神のまにまに【完結】   作:puc119

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神様、昔を思い出す

 

 

 あれはいつのことだっただろうか。

 どうにも記憶に靄のようなものがかかり、どうしてもはっきりと思い出すことができない。少なくとも、遠い昔の出来事ではなかったはず。それでも、私ははっきりと思い出すことができなかった。

 

「これ、人の子よ。このような場所で何を泣いている?」

 

 いつの季節だったのか。その日の天気はどうだったのか。そのようなことすら私は思い出すことができないのだ。

 

「別にお前には関係ないだろ……」

 

 ただ、思い出せるのは、まだ十もいかない少女が、私の神社の近くで泣いていたと言うこと。そして、その身体と明らかに不釣合いな大きな大きな帽子だけだ。

 

 まぁ、そのことですら今の今まで私は忘れていたのだが。

 

「関係ないことなどない。幻想郷に住む民草全て、私と関係しているのだから。ほれ、何があったのか話してみろ。私にできることは少ないが、手助けくらいはしてやる」

 

 私がせっかく声をかけたと言うのに、その少女はまるで反抗するかのように、私を睨みつけ言葉を落とす。

 何がこの少女はそうするのか。どうしてこの少女は苦しんでいるのか。それが分からない。言葉にしなければ伝わらないこともある。

 

「なんだよ偉そうに。……私より小さいくせして」

「んなっ! 馬鹿者! よく見ろ。私の方がちょっと大きいぞ!」

 

 多分、私の方が小さかった。

 ただ、あれだ。神としての威厳とかそう言うものを含めればきっと私の方が大きいはずだ。それに私だって昔は……まぁ、そんなことは良い。

 

「全く、このひねくれ者が。君が話をしてくれないため分からないが、ふむ……迷子か? 仕方無い。この私が人里まで送ってやろう」

「違うッ! 私は自分の意志で来たんだ! それに人里へはもう絶対に戻らない!」

 

 む、むぅ? そうなの? こりゃあ、またややこしいことになってきたぞ。つまり、この少女は自ら家を飛び出してきた言うことか。独り立ちできるほどの年ではないだろうに……

 その魂を見るに、どうやら多少の魔法は扱えるらしいが、その程度の力しかしないこの少女が独りで生きていけるほど幻想郷は甘くない。

 

「本当に人里へ戻るつもりはないのか? はっきり言うが、君が考えているほど此処は甘くないぞ」

「だから言ってるだろ! 私は戻らない!」

 

 はて、これはどうしたものか……

 何がこの少女を此処までさせると言うのだ。とは言え、もしこの少女が一時の迷いでそのような言葉を落としていると言うのなら、私は止めなければいけない。それが今の私にできる一番のこと。

 

 神力を解放。声音を下げ。全力で威嚇。

 

 

「……死ぬぞ。貴様程度では」

 

 

 何を考えこの少女がひとりで生きようとするのかは知らん。しかし、だからと言ってこの少女を見捨てることなどできるわけがない。

 

 そして、そんな私の言葉に対してあの少女は――

 

 

「それでもいい! それでも私はひとりで生きると決めたんだ。これは私が選んだ道なんだ!」

 

 

 などとほざきよった。

 大妖怪ですら怯ませられるほどの力を解放した。全力を持って私は言葉をぶつけた。そうだと言うのに、あの少女は一切怯むことなく、私の目を真っ直ぐ見つめ言葉を落とした。

 

 はぁ……これは、何を言っても駄目だろう。例え私が無理矢理人里へ連れて行ったとしても、この少女は絶対にまた飛び出してしまう。それほどの意志を感じる。

 

 そうとなれば、私のやるべきことはもうひとつしかない。この少女にはため息しか出ないが……くふふ。この大馬鹿者が。

 

 ただまぁ、そう言う馬鹿者は嫌いじゃあない。

 

「君がどう考えているのかよく分かった。そう言うのならば、其処まで言うのなら仕方無い。私が手を貸してやろう」

「な、なにをするってんだよ」

 

 ただの手助けだ。

 しかし、いつものようにやっただけでは足りない。それだけではこの少女の運命を変えることはできない。

 だから、今回ばかりはもう少しばかりの力を加えてやろう。この私が全力以上の力を使ってやろう。この愛すべき大馬鹿者へ、溜めてきたこの力を。

 

 あの少女が安心できるよう、できるだけ優しく微笑みながら私の手を少女の額へ。

 

「っ!?」

「落ち着け。君を取って食おうとしているわけではない」

 

