誤字報告、いつもありがとうございます
暖かな季節を過ぎ、今は暑い季節。
さんさんと照りつける太陽は私の身体を焼き、ぽたぽたと垂れる汗が止まることはない。やはり夏と言うこの季節は暑いものだ。
そんな季節で、今私がいるのは霧の湖などと呼ばれる湖の上。珍しく今日は霧が立ち込めてなく、太陽光が反射したのか、水面ではあちこちでキラキラと輝いていた。
「……よーし」
そんな言葉を落としてから、私は気合を入れた。別に気合など入れる必要はないが、なんとなく今はそうしたい気分。
――そして私は、水の中へ飛び込んだ。
勢い良く水の中へ飛び込んだ瞬間、空中と違い身体の動きは制限され、火照った私の身体を急激に冷やしてくれる。
何方が上で、何方が下で……そんなことすら一瞬分からなくなってしまったが、それ以上に水の中と言うのは気持ちが良い。
そうやって暫くの間、水の中を楽しんでから漸く水面へ。空気を求め、ぷはと顔を出せばあの太陽が私を焼いた。この季節はこの太陽にやられっぱなしであるが、今の私には水と言う強い味方がついている。そんなものだから、今ばかりは太陽が憎らしいと感じなかった。
さて、どうして私がこんな水浴びをしているのかと言うとだが……先日、森に住む、古道具屋の店主から“すくーる水着”なる物の奉納があった。その道具の名前の意味は分からないが、どうやら水着の一種らしい。胸の当たりに貼られた白布へでかでかと書かれた“2-2”と言う言葉の意味も分からないが、これが水着であることに違いはない。
そのような物をもらったものだから、せっかくと思い、こうして霧の湖へ来たのだ。
私の知っている水着と言えば、どうにも動き難い物ばかり。しかしこの“すくーる水着”は手足や首周りに布がないため、水中でも動きやすく、またよく伸びる生地のため着心地も良い。くふふ、これはまた良いものをもらったものだ。
ぷかぷかと水へ浮かんだまま、適当に手足を動かし適当に泳ぐ。さんさんと照りつける太陽が暑いため目を閉じ、自然のままに……
どれくらいの時間私は浮かんでいただろうか。そんなことすら分からないほどの時間、私は浮いていたと思う。ずっとずっとそうやって水の中へいると、まるで自分が水の中へ溶けていっているのではないかと思ってしまう。しかし、それがまた心地良いのだ。
手足の感覚は既に溶け、残っている部分は後わずか。このまま私の身体全てが溶けてしまったらどうなってしまうのだろうか。それは怖いことであるが、今ばかりは――
「あいっ……あいたぁ! なに? 何事!?」
うおおぉ、痛い。痛いぞ。な、何事と言うのだ。
気持ち良く浮かんでいた私の頭へ何かがぶつかった。適度な速さで泳いでいたものだからすごく痛い。
慌てて、泳ぐことを止め、空中へ浮かび私の頭へぶつかった不届き者の確認。
「うん? 氷じゃあないか。しかし何故、この季節にこんなものが……」
先も言った通り、今の季節は夏である。そうだと言うのに、氷があるというのは少々おかしい。だって氷とは冬にできるものなのだから。
そして、よくよく観察してみると、氷は私がぶつかった以外にも、それなりの数がぷかぷかと浮いているではないか。なるほど、やたらキラキラ光っていると思っていたが、この氷が原因だったか。
うーむ。それにしても、何故氷がこの季節にあるのか分からん。
「あーっ! ここはあたいのナワバリだぞ!」
首を傾げ、はてこの氷はなんだろうか考えていると、そんな非常に元気の良い声が聞こえた。
その声を出した者の正体はなんでもないただの妖精だが、何処かで見たことがあるような……ああ、そうだ。昨年の納涼祭で“水味のかき氷”などと言う、意味の分からん物を売っていた氷精じゃないか。
なるほど、つまりこの浮いている氷はこの氷精が原因と言うことだろう。どうしてこのようなことをしているのかは分からないが、妖精とはそう言う種族だ。
「それは失礼した。しかしだな、氷精よ。こんなにも暑いのだ。此処は皆でこの湖の恩恵を分け合った方が良いと思わんか?」
「お前、なに着てるの? そんな服はじめて見た」
おい、話聞けよ。無視されるのって結構傷つくのだぞ。全く……これだから妖精は困る。
「……これは“すくーる水着”と言ってな。つまり、泳ぐ時、身につける服なのだよ」
「ずるい! あたいもソレほしい!」
いや、そんなこと言われても、私はこれしか持ってないし……
それにこれは外の世界から来た物のはず。森の古道具屋や行っても手に入るかどうか分からん。また、幻想郷ではこのような服を作るのも難しそうだ。
「残念だが、それは難しいぞ。これは外から来た物なのだから。それでも一応、森の古道具屋へ訪れてみるのは良いかもしれん」
「そう言えば、お前はここで何をやっているのさ! ここはあたいのナワバリなんだぞ!」
おい、だから私の話をちゃんと聞け。しまいにゃ泣くぞ。あんまり無視されると神様泣いちゃうぞ!
