「八重さんは此方に勤めて長いので?」
「え…えぇ、そうですね。とはいっても稀に手伝いに来る程度なので…」
「ああ、だから姿を見ないんですね」
談話室兼食堂にて、私は何故か女装したまま和かに佐久間さんと話していた。いや、本当に何で?
佐久間さんを騙すのに凄く胸が痛む。マジで佐久間さん、私を心配してくれているから余計に。
ジゴロの技術を持つ化け物(悲しいことに私も含む)が、この場所には沢山いるからな…。危険だわそりゃ。こんなところにお手伝いしにきてる女がいたら私だって心配する。
佐久間さんとこれ以上会話をするのは心苦しいので、「そろそろお暇しますね」と言おうとした時。ガチャリと扉を開ける音が聞こえた。やばい。
誰かが入ってきたのか…! と思い、私は慌ててそちらを見る。
そこにいたのは波多野、神永、三好の3人。思わず顔が引き攣りそうになった。
(アッカーン!!!!!! この状態を見られたら1番駄目なベスト3がキタ!!!!!)
佐久間さんが私の女装を見抜けずに、私を女性として見ているという事が知れたら……こいつらなら面白がる! あることないこと吹き込みやがる! ついでに私の女装をバラす可能性がある! というかその未来しか浮かばない!
もしもバレでもしたら…変態女装男子のレッテルを貼られることになるのだ。私の良心、佐久間さんから! 任務でやってるだけなのにそんな烙印を押されたら泣く。私の趣味じゃないのに…。泣きたい…。
神永、波多野、三好の3人は、佐久間さんと私を交互に見る。その後、ニタァと笑った。
アッ……コイツら佐久間さんが私を女性だと勘違いしていることに気がついたな。これだから一を知れば十を知る天才は嫌いなんだよ…! 優秀すぎて本当に泣ける! お前ら本当に私と同じ人間?! 察し良すぎるだろ!
佐久間さんも彼ら3人が来たことに気がつき、扉へと顔を向ける。そして眉を顰めた。
「お前たちは知らないと言ったが、やはり女性がいるじゃないか」
「フッ……確かにいますね、フッ」
「三好、気持ちは分かるけど抑えようぜ…クッ」
「あー…すみません、佐久間さん。俺たちは結城中佐に、このことを佐久間さんには黙っておけと言われていたので。実は八重さん、中佐の娘さんなんですよ」
「そうなのか?!」
波多野が頭の後ろで腕を組みながら、とんでもないことを言い出した。驚きのあまりにバッと私を見る佐久間さんに、思わず自分の頭を抱えたくなる。
ちょ、ちょ、波多野、お前は何を言っているんだ?! そんな設定は初めて聞いたんだけど?! 中佐の娘って何?! 設定を盛るの止めない?! 絶対それ、今作った設定だろ! 私に無駄なプレッシャーを押し付けないで!
というか三好、お前…笑うなよ!!!!! 私の気持ち分かってるくせに笑うなよ! 佐久間さんに女装を見られたくなくて、避けていた私のことを三好は知っていたからな。余計に面白いんだろうね!! このドSが!!
神永はフォローしているように見えるけど、全然フォローできてない。つーか笑ってるじゃねぇかお前! 味方がまるでいない!!!!!
顔が引き攣りそうになるが、なんとか笑顔のままでいれた。私、超頑張ってる。偉い。そうやって自分を鼓舞さなければ、この事態を乗り切れそうにない。泣くわ。これだから腹黒いD機関の奴らの相手はしたくないのだ。あいつら優秀すぎて絶対に勝てないもん!
てかさ、マジでD機関のメンバー…助けろよ。面白がるなよ。気持ちは分かるけど!!!!!
それと佐久間さん……騙して本当にごめんなさい。罪悪感で胸が痛い。
これは自分の女装技術の高さに喜べばいいのだろうか、それとも男らしさがない自分に悲しめばいいのだろうか。分からない。
カオスな状況にゲッソリしていると、再びガチャリと扉が開いた。また誰か来たのか。やめろ!!!!!