 そして、私はその少女の身体へ直接、力を流し込んだ。

 

「お、お前なにをした!」

 

 力を流し込み終えた瞬間、猛烈な疲労が私を襲い、力が一気に抜けた感覚に。

 あ、あれ? こんなに疲れるものだっただろうか。むぅ、予想以上に衰えているぞ。

 

「な、なに、なんてことはない……ただ君の手助けとなるよう。私が願っただけだ」

「……お前、なにものだ?」

 

 ああもう、慣れないことしたせいですっごい疲れた。今直ぐにでも寝てしまいたい気分だ。

 

「君たち民草を愛する、ただの神だよ」

 

 それ以上でも以下でもない。

 私は君たち民草が歩みたい方向へそっと後押しするだけ。後は君の力でその道を歩むと良い。決して平たんな道ではないが……なに、この私の加護がついているのだ。

 

「後は迷わず進むと良い」

「……お礼を言った方がいいのか?」

「そんなものいらん。ただ、そうだな……もし、君がもう少し大きくなった時、その姿を私に見せてくれ。そうしてくれることが私は一番嬉しく思う」

 

 そうして私と少女は別れた。そんな大切な物語があった。

 ホント、どうしてそんなことを忘れていたのやら……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――

 

 

「まっつたけ! まっつたけ!」

 

 今の私は非常に気分が良い。

 茹だるような季節である夏を過ぎた今の季節は秋。そしてこの季節は非常に食べ物の奉納が多い。流石は実りの秋と言ったところか。秋、大好き。

 今はそんな季節。そして、今年はなんとあの松茸が私の神社へ奉納された。これが喜ばずにいられるものか。

 

 松茸が奉納されて直ぐに、七輪を出し早速、私は松茸を焼き始めた。

 どうやって食べようかなぁ。やっぱり最初はその香りを楽しむため塩を振りかけるのが一番だろうか。

 

 今はそろそろ日が沈み始める時間。私の神社へ訪れるのはほとんどが人里の人間のため、この時間に訪れる者はいない。つまり、私はこの松茸をひとりで楽しむことができる。そうとなれば、そりゃあ松茸を焼いている七輪の周りで踊りたくもなる。

 松茸などを食べるのは本当に久しぶりのこと。私にはもう松茸のことしか考えられない。

 

「……あの、すごく声をかけ難いんだが、こんなところでお前は何をやっているんだ?」

 

 そうやって踊っていたものだから、人が近づいていることなど全く気付かなかった。

 須臾、思考が停止。私は今、何をやっていた? 姿を薄くすることを忘れ、私は何をやっていた?

 

 声をかけてきた者は、白色のリボンがついた大きな黒帽子に、金色の髪が特徴的な少女の姿。てか、以前私が人里へ訪れた時、茶店の代金を払わせた少女だった。

 

 ……まずい。非常にまずい状況だ。

 人里でこの少女に私の代金を払わせた後、借りたのだからちゃんと返そうと思った。しかし、いくら人里の中を探してもこの少女の姿がない。人里で出会った時も思ったが、この少女のような恰好をしているものはいない。そのため、このような目立つ格好をした少女を見落としてはいないと思う。

 それから、ようやっと博麗神社のお花見でこの少女を見つけたが、お金を返せるような雰囲気ではなかった。だから、私としてはもうこのまま忘れてしまおうと思っていたところなんだ。

 

「……わ、私は神だ」

「うん、わかった。わかったから、とりあえず落ち着け」

 

 それでいてこの少女とこんな形での再会。これは非常にまずいぞ。もし、私のことを思い出してしまったら何をされるのか分かったものじゃない。

 ああもう、どうしよう……

 

「これ、人の子がこんな時間に里を離れたら危ないだろうが。まだ日は沈んでないが、そろそろ妖怪共の時間が始まる。悪いことは言わぬから、家へ戻ると良い」

 

 神様特技のひとつ、話題反らし! こう、なんか意味深っぽいことを言うことで色々なことを誤魔化せる神様専用のすごい技だ。

 

「いや、そんなことを言ったらお前の方が危ないだろ。こんな道端で松茸を焼いているなんて明らかにおかしいぜ?」

 

 うん、まぁ、そうだけど私、神だもん。其処らの妖怪にやられるほど弱くはないもん。

 もしかしてこの少女は、私が神だと言うことを信じていないのか? これでも古くから存在している神なのだが……

 

「……どうにも勘違いしているようだが、私のことなら心配ない。君は知らなかったのかもしれないが、私は其処にある神社の祭神だ。妖怪ごときどうとでもなる」

「ああそうかい。神ってのは変な奴らばかりだな」

 

