【完結】スパイになってしまったのだが   作:だら子

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其の三: 「一般人のダブルクロス」

(帰りてえ。煙草くせえ)

 

煙草の煙が室内を漂う中、私は会議室のテーブルの端に座っていた。周りにはD機関第1期生全員が席についている。テーブルの誕生日席には結城中佐が、いつも通りの厳つさを携えながらゲンドウポーズをしていた。その結城中佐の正面向こう側——中佐とは反対側のテーブルの誕生日席に小田切が顔を強張らせながら立っている。

 

(『ダブルクロス』の話が始まっちゃった…)

 

その事実に気がついて、内心で私はうな垂れた。

『ダブルクロス』のお話は小田切が主人公である。小田切がドジをして、的であるスパイを死なせてしまうといった内容だ。ミスの理由は「人間らしさ」を捨てきれず、化け物になれなかったから。この話により、D機関員も1人の人間であること、それと同時に、スパイは化け物でなければ務まらないということを視聴者に伝えるのだ。

 

それはまだいい。人間らしさを捨てきれないとか普通だから。完璧に任務の遂行とか無理だから。それに別に執着しちゃってもいいじゃねーか、人間なんだから。それよりも大切なのは——

 

(小田切が辞めるってことだよ!!)

 

羨ましすぎる!!

 

私だって辞めたい! 普通の民間の会社に勤めたい…! でも、辞めたら辞めたで前線送りとか辛すぎる。現に小田切も辞令表出した途端に満州送りである。はー…そう考えたら辞めれないんだよねー…。

でもさ、一瞬の気の緩みが死へと直結するD機関も嫌すぎる! 刹那の表情や感情を読み取り、その者の行動パターンから次にとる行動を推測するとか本当に何なの? できねーよ! でも、出来なきゃ死ぬ。辛すぎ。どうしてD機関か戦争の二択なのか。どっちも嫌だよ! 21世紀に戻りたい!

 

(しかもさ…なんなの? こんな一回のミスで他のD機関員にネチネチと言われるとか…)

 

ちなみに今、私達が集結している理由は小田切がミスったという報告を聞くためである。別名、集団尋問(会議)だ。

チラリと他の機関員達を見てみると、波多野はニタニタと笑っており、三好は興味なさげにしつつも肩をすくめる動作をしていた。この場にいた全員が様々な表情を見せながら、何もアクションを起こさない。

 

………さっきの発言は撤回する。ネチネチとは言っていないな、無言の圧力だ。彼らは今、無言でこう言っている。

 

「何故このくらいできなかったのか」と——。

 

D機関員達は基本的に人を信用していない。そして、信頼もしていない。他の人間が自分よりも劣っていると思っているからこそ、信用や信頼もしない上、ましてや期待すらもしない。自分の実力のみを信用して遣り遂げようとしている。

 

だが——D機関のメンバー同士だと話が違ってくる。

 

共にあの試験や過酷な訓練を受けいるからこそ、お互いの実力をよく知っているからだ。超難題試験をパスし、常人では決して耐えることもできない訓練をし、『スパイ』となったD機関員達。

「こんなことを出来る奴が自分以外にいるのか?」と思っている機関員の描写があるくらいだ。自分にしか出来ないと思ったことを、出来る奴らがいる——だからこそ、自分と同じD機関員を信頼している。

 

いや、信頼なんて生易しいものじゃない。「出来て当然」という考えを持っている。全てが出来きて当たり前。出来ると『確信』している。ある意味で友情や愛情を越えた、確固たる繋がりがあった。

 

(フザケンナ! そんな考えは頼むから捨ててくれ!)

 

それに含まれた凡人たる私はどうしたらいいのかな?! 前世チートがあるだけだよ?! そんな信頼は持たないで…。確実に私、いつかはドジをしそうだから…。

 

訓練とか訳が分からなすぎて本当に辛かった。体術の授業では毎回最下位だし、座学の方でも全然理解が追いつかなかったし、本当に本当にしんどかった…。

一番辛かったのは自白訓練だが、次に堪えたのはジゴロの訓練だったな…。私、コミュ障だったからさ…。人の感情とか癖を見抜けとか無理だからね?!何回かそれでヤバイことになったし…。

 

