一応、『ダブルジョーカー』を読んでいない人のために、『蝿の王』の話の内容も解説しています。
「なんでこんな所にいるんだろ…」
木の間に隠れるようにしゃがみ、片手で軍用銃を持ちながら遠い目で呟いた。
溜息を吐きたくなるが、軍から支給された軍服の帽子をグッと下げるだけに留める。それでもなんだか物足りなくて、大きく息を吸うと、むせ返るくらいの死臭や硝煙の臭いが嗅覚を刺激した。
アッやばい全然気分を逸らせない。むしろ気分が悪くなるやつだ。失敗した。
ゲンナリしながら私は前を向く。そこには私と同じ軍服に身を包み、銃を両手で握りしめた男がいた。その男は物凄い形相でこちらに怒鳴り始める。
「早く行くぞッ西村ッ! 死にたいのか!」
「はっ、はい! すみませんッ!」
——今、私、藤原は西村久志陸軍二等兵として中国の戦地にいます。
本当にどうしてこうなったんだ。私の命運を管理している責任者出てこいよ。私は兵士になりたくなくてスパイになったのに(不本意だけど)前線送りとかマジなんなの? その為に幼少期から命懸けで頑張ってきたのになんなの? スパイ兼前線兵士とかやること多すぎない? 協力者と色々連携したりとかしなくちゃいけないしさ?
てかさ、死ぬな殺すなが信条のはずなのに銃片手に敵と戦う羽目になってるんですけど。
まあ、殺すの怖いし、結城中佐に怒られたらいやだし………というわけで、銃弾を外しまくってるけどな!私がコピーしてる西村久志陸軍二等兵は今年一年目の兵士だからポカしまくっても大丈夫大丈夫。
それにこんな戦争は所詮は偉い人が愛国心だので弱者を奮い立たせて、伊達や酔狂で戦ってるようなもんだし。普通は闘わずにして勝つのが一番だからなあ。
ちょっと罪悪感があるけどね…。周りの兵士達は本当に日本の為に戦ってくれてるからさ…。本当にこんな前線に来たくなかった…。
(まあ、結城中佐がD機関員を前線送りにしたのは仕方がないんだよなあ。前線部隊のスパイは多いから…)
日本は未来でもスパイ天国と言われているように、現在の日本政府内にも多くのスパイが存在する。高位の官僚達が他国のスパイに成り果てている現状に少し泣きそうだ。
まあ、それはさておき。いや、置いちゃダメだけど話が進まないから、さておき。
普通ならば前線にいるスパイの数は本国の中央政治よりも少ないと思うが、日本の場合は違う。
前線部隊が中央政治の決定を無視して独自の判断で軍を進め出したことが原因である。普通ならば中央政治は激オコのはずだが、前線部隊が戦果を残してしまった上に国民の大支持を受けてしまった。
それにより政治の決定は簡単に覆り、前線部隊がそのまま進行を続行。
その結果、他国は『日本は中央政府よりも前線部隊の意思決定の方が重要。日本の伝達係が政府に情報を送るよりも早く、前線部隊の情報を知らなくては』となったらしい。当たり前である。何してくれちゃったんだお前ら。
(色々めちゃくちゃだし、それによって私が前線行かなくちゃならないし、本当に嫌! 前線部隊よ、ちゃんと政府の命令を聞けよ! 私が困るだろ私が!!)
他の人間だけではなく、自分にも被害が行き過ぎて内心で私はボロクソに罵倒していた。ダダダダダッと他の隊員達と戦地を駆け抜けながらギリギリと銃を握りしめる。今世の私の全力の願いをぶち壊した罪は重い。
もー…本当に来たくなかった! 前線部隊のスパイの調査などをしながら銃片手に敵に特攻とかなんなの?! 結城中佐は私を殺す気なの?! 私は女装と運転技術ぐらいしか得意じゃないんだけど?!
(しかも今からさぁ、色々手回しをしなきゃいけないし! 過労で殺す気か!)
