「貴方様のおかげでこの子もこうやって元気に育ってくれました」
「おお、そんなに大きくなったのか。もう立派に歩けているじゃないか。そして、君もまだまだ元気なようで何よりだよ」
人里から少しばかり外れ、山間とでも呼ぶのが似合う場所。其処に、お世辞にも立派とは言えない小さな小さな神社があった。
「とは言え、私もそろそろ年です。できれば、この子の花嫁姿を見てみたいものですが、それは叶わぬ願いなのでしょう」
「何を言う。見たところ君もまだまだ元気そうじゃあないか。それにそんなことを言うものじゃあないぞ。言葉を出すことで生まれる言霊の力も、莫迦にはできないのだから」
博麗神社や、最近になって現れた妖怪の山にある神社と比べて、此処の神社は本当に小さなものだ。それこそ、神社と呼んで良いのかも分からないほどに。
それでも、この場所にはそれなりの数の民草が訪れる。毎日のように掃除をしてくれる者もいる。社が傷めば修理を行ってくれる者もいる。本当に有り難いことである。
「ばば様はだれとお話してるの?」
「ふふっ、神様とね、お話をしているのよ」
大きくない社の屋根へ腰掛け、老婆とその老婆が連れてきた小さな女の子の会話へ耳を傾ける。
私は幸せ者だ。心からそう思う。残念ながら私は神として其処まで大きな力を持ち合わせていない。無病息災、心願成就、良縁成就、農業繁栄、商売繁盛、子宝成就などなど幅広い願いを叶えることはできるが、私にできるのはその種を与えるだけ。その種を蒔いただけでは実を結ぶことはない。実を結ぶかどうかは民草次第だ。そうだと言うのに、此処へは沢山の民草が訪れてくれる。それほどに幸せなことはないだろう。
「ここに神様がいるの?」
「そうよ、此処の神様は優しいから今もきっと私たちの会話を聞いてくれているわ」
ああ、しかと聞いてあげているぞ。
幼子の年はまだ片手で数えられる程度。その子が嫁となるまで、あと10年ほどの時間がかかるだろう。それまで、この老婆が生きているのは難しいかもしれない。しかしだな、諦めてはどう仕様も無いのだ。願うばかりじゃ叶いはしないが、その手助け程度なら私にもできる。だから、諦めるのはやめておいた方が良い。
「ばば様はあったことあるの?」
「ええ、大昔に一度だけあるわ」
そうか、アレは君にとってもう大昔と呼んでしまうほどの出来事だったのか。時が経つのは本当に早いものだ。妖怪に襲われていた君をちょっと助けてあげただけだが、今でもはっきりと思い出すことができる。
普段の私はこの身体を薄くしている。そのため、私の姿を見たものは少ないだろう。先日、身体を薄くせず人里の茶屋へ行ったが、普段はそのようなことをしない。
そして、こうしてふたりの直ぐ傍で声を出しても、ふたりに私の声は届かない。しかし、私はそれで良いのだ。声が聞こえなくとも、姿が見えなくとも、私の気持ちを届けることはできるのだから。
「ばば様すごーい! それで、神様はどんな神様なの?」
「ふふっ、そうねぇ。見た目は本当に可愛らしい神様よ」
褒められた。すごく嬉しい。ふふん、もっと褒めてくれても良いのだぞ? うむうむ、この言葉を聞けただけで、君を助けることができて良かったと思える。
よーし、気分が良いから神様、君のためにちょっと頑張っちゃおっかな!
