神のまにまに【完結】   作:puc119

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神様、温泉を楽しむ

 

 

「今年の冬も寒くなりそうです。どうか神様も体調には十分お気をつけください」

「くふふ。私の心配などいらぬ。そのような心配をするくらいなら周りに目を配ってやれ。それに君ももう年だ。君こそ体調には気をつけるのだぞ」

 

 色づく季節を過ぎ、またあの静かな季節がやってきた。

 一昨日から今朝まで振り続けたあの白のおかげで、この幻想郷はその白に覆われた。吐き出す息すらも白く染まるこの季節。降り積もった白が音を吸うため、耳をすませたところで痛いほどの沈黙が続くばかりだ。

 

「それでは、私はこれで」

「このような中ご苦労だった。気をつけて帰ると良い」

 

 雪かきがしてあるとは言え、歩きにくいことには変わらないはず。そのような中、わざわざ私の神社へ訪れた民へは感謝するばかりである。

 

 さて、これで私はまたひとりとなってしまったわけだ。

 ん~……なにしよっかなぁ。雪だるまやかまくらは昨年嫌になるくらい作ったし、先日は人里の子供たちに混ざって遊ぶこともやってしまった。参拝客の訪れることの少ないこの季節はどうしても暇になってしまう。

 

 それにしても、こうも寒い日が続くとやはり温かいものが恋しくなる。温かいもの、温かいものかぁ……

 ああ確か、博麗神社には温泉が湧いているとのことを聞いたことがあるぞ。おーんせんかー、温泉はありだなー。燗した日本酒をちびちび飲みながら、この真っ白な景色を楽しみつつ、身体の芯まで温めることができる優れもの。

 うむ、決めた。博麗神社へ行こう。

 

 そうと決まれば早速行動するに限る。神社の中からお風呂セットを取り出し、賽銭箱の上へいつもの紙を置いて準備は完了。

 よーし、神様温泉へ行くぞー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら、また来たのって、何よ、その格好……」

 

 お湯に髪が浸からないようタオルを頭に巻き、手には石鹸が入った桶と日本酒。そんな格好で博麗神社を訪れると、縁側でお茶を飲んでいた博麗の巫女から声をかけられた。

 

「温泉へ入ろうと思ってな。博麗の巫女よ、温泉まで案内してもらって良いだろうか?」

 

 冬空の空気は冷たく、一生懸命頑張って飛んで来たものだから、私の身体は冷え切ってしまった。直ぐにでも温かい温泉へ浸かりたい。

 

「別に良いけど……何と言うかやっぱりあんたって変わってるわね」

 

 そうだろうか? こんなにも寒いのだから、温泉へ入りたいと思うのは極々普通のことだと感じるが。

 さてさて、そんなことよりも今は温泉だ。温泉超楽しみ。

 

「ほら、こっちよ」

「うむ、助かるぞ」

 

 そう言って歩き出した博麗の巫女の後をついて行くと、直ぐに温泉独特のあの香りがした。それは心地の良いものではないが、やはりこの香りがないと面白くない。

 

 

 博麗の巫女に案内された場所は、簡易的な脱衣所と簡単な仕切りがあるだけのなんとも寂し気な温泉だった。しかし、脱衣所を抜け、温泉の様子を確認すればしっかりと石で組まれた立派な温泉が。外面はなんとも残念な感じがしたが、これは……うむ、なかなかだ。

 

「ほら、ここよ。たまに地霊が湧いてくるし、お湯の温度がちょっと高いから最初は雪を入れ……」

「わーい、温泉だー!」

「おい、話聞けよ」

 

 香る硫黄臭。立ち上る湯気。冬の寒さで冷え切っていた私の身体は、それらに誘われてしまってもう止まらない。脱ぎ捨てるように着物を解き、頭へ巻いたタオルをもう一度しっかりと確認してから――私は温泉へ飛び込んだ。

 

「あっつ! あつ……ちょ、え? えっ?」

 

 すごく熱かった。

 なんだこれは。ちょ、ちょっと待ってくれ。流石にこれは熱すぎるぞ。いや、そりゃあ私は温まりに来たのだから、冷たいとかよりは良いのだが、これはちょっと。

 

 抗議の意味も込め博麗の巫女の方へ顔を向けると、其処にはため息を溢す少女がひとり。

 

「はぁ、だから言ったのに……今日はまだ温度の調節をしてなかったから、そりゃあ熱いわよ。最初は水を入れたり雪を入れて少し冷やさないと」

 

 なんと、そうだったのか。

 う、うむ、流石にこれでは入れたものじゃない。雪なら周りに沢山あるのだ。どんどん入れていこう。

 

「じゃあ、あんた雪を入れてて、私は水を引いてくるから」

「あい分かった」

 

 気持ち良く温泉を楽しむためだ。此処は苦労を惜しまないぞ。

 

 あの熱々の温泉へ飛び込み、一気に上がったはずの私の体温も、一生懸命雪を温泉の中へ入れているうちにすっかり冷えてしまった。しかし、その頑張りもあってかお湯の温度も丁度良いくらい。

 先程の失敗を活かし、今度は飛び込むなど莫迦なことはせず、足の戦端から恐る恐る……

 

「ていっ」

「うおおおお!? ちょっ! あっつ……くない。ああ、うん。丁度良い温度だ」

 