一回、訓練の為に嫌々ながらも女性と2人同時に付き合っていた時期がある。その時、女の感情に気がつかなくて修羅場になりかけた。

「藤原さん、浮気してるでしょ」と言われた時は心臓が止まるかと思ったな…。女って怖い。その場面を丁度小田切に目撃されて、「うわあ」的な笑みを浮かべられたことがある。馬鹿ですみませんね! 前世で女だったくせに女の気持ちが分からないとか色々な意味で終わってるわ。

 

(スパイ辞めてえ…)

 

私がモヤモヤと考えている間に話が纏まったらしい。結城中佐が次々にD機関員達に指示を出して行く。その途中、田崎にアイコンタクトされた為、私も一番最後に立ち上がった。ハイハイ、運転係ね。

小田切の横をすり抜ける瞬間、小田切だけに聞こえるよう声を発する。

 

「囚われるなよ、小田切」

「!」

 

無表情だったが、小田切の眉がピクリと動いた。通常の小田切ならば絶対にしないミス。相当今回のことで堪えたか、あるいは——。

いや、止めておこう。考えたら虚しくなる。小田切が辞められたら仕事が増えるから、辞めて欲しくないなあ。…いや、本当にマジで辞めて欲しくない…。仕事が増える…。

頑張って小田切をD機関に留めさせよう! 絶対に! そう思いながら扉を閉めた。

 

その後、車の準備をして田崎と三好、甘利を乗せた。途中で三好と甘利を下ろして、田崎と2人っきりになる。助手席に座る田崎はガラス越しに景色を見ており、2人の間に沈黙が流れた。

 

…そう言えばD機関員達から見た小田切ってどうなんだろう。小田切はD機関第1期生で唯一の軍人だった人物だ。その為、他のメンバーよりも軍部のことを批判することは少ない。お陰様で私の良心その二でした。一位は佐久間さんだ。

 

そんな小田切だが、D機関にはきちんと馴染んでいる。しかし、今回の件で小田切はミスをした。そんな小田切をどう思っているのだろう? 気がついているのかな、小田切が辞めることを。そう思いながら口を開いた。

 

「奴のこと、どう見る?」

「完全に『囚われてる』かな」

「だよなァ」

「ま、これはあいつの仕事だからね。責任を持って最後までやってもらわないと…。あ、ここで降ろしてくれ」

 

小田切は辞めると思ってんのー? を聞けなかった! クッ、やっぱりこいつらとはコミュニケーションを取るの難しい。もう嫌だこいつら。でも、多分気がついてるんだろうな…小田切が辞めるかもって。原作知識がなかったら私は気がついてなかったわ、多分。

 

D機関員達の優秀さと自分の凡人具合を比べて落ち込みつつも、私は田崎を車から降ろした。田崎を降ろした後、車を直ぐに発進させる。前世では吸ったこともないタバコに火をつけ、久々にそれを口に咥えた。

 

「なるようになるしかない、か」

 

 

——そしてその数日後、小田切は事件を解決させた。

 

 

展開が早い? いや、仕方がないじゃん…。ぶっちゃけると私、やることないからね? 殆ど機関員達の足になる係だったから。めちゃくちゃ車で送迎したから。それに私は他の仕事もあるからね?! 今はカバーの人間を覚えている段階である。

 

まあ、そんなことよりも…一番大事なのは小田切の退職阻止だ。絶対に小田切を辞めさせてたまるか。私の仕事量が確実に増える! ついでに私の精神ストレスも増える! 佐久間さんがいなくなった今、小田切までいなくなればストレスでヤバくなる! あんな人でなし集団の中いたくないんだよ! ごめん、凄くゲスい自覚はあるけど辞めないで!

 

小田切がカフェでコーヒーを飲んでいるときに、偶然を装って小田切のテーブルに座る。小田切は表情一つ動かさず、「どうした?」とだけ聞いてきた。動揺しない辺り、流石だ。周りにD機関員や軍人、スパイがいないのを確認しながら私は口を開く。

 

「囚われたか、小田切」

「………、……そうだな…囚われなければ俺と言う存在がなくなる」

「お前はこの仕事、向いていると私は思うんだがな。あっちに行くのはやめておけよ」

「いや、俺はもう無理だ」

「そうか…。ハァ、私の方が向いていないのに、まさかお前が先に辞めるとは…」

 

思わず本音が言葉となって零れ落ちる。

 

小田切よ、お前はスパイが向いているよ! 私より優秀なくせになんで辞めんの?! 別に囚われたっていいじゃん。人間なんだから執着してもいいんだよ。執着しながら生きるんだよ。スパイを続けようよ…そして私の仕事を増やさないで!

