クルルシファーはルクスが戻ってくるのを待って、壁にもたれかかるように座って口を開いた。
「私は、ユミル教国の遺跡、『第四遺跡・坑道(ホール)』と呼ばれる場所で発見された。いえ、発掘の方が正しいわね。当時
「彼らは期待したのよ。私が遺跡の謎に迫る大きなカギになるのかもってね。そして私は記憶もなく、何も知らないままエインフォルク家に引き取られた」
「物心ついたころには気づいたわ、自分が養子であることに。両親も、兄妹も、使用人もよそよそしかったから自然にね。それからすごく努力したわ、いつか自分が家族として認められるために」
淡々と、感情の起伏を感じさせない声音で自らの過去を紡いでいくクルルシファー。
彼女が遺跡の生き残りだと知るエインフォルク家の人達は一定の距離で線を引き、それを踏み越えようとしなかった。
蓮とルクスはただただ聞き役に徹する。いや、それしかできなかった。
蓮はこの異世界に飛ばされて、家族も友達もいなくなった。けれども、彼女と同様に養子として引き取られたフェルテ家では誰もが分け隔てなく、まるで家族のように接してくれた。
ルクスにはアイリがいた。血のつながった妹という存在がいた。王家と民に疎まれ、見捨てられても毎日のように会いに来てくれて、気付かせてくれた幼馴染みのフィルフィがいた。
「そしていつの間にか、私は天才と呼ばれていたわ。学業も作法も機竜操作でも…そして、私は神装機竜《ファフニール》を手に入れた――けれども、一番欲しかったものは逆に遠ざかっていった。そしてある日、ただ一人普通に接してくれていた父と兄の話を耳にしてしまったの。やはり、私は自分たちとは違う生き物だって」
表面上は普段の冷静な声。しかし、こもっていたのは余裕ではなく、諦めと寂しさだった。
『家族』を望み、努力を続けた少女。
しかし彼女が得たのは
天才的な才能。
やはりこの少女は自分たちとは違う。
自分たちとは違う生き物だ。
という、望みの対極にあるものだった。
「そして最後は、遺跡の暴走。私はエインフォルク家で疫病神扱いされて、こうして売られたのよ。神装機竜は箔を付けるためね」
「だから、今回の遺跡調査にあんなにこだわっていたのか」
蓮がようやくと言った様子で相槌を打つ。
クルルシファーはゆっくりと頷く。
「ええ。今まで聞いたことは何かの間違いで、事実は普通の人間で、エインフォルク家の人間だった。そんな可能性にすがった――けれども私はやっぱり遺跡の人間だった」
「まだ決まったわけじゃない!ここだってまだ十分調べたわけじゃないし!もしかしたら、ユミルの遺跡にだって、ほかの手がかりがあるかも――」
ルクスが耐え切れずに叫ぶ、何もかもを諦めかけている少女に光を失わせないために、引き止めるために。
「もう、いいのよ」
「え…?」
しかし、クルルシファーの零した言葉にルクスは言葉を止めてしまう。
少女の痩軀は、震えていた。
「なぜかしらね、あんなにエインフォルク家の家族が嫌いだったのに……こんなにも真実を知りたかったのに……。自分が他人と『違う』とわかってしまったら、怖くてたまらないの。遺跡を探し続けても私のような遺跡の人も、私の存在を認めてくれる人がいなかったら――そう思ってしまうと」
震える少女は顔を上げ、蓮とルクスの顔を交互に見ながら言った――
「ごめんなさい。私のわがままに付き合わせて、こんな誰でもない人間のためなんかに」
そこには普段の大人びた雰囲気もなければ、冷静さも、余裕もない。すべてを諦め、儚げな表情をし、瞳に光るものを浮かべたクルルシファーがいた。
「ルクス、ちょっとそこをどけ」
パン!
