神のまにまに【完結】   作:puc119

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神様、食い逃げをする

 

 

 ふわり――と柔らかな風がそよぎ、それほど長くはない私の髪を優しく撫でた。目を閉じ、暫しの間その風だけに意識を集中してみる。

 寒い季節は過ぎ、これからは暖かくなるばかり。桜の蕾は膨らみ始め、もう直ぐにでもあの薄桃色の花弁を開いてくれることだろう。春夏秋冬と大雑把に分ければ、私はやはりこの季節が一番好きなのかもしれない。厳しいあの寒さの影響で多くの命が消えてしまった。それはずっとずっと昔から続いていることで、仕方の無いこと。

 しかし、この季節はその消えた命が再び戻ってくる季節。そんな季節が私は好きなのだと思う。廻る廻るこの世界。随分と忙しない奴らばかりではあるものの、だからこそ美しいのではないだろうか。

 

「霊夢ー。次は、彼処の茶店へ行こうぜ」

「あっ、ちょっ……んもう、魔理沙はもう少し落ち着きなさいよ」

 

 ふいに、そんな元気な声が聞こえ、閉じていた目を開けると、白黒と紅白の少女が何やら楽しそうに私の横を走っていった。

 

 それはなんでもない日常のひとコマ。しかし、ソレが心地良いと私は感じるのだ。

 

「うーん、良い世界になったねぇ」

 

 二人仲良く茶店へ向かって走っていく少女を見ながら、私はそんな言葉をぽそり落としてみた。それはきっと私の本心で、そう思えたことが何よりも嬉しかった。

 

 

 私は神だ。

 

 ……なんて言うとちょっと自慢しているみたいでアレだが、他に説明の仕様が無いのだから仕方無い。いつの間にかこの場所は“幻想郷”などと呼ばれるようになってしまったが、そう呼ばれる前から私はこの場所で神をしていた。

 じゃあ、お前は何の神なんだ? なんて聞かれると私は少し困ってしまうが、私が神であることは間違いないはず。とは言え、神なんて其処ら中にいるものだし、私のように曖昧な神がいてもおかしくはないと思う。

 廻り廻り、巡る巡るこの世界をずっとずっと見てきた。草に木に、獣に魚に、人に怪にありとあらゆる生命に想いを馳せ、私はこの世界を歩んできた。

 最近になって、まるで箱庭のようにこの場所は隔離されてしまったが、それでもこの場所は好きだ。結界の外とは時間の流れが変わってしまったが、それも時代なのだろう。

 

 そうやってなんだか、いかにも神っぽいことを考えていると、私のお腹から、くぅ――と気の抜けた音が響いた。

 そんな音が響いたことで須臾、私の思考は停止したが、慌てて周囲を確認。

 

 ……ああ、良かった。どうやらあの音を聞いた者はいないらしい。いやだって私、神だもん。あまり格好の悪い真似などできやしないだろう。威厳とかあるんだ。

 とは言え、神だってお腹は減ってしまう。減ってしまうものは仕方無い。

 さて、それじゃあどうしようか、と考えた時、先程私の横を元気に走っていった少女たちのことを思い出した。

 ふむ……団子も悪くない。腹を満たすのには物足りないが、今の私にはもう団子のことしか考えられなくなっている。よーし、神様お団子食べちゃうぞー。

 

 いくら狭い幻想郷とは言え、この人里にはそれなりの数の人間が住んでいる。そのため、団子を召すことのできる茶屋も幾つかあったと思うが……

 客引きだったり、雑談だったりと人々の出す愉し気な声を聞きながらフラフラと散策。其処で、先程の少女たちを見つけることができた。うむ、私もあの茶屋にしようか。

 

 客引きのためか、店内ではなく店外へ用意された席へ腰掛けると、直ぐに店員らしき者が来た、

 

「お茶と団子を頼む」

「はい、かしこまりました」

 

 気を緩めると、また私のお腹からまたあの音が響きそうだっため、力みながら店員に注文。しかし、団子を食べることができれば力む必要もなくなるだろう。

 

「そう言えば、この前珍しい茸を見つけたんだが、今度茸鍋でもやらないか?」

「茸鍋はいいけど、それ、食べても大丈夫な茸なんでしょうね?」

 

 白黒と紅白の少女たちの会話を聞きながら、団子が来るのを待つ。まだかなぁ……お腹空いたなぁ……

 

「そんなことは食べてみればわかるぜ」

「毒見は魔理沙がしてよね」

 

 目を閉じると、愉し気な声に、ふわり優しい風がかすかに感じられる。うむ、やはり良い季節だ。

 そうやって声に風に想いを馳せていると、漸く待ち望んでいた団子が運ばれてきた。どのような団子か全く聞いていなかったが、どうやらこの店で団子と言うとみたらし団子を指すらしい。でも、私はみたらし団子が好物だったりするものだから、そのことに文句は何もない。