今回のお話、『蝿の王』の的はモスクワのスパイの脇坂だ。彼は熱烈な共産主義者であり、自主的にモスクワに協力。モスクワに日本の前線の情報を流すべく、軍医として彼はここにいる。
それだけならば、素性が分かりまくっているスパイをわざわざ捕まえたりなんかしない。誰の手で、いつ、どんな情報が流されたのかさえ把握していれば、情報戦はむしろ有利に進められるらしいから。
ちなみにコレ、結城中佐の教えね。
(でもなあ、モスクワスパイの脇坂の野郎、目立つ方法で人を殺しやがったから…)
モスクワスパイの脇坂によって発案されたワキサカ式と呼ばれる情報の手渡し方がある。手足や頭がもげていない支那兵の死体(腐敗しないように処理済)に情報を入れて渡すという方法だ。
ここは前線だからあっちこっちに死体が転がっているからね。本当に泣きたいぐらいに。
でも、ある時、五体満足の支那兵の死体が見つからなくて、モスクワスパイの脇坂は現地住民の老人を殺したのだ。マジキチすぎじゃね。
現地住民人々にとっては知り合いの老人が何故か軍服を着て、死んでいたとなれば騒ぎになる。そんな事をされたら当然目立つし、他のことにも色々支障がでてしまうし、私たちD機関にとっては少し眉を顰める事態だ。
(それが約一週間前。あー…できれば原作通りには行って欲しくなかったな。だって銃で腕を撃つんだよ? 痛いわこの野郎)
原作小説ではD機関員が自分の腕を自ら銃で撃つ。理由———それは、その怪我によって軍医のモスクワスパイ、脇坂に接触して、間近で反応を見るためだった。
原作のD機関員は、モスクワスパイがもしも今回の殺しにかなり罪悪感を抱いていた様子なら、まだ泳がす気でいたのだろう。そんな人間はもう殺しはしないだろうから。
でも、残念ながら原作のモスクワスパイは殺しを正当化しているような様子であった。これではまた無意味に人を殺しかねなかったので、逮捕しちゃおうぜ! が一連の流れである。
(腕を撃ちたくねー…。原作知識があるから脇坂と接触しなくてもいいだろって思っちゃうよね…)
でも万が一、原作知識とズレてたら流石にヤバイ。
原作とは違い、モスクワスパイの脇坂が殺しに罪悪感を抱いていたなら泳がすだけでいい上に、わざわざD機関という存在を面に出さなくて済むからなあ。
もちろん、原作通りなら捕まえなきゃいけないが。
原作知識を妄信するあまりに、正しい判断を下せなかったと結城中佐に知られたならば、社会的に殺されるわ。結城中佐は私が原作知識なんてものを持ってるとことは多分、知らないだろう。
結城中佐だからなんか知ってそうな気もしちゃうけど…えっ、本当に知らないよね、結城中佐? 確信を持って言えないんだけど(震え声)
ま、まあ、それは置いといて。結城中佐からすれば、「妄想に取り憑かれ、ミスをした」になるからね。そんなこと絶対に結城中佐は許さないから。もー怖すぎ。
あーどうしよう〜腕を撃ちたくね〜と死んだ目で戦場を駆けていた時、ヒュンッと銃弾の音と共に腕に強烈な痛みが走った。
「グォオォオオ?! 痛ァ?! 腕、撃たれた…!」
「西村、大丈夫か!」
「大丈夫だ…!」
全然大丈夫じゃないです!! クッソ腕が痛え!! もう戦場怖すぎ。なんなのこの命のやり取り。だから来たくなかったんだよ! 結城中佐の馬鹿野郎!! 面と向かっては怖すぎて言えないから、中国のこの地で全力で結城中佐のこと罵倒してやる!! チキンで悪かったな!
あーもう、油断した! 下手に原作知識を思い出してボーッとなんかするから、撃たれるんだよ私の馬鹿!
私が今コピーしている西村の同僚が心配してくれているので、西村らしく笑って返事をする。だが、内心では盛大に舌打ちをした。
腰のポーチから布を出して、素早く腕の止血をする。我ながら素早い止血だ。
(でも、これでモスクワスパイの脇坂に接触できるし…まあ、いいか。ポジティブだ。ポジティブに考えろ藤原!)