 

でもなあ…これ以上は小田切、譲らなそう。一度決めたら小田切は基本的に譲らない。だからこそD機関に入る前、軍人でありながら上官に逆らったのだろう。小田切は正しい判断ができる奴だから。辞める、ということも小田切にとっては正しい判断なのだ。

 

結城中佐が怖すぎていつも崩さない、ポーカーフェイスを保っている顔が歪む。色々と本音がボロボロと出ているが、小田切は退職するからいいだろう。他のメンバーに見せたら鼻で笑われるだろうけど。

 

それを見て、小田切は少し目を見開かせた。コーヒーカップをテーブルの上に置きながら意外そうな顔をする。なんだ、その顔は? と思いつつ、彼の言葉を待った。

 

「藤原が辞める? まさか」

「何? 私がこういうことを言うのが意外だと? いつも言っているじゃないか、面倒だって」

「ああ、そうだな。だが、お前はこの仕事に向いている」

「は?」

「これ以上なく、お前はこの仕事に向いていると思う」

 

小田切はコーヒーに映る自分を見ながら呟いた。私は信じられない気持ちで彼を見る。少しの間、沈黙が流れた。そして小田切は不意に肩をすくめる。テーブルの上に小銭を置き、立ち上がった。

 

いやいや待って?! 爆弾発言したよこの人?! あり得ない言葉を聞いて咄嗟に反論できず、数秒沈黙してしまったけど……私がスパイに向いてる?! は?! 頭、大丈夫…? ちづねぇに囚われすぎて頭がおかしくなった…? 向いてるわけないだろ?! 技術はD機関員の中で最下位だと自信を持って言えるし、コミュ障だし、何より度胸がない! ええええ…嘘だろ…。

 

私が訂正しようと声を上げようとしたら、小田切が笑った。

あの小田切が満面の笑みで笑ったのだ。

私はその瞬間、ハッと息を呑む。

 

D機関員達の笑いには色々な意味が込められている。威嚇の為、騙す為、嘲笑う為など、様々な笑みを持って、己だけでなく他者を欺き、生き残る。どんな穏やかな笑みだろうとも、そこにはスパイとして影が見え隠れするのだ。他のものには分からない、スパイの笑みが。

 

だが——だが、今の小田切の笑みにはそれがなかった。1人の人間としての、小田切、いや、『飛崎』としての笑み。小田切の目の中には結城中佐ではなく、飛崎がいる。遠き日の小田切の故郷で、彼がちづねぇと共に歩く姿をその目の中に確かに私は見た。

 

私は開きかけた口を閉じる。そして小さく笑った。

 

「達者でな」

「ああ、お前もな……藤原」

 

 

♂♀

 

 

藤原と別れた後、俺——小田切は静かに道を歩いていた。様々な人が行き交う中、目を閉じる。

 

(最初から最後まで不思議な奴だったな、藤原は)

 

藤原という男は、変人の巣窟であるD機関の中でも変わった奴だった。

 

「面倒くさい」「スパイになりたくない」などと言い、訓練の成績はD機関のメンバーでも最下位。更には変に律儀で、訓練以外では恋人を作ったり、夜遊びに出かけたりすらもしない男だった。

擬態のように思えるが、完全に本心から言っていたのだ、彼は。でなければ自白剤訓練や擬態訓練の時に苦虫を噛み潰したような顔などはできない。アレは訓練してできるような表情ではなかった。

 

その中でも一番驚いたのは、ジゴロの訓練でニ股をする羽目になり、しかもその浮気がバレていた時だ。こいつは何をしているのかと思ったさ。対人技術や人を騙す技術が明らかに足りていないんじゃないかと感じた。

 

——D機関の落ちこぼれ。

 

D機関員の中で一番技術が足りていないといっても、『D機関員の中で』だけだ。世間や他のそれなりのスパイには通用する。又、不意打ちはそこそこの技術を持っていたのが不幸中の幸いだった。ここぞという時に相手の意表を突き、本領を発揮していたのが藤原だ。だからこそ彼はメンバー同士のポーカーと偽ったジョーカー・ゲームにあまり参加せず、自分が活躍できるときだけ参加していた。

 

己の力の見極めを正しく行なっているもの。

それが藤原に対する印象だった。

 

(だが、いつからだろうか。彼への印象が少し変わったのは)

 