泣きたい気持ちになりながら扉の方向に目線を向けると、そこにいたのは小田切。まだマシだ! 小田切はまだマシ! これで実井とかが来たら本当にどうしようかと思った! 実井は笑いながらとんでもないことしでかすからな。あいつだけは怒らせたくない。
小田切は食堂の状況を見て、色々と察したのか嫌そうな顔をする。帰らないで、小田切。私、泣くから。ぶっちゃけ内心で号泣してるから。
普段の小田切なら「面倒なことは御免だ」という顔をしてどこかに行くのだが、何故か彼は食堂の中に入って来て、私を見た。私に用事か? と思いながら首を傾げていると、小田切は口を開く。
「結城中佐が呼んでいますよ、八重さん」
「まあ、お父様が? ありがとうございます。
佐久間さん、申し訳ないのですけれど失礼致しますわ。楽しい時間をありがとうございます」
「いや、構いません。寧ろこちらこそありがとうございます。また機会があれば」
「……………………………ええ、もちろん」
流石はD機関メンバーの一人と言うべきか、小田切は一瞬で事情を把握。私を八重と呼び、用事を伝えた。
ありがとうございます、小田切様!もしも自分の偽名である藤原の名で呼ばれていたら、私は泣いていただろう。いや、本当にマジで。佐久間さんだけには私が女装をしていることバレたくないからな…。
あああ…佐久間さんの「また機会があれば」にドキリとした…。御免だけど、二度とこの状態では会いたくない…。いつバレるかバラされるかでハラハラしたくないもん…。
複雑な気持ちになっている時、三好が「ああ、行ってしまうのですか。残念です」と、大して残念そうな顔をせずに言った。
ただ単に面白い玩具がなくなっただけだろ。くそう、覚えてろよ…三好、波多野、神永…!!
和かに笑いつつも私は内心でそう考えた。でもこんな超人共に仕返しだなんて、私はできないんですけどね。後が怖すぎる。仕返しなんてした暁には、次の日に倍になって返ってくるからな。D機関の者を嘗めたらいけない。マジで怖いから。「倍返しだ!」を素でやる人たちだから。
(あ、そういえば中佐の呼び出しってなんだろう?)
先ほどまでやっていた攻防の所為で忘れていたが、結城中佐の呼び出し…。えっ、やばくない?! 結城中佐の呼び出し=ほぼ任務だよ! や、ヤダヤダヤダヤダヤダァアアアア!
てか、これ多分正式な任務なんじゃ…? だって今はもう昭和14年。確か…昭和14年から第1期生のスパイ活動が本格的に始まるんだよね。後数ヶ月で佐久間さんの『鰯の頭事件』(私命名。ダサいという自覚はしている)があるだろうし…。
うーん、あんまり原作は覚えてないんだよなァ。私、他のD機関員みたいに記憶力ないし。本に記録しようにも、他のD機関員や結城中佐に見られる可能性しか浮かばない。暗号化をしても必ず解かれそう。だって一冊の本を一回読んだだけで全文覚えてしまうような化け物だぜ? 私ごときが考えた暗号なんざ、直ぐに解かれるわ。そうなったら「私、終了のお知らせ」である。
だから自白訓練の時は命がけだったな…。原作知識だけは死んでも出さねぇ!!!!! と、その知識のみは1番初めに深層意識へと死ぬ気でぶち込んだ。毎日毎日、自分に暗示を掛けまくったからな。
それのお陰で自白訓練は自分の中では得意な部類ダッタナー。人間、死ぬ気になるとなんでもできるよね。
(まあ、行けば分かるか。行きたくないけど)
結城中佐の書斎へと足を向けた。
♂♀
結城中佐の書斎にて。
中佐がいつも通りの威圧感のある雰囲気を携えて私を見据えてくる。普段ならば、結城中佐を見ただけで私は震え上がっているのだが__…今回ばかりは眉を顰めて結城中佐を見つめていた。
「…____申し訳ありません、結城中佐。もう一度言っていただいても?」
「何度言わせる気だ。貴様には此れから女として生活してもらう。髪も女と同じくらい伸ばせ」
き、聞き違いじゃなかったー!!!!! マジで結城中佐から女子になれって言われたー!!!!!