グッと歯を食いしばりながら走り出そうとした、その時。
横にいた同僚が慌てたような声を上げた。
「西村、危ない!」
「はっ?」
ガンッと凄まじい音が聞こえたと思えば、頭に激痛が走る。痛いだとかそんな思考すらも出来ずに、次の瞬間ぐわんっと視界が回った。
♂♀
「知らない天井だ」
目を開くと本当に知らない天井というか、テントの屋根が視界に入って来た。それに驚いて思わず某アニメの言葉を呟いてしまう。これ一回でも言ってみたかったんだよね…って違う違う。なんで私はこんなとこにいるんだ。
上体を起こせば、そこら中に怪我をしている男、いや、兵士達が寝かせられている。 そんな兵士達を治療するべく、多くの人々があくせく働いていた。
その光景を見て、冷や汗が流れる。血と汗と、色々混じったような嗅覚を刺激する言いようのない臭いに思わず鼻を手で覆った。
「エッ何事?!」
私はギョッとして立ち上がろうとすると、頭と腕に強烈な痛みが走る。そのまま情けない声を出しながら蹲った。痛ッたい!!
それを見たのであろう、一人の男が慌てて駆け寄ってくる。
「大丈夫か、西村? 上から落ちて来た腐った木が頭に直撃したらしいからな。無理はするなよ」
「あのー…すみません」
「うん?」
「西村って、誰でしょうか」
「は、」
♂♀
「——恐らく、軽い記憶障害だろうね。頭を強く打ったみたいだから」
「はあ、そうなんですか。脇坂先生、ありがとうございます」
普通に職場から帰宅したら、何故か戦時中の兵士になっていた件について。意味が分からないよ?!
平成から昭和初期にタイムスリップとか本当に意味が分からない。大事なことだから二回言いました。夢かと思ってベタに頰を抓ってみても痛かったんですが。現実か、現実なのか! 死ね! 責任者出てこいよ!
しかも西村とかいう男になっているらしい。私は女なんだけど?! どういうことだよ?! 性別くらいはタイムスリップするなら女にして欲しかったんですけど?!
……いや、下手に戦地のここに女がいたらマズイか。てか、ここが戦地とか本当に泣きたいんですけど。
まあ、それも大問題なんだけどさ。もう一つの問題があるんだよ。ちょっと聞いてください本当に。意味が分からない事態その二が起きているんです。
目の前にいる軍医の脇坂という人を見る。脇坂先生は人の良さそうな笑みを浮かべながら、口を開いた。
「いつ思い出せるかは私からはなんとも言えない。ふとした瞬間に思い出せる可能性もあるが…」
——この男を観察しろ。そして、内心を見抜け。
あの………さっきからこんな心の声が聞こえる上に超指示してくるんですけど………。しかも滅茶苦茶な無茶振りしてくるんですけど……。いつから私は幻聴が聞こえるようになったの?! クソ怖い!!
目の前にいる脇坂先生に相談したくて仕方がないが、絶対に言うなコールが脳内に鳴り響くので言えない状況である。本気で怖いんですけど。お祓いしてもらいたいレベルなんですけど。マジで脇坂先生に相談したい。でも、相談できない。脳内の声に殺されそう…。
(私は西村さんに憑依してるってことなのかな。この声は西村さんみたいな? ん? じゃあ、どうして西村さんは「身体を返せ」って言ってこないんだろう…)
訳が分からん。
これが漫画とか小説ならば、西村さんが脳内から「なんだお前?! 俺の身体を奪いやがって!」みたいに言ってくるはずだろう。だって声が聞こえるってことは、この身体の中に西村さんがいるってことでしょ?
うーん、漫画の読みすぎなのかな。無意識にこの身体が取っている行動なのだろうか。普通、無意識に脳内会話してくる? どんな人間だよ。化け物か。
むむむと考えながら、とりあえず脳内の声に従って色々と脇坂先生と話してみる。記憶喪失前提の会話でありながら、色々と話を広げていくような会話の仕方で無意識に軽々と話すことができて、少し目を見張った。西村さんのコミュ力が高過ぎてビビるレベルなんだけど。すげえな西村さん。
まあ、いきなりタイムスリップしてて不安だから脇坂先生と色々と話せるのは嬉しいし、そんな優しい脇坂先生を不愉快にさせないような会話もできてるし、一石二鳥か。とりあえず、何を話したらいいか分からなかったしさ。アッ、後、情報も仕入れることができたし!
