「……暑い。暑いぞ。なんだこの暑さは」
桜木の蕾が花開く季節を過ぎ、しとしとと雨が降る梅雨を越え、今の季節は夏。
私の神社のある場所は、社の裏に生えている大きな
とは言え、たまにそよぐ風は心地よく、汗ばんだ私の身体を冷やしてくれる。でも、暑いものは暑い。夏と言えば暑いものだが、なんだってこの季節は毎年毎年こんなにも暑いのだ。あの日の神に文句のひとつでも言ってやりたい気分である。
ふむ、しかしこのままだれているのは少々よろしくない。一応、私も神なわけで、できれば民草の手本となるような生活を心がけたいのだ。
「夏、かぁ」
比較的涼しいはずのこの場所ですらこんなにも暑いのだ。それなら涼しい場所を求めるのは難しいだろう。あのサボりがちな渡しのいる川なら涼しいかもしれないが、あの場所はよくあの閻魔が現れる。そして、あの閻魔は私を見つけると必ず説教をするのだ。
そんなんだから私はあの閻魔も苦手だった。
ふむ……それでは、夏と言えばなんだろうか? まず頭に思い浮かんだのは盆踊りだ。確か、毎年この時期に人里で開かれていたと思う。しかし、盆踊りとは夜に行われるものであり、それまでまだ時間がある。それに、そもそも今日開かれるのかも分からん。
……昼間でも夏を楽しめるもの、か。
「ああ、そうだ。向日葵が咲いている季節じゃあないか」
太陽の畑などと呼ばれるあの場所へ行けば、きっと今年も見事な向日葵たちを見ることができるだろう。この強い日差しを受けた向日葵たちはきっと素敵に見えるはず。
うむ、そうと決まれば早速出発しようか。
神社の奥へ仕舞っておいた麦わら帽子を取り出し、竹筒へ神社の脇で湧いている水を入れる。そして、神社の賽銭箱へ――
『神様ちょっと外出中。また来てね。急用のある者は叫べ。直ぐ戻る』
なんて文字が書かれた紙を置いておく。
うむうむ、これで出かける準備も完了だ。それじゃあ、照りつけるお日様の下。あの向日葵たちの所を目指そうか。
太陽の畑。それは、人里から見て丁度妖怪の山と反対の方向へ位置する場所だ。そして、私の神社のある場所から太陽の畑までは、私にとってそれほど遠い距離ではない。まぁ、私もこの季節くらいしかあの場所へ行くことはないが。
太陽の畑はそのような場所にあり、この季節になると其処は、目が眩むほどの黄色に輝く草原となる。そして、その畑を黄色に染める正体が向日葵なのだ。
夜になれば妖怪が蔓延るし、人間にとって人里からの距離もなかなかある。しかし、この季節の此処はそんな苦労があったとしても一見の価値がある。それほどに此処の美しさはなかなかだ。
此処はそんな場所。そんな場所のはずだが……
「むぅ、なんだか今年の向日葵はあまり元気がないな」
多分、今年の梅雨に雨が降りすぎた影響だろう。太陽の光を好むこの花たちに長雨は酷だ。
しまったなぁ、ぽこぽこと咲いているし美しいと言えば美しいが、普段と比べるとやはり見劣りしてしまう。それにどうやら少々時期が早かったと言うのもあるだろう。どうやらあの長雨のせいで成長が遅れているらしい。
それにしても此処は暑い。木陰などは見つからないし、今の私はひたすら太陽光に焼かれるばかり。麦わら帽子を被っているものの、これだけではあの光を防ぎきることなどできやしない。
「あら、今年も来てくれたのね。残念だけどこの子たちが輝くまでもう少しかかるわよ?」
「風見か。久方ぶりだな」
声のした方を向くと其処には日傘を差し、優し気な眼差しで向日葵を見つめる妖怪がいた。
以前出会ったのは丁度一年前の夏。あの時の向日葵は見事なものだった。
「ええ、久しぶり。ただ、ごめんなさいね。せっかく暑い中来てもらったと言うのに」
「気にするな。私が勝手に来ただけなのだから。それにこれは君のせいじゃない」
たまたま今年の梅雨が長く、たまたま今年の向日葵たちに元気がなかっただけだ。そう言う年だってあるだろう。
それに毎年毎年同じと言うのも面白くない。これもまた一興だ。
しかし、こんな暑さの中、汗ひとつかく様子のない風見は流石だ。私など、先ほどから汗が止まらないと言うのに。大妖怪と呼ばれるだけはある。
「君の力を使えば、この向日葵たちを咲かすこともできるのではないか?」
ふと、気になったことを聞いてみた。確か、風見にはそんな力があったはず。そして、この風見なら此処一帯を黄色の絨毯で覆うことなど容易いだろう。
「……もちろん、私が力を使えばこの子たちを咲かせてあげられるわ」
そう言って、普段よりも元気のない向日葵たちを見つめる風見の顔はなかなかに美しく感じた。