んもう、また面倒な奴と出会ってしまったものだ。妖精だし消し飛ばし、一回休んでもらっても良いが、あまりそのようなことをしたくはない。
姿を消してしまっても良いが、そうなったらそうなったでまた五月蝿そうだ。ホント、面倒な奴と出会ってしまったよ。
「まぁ、別にそんなこと良いではないか。それよりもこの氷は君がやったのか?」
「うん、あたい強いもん」
……う、うむ、そうだな。君は強いと思うぞ。
とは言え、この氷精がそこそこの力を持っているのは確かだろう。種族が種族なだけにどうしても基礎的な力は弱いが、妖精にしてはかなりの力を感じる。冬となれば妖怪にだって負けないほどの力になるやもしれん。
「それで、お前は何してたの?」
自分で創り出した氷の上へ座り、氷精はそんな言葉を落とした。
「この季節は暑いからな。涼みに来たのだよ」
そしたら、君の創り出した氷へ頭をぶつけてしまったのだ。私はただ気持ち良く泳いでいただけと言うのに、すごく痛かったのだぞ。
「マヌケだなー」
……傷ついた。それもすごく。
馬鹿にされることは多々あるが、妖精から馬鹿にされたのは初めてである。これでも私、神様なのに……
とは言えくるくると笑うこの氷精に悪気などはないのだろう。ただ思ったことを口に出しただけなはず。それが私を傷つけたわけだが……此処は大人な私がぐっと我慢しよう。次、馬鹿にされたら消し飛ばすが。私の顔は2度までだ。
「それで君は何をやっていたのだ? この夏の季節、君のような氷精には酷だろう」
冬と真逆に存在する夏。いくらこの氷精が力を持っていようが、自然の権化たる妖精にとってこの真逆の季節はかなり辛い。
「……この湖をぜんぶ凍らせようと思った。あたいなら絶対にできるから」
ふむ、この湖全てを……か。なるほどそのようなことを考えていたのか。
いや、しかしだな。
「無理だぞ。無謀と言っても良い。多少の力はあるらしいが、君に其処までの力はない」
それは残酷なほどにどう仕様も無い事実。
もし、今の季節が冬だとすればそれもできたかもしれん。しかし、この季節は少々暑すぎる。
「それでも! あたいはやるんだっ! 無謀だろうが夏だろうが関係ない! 妖怪にだって神様にだってあたいは負けない。あたいが最強だって見せてやる!」
何がこの妖精を此処まで駆り立てるのか。それが私に分からない。
しかし、まぁ……これはまた純粋で真っ直ぐな目をするじゃあないか。それは昔、あの白黒の少女が見せたあの視線にも劣らないほど強いもの。
……くふ。
くふふ。
ああ、ダメだ。これはダメだ。そのような視線を向けられるのはダメなのだ。その純粋で真っ直ぐな目に私はすごく弱いのだから。
「……なるほど、あい分かった。妖精ごときが良くほざいたものだ」
「なにをー! やんのか? お? やんのかー!」
この妖精は馬鹿者だ。それもどう仕様も無いほどの馬鹿者だ。
しかし、私はそんな馬鹿者を本当に愛おしく思ってしまうのだ。
「だからだな。君の手助けをしてやろう」
「てだすけ?」
「ああ、そうだ。手助けだ。君の力になれるよう少しばかりの力を与えてやろう」
相変わらず私は甘い。
それでも、あのような視線を向けられ何もしないほど私はおとなしい性格をしていない。そんなこと無駄だと指差されて笑われることもあるだろう。それで良いじゃあないか。
この世界、楽しんだ者勝ちなのだ。
そして、私は一度空中でグルリと回った。
天から地から、水から風から、龍脈から力を集めこの氷精の力となるよう――冬の力となるよう何倍も何倍もそれを膨らませてから、氷精へその力を与えてやった。
「お? おお! な、なんだかいける気がする!」
相手が妖精と言うのなら、自然の力を与えるのは容易い。それはこの場限り一瞬の力であるが、一度だけ暴れさせる程度の力はある。
「こ、これ、全力やっていいの!?」
「ああ、それと気合も忘れるなよ」
君の力を見せつけてやれ。
この行いにどんな意味があるのかなど知らん。それでも、今ばかりは君の強さを証明してやれ。なに、この私がついているのだ。この瞬間だけはきっと誰よりも強くなれるさ。
「よ、よーし……いっけぇええッ!!」
空中へ飛んだ氷精はそう叫んだ。
そんな声が聞こえて直ぐ、パキン――と耳が割れそうな音が響き……
「あ、あたいがやったの? これ……」
霧の湖全面が凍りついた。
「ああ、君がやったものだ。誇ると良い。胸を張れば良い。君にはそれだけのことができたのだから」
相変わらず、頭の遥か上では太陽がさんさんと照りつけている。その暑さにはうんざりするほどだ。
しかしながら、そんな季節でありながら……目の前にある湖は氷で覆われていた。そして、それはたった一匹の妖精がしたもの。きっとそのこと信じる者はいないだろう。だが、私が……この私はしかと見ていたのだ。
「は、はは……やっぱりあたいったらさいきょ……」
今にも泣きそうな顔で笑いながら氷精は言葉を落とし、気を失った。アレだけの力を無理やり与え、その力を一気に使ったのだ。気を失ってしまうのも仕方ない。
しかし、見事であった。力任せにぶっぱなしただけだが、その力を使うことができたのだ。そんなことができる妖精などきっといない。
誇れ。あの瞬間だけならば、貴様はこの幻想郷で最強だったのだから。
気を失ってしまった氷精を優しく受け止め、湖の岸へ寝かせてやった。
そうしてから、もう一度湖の様子を見てみる。
この暑さではこれだけの氷もきっと直ぐに溶けてしまうだろう。それでも、暫くの間はこの氷も残ってくれるはず。
「ただ……もう今日は泳げそうにないな」
乾いた笑い声のようなものが溢れた。
まぁ、それも仕方無い。それに今日は、そのこと以上に面白いことがあったのだ。それだけで十分だろう。
さてさて、次は何をしてこの季節を楽しむとしようか。
そんなことを考えながら、夏の日差しの下、私は歩き出した。
その次の日。例のごとくあの閻魔が鬼の形相で私の神社へ訪れた。