「え……?」
「ったく。この大馬鹿娘が。そんなもの見せんなよ、ひっぱたけないじゃないか」
「レン……君?」
蓮はルクスを軽く突き飛ばすように引っぺがし、クルルシファーの目の前で両手を強く叩き合わせる。
少女の今にもこぼれそうな潤んだ目をまっすぐに見つめ、震えるその肩をやさしくつかみながらそう吐き捨てた。
「ユミル教国?エインフォルク家?遺跡出身?そんなもん関係あるか。クルルシファー、あんたは紛れもなく俺たちの仲間で、今は演技でも俺の恋人だろが。確かに自分が他人と『違う』とわかってしまったら、怖いだろうよ。だがな、クルルシファー・エインフォルクという人間を――存在を認めている人間は少なくともここに二人いる。いや、俺とルクスだけじゃねぇ、懲りない改造厨のお姫様だって、三和音の三人だって、学園の他のみんなだってそうだ」
「――――」
「誰でもない人間だ?じゃあ、俺の目の前にいるクルルシファー・エインフォルクは存在しない人間なのか?俺達とクルルシファー・エインフォルクが過ごした日々はなかったのか?
俺の中にクルルシファー・エインフォルクという人間は確かに存在しているんだ!たとえ誰かがクルルシファー・エインフォルクの存在を否定しようとも、俺がそれよりもずっと強くクルルシファー・エインフォルクの存在を肯定してやる!」
「……」
蓮は自分が熱くなっているのを自覚していた。
けれども語調を弱めることはしない。むしろ強くする。
クルルシファーはきょとんとした顔のまま、数秒ほど蓮を見つめると――
「ふ、ふふふ…」
何かをこらえるような顔で、笑い出した。
「……は?」
「レン君。一つ忠告してあげるわ。女の弱音を、あまり本気で受け取らない方がいいわよ」
「おい、ちょっと待て」
急にいつもの涼しげな顔に戻ったクルルシファーが、からかうように告げる。
「さっきのは嘘だったのか?」
「不幸自慢に同情するのはやめた方がいいわ。試しに言ったけど、この反応は予想外だったわ。決闘の時は気を付けてね」
「やけに上手な嘘だなぁ……」
「まあ、クルルシファーさんらしい…のかな」
いたって冷静な声で告げられて、蓮は苦笑するしかなかった。
ルクスもまた苦笑していた。けれど、その顔はとても穏やかなものだった。
「それで、ルクスからは何も言ってあげないのか?」
まあ、すぐにその穏やかさは焦燥に変わったが。
「えええっ!?この流れで僕も言うの!?」
「そうね。ルクス君の話も聞いてみたいわね」
「クルルシファーさんまで!?」
からかい100%の笑顔で追い打ちを掛けられて更に焦るルクス。
2人もあの場でルクスが蓮と同じことを言っていたであろうことは解っている。だからこうしている。
「まあルクスの話はここを出てからにしようか。どうやら来たようだし――」
「え?」
「おーい!この下にいるのか!?ルクス!クルルシファー!それと、レン」
蓮が呟くと、上階の壁をぶち破って現れたリーシャの大声が響いた。
遺跡内を《キメラティック・ワイバーン》の右手に装備した
「俺はついでか、お姫様」
「さて、そろそろ門が閉まる時間だ。他のやつらには発掘した古文書や機竜の部品を持たせて外で待機している。あとはお前たちだけだ」
「無視かよ」
リーシャはそう言って真っ先にルクスを抱えようとしたが、
「クルルシファーさんを先にお願いします。怪我をしているようですから」
冷静なノクトにさらりと指摘されてしまった。
「……なっ!?し、しかし、よく考えたら…私の右手は武装だからな、いささか不安定だな。おいシャリス、両手の使えるお前に、クルルシファーを任せる」
「やれやれ、仕方ないお姫様だな」
苦笑を浮かべ、《ワイバーン》を纏ったシャリスが降りてくる。
「よし、じゃあ私はルクスを――」
「ルクスさん、無事で何よりです。アイリが怒って待っていますよ」
「あ、ありがとうノクト。ってか、やっぱり怒ってるんだ…」
「Yes, 仕方のないことだと思います。諦めた方がいいですよ」
「う…」
「なっ…!?」
リーシャが改めてルクスを抱えようと振り向くと、すでに《ドレイク》を纏ったノクトがルクスのそばに降りていた。
リーシャの反応を見た蓮はというと
「おーい、ノクト~。話があるからちょっとこっちに来てくれ」
「?何でしょうか、別に今でなくとも――」
ノクトの傍に駆け寄り、何やら話し掛ける。
