デルのリーフ。
金髪の、15歳ぐらいの少年は人に自己紹介する時そう言わねばならなかった。
上記のあいさつで、デルトラ王国デル城近く生まれのリーフと言う事になるのだ。
名字も戸籍もねえのか糞がとは思ってはいけない。
リーフの生まれは城下町のこじんまりとした鍛冶屋だった。
平均的な民家一軒を仕事場として使っているに過ぎない鍛冶屋である。
しかし、いくら小さくても最低限一家で食べて行けるだけの稼ぎはあった。
両親はともに健在。父は足を悪くしているが、それ以外はまったく健康だった。
母は元気に内職に手を出している。夫を立て自分は三歩後ろに従う、古き良き大和撫子の様な女性だ。
でもリーフは母こそが我が家の意思決定機関だと知っている。父は母に頭が上がらない。
多分昔何かしたのだろう。それは確実にろくでも無いことのはずである。足一本不自由になるぐらいの。とんでもないことだ。
それがまさか王国滅亡一歩手前レベルのとんでもなさとは夢にも思わなかったリーフである。
幼い頃より父に鍛冶の何たるかを叩き込まれたリーフは、今や立派な鍛冶職人だ。
気が向けば適当に何か打っている。それはアクセサリーだったり武器だったりするが、資材に余裕はないのでそうポンポン打てるものではない。
デルトラには、鍛冶師が満足に遊べる量の金属類すら流通していない。
デルトラ王国は今や裕福な国ではないのだ。
かつての栄光は墓穴に先祖と共に埋葬された。
随分前から国力は弱まり、民はその日食べる物にすら苦労するのが当たり前となってしまった。
十数年前の影の大王降臨で、生かさず殺さずのデル民総奴隷化が成し遂げられてからは、民の暮らしはより厳しいものになってしまっている。
しかしそんなことリーフにしてみればどうだっていいことだ。
自分が生まれる前の自由とか富だとか。知らないことを良い事のように語る爺婆共はとっとといねやと内心思っている。
望むだけで行動を起こさない、その怠惰にリーフはぶちギレている。
お前らのせいで僕の生活水準ガタ落ちしてんだからお前らが命かけてでも元の水準に上げろやと。
酷い子供である。
何をどうなったらそんな性格に育つのか。
親の顔が見てみたいと思うが、彼の両親は比較的まともだった。
リーフは将来気の強い女の子と結婚させようとか考えてるぐらいにはまともである。
将来のことよりも現在の性格を何とかしろよ親ばかが、とかつての親友なら言っただろう。
夕暮れ。
嫌な物見たと顔を顰めながら帰ってきたリーフは、両親と食卓に着いていた。
カチャカチャと食器の音が響く静かな晩餐で、リーフは無言で味の薄いスープを啜っている。
「…………」
その眼は真っ直ぐ父親に向けられていた。
父はリーフの探るような目に気が付きながらも、あえて目を合わさない。
合わしたらなんか尋問されそうだったから。
リーフが数日前より感じている違和感。
それが今日は一層強くなっている。放置していたら嫌なことになりそうだから、リーフはその正体を探る決心をした。
その決心はダイヤより固く、父の隣でニコニコ笑顔の母さえいなければ、リーフは首根っこ掴んで聞き出していただろう。
ニコニコニコニコニコニコニコニコ。
表情とは裏腹の黒い何かが彼女の背景に浮かんでいる。
ニッコリ笑顔の母は、牽制するかのようにリーフから視線を外さない。
視線を合わせようものなら母の笑顔はより一層深くなり、得体のしれない瘴気はその気配を一際濃くする。
