「確かに貴方は神としての力は強くありません。しかしですね……」
アレからどれくらいの時間が経っただろう。心が、折れそうだ。
あの静かな季節を過ぎ、ようやっと暖かくなり始めたこの季節。今日は気分も良いから、人里へ行きお酒でも飲もうかと考えていたのだ。そうやってうきうき気分で人里へ来たのは良いが、あの閻魔に捕まってしまった。
今日の私は悪いことなどしていない。それに、説教は嫌いである。そうだと言うのに、この閻魔はネチネチと私を叱るのだ。どうしてこうなった。
「あ、あのな。閻魔。君の話を聞きたくないわけではないが、今は場所が悪いと……」
「まだ話は終わっていません!」
「……はい」
しかし、良くもまぁ、此処まで他人を叱ることができたものだ。他人に説教をすると言うのはそれほど簡単なことでない。そうだと言うのに、この閻魔は私を見つける度にこうやって私を怒るのだ。
この閻魔が説教好きと言うのもあるだろうが、こうも他人に説教をするのは、その者の罪を軽くし、死後また巡ることができるように、と言ったもの。それは立派な行いであり、尊敬に値するが……そもそも私は種族が種族なだけに、輪廻転生とは無縁である。もし私が
「そもそも貴方は自由すぎるのです。それだけの力を持った者がそのように何も考えずに動くなど、以ての外。もっと回りのことを考えてですね」
ああ、今日はいつまで怒られるのかなぁ。先程から、怒られる私の様子を見る民草の視線が痛い。私は神としてそれほど立派な存在ではないが、プライドだとかそう言うものを持っているわけで、こう言うことは本当に遠慮してもらいたい。
だいたい、どうして私がこうも怒られねばならんのだ。先程も言ったように、いくら私が閻魔の説教を受けたところで、意味などない。森羅万象、理の外れにいる私にそれがどんな意味を持つ。もしかしてこの閻魔、説教に託つけてストレス発散をしているだけなのではないか?
「な、なぁ、閻魔よ。ほれ、先程から民草が私たちのことを気にしてしまっている。やはり此処は仕切り直しと言うことでだな……」
「だから、私の話はまだ終わっていません!」
ふぇぇ……もうヤダ、この閻魔。
「分かりましたか? これからはもっと考えてから行動するのですよ? そして、私へあのようなことは絶対にしないように」
「はい、閻魔のまにまに……」
ホントどれだけの時間、私は怒られていただろうか。その間、正座をし続けたせいで私の足はボロボロだ、あと、心も。
人里へ来る前に持っていたうきうき気分などもう欠片もない。厄日だ、厄日。
はぁ……これでまた民草からの尊敬の念が薄れてしまっただろう。それが嫌だったため、最初は直ぐに身体を薄くしようと思ったのだ。そうだと言うのにこの閻魔は――
『姿を消すのは許しませんからね?』
なんて、とても素晴らしい笑顔で言葉を落とした。鬼のようだ。
はぁ、せっかくあの静かな季節が終わろうとしていると言うのに、気分は沈んでしまった。もう今日はみたらし団子を買って神社へ戻るとしよう。甘いものでも食べないとやってられん。
「……さて、私は行くとするよ。それではな、閻魔」
うーむ、たまにはみたらし団子以外の団子へも手を出してみようか。みたらし団子は文句なしで美味いが、もしかしたら新しい出会いがあるかもしれん。
そうして、新しい出会いを求め歩きだそうとした時、閻魔に服を掴まれた。
「うん? どうした?」
「え、えと、そのですね……このあと、お時間はありますか?」
……もしかしてこの閻魔はまだ私を怒るつもりか? いや、流石に今日はもう遠慮してもらいたいぞ。そりゃあこの後の予定など、団子を食べしな民草の言葉を聞くくらいしかないが、説教はダメだ。もうお腹いっぱいである。
「まぁ、時間はあるが……何をしようと言うのだ?」
残念ながら今の私のテンションは低い。私だって凹むことはあるのだ。
「あの、たまには一緒にお茶など……」
そう言った閻魔の顔はなんとも珍しいものだった。
ふむ、まさかこの閻魔から誘われるとは、何があったのやら……とは言え、それを断る理由など何処にもない。
「くふふ。あい分かった。それくらいの誘いなら喜んで受けよう」
閻魔からの珍しい誘いを受け、一緒に茶でも楽しむことに。
しかし、面倒なことにこの閻魔は自分のような者が人里にいては迷惑がかかると言いよった。じゃあ、何処へ行こうかとなり、人も妖も訪れることの少ない無縁塚へ行くことに。
「ふむ、此処の桜はもう咲いているのか」
再思の道を過ぎた場所にある無縁塚。其処には世にも珍しい紫色の桜が咲いていた。それはまた何とも幻想的で美しい景色であるものの、やはりそれ以上に悲しく感じてしまう。
「はぁ……結局、お酒ですか。それに何ですか? その大量のお団子は」
むぅ、せっかく私が誘いを受けてやったと言うのに、文句を言うとは。
「何を言う。酒は良いものだぞ。これよりも清い飲み物などないのだから」
「いえ、それは分かっていますが……」
そもそも、この閻魔が私のように姿を消すことができれば、人里でのんびり楽しむことができたのだ。
「貴方が異常なのです。普通は姿を消すことなどできません」
そうか。それなら仕方無い。
