「あー……これはアレだ。うむ、きっとそうだ」
夏を過ぎた後に訪れるこの秋と言う季節。
やらなければいけないことが多すぎて、まるで見境のない季節であるが、嫌いな季節ではないと感じる。常に何かに追われていたいわけではない。しかし、やらなければいけないことがあるのはきっと良いことなのだろう。
夏の作物の収穫が終わり、稲穂の収穫までは少々の時間が空くこの季節。夜空に輝くあのまん丸へ、何かしらの想いを馳せるのは丁度良い。
つまり今は、お月見がしたくなる季節なのだ。
とは言え、お月見など空が見えれば何処でもできるものである。しかし、それじゃあ少々味気ないと感じた私は、普段とまた違った場所でお月見をすることに。
お酒も持った。みたらし団子も沢山ある。お月見をする準備は万端整った。そうだと言うのに……
「なるほど、迷子か」
道に迷ってしまった。
人里の隣にある竹林には月と関わりがあるアイツらが住んでいる。月へ想いを馳せるこの季節、アイツらの場所へ行くのは丁度良いと思い、その竹林へ私は足を運んだ。迷子になった。
「どうしよう……」
前を向けば竹。後ろを振り返ると竹。右に竹。左に竹。竹しかない。それならもういっそ諦めて此処でお月見でも始めようかと考え、上を向けばなんだかよく分からない霧に覆われているせいで、空など見えたものじゃない。
う、うーむ、ホントに困ったぞ。神社へ飛べば良いのだからいつでも帰ることはできる。しかし、出発する前、八雲へお月見をするため竹林へ行くと私は言ってしまったのだ。
『あら。それは素敵なことですね。しかし、あの場所は訪れる者を惑わす迷いの竹林。貴方様とてそれは例外ではないかと』
『くふふ。迷いの竹林? 八雲よ、君は私を誰だと思っているのだ。そんなもの私のような神には関係ない!』
などと言って意気揚々とこの場所へ向かってしまった。そして、その結果がこの様である。
これで見事に迷子となったから、尻尾を巻いて逃げてきたとあの八雲にバレてもみろ。何を言われたものか分かったものじゃない。絶対にまたいじめられる。そんな理由があるため、帰るに帰れないのだ。
むぅ、それにしても困った。月の匂いを辿っていけば良いのだがどう言うわけかさっぱり感じない。それならせめて、あのいたずら好きの白兎を見つけることができれば良いが、その気配だって感じない。
……もしかして詰んでないか? これ。
い、いや、まだだ。まだ諦めるのは早い。なんかほら、私の神様パワーで……ああ、うん。これはダメかもしれんな……
「おや? こんな場所に人がいるなんて……おい、お前どうしたんだ?」
このままでは埒が明かないし、いっそのことこの周辺の竹を食べてなどと思っていたら人の声。その声をかけてきた民は随分と月の匂いがする地上の民だった。
「なに、私はちょいとお月見をしに来ただけだよ」
うーん、もしかしてこの民ならあの月の奴らのいる場所が分かるだろうか。しかし、この民は地上の民のはず。なんともそのことが引っかかるな。
「お月見をしにこんな場所にねぇ……そりゃあまたなんとものんきな奴だ。いくら妖怪の訪れが少ないと言ってもこの場所だって安全な場所じゃないぞ」
「こう見えても一応神だからな。別に妖怪程度などどうとでもなる」
ただ、この竹林はいただけない。こんなもの迷子になる以外どうしろと言うのだ。そろそろ日が沈み、あの真ん丸が輝き出すと言うのに、ほとほと困ったものである。
「なんで神が迷子になってるんだよ……」
何を言う。神だって迷子になるんだぞ。神だからと言う偏見は良くない。
「はぁ……わかったわかった。それじゃあ私が人里まで連れてってやるよ」
あっ、いや。その必要はない。と言うかやめてもらいたい。
きっと私がこの民に手を引かれて人里へ行けば、其処に八雲が現れていつもみたくあの小馬鹿にするような笑を浮かべられる。それはマズいのだ。
「まぁ、まだ慌てるような時間ではないのだ。ゆっくりしよう。それよりも君はもしかしてこの竹林に住んでいるのか?」
私はなんとしてもこの竹林でお月見をしないといけないのだ。そのためのみたらし団子とお酒である。
「まぁ、そうだけど……」
うむ、それは僥倖だ。太陽が沈み、どんどんと暗くなってきているが、私の未来はまだ明るい。きっとその先にはあの真ん丸が輝いてくれていることだろう。
「なるほど、それで君の家の場所から月を見ることはできそうか?」
最初はアイツらのいる場所でお月見をしようと思っていたが、この際お月見ができればもう何でも良い。今はちょっと道に迷ってしまっているが、それでも迷わず進むのだ。
「そりゃあお月見くらいできるけど……あっ、でも、私の家には案内しないぞ」
「まぁ、そう言うものでない。ひとりで見る月も良いものだが、どうせなら皆で楽しんだ方が良いのだからな」
お酒もある。お団子もある。これは楽しそうなお月見となりそうだ。