リーフは自然と母から目を逸らした。
スープに映る自分の顔は恐怖に包まれており、その瘴気は彼の決心を覆させるには十分な威力を持っていた。
……聞くのは明日でいいや。
ダイヤは案外脆い。
翌日、やることなく暇なリーフは何するでもなく家を出た。
相変わらずニコニコ笑顔の母と一緒に居たくなかったと言うわけではない。
「いまから隠しごとするからお前出てけ」と言われたからだ。
「ぼく妹が欲しいな」との息子の言葉に、「いいからとっとといけ」と父はぶっきら棒だ。
照れなくてもいいのにとリーフは含み笑いで家を後にした。
両親の隠しごとが公然の秘密の様な現状はリーフにとっての試練の日が近づいている証左なのだが、当の本人はそのことに全く気が付いていない。
頭がいいのか悪いのか、頭を捻る所ではあるが善性を母のお腹に――――否、母の暗黒面に上書きされたことによる躊躇の無さが彼の頭を良く見せているのかもしれなかった。
勉強自体は読み書き計算全般出来るし、デルトラの書とか言う意味の分からない物を暗記したりもしているが、所詮はその程度である。
その知識をどのように扱うか。それが重要なのだ。
そして残念なことにリーフは、その知識を己の興味があること、あるいは己の障害を徹底排除にしか使えない。
別にそれでいいじゃないかとも思えるが、これ裏を返せば危機的状況に陥らないと真価を発揮できないと言う事である。
リーフの生末を鑑みるに、彼には危機的状況に陥らせない努力が必要なのだが、何だかんだ修羅場を乗り越えてきてしまったリーフに、もはやそれは期待するだけ無駄と言うものである。
しょうがないから足りないものは他で補おうと両親は決めていた。
「やあ乞食元気かい」
「元気ですぜ坊ちゃん」
「今から憲兵に嫌がらせしに行くんだけど君もどう?」
「やめておきます。命が惜しいので」
それは残念だと意気揚々城へと向かうリーフ。
その背を目で追う乞食は、薄汚い外套の下で、深々とした溜息を吐いた。
リーフは結構有名人である。
あの親にしてどうしてこんなの出来たのかと近隣の間では専ら噂されている。
"母"と言う最大にして唯一の答えに近づいたものは黒々とした何かに怯え死んでも口を割らない。
男尊女卑根強いこのご時世で、三歩後ろに控える母よりも時に無償で道具の修理を請け負ってくれる父の方が目につきやすい。
故に、"あの親"の意味合いの約9割は"父親"と言う意味である。
父は昔のことはさて置き今は結構本気でいい人なので、近隣住人の疑問ももっともである。
リーフの行動は、外面だけ見れば外道のそれだが――――憲兵行方不明数20体突破など――――実の所それほど外道と言うわけでもない。
最たる例が、城に潜入して食料を強奪し飢えた子供に施していることであろう。
それゆえにこの辺りの子供たちはリーフを尊敬している。
自分のようになりたければ君達も精進しろと飴と鞭の使い方が上手いのだ。
まるで洗脳の様なそれで、リーフは餓鬼大将の地位を確立していた。
子供たちを馬のように使って作ったデルの詳細な地図。
大人の愚痴から憲兵の雑談まで、ありとあらゆる情報を集める人力情報網。
将来のための秘密修練場。使える物を開発するための子供実験室。
か弱い子供を使っての、それら鬼の所業については知ってる人間は数少ない。
外に漏れたらやばいから、リーフは連帯責任と言う大人の技法で出来る限り口に戸を立てているのだ。