 ゆっくりゆっくりとお湯の中へ入ろうとしていたら誰かに背中を押され、結局飛び込んでしまった。

 んもう、誰だ。そんな阿呆なことをする奴は。心臓に悪いったらありゃしない。そう言うことは本当にやめてもらいたい。

 あまりにもびっくりしたものだから、ソイツを怒ってやろうと、後ろを振り向くとクスクスと笑う博麗の巫女の姿。

 

 ……別に今代の博麗の巫女と私は其処まで仲の良い関係でない。しかし、年相応に笑っている博麗の巫女の顔を見て、どうしてなのやら怒る気は失せてしまった。

 

「全く……いきなり何をするか」

「ふふっ、なんかちょっとね」

 

 相変わらずクスクスと笑う博麗の巫女。やはりその顔を見てしまうと怒る気にはなれやしない。そして、どうやら博麗の巫女も温泉へ入るらしく、ちゃっかり準備は整っていた。

 

 ……それは私のイメージでしかなかったが、博麗の巫女と言えば、誰とも深い関わりを持たないと思っていた。言い換えると博麗の巫女は人間味が薄く感じてしまうのだ。

 そんなことを思っていたが、こうして今の博麗の巫女を見る限り、それは間違いだったのだろう。この幻想郷にとってそれが良いと言い切ることはできない。しかし、私に今の博麗の巫女はすごく素敵に見えた。

 

「そう言えばあんた、日本酒持ってきていたっけ?」

「うむ、せっかく温泉へ浸かるのだ。飲まなければもったいないと思ってな」

 

 できれば飛切燗まで温めてやりたいが、まぁ、熱燗程度でも十分楽しめるだろう。

 

「徳利はあるの?」

「ないぞ。ビンしか持ってきてないからな」

 

 そもそも私ひとりで楽しもうと思っていたのだ。とは言え、お酒など皆で飲んだ方が美味しく感じるもの。それなら博麗の巫女も楽しめば良い。

 

「そんなことだろうと思った。ちょっと待ってて。徳利なら持ってきているから」

 

 準備の良いことで。

 

 そして、博麗の巫女が持ってきた徳利へお酒を注ぎ、それを熱い湯の流れる場所の近くへ置いた。もう暫くすれば丁度良く燗されたお酒を楽しむことができるだろう。

 

「うーん、やっぱり温泉って気持ちがいいわね」

「うむ、このような寒い日に浸かる湯は格別だ」

 

 湯から出ている顔だけは冬の空気で冷めてしまうが、それ以上に湯へ浸かっている身体は温かい。夏に浸かる温泉も悪いものではないだろう。しかし、やはりこの季節だからこそ感じるものもあるのだ。

 できれば私の神社で温泉へ入ることができれば良いが、こうして少しばかりの遠出するからこそ有り難く感じるのかもしれん。

 

 丁度良い湯加減の中、目を閉じると私の身体は湯へ溶けてしまいそうになる。それがまた心地良い。

 目を開ければ立ち上る湯気の先に降り積もった白が見える。普段ならその白を見るだけで寒く感じてしまうが、温泉へ浸かっている今ばかりは、ただただその景色が美しいとしか思えない。

 白が音を吸ってしまうため、聞こえてくるのはお湯と水の流れるソレばかり。時間の流れは酷く遅く感じ、これもまた一興。

 

「それじゃ、そろそろお酒も飲みましょうよ。あまり浸かっていると上せちゃうし」

「そうだな。こんなにも素敵な景色が広がっているのだ。肴には困らない」

 

 博麗の巫女から猪口へお酒を注いでもらい、それをひと口。

 熱燗程度に温められた酒は口へ含んだ瞬間、その吟醸香を広げ、口の中を僅かに焼いた。香りを楽しんでから喉へ流すと、温かな物がゆっくりと私の中へ入っていくのが分かる。

 うむうむ、これはまたなかなかに美味しいじゃあないか。

 

「む、このお酒やたらに美味しいわね。こんなお酒どうしたのよ?」

「民が私にくれたのだよ。神と酒は切っても切り離せぬ関係。有り難い限りだ」

 

 残念ながら私はその体質ゆえに酔うことができない。それでもこのお酒の味は分かり、奉納してくれた民の気持ちを感じることもできる。

 

「人間があんたに……?」

 

 私の言葉に博麗の巫女は首を傾げた。

 多分、私のことを勘違いしているのだろう。普段なら私のことを話してやるところだが、今ばかりはこのお湯と景色、そしてお酒を楽しむとしようか。

 なに、時間ならまだ沢山あるのだ。急ぐ必要はない。

 

 ああ、それにしてもこの温泉は素晴らしいな。私の神社から少しばかり遠いのが残念なところである。これでは、せっかく温めた私の身体も帰りにまた冷めてしまうかもしれない。

 ふむ……それならいっそこの博麗神社へ私の分社を建ててもらうのも良い。そうすれば直ぐに此処へ来ることもできるのだし。

 なんて、どうせ現実にはならない妄想をしてみる。いくら神とは言え、夢を見てしまうものだ。ただ、そうやって夢を見るのも悪くない。

 

「そう言えば、この前、魔理沙が来てね――」

 

 その後も温泉へ浸かり、冬の景色を楽しみながら、ゆっくりとした時間が流れる中、博麗の巫女と言葉を交わした。

 全てのものから浮いた存在であるはずの博麗の巫女。そのような存在である博麗の巫女と私が此処まで深い関わりをもつなんてこと、昔の私は全く想像していなかっただろう。

 

 しかし、年相応にはしゃぐこの博麗の巫女の姿はなかなかに素敵なものだ。

 そのことが何処か嬉しかった。

 

 

 






次話が最終話となります

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