【完結】スパイになってしまったのだが   作:だら子

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其の十: 「トレインジャック(上篇)」

「…………お兄様、エスコート頼みます」

「ああ、わかったよ、『八重』」

 

八重という女————私は笑顔で田崎へ手を差し出す。私に兄と呼ばれた田崎も、笑みを浮かべながら私の手を取った。そのまま私達は東京行きの列車へと乗り込む。プシューという列車特有の音が聞こえた。

生前の私ならきっとあの田崎に対してキャーキャーと言っていただろう。だが、今の私としては気色悪すぎてゾワゾワしてしまう。酷い言い様なのは分かっている。だが、いつもと違いすぎてな…! 引きつりそうな顔を必死で押さえ込んだ。

 

(くっそ、これも結城中佐の所為だ…!)

 

憎々しげに結城中佐の幻影を睨みつける。本人には死んでもやらないけどな。怖いから。

——私がまたもや女装しており、尚且つ、田崎を『お兄様』と呼んでいるのには理由がある。恐らく、皆さんも分かっているとは思うが、任務だ。つい先程まで、京都でスパイ活動を行なっていた。その時、田崎と兄妹を装う羽目になったのだ。本当に解せない。

 

田崎がエスコートしてくれている手を握り潰したい気持ちになる。殺意が止められねぇ。任務中、田崎が私の女装姿をクッソ笑っていたからな。「またお前女装かよwww」みたいな感じだった。許さん。女装したいわけがねぇだろうが。身長が低い自分が憎い。これでも今世では平均身長なんだけどな。

そんな殺意を押さえつけた。そのまま列車内の食堂へと向かう。そこには波多野が先に座っていた。波多野は別の場所で任務だったらしい。こうして列車で合流することになっていた。私達を見た波多野は手を上げる。

 

「よう、『瀬戸』。久しぶりだな。妹さんと旅行か? 」

「久しぶりだな、『島野』。ああ、そのようなものかな。親戚への挨拶付きだったけど」

「お兄様は島野さんと相変わらず仲がイイデスネー」

 

思わず棒読みになった。D機関内で女装姿の私について触れられるのはキツイものがある。任務とはいえ、私は男の子。できれば波多野による追撃はやめてほしかった。哀れんだ目で見ないでくれ。『またかよお前』的な感じで見るな。

余談だが、田崎の偽名は瀬戸。波多野の偽名は島野だ。田崎は『アジア・エクスプレス』、波多野は『誤算』の偽名と同じだな…そういや。

そんなことを考えながら、波多野と同じ席に着く。その時、列車が動き出す。懐から懐中時計を取り出して時間を確認した。

 

(うん。時間通りに着きそうだな。ああーしんど…着いたら着いたでまた任務だもんなァ…)

 

本気で労働基準法が来い。ぶっ続けで神経すり減らす仕事を熟すなんて意味が分からないよ…。一応、次の任務は比較的簡単みたいだけど。アーロン・プライスとかいうイギリススパイのマイクロドットの回収だけらしい。まあ、そいつがどこにマイクロドットを隠しているか今の時点では分からないのだが。

しかし、楽って言えばまだ楽な方—————って、待てよ? アーロン・プライス? 波多野、田崎が登場? これってまさか、『追跡』のお話じゃ………?? 確か、追跡のお話のメインモブ役が英国のスパイ、アーロン・プライスだったはずだ。そして、波多野と田崎が回収役。それに気がついた瞬間、内心で絶叫した。

 

(もうやだァアアアア!! 原作に絡みたくねぇ!)

 

こうも原作に絡んでいることを実感すると、恐怖しかねぇんだよ! ああ、私、クソ危ない職業に就いてるんだなって思うから。はー怖すぎ…。スパイのアーロン・プライスってD機関に助けられなければ、確実に処刑台送りだったわけでしょ? 明日は我が身かもしれない。だから、スパイは嫌なんだよ。

ゲッソリしながら、田崎から渡された水を飲む。その時、何故か波多野がスパイ用のサインを送って来た。ん? 今は移動だけだから、スパイ活動をする必要はないはずだが…?