顔が引き攣りそうになるが、根性で無表情のまま結城中佐に視線を向ける。分かりやすい感情を見せたら……どんな罰を与えられるか分かったもんじゃない。
小田切に言われた通りに結城中佐の書斎に向かえば、何故か結城中佐に「今から女子として生活しろ」とか突然言われたんですけど。
やめて。本当にやめて!!!!! 性別を見失うだろ!!!!! 只でさえ前世が女子だったお陰で、めちゃくちゃ苦労しているというのに! 幼少期、どれだけ苦労したか言ってやろうか?! 親父に「こんなに女々しくて大丈夫だろうか、うちの息子…」と言われたぐらいだぞ?! それだけ私は女の子女の子してたんだよ!!!
ようやくここまで頑張って、男として振舞えるようになったのに…。女装に慣れてしまったら本当に戻れなくなりそうで怖いんだよ…。やめて…。今世はちゃんと女の子と恋愛をするつもりだから…!
(もしかして自白訓練で女口調で話してしまったからか…?)
思い出すのは初めての自白訓練。
原作知識を絶対に口にしてはいけないという想いから、当時の私は深層意識をどうにかして作らなければいけないと思っていた。寝る間も惜しんで頑張った結果、凡人な私でも深層意識を作れた訳だが………一つ、忘れていたことがあった。
前世の女性意識である。
原作知識しか頭になかったので、前世の素を出してはいけないことをすっかり失念していた。それにより、自白訓練で私は女性の様に話し出したのだ。更に救えないことに前世の素を出しまくった。
「あー〜〜…自白訓練なんてできる訳ないでしょ?! 馬鹿じゃないのアンタら!!!!! お前らみたいな万年人間ビックリショーに巻き込まないでくれる?!?!?!」
とかほざいたのだ。私の馬鹿…! 童顔だとは言え、男の私がまさかの女口調。しかもD機関を貶す言葉を出す。マジで何してんだ自分。
結城中佐には睨まれたし、私と同じく自白剤を打たれたはずのD機関の全員に二度見される羽目になった。当たり前である。なんつー失態してるんだ自分…。これじゃあ意味ねーよ自分…。
それからというもの三好と何故か「藤原は何処の化粧水を使っているんですか?」「私は○○の商品かな」「へぇ」などという会話をするようになった。女子か。いや、前世で女子だったわ自分。でも、女子だった前世よりも今世の方がお洒落や美容に気をつかっている気がする。え、やばくね自分。
ま、まあ…それはちょっと置いておこう。
流石に女装を続けるのは嫌だ。これ以上女として振舞いたくない。それっぽい理由をつけて断ろう。結城中佐、めちゃくちゃ怖いけど!!!!! 魔王の異名は伊達じゃない。マジで怖いからな結城中佐。
「中佐、お言葉ですが……男である私が長期で女装をし続けるのは流石に無理があるかと。どんなに努力しようとも、完璧な女に成れないでしょう。必ずどこかでボロが出ます」
「ああ、その通りだ」
「でしたら…何故でしょうか。スパイは疑われた時点で終わりだと、常々中佐は仰っております。女装は短期でするのならば効果的です。ですが長期となると、必ず疑われる事となるでしょう。ですからー…」
「藤原」
「はい」
「…__貴様、分かって言っているだろう」
「は?」
結城中佐はゲンドウポーズをしながらギロリと睨みつけてくる。理由がわからなくて、思わず間抜けな声が出た。キョトンとした顔を結城中佐に晒してしまう。
え、ごめん、何が? 何も分かってないんですけど。私は他のD機関のメンバーみたいに一言じゃあ分からないんです! 馬鹿なんです! あの天才たちと一緒だと思わないでください!!!!! 一を聞いても十は理解できません! それ、他のメンバーしかできませんから!
でも、そんなの言えない。言った瞬間、結城中佐から罰が与えられる。あ、やばい! 自分、「は?」とか言っちゃったよ! どどどどうする?!?!?!
