「……ふむ、やはり此処の桜木は見事なものだ」
幻想郷の東端。内と外の境目。そして、幻想郷の中心。そんな場所に博麗神社と呼ばれる神社はあった。
季節は春。アレだけ厳しかった冬は過ぎ、暖かな空気が流れる。過ごしやすい季節となったものである。
先日、ふらと人里へ出かけた時に見かけた博麗の巫女。そう言えば今代の博麗の巫女のことはよく知らないな。なんて思い、博麗神社へ行ってみることにした。それに桜木が輝くこの季節。桜の名所でもある博麗神社は丁度良い。
十数年ぶりに訪れた博麗神社に変わった様子は特に見られない。まぁ、この場所が変わるとも思えないが。
ただ、アレだ。
「どうしてこんなに妖怪がいるんだろう……」
鬼、夜雀、吸血鬼、天狗、それにアレは火車か? あと妖精も数匹いる。ま、まぁ、とにかくどうしてなのか分からないが、人外が沢山いるのだ。私の知っている限り、博麗神社はそう言う場所じゃなかったはず。何があったと言うのだ。
妖怪退治を生業としている博麗の巫女。そんな場所に沢山の妖怪がいることの意味が分からない。さらに何をしているのかと思えば、博麗の巫女も含めて皆仲良くお花見なんてしているものだから、ますます訳が分からない。まさか博麗神社がこんなことになっているとは……
いや、まぁ、別に私は博麗神社と関わりがあるわけではないため、そんな口出ししたりはしないが。
「わはは、まぁまぁ、お前さんも飲みなって!」
「ああ、有り難くいただこう」
何とも不思議な光景だが、せっかくのお花見。楽しまなければもったいない。だから、近くにいた子鬼からお酒をいただくことに。うむ、お酒に罪はないのだ。それに妖怪だってきっと桜を楽しみたかったのだろう。
子鬼からいただいたお酒は、少しばかり強いものであったものの、なかなかの美味しさ。鬼の酒を飲むのも久しぶりだ。
「おおー、いい飲みっぷりだねぇ。それにしても、あんたをどっかで見たことがある気がするけど……」
空となった盃へ、子鬼はまた酒を注ぎながらこてり首を傾げそんなことを聞いてきた。
「さぁ? どうだろうか。私は君を……伊吹萃香を知っているが、君が私を知っているのかは分からないよ」
私が姿を現すことは少ない。そのため、私のことを知っている奴も少なくなってしまうのだ。とは言え、私からは君たち妖怪や民草を見ることができる。
「ふーん。良くわからないけど……楽しんでいきなよ!」
うむ、そうさせていただくよ。
鬼からもらった酒。それを口に含めば広がる吟醸香。ほっと一息つき、見上げた先にある満開の桜木。やはりお花見は良いものだ。
今までにいったいどれほどの者がこの薄桃色に想いを寄せたのだろうか。そんなこと考えたところで仕方の無いことだが、きっと様々な者共が想いを馳せてきたと考えると面白い。
なんせ、八百万の一柱であるこの私ですら何かしらの想いを馳せているのだから。
「あっ、こら萃香! あんたの酒は強いんだから、そんな他人に飲ませるようなことしちゃダメじゃない!」
子鬼の隣で酒と桜を楽しんでいると、そんな博麗の巫女の声が聞こえた。
「別にいいじゃあないか。それにコイツだって……あれ? いないや。何処か行っちゃったのかな?」
博麗の巫女が近づいてきたところで、私は身体を薄めた。先日、私が食い逃げ……じゃなくて、えと、まぁ、色々あったため此処で私の姿を見られるのは少々マズい。えとえと、ああ、そうだ。私は基本的に人と近づきすぎることを良しとしない。
うむ、そう言うことにしておこうか。
姿を消し、空へ浮かびながら博麗神社の様子を観察。
一昔前――先代の巫女の頃、此処は寂しい神社だった。人間の参拝客が訪れることはあったが、その数は決して多いものじゃない。まぁ、そのため博麗の巫女は妖怪退治を行っていたのだが。
それから数十年。此処も変わったものだ。そして、どうやらそれは今代の巫女に原因があるようだ。
妖怪から好かれる博麗の巫女、か。きっとこれも時代の流れなのだろう。
「御機嫌いかがかしら、古き神」
そして、姿を消す前にいただいておいたお酒を飲みしな、博麗の巫女を中心に見ているとそんな声。
「八雲か」
「ええ、そうですわ。それにしても貴方様がこのような場所へ姿を見せるとは珍しい」
声を出した人物の方を向くことはしないが、どうせ今だってあの胡散臭い笑いを浮かべていることだろう。相変わらず何を考えているのか分からんし、不思議な奴だ。
それに私は今、姿を消しているはず。そうだと言うのに、コイツはいつだって私を見つける。
「たまには、な。神だってあの薄桃色へ何かしらの想いを乗せたくもなる」
と言うか、基本的に神々は騒ぐことの好きな奴らが多い。お祭りとか皆大好きだ。いくら他人の
「それにしても、相変わらずあの小さな社にいるようですが……そろそろ大きな家へ移ってみては? 貴方もその方が良いでしょう?」
……また、その話か。
