デルトラクエスト ~Another One~   作:紺南

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第3話

結果的に、デルトラを旅できるんだから良かったじゃないかと、出発直後のリーフは思っていた。

出発から一晩明け、旅立ち後初めての朝日を眺めながら、リーフは己のそんな浅はかさを呪っていた。

 

「乞食」

 

「なんだ、坊ちゃん」

 

「身体が動かないよ」

 

「俺もだ」

 

現状、乞食改めバルダとリーフは森の中に無防備に寝そべり起き上がることが出来ない。

身体は痺れ、指一つ動かすのがやっとの状態だ。

 

昨晩、森の中で赤く光るなにかに襲われた二人は、いつの間にやら眠っていて、気が付けばご覧の有様である。

「俺はお前の子守をしているんじゃない。自分の身ぐらい自分で守れ」とのたまり、意気揚々と沈黙の森に繰り出したバルダがいの一番に倒れ、リーフも気絶したバルダに気を取られての失態である。

 

デカい口叩いてその様かと、リーフは文句を垂れる。

当然バルダは謝る。リーフが謝罪一言で許すはずはなかった。

 

その恨みときたら動かない身体を無視してバルダに延々文句を垂れるぐらいである。

目が覚めてから日が頂点に達するまで、ずっとリーフの恨みつらみを聞かされていたバルダは、怪物に襲われる前に憔悴死してしまいそうな顔色だった。

 

「乞食よ」

 

「…………」

 

「昨日の大口もう一回言ってみてよ」

 

「…………」

 

「子守がなんだって? あれもう一回聞きたいなあ。死ぬ前にもう一回さあ!」

 

「…………」

 

「起きてんのか? バルダ。 寝かさないよ。死ぬその時まで寝かさないからね?」

 

ふと、そんな二人に物理的な影が差す。

鳥か何かが横ぎったのだろうとリーフは気にも止めなかった。

目尻に涙浮かべたバルダは気が付けなかった。

 

二人の真上を飛ぶ生き物。

それは鳥ではなく少女であった。

 

日焼けした肌に黒い長い髪。

着ている服は手作りなのかどこか粗雑だ。

 

木々を器用に跳びながら二人の側に着地したその少女は、冷酷な眼で二人を見ている。

バルダは助けがきたのかと喜びを露わにし、リーフは猿みたいなやつだと内心誹謗を連ねていた。

 

「ありがたい……!!」とバルダが言った瞬間、少女はリーフからマントをはぎ取った。

横に転がされるリーフ。

「あったかーい!」とマントに頬をすり寄せる少女を見ながら、リーフはふと思い出した。

 

――――あのマント母さんの情がたっぷり入ってるんじゃなかったっけ?

 

と。

 

「貴様何をする!?」

 

「うるさいわね。死体から何を取ろうと私の勝手でしょ」

 

すでに死体認定されている。

生きてる本人を目の前にして随分勝手な少女だと思うが、野生育ちならむしろ当たり前のことなのかもしれない。

魔境にのこのこ入ってきて、油断してやられるリーフたちが悪いのだ。

 

「くっ……。頼む助けてくれ! 俺たちにはやらねばいけないことがあるんだ!」

 

「…………ふん」

 

聞く耳持たぬ少女にバルダは必死に懇願するが、少女の心には何一つ響かない。

そうこうする間にバルダの剣を取られる。

 

バルダの体格に合わせて作られたそれは、少女の背格好には聊か以上に重く長い。

一度拾い上げてみて、これはいらないと判断したのかその場に放り投げた。

代わりにリーフの腰の剣を奪いに来る。

 

腰から鞘を抜き取ろうとごそごそする少女に、リーフは話しかけた。

 

「ねえ猿」

 

「は?」

 

初っ端無礼なリーフに、少女は喧嘩腰に応対する。

 

「そのマントは持ってかない方がいい。持っていったら大変なことになると思う」

 

「何言ってんの? あんた」

 