もし上記が漏れたら多分子供たちは一斉保護され、リーフは一人寂しく食料片手に親の眼盗んで口説き落としにかかるのだ。
しかしやっぱり漏れるところからは漏れる。
「どこだァ!」
一見して廃墟。しかし内装は比較的無事だった建物。
本日そこに招かれざる客人が侵入してきた。
ガタンと扉が破壊され、憲兵数人が室内になだれ込んでくる。
彼らは一様に剣を片手に殺気を撒き散らしていた。
「……おいいねぇぞ! どうなってやがる!」
「知るか馬鹿が」
「んだとてめえ!」
緊張しているのか、一人口の悪い憲兵が仲間に突っかかっている。
チームプレイもなにもあったものではない。
今まで影も形もなく仲間が二十いなくなっているのだから、気持ちはわかるが、しかしそれは悪手である。
勝機見たり御岳山と、子供たちは天井裏でうなずき合った。
「……吐かせた子供によれば、確かにここのはずだが?」
「ああ、間違いねえよ。こ、こだア!」
家具がなぎ倒され埃が舞う。
なぎ倒されたのはリーフが一から作った収納用具であった。中にはナイフやウエストポーチなど小物が入っていた。
「人の匂いは確かにある。探せ」
二人、奥の部屋へと進む。
口の悪い奴と偉そうな奴がその場にとどまった。
「子供を殺したのは失敗だったな」
「だから言ったんだよ、口ぐらい残しとけってなァ!」
ドタンバタンと相変わらず部屋は荒らされている。
このままでは見た目通りの廃墟になってしまうだろう。
いや、そうでなくても場所が割られた以上使えないのだが、子どもたちにとっては思い出深い場所だ。
好き勝手されるのは気分の良い物ではない。
いよいよ短気で思慮の浅い子供たちが飛び出そうとした時、その声はどこからともなく聞こえてきた。
「ははははははは!!」
憲兵二人は殴られたように外へ飛び出す。
聞えた声は上からで、この場に居たら建物倒壊されそうだったから。
廃墟の上に、布で顔を隠した金髪少年ことリーフが立っていた。
「阿呆な憲兵よ。もう好き勝手させないよ! 地獄の業火で燃やし尽くしてやろう」
この男ノリノリである。
粗暴な憲兵はリーフを見て気炎を高らかに上げ、偉そうな方はいつまでも家から出てこない仲間二人を怪訝に思っていた。
「すでに中の二人はあの世で正座してる。次は君らの番だな」
人一人隠れてそうな箪笥を開けて木材に貫かれたのが一人。
囮に現れた子供に注意を割かれ、背後から喉一突きされたのが一人。
死にました。
「殺してやる……!」
憲兵は左腕を構えた。
その手にあるのは火ぶくれ弾と言う猛毒の爆弾である。
当たったら激痛が全身をさいなむ。
以前試しに触れて見たときの地獄ったらなかった。
リーフは背を向けて逃げ出した。
二人は追いかける。
家から家を器用に跳ぶリーフは、地の利を制していた。
空飛ぶ鷹に地を這うアリ風情が追いつける道理はない。
憲兵たちは、デルの端っこにあるスラム街あたりで完全にリーフを見失った。
見えるのはかつての家の残骸。
所々に居る浮浪者は、ほぼほぼ頭のおかしい人間の集まりで、リーフの足取りを聞こうとも碌に使えたもんじゃない。
「くそがァ!!!!!」
憲兵は激怒した。
八つ当たりに火ぶくれ弾の試し打ちである。
偶々側に居た浮浪者はご愁傷様である。
「アぁぁああああああ!!!!!!!!!!」
いつまでもやまぬ八つ当たり。
それを止めるでもなく、偉そうな方の憲兵は一人考え事をしていた。
一方、見事逃げ切ったリーフはやばいと焦りに焦っていた。
やばい。やばいやばい……!!