 

 団子を食す前に、ひとつ感謝の詩を。

 

「たなつもの 百の木草も 天照す 日の大神の 恵えてこそ」

 

 私の糧となる多くの生命へ、ひとつ感謝の言葉を。

 

「いただきます」

 

 そうしてから、醤油だれのかかる焼き団子を頬張った。

 

 

 

 

「……ふぅ。うむ、なかなかに美味だった」

 

 3本あった団子は既に私の中。お茶も飲み終わってしまったが、私は満足だ。うむ、これからこの店は贔屓にさせてもらおうか。

 

 団子を食した後に、ひとつ労いの詩を。

 

「朝宵に もの食うごとに 豊受けの 神の恵みを 思え世の人」

 

 私の糧となってくれた多くの生命へ、ひとつ労いの言葉を。

 

「ごちそうさまでした」

 

 さて、腹の中に物が入ったものだから、なんだか眠くなってきてしまった。とは言え、此処で眠ってしまってはこの店へ迷惑がかかり、これから此処へ来辛くなってしまう。それならば、私が寝てしまう前に帰るとしようか。

 団子の料金を払うため、袖の中へ手を入れ財嚢を探す。団子の味はなかなかのものだった。此処は少しばかり色をつけると……あれ?

 

 ない。財嚢がない。持ってくるの忘れた。

 

 ああ、困った、これは困ったぞ。神が食い逃げは本当にマズい。前だってちょっとドジやってあの説教好きの閻魔から怒られたばかりなんだ。こんなことが知られたら何を言われるのか分かったものじゃない。なんだってアイツの説教はあんなに長いのだ。正座、嫌い。いやいや、今はそんなことどうでも良いのだ。今はとにかくこの状況を脱する必要がある。

 さて、それでは、どうするか、だが……えと、どうしよう。本当に困ったぞ。

 

 う、うむ、仕方無い。此処はあの少女たちからお金を借りるとしよう。神様がお金を借りるだなんて笑い話も良いところだが、そんなこと言っている場合じゃないのだ。プライドなど犬にでも食わせておけ。

 

「ちょいとよろしいかな」

「うん? どうかしたのか?」

 

 私が声をかけると白黒の少女が言葉を返してくれた。人里ではあまり見かけない格好だが、この少女は何者なのだろうか? そしてよく見れば、その白黒の少女の隣にいる紅白の少女は、博麗の巫女じゃないか。今代の博麗の巫女とは言葉を交わしたこともないが、先代とはそれなりに良好な関係だった。うむ、博麗の巫女がいるのならお金は貸してもらえるだろう。

 

「お金を忘れて来てしまってな。代金を払うことができん。申し訳ないが、私の分も払ってもらえないだろうか。なに、お金はちゃんと返すから心配はしないでほしい」

 

 私も決して裕福なわけではないが、それなりの蓄えはある。多少の色を付けることはできるはずだ。

 

「ってことだが……どうする? 霊夢」

「私は出すつもりないから、魔理沙が払ってあげれば?」

 

 ……博麗の巫女が予想以上に辛辣だった。予想外である。私だって一応、昔からいる神なんだけどなぁ。

 さて、これはどうしたものか。なんだかダメな気がしてきた。悪い予感はいつだって当たるのだ。む、むぅ、仕方無い。

 

「よし、はいじゃあ、決まり! 後は任せた!」

 

 逃げよう。

 

 身体を薄くし姿を消す。

 

「えっ? あっ、ちょっと待てよ!」

 

 急に私の姿が見えなくなったからか、慌てたような白黒の少女の声が響いた。

 いや、ホントちゃんと返すから今ばかりはお願いする。神なんてお願いされる立場ばかりだが、たまには此方からお願いしたって別に問題はないだろう。

 

「ああ、もう……なんだったんだ、アイツは」

「さぁ? 私にはわからないわ。それじゃあ、支払いは魔理沙がお願いね」

「厄日だ……」

 

 まだ隣にいるが、身体を薄くした私にはやはり気づいてないらしい。

 しかし、たまにはと思って人里をフラフラしていたら、まさかこんなことになるとは……まぁ、こう言う日だってたまにはあるだろう。仕方無いのだ。

 

 それから暫くの間、ぶーぶーと文句を言う白黒の少女と博麗の巫女の様子を見守り、白黒の少女がちゃんと私の分の代金を払ってくれたのを見届けたところで私は帰宅することにした。

 

 人里をのんびりと歩くが、身体を薄くした私に気づく者は誰もいない。そんな私の傍を小さな子供たちが元気な声を出しながら走っていった。

 

「うむ……良い世界になったねぇ」

 

 そんな日常のひとコマを見た私の口からは、何処か愉し気な言葉がぽそりと溢れた。

 

 

 

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