「でもね、此処の神様はちょっと抜けているところがあるの。野良犬に追いかけられ、泣きながら逃げている時もあったし、転んで田んぼの中へ飛び込んでしまうこともよくあるらしいわ。先日も、せっかく人里へ来ていただいて、お団子を食べていたのに財布を忘れてしまったみたいよ」
「……すごくない神様なんだ」
おい……ちょっと待て。ちょっと待ってほしい。本当に待ってほしい。
い、いや、違うぞ? 違うんだ。そりゃあ私だって、ちょっと失敗しちゃう時もあるけど、そう毎回毎回失敗しているわけじゃない。それに君だってそんなこと言わなくたって良いじゃあないか。私だって格好つけたい。皆から尊敬される神でいたい。
「ええ、そうね。あまりすごくない神様なのかもしれないわ」
ああもう、神様怒っちゃったぞ。ちょっと君のために頑張ってみようと思っていたけど、そんなに頑張らないことにしちゃうもんね! 十割の力を出そうと思ってたけど八割くらいの力しか出さないからね!
莫迦にされてしまったせいで、せっかく良くなった気分も下がってきてしまった。
私だって頑張ればそれなりに色々できる神なんだ。そりゃあ、昔から色々と言われてきたけど、私だって失敗したくてしているわけじゃなくて……
――だけどね。
それ以上、言葉を聞きたくはなかったが、老婆は続けてそんな言葉を落とした。
「そんな神様だから皆此処の神様が大好きなのよ。確かに此処の神様は失敗ばかりだし、ちょっと間が抜けているかもしれない。でも……それでも、此処の神様が私たちのために頑張ってくれていることは皆分かっているわ。そして、そんな神様のことが尊く、何より愛おしいの」
……ほら、やっぱり届いているじゃないか。
私の姿は見えない。私の声は聞こえない。それでも、私の想いはやはり届いているのだ。
「ばば様も好きなの?」
「もちろん、大好きよ」
……私は幸せ者だ。
随分と調子の良い性格だと思っている。それでも、この民の言葉を心から嬉しいと思う。そして、この者だけではなく、きっと多くの民草が私へ想いを馳せてくれているのだ。それほどに幸せなことはない。
「だから、貴方もどうかこの神様のことを想ってあげて、きっときっと貴方の力になってくれるから」
「うん、わかった! 神様、よろしくおねがいします!」
ふふっ、あい分かった。私にできることは少ないが、君が私のことを想ってくれるのなら少しばかりの手助けをしてやろう。
「それじゃあ、そろそろ帰りましょうか」
「うん! それじゃあね、神様!」
「ああ、気をつけて帰るのだぞ」
ふたりの言葉にそう返事をしてみたが、やはりその言葉は届かない。けれども、それでも良いのだ。それくらいが私に丁度良い。
「また来ます、神様。それでは」
とは言え、いくら想いを届けることができても、全てを伝えることはできない。それじゃあ、少々不便なこともあるだろう。
姿を現すことはしない。だが――この声だけは届けさせてもらおうか。
「私はいつでも待っているよ。ただ、次来るとき、みたらし団子があると嬉しいかもしれん」
いくら想いが届いても、あのみたらし団子は届かない。だから私は深々と礼をしている老婆へ、そんな言葉を届けた。
「ば、ばば様。いま私、声、声が聞こえた!」
突然、私の声が聞こえたため驚いたらしい幼子。
驚かせて申し訳ないな。君もまた来ると良い。声を出すことはないだろう。姿を見せることもないだろう。それでも私は、君たち民草が訪れてくれるのを楽しみにしているよ。
驚き慌てている幼子とは対照的に、私の声を聞いたはずの老婆は特に狼狽える様子がない。そして、深々と下げた顔をゆっくりと上げ、老婆は――
「はい、神のまにまに」
そう言った。
うむ、みたらし団子、楽しみにしているよ。
それから老婆は未だ驚きが抜けていない幼子の手を取り、帰宅した。
さて、八割くらいの力で頑張ろうと思っていたが……まぁ、みたらし団子をいただけると言うのなら、もう二割ほどの力を加えてみようか。それにどれほどの力があるのかは分からないが、少しばかりの意味はあるはずだ。
私にはその程度しかできないが、あの愛おしい民草のため、できる程度のことはするべきなのだろう。
「全く、神ってのは忙しいものだ」
ただ……それも悪い気分ではないかな。