 失礼な。神様だって松茸は嬉しいし、みたらし団子を食べたくもなるのだ。

 しかし、どうやらこの少女は私のことを覚えていないらしい。これは不幸中の幸いだ。罪悪感? 知るかそんなもの。犬にでも食わせておけ。

 

「だから私は良いのだ。しかし、君のような人の子がこんな時間に里を出るのはよろしくないぞ?」

「それなら私も大丈夫だぜ。妖怪退治なら慣れてるしな! それに私は人里に住んでなんかいない」

 

 おろ、そうだったのか。人里以外に住む人間もいるが、この幻想郷で人間が住む場所と言えばまず人里だ。人里ならば妖怪に襲われる心配もなく、実際ほとんどの人間が人里へ住んでいたはず。そうだと言うのに、このような少女が人里の外で暮らすとは……魔力はあるようだが、それでも里で暮らした方が絶対に過ごしやすいはず。

 

「んー……」

「うん? どうした?」

 

 さて、それではこの少女は何者だろうか? と考えていると、私の顔をまじまじと見つめながら少女が言葉を落とした。

 

「な~んか、どっかでお前を見た気がするんだよな」

 

 気持ちの悪い汗が噴き出した。

 

 ……い、いや、まだだ。まだ分からん。この少女ははっきりと覚えていないのだ。だからまだ何とかなるはず。

 

「そ、そうか? 私は君を初めて見たが」

 

 声が震える。ヤバい、今にも泣きそうだ。

 

「それじゃあ私の勘違いかもな」

「うむ、うむうむ、きっとそうだと思うぞ!」

「いや、そんな真剣にならなくても……」

 

 馬鹿者。私の威厳とかなんか色々がかかっているのだ。それなら真剣にもなるだろう。

 とは言え、どうやら誤魔化し切ることができたらしい。

 うむ、今更あの時のお代を返せるわけもないのだし、此処はこの少女に松茸を食べさせてやるとしよう。

 

 少しばかり忘れていた網の上に乗る松茸の様子を確認すると、旨味の汁が浮き始め、なんとも美味しそうな香りを漂わせていた。あともう少しと言ったところだろう。

 

「それにしても、里ではないとすると君は何処に住んでいるのだ? そしてどうしてそんな辛い生活を?」

 

 松茸が焼けるまでもう少し。その間、この少女との雑談を楽しむとしよう。

 

「魔法の森にだよ。あの場所は私の魔力の元となる材料が取れるからな」

 

 ああそう言えば、森の化け茸からは魔力が取れると聞いたことがあるな。だが、魔力の元とするにはあまりにも効率が悪いと聞いた記憶も……

 うーん、やはりこの少女がどうして里を離れのんかがわからん。

 

「それにな」

 

 この少女のことが分からず、首を傾げた時、少女が更に言葉を落とし――

 

 

「これは私の選んだ道なんだ」

 

 

 そうあの夏の太陽にも負けないような笑顔で言いよった。

 

「他の誰でもない。私自身が進むと決めた道だ。だから私は胸張ってその道を歩いて行くぜ」

 

 その瞬間――私の中に眠っていたひとつの記憶がよみがえった。

 それは今から数年ほど前の出来事。靄の先に見えるあの時に出会った少女と、この少女の姿が重なり、ひとつになった。

 

「ああ……そうか。そうだったのだな」

 

 乾いた笑いとともに、言葉が零れる。

 あれからたった数年。私は忘れてしまい、この少女も忘れてしまっているだろう。しかし、しかしだ、今こうしてあの時と今は繋がった。

 

 私がただただ願っていたことが叶った。

 

「……本当に立派になったものだ」

 

 あの少女に聞こえないくらい小さな小さな声が私の口から零れる。

 ああ……ああ、なんて今日は良い日だろうか。ずっとずっと忘れていたことだが、それでも私は心から嬉しく思う。

 

「くふふ。そうか、それではそんな大馬鹿者のお前にこの松茸を分けてやろう」

「おお、ホントか! 大馬鹿者ってのは否定させてもらうが……へへ、松茸はありがたくいただくぜ」

 

 うむ、神のまにまにしかと食べるが良い。

 今の私はこの松茸を手に入れたこと以上に嬉しいことがあったのだから。これ以上、望んでしまうのは贅沢と言うもの。

 

 それに、今は立派に成長した君ともう少し程、言葉を交わしたいところなのだから。

 

 

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