「リーズシャルテ様、ルクスさんをお願いしてもよろしいですか」
「む、そ、そうか。よし。い、行くぞ、ルクス」
ノクトに抱えられた蓮は顔を真っ赤に染めながらルクスを抱えるリーシャを見て、先程のクルルシファー同様にからかい100%の笑顔を浮かべていた。
帰りの間は幸いにも幻神獣に会うこともなく、蓮たちは無事に遺跡を脱出して学園の帰途に着いた。
「決闘の時刻まで1時間弱ってところか」
「そうだけど、体は大丈夫なの?」
「まぁ、安静にしてろって言われるぐらいには大丈夫さ」
学園に戻ってから数時間。
遺跡から戻った蓮たちは真っ先に診察を受けた。今は別室のベッドでルクスと仲良く寝ているところ(当然二つのベッドで隙間はしっかり空いている)。
クルルシファーのことはわからずとも今の蓮と同様に安静にしておくようにと言われていることだろうことは容易に想像がついた。
「大丈夫じゃないから安静にしてほしいんじゃないかな……」
「そうだよ。あちこち痛いよ。特に背中が地味に痛い」
「だったら少しでも寝ていたらいいのではないんですか?」
蓮とルクスのとりとめのない会話を遮ったのは二つのカップを持ちながらあからさまに「呆れる」と顔に書いたアイリだった。
「薬湯です。兄さんもレンさんも飲んでください」
「ありがとう、アイリ」
「助かるよ、アイリちゃん。さすがに睡眠作用は弱いのだよな?」
「まったく、レンさんも兄さんと変わらないんですか?レンさんは時間になったらちゃんと起こしますから、つべこべ言わずに飲んでください」
さりげなくルクスに口撃をするあたりにアイリのルクスに対する日頃の心配が現れていた。
蓮とルクスは苦笑しながらそのカップを受け取って飲み干した。
「私はもう行きますから、しっかり寝ていてくださいね」
「わ、わかってるよ」
「……(ジト目)」
「お~い、ルクス。妹さんは信頼してないみたいだぞ」
「えっ!?」
ジト目でルクスを一睨みしたアイリはため息を一つついて部屋を出て行った。
「さて、ひと眠りするか。最悪《ヴリトラ》が起こしてくれっか――」
「おい、ルクス。体の方は大丈夫なのか?」
「ら……ノックぐらいしろよ、お姫様」
ちょうど入れ違いになるようにリーシャが部屋に入ってきた。
男がいる部屋に入るというのにノックもしないというのはどうかと思います。
「ええまあ、何とかってところですけど……あれ?その封筒は何ですか?」
「ああ、これか?これは――」
「(スッ)どれどれ……おっ、ラフィ殿下からか」
「おい!勝手に取っていくな!」
背後から封筒を奪った蓮からひったくるように奪い返すリーシャ。
「いいじゃないか。それを頼んだの、俺だぜ?」
「言われればちゃんと見せるぞ。黙って持っていくなと言う意味だ」
「あはは……と、ところでリーシャ様、書簡にはなんて書いてあったんですか?」
「むぅ……仕方ない。貴様にはさんざん言いたいことがあったが、後回しだ」
いかにも納得してませんというオーラを出しながら蓮をにらみつけ、咳払いを一つ入れてリーシャはすでに開封してあった書簡をルクスに見せた。
蓮もルクスのそばによってその文面を覗く。
「これは……」
「チッ……まかりなりにも四大貴族と言うことか」
「あと、私の権限でも少し調べてみたが、どうにも臭いな。過去に潰した野盗連中を私兵として雇ったり、その私兵を使って遺跡の盗掘をしていた可能性がある」
「レンっち!クルルシファーさんが一人で出て行っちゃったよ!」
バン!とこれまたノックもせずに扉を開けて飛び込んできたのは憔悴しきった様子のティルファーだった。走ってきたのか肩で息をしていた。
リーシャは驚いたような表情になり、蓮とルクスの表情も険しいものになる。
「クルルシファーさん……」
「やっぱり一人でカタを付けるつもりだったか……。すまんルクス、一つ手伝ってくれないか?」
「わかってるよ。後のことは僕たちに任せて蓮は行って」
「助かる。それともう一つ、無茶を承知で頼みがあるんだが――《バハムート》を出してくれないか?」
「……。危険だよ?」
覚悟の上だ。でなければこんな話などしない。
「野暮なこと聞くなよ」
蓮は鼻で笑って部屋の扉に手をかけた。
投稿が遅れてすみません。
さて、いよいよ、あの馬鹿を潰しに行きます。
ちょっと緩いと感じる人もいるかもしれませんが、あまりハードなのは…ね?
修正点や感想を待っています!