明日、慰問団の『わらわし隊』って人たちが来るらしい。お笑い芸人の人達が前線部隊を慰労する為に態々こちらへ来ているとか。スゲーな慰問団。前線に来るなんて。
脇坂先生が、「気分転換に行ってみるといい」なんて言われたから行くつもりである。
周りの人たちも唯一の娯楽、慰問団の公演が見れることが楽しみなのか、ワクワクしていた。殺伐としてる戦場で癒しは大切だよね、分かります。
(うーん…でも、『脇坂』と『わらわし隊』ってどこかで聞いたことあるんだよなあ。歴史の教科書に乗ってたか、それとも西村さんの記憶なのか)
脇坂先生にちょっと聞いてみようかな〜そう考えていると、脳内の西村さんが再び語りかけてくる。
——不要な情報を迂闊に話すな。
(あーはいはい。わかりましたよ。西村さんはやけに用心深いな…。なんか、ジョーカー・ゲームシリーズの『誤算』みたいな声の掛け方…)
うん? ジョーカー・ゲーム…?
…。
………。
…………。
(アッッッッッレ?!?! ここマジでジョーカー・ゲームシリーズのダブルジョーカーにある『蝿の王』の話じゃね?!)
さっきから『蝿の王』に出て来るワードがバンバン出て来る。脇坂先生から聞けば聞くほど『蝿の王』に該当するワードしか出てこなかったことに気がつく。
これでもジョーカー・ゲームシリーズは読み込んでいる方だから、上官の名前や、慰問団『わらわし隊』の芸人の名前も完璧に覚えている。それとなく答え合わせのように脇坂先生に聞いてみると、やっぱり小説と同じ。乾いた笑いしかでなかった。
極め付けには私の名前が『西村久志陸軍二等兵』。
D機関員がコピーしている人物の名前である。
つまり、私はあの化け物と名高いD機関員に憑依してるのだ。
(アッッッッッカーーーーン!! 何、私は重要人物に軽々と憑依してんの?!)
一番憑依してはいけない人に憑依してるじゃねーか! 馬鹿なの?! そりゃあ西村さん脳内から語りかけるわ!! 目の前にいる脇坂先生がモスクワスパイだもん!! 無意識に身体が覚えているんだ! クソ怖いな?! 化け物じゃねーか!
確か何日か前に脇坂先生は任務のために不要な殺しをしたから、それに対して罪悪感を抱いているか否かを調べるんだっけ?
わざと自分の腕を銃で撃って、脇坂先生に接触する——今じゃん! 完全に銃で腕が撃たれているじゃん! そう言えば自然に数日前の事件の話の流れになってたわ!!
こっっわ、西村さん怖い!! 無意識レベルで語りかけてきて、自然に話を持って行く!! えっ、でも、脇坂先生の顔色が変わったとか全然分からなかったよ?! 大丈夫?! てか、すっごく私ってば西村さんの任務の邪魔してない?! わざわざ銃で自分の腕を撃ったのに、私が憑依してしまうなんて!
(ジョーカー・ゲームの世界に来たのに全く嬉しくない…。だって西村さんからのプレッシャーがヤバイもん…。早く身体を返したいんだけど…。クッソ普通に憑依させろよな!!)
ジョーカー・ゲームに行くらいなら、違うところが良かった。戦時中の日本とか一番行きたくないわ! 近代系の世界に行くならば名探偵コナンとかが良かった…!一応、現代だから安心して傍観できr……いや、できねーなあの世界も。事件の発生率がハンパなかったもん。
しかも簡単に人が死ぬし。全然ダメだわ。近代系の世界で絶対行きたくない世界その二だわ。簡単に観覧車やビルや船が爆発する日本なんて私は日本と認めない。
もうこうなったらスポコン漫画のテニスの王子様とか…! いや、あれもダメだな。テニスという名の格闘競技だもんアレ。友人に少し聞いた話だと、恐竜とかテニス中に出てくるらしいし。なんなのあの漫画。
(とりあえず憑依なんかしたくなかった! 実際に来ると怖すぎる!)