そんな私のミスを結城中佐は気にも止めずに「貴様は貴様の役割をこなせ」とだけ言ってくる。そしてそのまま黙り込んでしまった。
ええー…どういうことなの。私は優秀じゃないんだからキチンと言ってください…。これだから優秀な人は…!
うん、自分が馬鹿な所為だってのは分かってるよ?! でも言いたくなるの!! IQ差があまりにありすぎると、話が理解できないとはこの事だ。
眉を顰めそうになるが、結城中佐が更にギロリと此方を睨みつけてくるので止めた。アッハイ、やれって事ですよね分かります。結城中佐からの命令はYES or ハイだからな。軍隊よりも軍隊してる気がするわ…。泣いた。何で私、只でさえ化け物揃いの所に所属してるの…。
結城中佐の視線を受けながら、無表情のまま「分かりました」と言うしかなかった。もうどうにでもなーれ。
泣きそうになりながら任務の書類を中佐から頂く羽目になった。
♂♀
そして数ヶ月後。
私は中佐の娘の『結城八重』として女装しながら生きていた。本当に訳が分からないよ…。消えたい…。
『結城八重』には寮の中に別室を与えられたのが唯一の救いか。自分の部屋が出来たようなものだからな。まあ、仮にも女の八重を一緒の部屋にはできないよね。女(男)だけどさァ。
つーか、波多野の戯言がまさかの採用されちゃったよね!! てか中佐、娘さんいたっけ? カバーの人間って大概存在するはずだからさ…。でも聞けない。聞いた瞬間「何故それくらい分からんのだ?」とか言われそう…。凡人には辛い…。
ああ、もちろんD機関メンバーの一人である『藤原』としても生活をしている。でも、髪が伸びてしまったので短髪のウィッグを着用するか、帽子を被る羽目になっていた。私、男なのに何で男装みたいなことしてんの…。泣きたい…。
(ま、今はそれよりも…原作だな)
ジョーカー・ゲームの始まりでもある、佐久間さんをゲームで負かせるという『鰯の頭事件』がつい最近終わったのだ。
そろそろ原作であったゴーリキー…あれ? 違う、ゴードン? ゴートン? やばい忘れた…ま、まあ! スパイ容疑が掛かっている外人宅へ、佐久間さんは憲兵を装い、D機関メンバーを連れて行くはず。それがD機関へ失態を擦りつけようとしている、佐久間さんの上司の思惑だとも知らずに。
そして佐久間さんはカッコよく、その事件を解決するのだ!(ここ重要)
そんな原作を生で見れる機会なのに、私は別任務があるんだよなあ。あ、もう終わったんだけどね? 事後処理があるから…。ああ…見たかった…。
佐久間さんと一緒にいられるのも、もう直ぐ終わりだしね。私の良心の佐久間さんにはまだD機関にいて欲しいのになあ。
事後処理を終え、『藤原』として帰宅途中の事。
私は道端で佐久間さんと遭遇した。佐久間さんは顔を下に向けながら歩いていたが、私を見つけたことにより手を上げくれる。私も挨拶の為に帽子を少し浮かせて会釈した。
この様子じゃあ、憲兵と偽っての調査も終了した頃かな…。佐久間さん、すごく考え込んでいるもんね。
原作同様、三好からヒントを与えられたのかな? だから真実を確かめる為に料亭へ行こうとしてるのだろう。参謀本部大佐殿の失態や、D機関の恐ろしさを知ってくるんだろーなァ。
あー…佐久間さんってすごいわ…。幼少期から軍事主義教育を受けながらも『真実』を見つけたのだから。もしも平成で生きていたらどんなに優秀だっただろうか。いや、今でも佐久間さんは優秀か。若くして参謀本部に勤めてるんだし。エリートだったわ。忘れてた。
「藤原か。何処に行っていたんだ? 他の者達はいたが、お前だけはいなかったからな」
「ああ、佐久間さん、今晩は。佐久間さんがこんな時間にお出掛けだなんて珍しいですね」
「はぐらかす気か」
「やだな、はぐらかす気なんてありませんよ! 私はちょっとご飯を食べに行っていただけです」
「っ!……そうか」
あれ? 何時もならもっと色々聞いてくれるのに…。今日の佐久間さんは少し目を見開かせただけで終わった。……あれ? 私、佐久間さんとは案外仲がいい自負があるんだけどな…。
佐久間さんは「すまないな、これで失礼する。そうか…だから三好は…」とだけ言って、外に行ってしまった。うええー…?? なんでだ。なんでなの佐久間さん! 私と佐久間さん、案外仲が良かったよね?! あれっ?! 私の勘違い?!?!?! というか何で三好が出てきたの?! 佐久間さんとは比較的意思疎通が出来ていたのに…何故…。
遠ざかる佐久間さんの背中を見て、なんだか悲しい気持ちになった。そんな…佐久間さん…私の癒しが…。
そして更に次の日。
『結城八重』の女装をしていた時に中佐から「八重、付いて来い」と突然言われた。何事?! と思っても言えない辛さよ。結城中佐…マジで理由を言いましょ?? 何度も(心の中で)言っているけどさ、理由を言いましょう???????