「でもね、それでは意味がないの。私の力で咲かせてしまったら意味がない。私はね、自分の力で花開いたこの子たちが見たいのよ」
そんな風見の気持ちは私もよく理解することができた。
だって、私もそうなのだから。神と言う存在である私は民草の願いを叶えることができる。しかし、その私の力だけで民草の願いを叶えてしまったらダメなのだ。
私は自分の力で願いを叶える民草を見たいのだ。そんな私の気持ちと、この風見の想い。それは決して遠いものじゃあないだろう。
くふ。
くふふ。
……面白い。これはまた面白いものだ。
神と妖。互いに人間が必要不可欠であるものの、その在り方は真逆。そうだと言うのに、見ろ。私と風見の考えは……想いはこれほどに似通っているのだ。これほどに面白いことはない。
「あい、分かった。君の気持ちはよく分かった。それならば、そうだと言うのならば、私が手を貸してやろうじゃあないか。この向日葵たちが自分の力でその花弁を開き、此処一帯をその黄色で埋め尽くせるよう手を貸そう」
「……何をするつもりかしら?」
私の言葉に風見は若干その眉を顰めた。
なに、心配することはない。都合の良いことに、
「この向日葵たちが、自分たちの力でその大きな大きな花を咲かすことができるよう手伝ってやるのだよ」
被っていた麦わら帽子を投げ捨て、灼熱太陽の下、この頭をさらけ出す。ポタポタと滴る汗が止まる様子はない。そんな私が顔を揺らす度、その汗が弾けた。
暑い。ものすごく暑い。しかし、今ばかりはこの向日葵たちのため、少々頑張ってみるとしよう。
向日葵たち間、太陽の畑の中心へ移動。
其処で私は回った。くるくる、くるくるとその場所で踊るように回った。そして――私は種を蒔く。
天から、地から、風から、水から、龍脈から受けた小さな小さな力を膨らませ種を造り、くるくると回りながら、それを蒔く。
そうやって私はこの向日葵たちの力に少しでもなれるよう、種を蒔いた。
……どれくらいの時間、私が回っていたのか分からない。しかし、少なくともこの太陽の畑一面に蒔き切ることはできただろう。
ただ、アレだ。目が回った。ちょっと回りすぎた。
ちょいと回りすぎたせいで、くるくる回るのを止めたはずなのに、私の世界はまだくるくると回っていた。そんなんだから、私は倒れてしまったが、まぁ、これは仕方無い。
そして、そんな酷い状態の私に対しても、空高い場所で輝くアイツは容赦無く私を焼いてくれる。
ああ、本当に暑いな。
世界は回っているし、汗は止まらないし正直、気分の良い状態ではない。とは言え、これでこの向日葵たちの手助けができたと考えれば十分だろう。
「ふふっ、お疲れ様。貴女のおかげでこの子たちも喜んでいるわ」
私を焼いていた光が、ふと和らいだ。何事かと思い、閉じていた目を開けると、其処には私の麦わら帽子を被った風見の姿があった。どうやら、風見の傘によってあの光が和らいだらしい。
「いや、それは気のせいだよ。私の力は気づけるほど大きなものじゃない。気づくことができないほど、小さな小さなものなのだから」
私の蒔く種はその程度のもの。だから、今の私にできるのは手助けが限界だ。
「そうね。確かに、貴女の蒔いた種には気付けていないでしょう。でもね、この子たちが喜んでいるのはそのことではないの」
……うん? そうなのか?
ただ、そう言われると余計に分からなくなってしまう。だって、私はただ種を蒔いただけなのだから。それ以上のことは何もやっていない。そうだと言うのに、この向日葵たちは何を喜んでいると言うのだ。
「それでは、この向日葵たちは何に対して喜んでくれているのだ?」
そんな私の質問に対し、風見は本当に見惚れるような美しい笑顔で答えた。
「貴女がこの子たちのため、頑張ってくれたことよ」
……ああ、ああなるほど。そうか、そんなことにこの向日葵たちは喜んでくれたのか。勝手に私がやったことだと言うのに、そんなことに対して喜んでくれたのか。
それはまた……うむ。悪い気分ではないな。
私の蒔いた種が芽吹くかは分からない。しかし、この向日葵たちなら大丈夫だろう。なんて確証もないことを思ってしまった。
ただ、その考えは間違いじゃないだろう。ふむ、それならばまた後日此処へ来てこの向日葵たちを見に来る必要がある。
その時が本当に楽しみだ。
「それにしても、クルクル回る意味はあったの?」
「いや、ないぞ」
「ないんだ……じゃあ、なんで回ったのよ」
いやだって、ひ
夏。それは暑く厳しい季節であるが、この季節もこの季節で悪くないと私は思うんだ。