波多野が『右を見ろ』と言っているので、視線だけそちらへ向ける。だが、瞬時に後悔した。絶対にややこしそうな事案を見てしまったからだ。思わずうな垂れそうになる。

 

(五人くらいの男達がコソコソしながら動いてやがる…!!)

 

しかも、年若い男達が。

この時代、若い男達は兵として戦争に参加している場合が多い。そのため、若い奴らがこうも集まっているなんて珍しい。というか、まずない。確実に何か『ややこしい』ことをしているだろう。

ちなみに私が態々、今回、女装しているのもこうやって疑われないためである。男二人での京都旅は今の時期では目立ってしまうから…。

 

男達がこうして集まる理由には大きく分けて四つ考えられる。一つは軍の奴らが何かしでかそうとしている可能性。実井が主役の『ダブルジョーカー』みたいな感じで。二番目は反政府組織がテロを起こそうとしている場合。三番目は私達を狙う誰かが来ている場合。四番目ははっちゃけた一般人によるイタズラの可能性。

 

(頼む…四番であってくれ…!!)

 

本気で私は神に願った。ようやく来た休憩時間に仕事などしたくはない。だが、私達はスパイだ。万が一、私達を狙うものであれば大変である。あー…できればここで不審者共を無視してのんびりしたいのに…! だが、こいつらが許すはずがないからな。諦めよう…。

私は引きつる顔を抑えながら、田崎を見た。

 

「お兄様、私、この列車の中を見て回りたいわ。駄目かしら?」

「お前は本当に列車が好きだね。でも今は…」

「ああ、俺は大丈夫だ。兄妹水入らずで列車の見学を楽しんでくれ」

「すまない、島野」

「ごめんなさい。私がわがまま言ったばかりに…。淑女として列車探検なんて駄目よね。やめておくね」

「八重さんは殆ど列車に乗ったことがないんだろ? 俺は気にしてねえよ。ゆっくりと寝たいところだったし」

 

苦笑いを浮かべる島野こと波多野氏。茶番乙である。一応、理由付けをしないとね。誰が聞いているか分からないし。『八重』の設定にまさかの列車好きが追加されてしまったのは解せないが。これ以上『八重』に無駄な設定をねじ込むのはやめてほしい。

田崎と共に席を立ち、列車内を歩き出した。頼むから厄介ごとではないように祈りながら。

 

♂♀

 

「反政府組織によるテロか」

「しかも、爆弾を持ち込んでの」

「厄介だな」

 

田崎が鏡を使いながら、後ろ側の様子を探る。そこにはテロリスト達がいた。化粧室の一角に集まる彼らを見て、私はゲンナリした顔になる。

どうやらこの騒ぎはテロリストさん達の所為らしい。しかも、テロリスト達の話を聞いていると、『突発的に思い立ったからテロをしよう』という感じなのだ。ふざけんな。面倒ごとを持って来やがって。腹立つな。

現在、テロリスト三名が列車の上に登っている。上から車掌室に攻め入り、占拠しようとしているらしい。上からトットッと足音が聞こえた。それを聞きながら、私は田崎を見る。

 

「手筈通りにやれよ」

「うっす」

 

田崎から命令が下される。妹の『八重』を呼ぶ時とは違う、冷たい声。何故だか安心した———いや、安心はできないな。何を血迷ったこと考えているんだ私は。これはいつも通りでホッとしている〜という感じだ。田崎の妹の扱いがキモすぎたから。他の人からすれば妹をスマートにエスコートする兄だったんだろうけど。私的には「怖っキモっ」である。酷い自覚はある。

 

私はビー玉が入った袋を落とす。ドッドッという音と共にビー玉が袋から飛び出した。そのままビー玉がテロリスト共の方へ転がっていく。驚いたテロリスト共がバッとこちらを見た。

私はできるだけ可愛い女の子の顔を作る。清楚系ぶりっこな女の子だ。きゅるるんという感じで目を見開かせた。

 

「ああ…っ! お兄様から頂いたビー玉が…!」

「なっ、なんだ貴様?!」

「へっ?! あっ、すみません…! ビー玉を落としただけで、その、あのっ…!」

「ただの女じゃないか。そんな責めてやるなよ」

「チッ、早く取れよ」

「すみません…!」

 

女の子が困っているんだぞ! お前らが拾ってくれよ! そう考えながら、反対側まで行ってしまったビー玉を追いかける。そして、私は落ちたビー玉を拾い、テロリスト達に向き合った。へにゃと眉をハの字にして笑顔を向ける。私は可愛い女の子私は可愛い女の子私は可愛い女の子ォ!