杖をつく中佐を補佐しながら歩いていると、参謀本部から出てきた佐久間さんの姿が見えた。桜が舞い落ちる道路を行く佐久間さんを見て、ハッとなる。前世の記憶がフラッシュバックした。
(あ…もしかしてこのシーン…佐久間さんの種明かしシーンだ)
三好のヒントを元に料亭へ行き、参謀本部大佐殿の失態や結城中佐の片手が義手であることが分かった佐久間さんが、それらを結城中佐に伝えるシーンだ。このシーンでD機関の擬態能力の高さと、恐ろしいまでの先を読む力を視聴者へと伝えることになる。
結城中佐が佐久間さんに話しかけると、彼は驚いたようだった。八重姿の私を見て、再び目を見開かせるが、「そう言えば結城中佐の娘だったな」みたいな顔をされた。やめて。結城中佐の娘とか胃痛すぎてね…。つらたん…。絶対に波多野許すまじ。
私が微妙な顔になりそうなのを必死に抑えていると、二人は今回の事件について話し出す。佐久間さんは結城中佐の左手が義手であると伝える。
「武藤大佐本人と花菱の女将と芸者、それに私以外の何者の指紋も検出されなかった。つまりシガレットケースを拾った客の指紋だけが付いていなかった」
その瞬間、結城中佐は笑みを深め、私は顔が再び引き攣りそうになった。何故なら、『本来ならば無かったはずの指紋が残ってしまっているから』だ。原作では大佐、女将、佐久間さんの指紋しかない。
芸者の指紋…__つまり、私の指紋など原作にはないのだ。
や、や、や、やっべーーー!!!!! 残しちゃいけないこと残しちゃったーー!!!!! いつも結城中佐から指紋は残すなって言われてるのにーー!!!!!
結城中佐の顔が見れなかった。見た瞬間、どんな小言を言われるか分からないからな。スパイとしてあるまじきミスである。「跡すら残さずに消える」ことが大事なのに。やっぱり私、スパイ向いてないよ…。
ガタガタと震えながら佐久間さんと結城中佐の話を聞いた。
♂♀
桜並木が広がる河川敷にて、俺__佐久間は結城中佐とその娘の八重さんと歩いていた。俺は結城中佐を見て、思わず目を細める。
今回の任務で俺はトランプでいう、ハズレの『ジョーカー』を掴まされたと思った。
スパイ容疑の掛かるゴードン宅へ、既に大佐の名で憲兵調査が入っていたなど思いもしなかったからだ。もしも俺があの時「御真影の裏の調査」という事に気がつかなければ、確実に俺は腹切りをさせられていただろう。
ありえたかもしれない未来に思わずゾッとした。
又、俺は三好や藤原から得た『料亭』『ご飯を食べに行っていた』というヒントがなければ真実の奥の更なる真実に触れもしなかっただろう。結城中佐が料亭で大佐の調査を行っていたことも、結城中佐が義手であることも、そして藤原が実は『八重さん』であったことにも。
(男である藤原が八重であり、料亭の芸者になりすましていたとは思いもしなかった)
男の藤原が女装するなんてこと、普通の男ならば屈辱でしかないだろう。確かに藤原は女のような顔立ちをしてはいるが、きちんと体付きは男なのだ。それに__…。
(藤原はD機関に染まりたくない雰囲気を醸し出していた。だからこそ彼が常に擬態をしていることに驚きを隠せなかった)
『藤原』はD機関の中では一般人と同じ様に振る舞い、異常な能力など見せもしない男だった。寧ろ彼は「他のD機関員達は何故あんなに『自分にならこの程度できて当然』なんて思えるのでしょうね。自分以外信用せずにやり遂げるなんて、凄い様に思えますが…。それはただの人でなしだ」と言い切る奴である。