内心で悪態をつきながらも、私は脇坂先生と別れる。一応、頭を強打して、腕を撃たれているといっても他の者と比べれば軽傷の部類。まだまだ患者はいるとのことで、ベッドから離れる必要があった。戦争怖い。
ついでに私が脇坂先生と離れたかったのもある。モスクワスパイと迂闊に話したくなかった。
——タバコを吸え。
(まーた、西村さんからの指示きたわ…)
仕方がなく、ポケットからタバコを探して、火を点ける。タバコを吸ったことなんてなかったから噎せるかと思ったが、流石は西村さんの身体。普通に吸えた。
ボー…としながら無意識にタバコの煙と火で遊び始める。
(まあ、なるようになるかなァ…でも、原作通りなら明日が勝負だよね)
明日の慰問団『わらわし隊』の公演が終了後、D機関員はモスクワスパイを拘束する。
まず、『笑わぬ顔』というスパイハンターが慰問団が行く場所の前線スパイを刈り取っているという嘘の情報を流して、モスクワスパイの脇坂を慌てさせる。そして、D機関の思惑通りに脇坂は『笑わぬ顔』を探し始めるのだ。
更に、脇坂はなんとかスパイハンターを炙り出して罠にかけるために、『猪熊軍曹がスパイだ』といった嘘の密告書を上官のテーブルに放置。余談だが、猪熊軍曹は完全なるとばっちりである。騒ぎになればきっとスパイハンターは顔色を変えると脇坂は思っていた。
だが、途中でプロの笑いの芸人から「西村さんは笑っているようで笑ってなかった。後、西村さんが上官の部屋(脇坂が密告書を置いたところ)に行きましたよ」と言われる。「まさか西村が『笑わぬ顔』?!」と急いで行ったところで既に遅し。D機関の西村に秘密裏に捕まる〜といった流れだ。
(一つ言っていい? できねーよ!!)
西村さんからの脳内からの伝達があっても、流石に無理なんだけど?! 私はプロのスパイじゃねーから! あー…もう、どうしよう…。西村さんに身体を返せないのなら、迂闊にスパイ活動しても危険なだけだし、普通にこのまま前線で戦うしかないよね…。怖すぎるんだけど。帰りたい。スパイ活動できなくて、ごめんね西村さん。私には無理です。
不安を抱えたままタバコを消した。どうしようかな〜と考えていると、私が記憶喪失だと聞いた西村さんの同僚が心配したのか来てくれて、そのまま寝る場所に案内される。
「考えても仕方がないか」と思いながら就寝した。
——そして次の日。
(あーあー…慰問団によるお笑いが始まっちゃった)
怪我をしているからという理由で前の方の席に座り、私は慰問団『わらわし隊』のお笑いを見ていた。
色々と考え過ぎて緊張してしまい、上手く笑うことが出来ないが、迂闊にモスクワスパイの脇坂先生に疑われたくないので全力で笑ってみせる。
社会で身についた全力の嘘笑いがこんなところで役立つとは思わなかったわ。ありがとう、嫌いな上司。初めて貴方に感謝しました。
前線なのに見張りを怠るなんてことはありえないので、数回に分けて行われる1回目の慰問団の公演が終わる。原作通りに脇坂先生が公演会場の外に出て言っているのを確認。私は思わずため息を吐いた。
(原作の西村さんは色々手回しした上で脇坂先生を捕まえたみたいだけど、私は何もしてないからな…どうしようもねーわ)
諦めて私も外に出る。脇坂先生は確か裏手に行っていた描写があったから、違う方向に行く。公演会場の壁にもたれかかりながら、タバコを吸った。西村さんの身体になってから、偶に口が寂しくなるんだよね。これがタバコユーザーの身体か。
数十分そうしていると、向こうの方から厳つい顔の兵士が歩いて来た。ヒェッ怖い!! と思って慌ててタバコの火を消す。
何故か私の横に来た厳つい兵士を見ると、彼は険しい顔をしている。なんなんだこの人…。私は若干怯えつつも声をかけた。
「あのーどうかしましたか?」
「悪いな」
「へ?」
目の前にいた厳つい兵士の腕が急に動いたと思えば、脳天に鋭い痛みが走る。ぐわんと視界が揺れて、目の前が真っ暗になった。