 

「ごめんなさい。驚かせてしまって」

「いいよ。早く行きな」

「ええ。そうします。

 

———貴方達と共に」

 

ニコッと私が笑った刹那だった。田崎がテロリストの後ろから睡眠薬入りのペン型針を振りかざす。一瞬で二人同時に昏睡させてしまった。ドサリと倒れる男達。流石は田崎である。絶対に逆らいたくねえ。

そんな感じで、四人のうち二人も突然倒れたことに驚いたのだろう。ギョッと残りの男二人は目を見開かせていた。直ぐに田崎の方へ振り向く。

 

「何だ貴様ッ!」

「政府のものか?! くそッ敵は一人だ! 行くぞ!」

 

慌てて拳銃を手に取るテロリスト達。それを見た田崎はにっこりと笑みを浮かべていた。よそ行き用の紳士スマイルである。品の良さを漂わせた笑顔をテロリスト達に向けていた。ニ対一という不利な状況なのに関わらず、だ。

それに怖気付いたのか一瞬だけテロリスト達は一歩下がる。その刹那、私は動いた。洋服のスカートを大きく翻して拳をあげる。

 

「ゴメンアソバセーーッ!!」

「ガッ?!」

「ゴッ?!」

 

くらえ! 女子力(物理)!!

 

淑女らしい言葉を高らかに叫ぶ。両手に持った催眠薬入りのペン型針を二人にぶっ刺してやった。遠慮なく首にいかせてもらったよ。その瞬間、ぶわりとスカートが舞い上がる。よろめくテロリスト達。それを狙って、前にいた田崎が二人の拳銃を弾く。カチャン、カチャンと音を立てて拳銃が床に落ちた。同時にテロリスト二人も地面へと落ちる。

 

(あー怖い怖い)

 

一瞬でこんなことができるようになった自分が嫌すぎる。しかも、拳銃を持った相手に対して。スパイを辞めたいな…本当に…。こんな女子力(物理)はいらないと思うんだ…。

 

そんなことを考えていると、田崎が私の方を見た。何故かニヤリと笑っている。私がうな垂れている間、確か田崎は波多野と通信機器で連絡を取っていた筈だ。どうしよう。嫌な予感しかないんだけど…?? 長年の経験から危機察知能力だけは無駄に上昇した。残念ながら、回避率はあまり高くないが。

 

「『島野』は列車の上に既にいるらしい。八重、お前も上へに行こうか」

「は?! い、嫌ですわ、兄様!」

「お前の方が俺よりも小柄だろう? その分、動き回りやすいのは分かっているはずだ」

「お兄様、妹は嫌です。落ちれば痛いですもの!」

「行けるね?」

「はい」

 

随分とドスの利いた声で脅された。瞬時に「yes」と返事してしまう。クッ…ヘタレな自分が憎い。

血の涙を心の中で流しながら、私は田崎に肩車をされた。列車の天井にある蓋を外す。その刹那、蓋を開けた場所から、ものすごい勢いで風が私の顔へ吹き付けてくる。蓋を元の位置へ戻したくなった。だが、根性で恐怖心を押さえつける。そのまま、顔だけを外に出した。列車が走っているせいで、びゅんびゅんと髪が風に煽られる。それを我慢しながら視線を動かした。その時、波多野を発見する。

 

(波多野がテロリスト共とやりあってる…)

 

うわー行きたくねー…。素直にそう思った。

私の視線の先にはテロリスト三人を相手に戦っている波多野がいる。まるで舞を踊っているかのように体術を駆使していた。しかも、列車の屋根という狭い所で、更には強い風が吹き付けてくるオプション付き。化け物かよ。いや、化け物だったわ。流石はD機関の体術ランキング一位に輝いている化け物。帰りたい。

 

だが、そんなことは言っていられない。私は涙を呑んで、列車の上に登った。

 

———藤原、いっきまーす!

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