彼は凡人だ。他の化け物達とは違って凡人の領域を出ていなかった。

だが、彼は凡人というにはあまりにも——そう、変わった考え方を持っていた。帝国主義が当たり前とされる中での民主主義思想。これには他のD機関員達も同意することだろう。彼は変わっていた。

 

己の力量を正しく知る変人——それこそが藤原だと思っていた。思っていたはずたのだ。

 

しかし、ある時、気がついた。

彼は『この世界を世界として見ていない』と。

 

D機関のメンバー全員が、自分だけを信じて生きているような『人でなし』である。任務のためならば、恋人だろうが家族だろうが捨て去る覚悟を持つ、正真正銘の人でなし。人を情報を手に入れるための駒程度にしか思っていない、サイコパスのような存在。

 

そんな彼らでも、一応は世界を見ていた。

人を駒程度にしか思っていなくとも、人としてキチンと見ていた。

 

——だが、藤原は違う。

 

世界を、ただの映像としか見ていない。

人を人として扱いながらも、物としか見ていない。

ある意味でそれは、他のD機関のメンバー達よりも不可解だった。

 

この世界に生きていながら、この世界に藤原はいない。鏡の向こうにある世界としてしか捉えていない。藤原はこの世界を、本の中の物語か何かと見ているようだった。世界はただの物語を紡ぎ出す文字にしかすぎず、人は物語を盛り上げる存在でしかない。

 

(一番、周りの人間を人として扱いながら、人として扱っていない)

 

ゾッと背筋が凍るような寒気がした。そして同時に納得した。技術では劣るが、藤原もまた、『化け物』なのだと。だからこそ、このD機関に文句を言いながらも居座っているのだと。

彼にとって、スパイを辞めたいというのも本心なのだろう。藤原自身も、自分の技術の低さを自覚しているようだったから。だが、彼の気質がそれを許さない。

 

藤原は根っからの『人でなし』であり、『化け物』なのだから。

 

俺は先程の、ポーカーフェイスを崩した藤原を思い出して密かに笑った。恐らく、彼とはもう会うことはないだろう。藤原はきっと、生涯、化け物であり続けるだろうから。結城中佐の手がけた化け物の1人として、世界を暗躍し、あらゆる者を騙し、生き残る———。やはり藤原、お前は…。

 

「これ以上なく、向いているよ」

 

スパイに———。

 

 

♂♀

 

 

はああああああああ…やっぱり小田切は退職かあ…。私の癒しがいなくなっちゃった…。小田切が羨ましい…でも、戦争には行きたくないからなあ…。

 

小田切の所持品や彼がいた証が一切消えた、D機関。しかし、それに対して疑問の声を上げる者も、ましてや話題に出す者ですらいなかった。

本来ならば任務か何かと思うだろうが……多分、皆、小田切が辞めたと知っているのだろう。悟り具合が本当にハンパないよね、こいつら。妖怪、サトリかな? マジで妖怪って言っていいと思うんだ…。

 

(ま、それよりも仕事かな)

 

私は可愛らしいツバ付きの帽子を揺らす。綺麗に化粧で施された顔に笑みを浮かべ、隣にいた男——…ドイツ人男性に腕を絡ませる。背が高い為、腕が絡ませにくいが…まあ、しょうがないよね。一応、私はこの時代の男性の平均身長だから。勘弁して。寧ろ、責めるべきなのは背の高いやつである。私は悪くねぇ!

 

この時点で、「あっ(察し)」となっている方もいるだろう。現在、私は女装している。女装男子★藤原ちゃんだ。

………ごめん、調子に乗った。痛い自覚はしている。男のくせに何をしているんだと思うだろうが、任務だから。決して、決して、趣味じゃないから。前世の女性意識に引っ張られ、ノリノリで女を演じちゃうけど、趣味じゃないから。大事なことなので二回言った。

 

そんな女装任務中な私だが、大変なことに気がついてしまったのだ。

 

(やっっっっっべえ、とんでもねぇミスをやらかした)

 

結城中佐に怒られる…!

 

言い訳しても、取り返しがつかないくらいの大きなミスを犯した。小田切なんて目じゃないぜ! どどどどどうしよう。ダレカタスケテ! だからスパイなんてやりたくないんだよ!

 

毛穴という毛穴からドッと汗を出しながら、必死にどうしようかと考えた。




皆様、お久しぶりです。リアルが忙しく、中々更新できませんでした。コメントもいただけて、ビックリしています。申し訳ないのですが、コメントはまた後日返しますね。
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