秘密基地の場所がばれた。追い詰められた手駒たちは、自分が囮になったことで今日の所は無事だ。
あの場所を知っているのはごく少数。
今日あそこに居なかった人間で、ここ最近顔を見なかった子供が一人だけいる。
おそらくその子が喋ってしまったのだろう。しかも、憲兵の話では既に死んでいるらしい。
まあそれはいい。それは別にどうだっていい。
問題はどこまで喋ったかである。
今までやってきたこと。名前。人数。面子。
場所を喋っているのだ。ほかのことも喋っているだろう。
今まで子供のしていることだと温情に見過ごされていたが、ついに本気を出させてしまったようだ。
やってきたことがすべて白日に曝け出された。
やっばい。本当にやばい。
身を隠さなければ。
リーフなんて名前この街じゃ僕以外に二人しかいない。
しかもその二人はまだ赤ん坊だ。もう少し成長していれば貴い犠牲にもなっただろうに。
ゲスイ思考はそのままに、リーフは頭をフル稼働だ。
何処に隠れるか。
いっそデルを出るのもありかもしれない。
近場で身を隠すのに最適なのは魔境だけど、魔境なんて言われるだけあって命の危険は無限大だ。
行きたくない。
となれば少し遠出してリスメアかあるいはトーラ。
この二つの町は規模も大きいし、僕一人分の食い扶持ぐらいは稼げるはず。
どちらに向かうにせよ旅費と旅道具は必要だ。
その辺りは両親に相談してみよう。
ダメならダメで、あてはある。
周囲を警戒しながら家まで帰ってきたリーフは、いつも通り扉を開いた。
直前、ドア前の定位置に乞食が居ないから少しおかしいなとは思った。
それは、扉の向こうに待ち構えていた母親の姿で掻き消された。
「おかえりなさいリーフ」
「…………」
ドアノブを握ったまま、リーフは動かない。
表情は焦りと安堵の入り混じったもので固定されている。
相変わらず笑顔の母は、その裏に強固すぎる決意を持ってそこに立っている。
多分、何を言おうと何をしようと、この後の自分の行動は決められているのだろう。
「…………」
「…………」
母の肩向こうに、杖片手に座っているの父の姿があった。
彼は険しい視線をリーフに向けていた。
すまないと眼で言っていた。
母に視線を戻すリーフ。
「ついにこの時がやってきてしまいました」
待ってくれ。
懇願は心の中だけで口には出さない。
「わたしたちは何度も話し合ったの。でも、これ以外に方法は思い浮かばなかった」
待って。
「リーフ。酷なことだとは思ってます。親失格だとも。でも分かってちょうだい。息子の命よりも、大切なものがわたしたちにはあるのよ」
自然と結構酷い事言われている。
息子の命より大切なことってなんだ。
その疑問は、いつの間にか父が持っていた銀のベルトを見て氷解する。
それを持ってきたであろう乞食はみすぼらしい変装を脱いで、清潔な容貌に変わっていた。
マントを着て、腰には剣を携えている。
まるで旅人の風貌だ。
何を言われるか、その答えはもう分かっている。
「リーフ、旅に出なさい。そしてデルトラ王国を救うのです。それが貴方の使命なのですよ」
――――わかりましたね?
予想通りのお言葉を頂いたリーフには選択の余地はない。
無言で頷くことが、彼に許された唯一の意思表示だった。
「これは?」
「デルトラのベルト。かつて壊されたものをわたしが打ち直した」
腰に付けられたベルトはやけに重い。
鋼鉄で作られているのだから当たり前だが、これは外したくもなるよなあとかつての王たちへ賛同の念を送る。
「これは?」
「わたしが打った内の最高傑作だ。持っていけ」
剣を一振り。
曲がりなりにも鍛冶屋のせがれのリーフには、その剣の良さが一目でわかった。
自分には決して打てないだろう良作であることも。
「これは?」
「マントよ。私がリーフのことを一心に思って織上げたわ。必ずあなたの役に立つはず」
纏ったマントはすばらしい手触りだ。良い糸使ってる。
しかし母の黒々とした情念が透けて見えて、あまり有難くは感じられない。
「君は?」
「乞食ですぜ坊ちゃん」
「ついてくるのかい」
「もちろん。お前ひとりに任せていられないからな。何もかも放り投げて逃げ出しそうだ」
「生意気だぞ乞食」
「バルダと呼べ、坊ちゃん」
そのまま家の中の隠し通路入口まで連れられる。
風の流れから外に繋がっているのが分かった。
これを通って外に出ろと言う事らしい。
「母さん……」
「お行きなさいリーフ。道中気をつけるのですよ」
「父さん……」
「すまないなリーフ。本来ならわたしがしなければならない役目をお前に押し付けて」
「ほんとだよ」
「別れの挨拶はすませたか? ならもう行くぞ。しっかりついて来い」
返答を待たず走り出すバルダ。
行きたくないが、後ろには母がいる。行くしかない。
――――もうどうにでもなれ!
走るリーフ。
その胸中は"自棄"一色であった。。