とは言え、良いじゃあないか。甘い団子は酒とよく合う。それに甘味は良いぞ。それを口に含めば疲れが抜けるのだから。
「しかし、君から私を誘うとは珍しい。今日はどうしたのだ」
団子を包んでいた紙を解き、1本を閻魔へ。そして、お酒も注いでやった。
「ありがとうございます。……私とて愚痴のひとつくらい溢したくなる時はありますので」
閻魔と言うその立場のせいで、生きている者との関わりは制限される。その気持ちは私に分からんが、まぁ、気持ちの良いものではないのだろうな。それにこの閻魔は少々硬すぎるのだ。柔らかければ良いが、硬ければ直ぐに破れてしまう。私が言うのもアレだが、この閻魔はもう少し肩の力を抜いた方が良い。
「それに、貴方へなら例えどのようなことを言っても問題ありません」
「それなら案山子にでも話しかけていれば良いだろうが」
「案山子は言葉を持ちませんので」
それはそうか。
なんだか都合良く利用されているようで納得いかないが……それくらいで気分を害すほど私の器は小さくない。くふふ、それならば仕方無い。此処は私がその役目を負うとしよう。
お互い、酒を注いだ器を持ち、それを静かにぶつけた。その時、言葉は交わさない。ただただ、静かにぶつけてからそっと自分の口へ運ぶだけ。
「……美味しいですね。それにこのお酒には団子も良く合います」
「そう言う酒を選んだからな」
醸しただけで熟成期間が少ないのか、その酒を口へ含むと角の取れていない荒々しい吟醸香が広がった。癖が強く、万人受けする酒ではないだろう。しかし、この時期にしか飲むことのできないこの酒は甘味とよく合う。
「……これは、直ぐに酔ってしまいそうです」
「たまにはそれも良いだろう。それに酔うのは悪いことでない」
酒とは神聖なものであるが、酔うこともまた清く尊いもの。
残念ながら私は酔えないため、酒の味を楽しむことしかできないが、やはり酒とは良いものだ。酒が回れば溢れる話のひとつや二つくらいはあるだろう。
「貴方も知っていると思いますが、私の部下に……」
酒が回ったのか、少しばかり赤くなった顔。紫の桜が咲く下で閻魔はポツリポツリと言葉を落とし始めた。
私は案山子でない。そのため、黙ってその言葉を聞き続けることなどできはしないが、その時ばかりはこの私の口数も少なかった。
この小さな身体にできることは少なく、自分の無力さはよく分かっている。だからこそ、私は抗うのだろうな。私の行いにどれほどの意味があるのかも分からん。それでも、自分にできることくらいはやりたいものだ。
「……今日はありがとうございました」
「うむ、気にするな、たまにはこういう日もあって良いだろう」
団子も酒も終わってしまった。
閻魔は愚痴を溢したいと言っていたが、その内容のほとんどがあの死神のことで……うん、苦労しているのだな。あの死神も優秀なのだが、如何せん性格がなぁ……
「……いつもいつも不安に思うのです。私の行いに意味はあるのか、と。他人のためと言いながら、本当はただ自分のためにやっているだけなのではないのかと」
閻魔が落とした最後の愚痴。
それは普段の閻魔なら決して口に出さないことだろう。酒のせいか私のせいか。そんなこと分かりはしない。
「さてな。それは私にも分からんよ。そればっかりは君の気持ちなのだから」
結局のところ生き物とは皆、利己的な存在である。それは極論であるが、間違った考えでもないだろう。しかしながら、利他的な行いをすることもありそれもまた事実。
では、その境目は何処になるのかとなるが……そんなもの知らん。己の気持ち次第だ。なんでもかんでも白黒はっきりつけるのは難しい。
「そう、ですよね……」
ああ、そうだろう。少なくとも私はその質問の答えを持ち合わせていない。
ただ、まぁ――
「君に救われた者はいるだろう。それも決して少なくない数の者が。……私はそれだけで十分だと思う」
難しいことを考えるのは苦手だ。表面ですら理解できない私にその中身など分かるはずがない。そんな私にはこの程度の言葉を落とすことが限界。
「……はい、ありがとうございます」
うむ、それで良い。悩むことはあるだろう。迷うこともあるだろう。それでも止まっているばかりでは何も見えてこないのだから。闇雲でも私は前に進んだ方が良いと思う。少なくとも私はそうやってきた。
「さて、それでは帰るとするか。うむ、今日はそれなりに面白かったぞ」
「此方こそ、今日は本当にありがとうございました。……どうか、貴方にとってこの世界が幸せなものとなるよう願っています」
重ね重ねお礼の言葉を口にする閻魔。そして、それは有り難い。もしそのような世界となった時……其処に私はいないだろう。それでも、そんな世界となれば良いな。私もそれだけを願っているよ。
「ではな、閻魔よ。また愚痴を溢したくなったらいつでも来ると良い。私はいつでも待っている」
説教は遠慮したいものだが、それ以外ならいくらでも付き合う。相変わらず君のことは苦手だ。しかし、嫌っているわけではないのだ。
「ふふっ、その時はまたよろしくお願いします」
そう言って――その少女は可愛らしく笑った。
うむ、私も楽しみにしているよ。
さてさて、それでは神社へ戻るとしようか。きっと今日もまた、私に願う民草が訪れるだろうから。