「はぁ……最近はこんな奴らばっかだ」
日が沈むと同時に、ひとつため息が溢れた。
さて、それじゃあ行くとしようか。
「ほら、此処が私の家だよ」
民に案内された場所は竹も生えておらず、あの不思議な霧もないおかげで空がよく見えた。
しかし、これはまたアレだな。質素と言うか、何と言うか……随分な家に住んでいるものだ。これならまだ私の神社の方が良く見えてしまう。
とは言え、丁度あのまん丸が輝きだしてくれたおかげで、月明かりに照らされたそのあばら家もなかなかに素敵な景色となっている。うむ、これはこれで良いかもしれんな。
「それじゃ、私は家の中にいるから、何かあったら呼んでくれ」
「うん? 一緒にお月見をしないのか? こんなにも良い月が輝いているのだ。それを見ないのではもったいない。それに団子も酒もある。君も遠慮せず食べると良い」
ひと月に一度はまん丸となるが、今宵はその中でも特別な日。中秋の名月は一年の中で今日しかないのだ。そうやって一日一日に楽しみを見つけるのはきっと大切なことだ。てか、私が皆でお月見したい。
「……やめておくよ。そんなもの何度でも見られるからな」
「ふむ……まぁ、確かに君のような不老不死ならそう思ってしまうのも仕方無いかもしれん」
自虐気味に言葉を落とした民へ、私がそんな言葉を落とすと、驚いたような顔を向けられた。
君に何があってそのような存在になったかは分からん。しかし、君がそう言う存在であることくらいは分かる。
「んなっ、お前、私のことを……」
「いや、知らん。今日初めてあったからな。しかし、それくらいは私にも分かる。それでだな、確かに君たちがそう思ってしまうのも仕方無いのだ。それでも、この中秋の名月を楽しまない理由にはならないだろう。それに君のような存在だからこそ、楽しんだ方が良いと私は思うのだ」
君たちの一番の敵は“暇”だろう。じゃあ、その敵を打ちのめすにはどうするかと言うことだが、そんなもの潰すくらいしか方法はない。
そんな時、このお月見は暇を潰すのに丁度良いだろうさ。
「……そうだな、それじゃあ私もたまにはあの月を眺めてみるとするよ」
うむ、それで良いと思うぞ。
永い永い君の人生。楽しまなければもったいないのだから。
それから、不老不死の民の家の屋根へ登り、其処で夜空に輝くまん丸を二人して眺めた。
盃へ注いだ酒の上には月が泳ぎ、これもまた一興。そんな月を楽しみながら酒と団子を楽しむ。月も団子もいただこう。
「なぁ……」
「うん?」
手を伸ばせば届くのではないかと言うくらい輝く月。しかし、いくら手を伸ばしたところで、どうせ届きはしないのだ。それほどに私は小さく、あの夜空に浮かぶまん丸は遠い存在なのだから。
「神って言うのならさ。私を消すことはできないのか?」
「そうだな……いや、残念だが、私の力でそれはできん」
食べることだけを得意としたアイツならそれもできただろうが、私にはそれだけの力がない。例え、アイツの真似事をして君を食べたとしても、また戻ってしまうだろう。
神となったことで私は多くの力を手に入れることができた。一方、無くしてしまった力も少なくはない。しかし、それは私が選んだ道。それにこの選択が間違ったものであるとも思っていないよ。
「そっかぁ、そうだよなぁ……」
そう言ってから、不老不死の民は酒を口に含み、夜空を見上げた。
「ああ、私にはできんよ。ただ、もし暇だと言うのなら、人里の外れにある私の神社へ来ると良い。私は大きな力を持たぬが、話し相手くらいにはなってやれるだろうから」
この民の願いは分かる。しかし、その願いばかりは叶えてやることができないのだ。例え私にそれだけの力があったとしても、そればかりはできん。
だから、私にできるのはその程度が限界だ。それでも良いと言うのなら、私の神社へ来ると良い。いつでも歓迎してやろう。
「ふふっ、お前は随分とお節介な神だな」
「神とは存外そう言うものだよ」
とは言え、私とてそんな聖人のような考えではない。“人助け”などと託つけて自分のやりたいことをしているだけだ。それが利他的な結果に繋がるとしても、根本的なものことは酷く利己的な考えである。
ただ、それを悪いと思っているわけではないがな。
「ああ、それじゃあ今度行かせてもらうよ」
「くふふ。そうすると良い。永い永い君の人生なんだ。好きにやってやれ」
指差されながらも歩いていこうじゃあないか。人生などきっとそれくらいが丁度良いのだ。
その後も、ぽつりぽつり言葉を落とす不老不死の民の言葉に耳を傾けながら、夜空に輝くまん丸を見て暇を潰した。
相も変わらず、行き当たりばったりで真っ直ぐに歩くのが苦手なこの性格。しかし、今日は素敵な出会いに恵まれたのだ。それだけで十分であろう。
こんな出会いもあるのだ。たまには寄り道も悪くはないだろう。私はそう思うのだ。