悪く言えば、一般の域からは出ることの出来ない凡人。何故D機関にいるのかも分からないぐらいに常にダラけ、「面倒くさい」と言っていた。そんな藤原は毎日規則正しく生活を送り、他のD機関員とは違って夜遊びにすら出かけない。
「私は結婚相手以外とは付き合いたくない。相手に誠実でありたいんですよ」
そう言って優しげに微笑む藤原は全くもって『人でなし』などには見えなかった。自分以外は信じず、溢れんばかりの自負心だけを抱えて生き抜く化け物には到底見えなかったのだ。俺はそんな藤原をD機関の中で唯一の癒しの様に思っていたし、良き友人だとすら思っていた。
藤原が『凡人』? 『誠実』? 『やる気が無い』?
…__そんなもの、全て間違いだった。
一体どういう訳で唯の凡人が他のD機関員と同じ試験をクリア出来たのか。どうして唯の一般人が「面倒だから」と言いながらも他のD機関員と共に一緒にいるのか。そもそも何故藤原はD機関に居座り、スパイの訓練を受けているのか。そんなもの一言で片付く。
(彼もまた他のD機関員と同じ、『人でなし』だからだ)
彼は常に擬態をしているのだろう。それは一般人の仮面。自負心を決して出さない様にし、D機関の陰に隠れてひっそりと息をする為の仮面を。まさに彼は闇に隠れる更なる闇。『D機関を知ってしまった者』に対する、不意打の槍なのだ。
(だが…それには暫し疑問が残る。彼はどうして女装をしているんだ?)
藤原の女装はレベルが高い。パッと見は本物の女性にしか思えないだろう。だが、どう足掻いても彼は男なのだ。男性特有の大きな手や足、そして喉仏は隠せるものではない。ふとした瞬間にバレてしまう危険性がある。
決して長期では向かない。寧ろ、疑いが深くなる要素でしかなかった。常々、結城中佐は「スパイは疑われた時点で終わりだ」と仰っているのにも関わらず、何故彼はそんなことをしているのだろう。
俺が料亭の芸者や八重さんを藤原だと見抜けたのも、彼が女装していたからに他ならない。指紋検証の時に鑑識が「この芸者の指紋、男の様に大きいな…」と言ったことと、彼が最近外食ばかりであることに言い様のない違和感を抱いたからだ。
もう一つの理由としては『八重』の存在に疑問を持ったからである。
最初に八重さんと出会った時、彼女は明らかに困惑していた。更には「お手伝いに来ている」と言っているはずの彼女を、当時のD機関員達が「知らない」と言ったのは明らかに可笑しい。それが例え結城中佐の命令であったとしても、直ぐにバレてしまう嘘だ。あまりにも不自然すぎる。
俺は結城中佐と共に前を歩く八重さんを見つめた。そして口を静かに開く。
「八重さん、いや…料亭の芸者であり、D機関の藤原」
「あら、佐久間さんったら。分かってしまわれたのね」
「分かるも何も…お前はあまりに証拠を残しすぎていた。一つ、女性にしては大きすぎる指紋。二つ、お前は意味もなく外食をする人間ではないという事実。最後の三つ目は、『八重』に関しての辻褄の合わなさ。
…何故、見え透いた嘘と女装を続ける?」
そう言った瞬間、藤原はニンマリと笑ってみせる。口角を吊り上げ、まるで「待っていました」というような笑みだ。その笑顔は八重でもない、ましてやいつものD機関員の藤原でもない。そう、彼が『スパイ』であると分からせてしまう笑み。
__その刹那、俺は気がついた。彼は正体がバレる前提で嘘をつき、女装を続けているのだと。
藤原は二つの顔を持っているのだ。一つ目は女装をすることで相手に自分がスパイだと分からせる顔。所謂、彼は『D機関の広告塔』なのだろう。
