男気を比べ合ってみようじゃあないか』」
「……お……おおおおおおおおおお!!」
大柳が勢い良く右手を振りかぶる!
球磨川もまた、応えるように右手を腰だめに構えた!
「勝負だッ! 球磨川禊ッ!」
「『僕は三年だぜ』『先輩を付けなよ』『後輩』」
――これは単なるジャンケンの勝負なのか?
いいや違う。これは球磨川と箱庭学園との始まりの一戦。球磨川の精神が箱庭学園と戦い抜けるかを示す試金石。
球磨川の未来を決めるジャンケンが今、始まろうとしている!
「「『じゃあ~~~~んけんッ――!』」」
――すっかり夜も遅くなり、空の天辺で月が輝いている。
球磨川は一人、箱庭学園を出て静かな夜道を帰っていた。
「『箱庭学園』『まさか転校初日から』『ここまで僕に
あれで賭博部員全員が
なにせそんな分類は、この世界の人間が勝手に区別しているだけのことなのだから。
ケンシロウは
だけど誰もが強く、誇り高い。
重要なのはそこだ。球磨川が勝ちたいのはそういう人間なのだ。だとすれば、これからの戦いに必要なのは決して過負荷でもスキルでもない。
「『――精神の勝利か』『ここは「また勝てなかった」と言うべきなのかな?』」
まあまあ…………悪くない味だ。
こいつらのギャンブルを描写できるような頭脳はないんじゃい!