八雲はこうやって会う度にこの話をする。もっと信仰を集められるよう、大きな神社を建ててみてはどうかと。
確かに、信仰が集まれば私の力は強くなる。そうなれば今よりも民草の願いを叶えてやることができるだろう。しかし、だ。
「何度も言うが、私は今の状況を満足している。だから移るつもりはないよ」
私の神社は小さなものだ。それでも、あの場所へは沢山の民草が訪れ、私に願いを言い、話を聞かせてくれる。その願い、全てを叶えてやることなどできないが、その手伝いはできる。そして、手伝いをした民が努力をしたことで成就し、その時また私のところへ来てその話を聞かせてくれる。その瞬間が私は好きなのだ。
確かに、大きな神社へ移れば多くの民草は訪れてくれるだろう。しかし、その分私は民草の言葉を聞けなくなってしまう。それは少々、寂しいじゃあないか。だから、私はこのままで……いや、このままが良いのだ。
「ふふっ、しかし、時代とは常に移り変わるもの。それは貴方も例外でない。今はまだ良いかもしれない。けれども、少し先の未来、貴方はもう必要とされなくなっているやもしれませんよ?」
私が必要とされなくなる未来、か。
それはつまり、私が消える未来と言うこと。
……くふ。
「私が消える、ねぇ」
「ええ、その可能性は低いものじゃありませんわ」
くふふ。
そうか……そうか八雲よ。君はそんな言葉で私を揺さぶることができると考えているのだな? その程度の言葉で私が怯むと思っているのだな? しかし、それは大違いだ。妖怪の君に私の気持ちは分からないだろうからそれも仕方の無いことだが、これは面白い。
いつもいつも、この八雲にはいじめられ……じゃなくて、良いようにやられてばかり。だが、今日ばかりは君に勝つことができそうだ。
「君は勘違いしているようだな」
「勘違い……?」
私が願っていることはただのひとつだけ。そのことだけを私は願い続けている。そしてそれは妖怪の君には絶対にわからないことだろう。
「ああ、そうだ。大きな大きな勘違いをしている。私が消えることを怖がるとでも? 民草から忘れられることを恐るるとでも?」
「……何を言いたいので?」
そうではない。そうではないのだよ八雲。そんなことを怖がりはしない。そんなことを恐れはしない。
後ろを振り返り、八雲を真っ直ぐと見つめ、その顔へ指を差し私は言葉を落とした。
「私が願っていることはいつだって、民草の幸せだ」
言葉を落とせ。気持ちを乗せろ。言霊を、踊らせろ。
「私が必要とされなくなる? 私に願わなくなる? それで良いのだよ八雲。それが一番なのだよ。それはつまり、民草が……人間が自分の力だけで立ち上がることができたと言うことなのだから。私にとってそれ以上に幸せなことなどないのだから!」
私が消えると言うことは、人間にそれだけの力があると言うこと。私の助けを借りなくとも、もう生きていけると言うこと。それは何よりも喜ばしく……何よりも私が望んでいることだ。
ふふん、どうだ八雲よ。そのようなこと、全く考えていなかっただろう。妖と神。どちらも存在するために人間が必要不可欠であるが、その在り方は真逆。だからこそ、君には私の考えが分からなかったのだろう。
私に言い負かされたのが悔しいのか、八雲はその顔を下へ落とし、肩を震わせていた。
やーい、どうだ。私だってたまには頑張れるんだぞ! ねぇねぇ八雲、今どんな気持ち? アレだけいじめてきた相手に言い負かされるのってどんな気持ち?
くふふ、お酒が美味しいぜ!
「本当に……全くもって貴方は……」
顔を下へ落としたまま、八雲は小さな小さな声でそんな言葉を落とした。
何だかちょっと怖いが、怒ったりするのはダメだぞ。そう言うのは禁止だからね! いくら神とは言え、私にはそれほど力がないもん。
ぼそぼそと声を出していた八雲だったが、スキマの中へ姿を消していった。
えと……なんだったのだろうか。
う、うーん、よく分からんが、あの八雲を言い負かすことができ私は満足だ。お酒も残っているのだ。それじゃあ、もう少しほどお花見を続けるとしようか。
なんて、考えた時だった。いきなり誰かに後ろから抱きしめられた。何事だ!
おい、こら、どうせ八雲だろ! だからそう言うのはダメなの! この無礼者、放しなさい。
「昔から、ずっとずっと貴方様は変わりませんのね。常に人間のことを想い続けるその考え。……本当に愛おしく感じます」
両腕でがっちりと私を拘束。耳元ではそんな言葉を出すものだからこそばゆいったらありゃしない。ああ、もう! だから放しなさいよ!
その後も、わしわしと頭を撫でられたり、思う存分八雲に遊ばれ続けた。
時間にしては半々刻程度で、ようやっと解放。
「それでは、またお会いできる日を楽しみにしていますわ」
相変わらずの胡散臭い笑。そんなものを浮かべながら八雲は消えていった。
息が荒い。ホント、なんだってこんなにも疲れないといけないのか。
「……アイツ、嫌い」
つまるところ、私は八雲紫と言う妖怪が苦手だった。