欧米諸国…特に英吉利では「スパイは紳士がするもの」といった風に、栄誉ある仕事だと思われている。しかし、日本では違う。そんな日本のスパイへの認識を改めるためにも、藤原は敢えて目立つスパイ行為を行うのだ。
英雄的スパイとして、他国の著名なスパイの様に祭り上げられるために。
そうすればスパイ活動が日本で認められ、さらなる成長があるかもしれないと信じて。
そしてその英雄スパイの顔を隠すために彼は『藤原』として平凡なD機関員を装うのだ。だが、ただの平凡なスパイとして居座るのではない。D機関員の裏方として、敵の隙を突くのも彼の仕事。
(彼にとってはD機関員の藤原という顔も、女装姿の八重も…全てがフェイクなのだろう)
これで藤原の不可解な行動に説明が付く。だが、これが正解なのか分からない。もしかするとこれすらもフェイクなのかもしない。何故ならば彼は『D機関』の一員。魔王、結城中佐が自ら手掛けた化け物の一人なのだから。
(本当に…俺は最後まで入ることすらできなかった。ジョーカー・ゲームに)
末恐ろしいものだ。常人では決して出来ない訓練を易々と乗り越え、平然とした顔で生活を送るD機関員達。そしてそれを作り出した結城中佐。果たして結城中佐は一体どこまで未来を見据えているのだろうか。まさか敢えて目立つスパイを作り上げようとするなど…。人の一歩前どころか、数百歩前に進む結城中佐の手腕に舌を巻く。
そう思った瞬間、八重でもない、藤原でもない『一人の名もなきスパイ』が静かに目を細めた。女の様に妖艶に、しかしそれでいて男らしさを含む笑みを浮かべる。真っ暗に曇るその瞳の中に、もう一人の結城中佐を確かに俺は見た。
「A secret makes a woman woman. 」
女は秘密を着飾って美しくなるのよ。
♂♀
こえぇえええ!!!! 佐久間さんこえぇえええ!!!!! エッなんなの佐久間さん! 超怖いんだけど?!?! 普通に私が女装してるってバレテーラ!!
まるで探偵かのように私の失態を指摘してきた佐久間さんに戦慄する。私が芸者の擬態任務に行っていた時にそれを誤魔化す為、毎回「外食行ってきまーす」って言っていた。それにきっと違和感を抱いたのだろう。もっとマシな嘘をついておけばよかった…。
というか指紋を残してしまった事もバレてるし、更にはそれが男の指紋であったことも判明してるし! ついでに私が八重であることも分かってるとか!!!!
なんなの佐久間さん有能すぎかよ!!!! 怖いわ!!!! そうですよね、佐久間さんってエリートですもんね! 外人もあまりいないこの時代でペラペラ英語を話せるような方だものね! 当たり前だわ! 原作ではD機関の陰に隠れがちで気がつかれないけどな!
そして隣の結城中佐の顔見れねーわ!!!! どんな罰を与えられるか分かったもんじゃねぇ…。スパイとしてあるまじき行為ェ。
苦し紛れに某探偵漫画でお馴染みのセリフまたもや言っちゃったよ…。もう私、テンパるとついついこの言葉を意味もなく言っちゃう癖やめよ本当に??
(あああ…もう本当に転職したい…)
でも出来ない辛さよ。D機関を辞めた時点で前線送りになるからね。例として挙げるなら小田切さんだからね。アニメで小田切が退職届を出した途端に前線送りになったからな…。なんなの世間辛すぎ…って、そうじゃねぇ! 次は小田切のお話じゃん!
(時間系列で言うと次が小田切か! アニメでは最終回だったけれども! うあああああ私も辞めてぇ! でも辞めれねぇ!)
私は泣きそうになりつつも前を向いた。もう女装を止めたいと思いながら。