リーフの言う事など10割信じない。

会話の取っ掛かりが「猿」だったのが印象最悪。

初対面の印象は人付き合いにとっては何よりも大事なのだ。

猿なんて言ったら信じられなくて当たり前だ。

 

「断言しよう。それは持っていったらいけない。それを僕に返して、安全な場所に僕らを運ぶことをお勧めするよ」

 

「はっ。助かりたくてそんな嘘を言ってるんでしょうけどね。誰がそんなちんけな嘘にひっかるもんですか」

 

腰から剣を取り上げ、少女は軽やかな身のこなしで木に登る。

そのまま驚きの跳躍を見せる少女の姿は、あっという間に見えなくなった。

 

その場に取り残された男二人。

世知辛さと落胆の底でバルダは口を開く。

 

「……リーフ」

 

「なんだい」

 

「俺たちもうおしまいかな……」

 

「賭けようか」

 

何を賭けるのか。

そんな話題で盛り上がる二人は、案外余裕に満ち溢れていた。

 

 

 

 

 

 

 

太陽が半ばも傾いたころになり、茂みの奥から再度姿を現した少女は泥や砂に塗れていて汚かった。

カーカーと頭上のカラスが心配そうに鳴いていた。

 

「……どういうことよ」

 

絞り出すように尋ねる少女。

それに答えるリーフは寝起きで声が掠れていた。

 

「だから言っただろ」

 

「意味わからないわよ! これ呪いのアイテムか何か!?」

 

「僕の母さんの情で出来てる。不埒な真似すると天罰が下るよ」

 

「か……っ!!」

 

少女は苛立たしくリーフに近寄って――――その道中で地面に足を取られスッ転んだ。

頭から倒れた少女は顔を上げれば眦に涙を溜めており、鼻は赤く染まっている。

 

「……これ返すわよ」

 

四つん這いに移動してリーフの胸元にマントを返却。

これで無事呪いのアイテムはご主人様の手に返ったわけだが……。

 

「僕たちを助けないとその不幸は終わらないよ」

 

「ふん。言ってなさい」

 

少女は数刻前と同じように軽やかに跳躍。

低めの枝に跳びあがり――――また足を滑らせて転落した。

 

「…………つぅ」

 

「さあ早く助けてくれ」

 

少女は胸元から小瓶を取り出し、荒々しく中身の液体をリーフに飲ませる。

喉の焼けるような痛みに咽るリーフ。隣ではバルダも同じように飲ませられ、むせていた。

 

お前なにするんだよと怒る前に、身体の異変に気付く。

 

身体の痺れが嘘のように消えていく。

まだ少し倦怠感と動かす際に軽い違和感はあるが、それでも飲む前と比べれば雲泥の差である。

恐らく少女の持つそれは解毒薬だったのだろう。

 

リーフは手の平を閉じて開いて、立ってみる。

ふらつくこともなく、十分歩けた。

 

「これで文句はないわよね?」

 

文句などあるはずがない。リーフは頷いた。

そして次の要求である。

 

「お腹が減ったんだ。何か食べさせてくれないか?」

 

少女の葛藤。

断りたい。けれど断ったらどうなるか分からない。

何もないところで転ぶことが続くようではこの森で生きていけない。

そんなの即餌である。

事実上、少女の選択肢は一つしかなかった。

 

「……ついてきなさい」

 

苦々しく背を向ける少女の背後で「賭けは僕の勝ちだねバルダ」とリーフは嬉しそうに言っていた。

 

 

 

 

 

 

「お前さんはジャスミンと言うのか」

 

所替わり、二人はジャスミンと名乗った少女に連れられて木の上に隠れるように作られた家に訪れていた。

バルダはジャスミンに渡された果物を齧り、その美味しさに舌鼓を打つ。

隣で果物の渋みに閉口するリーフは、名乗りの後もジャスミンを猿呼ばわりした報いである。

 

「どうしてこんな所で一人で暮らしているんだ」

 

「別に最初から一人だったわけじゃないわよ。6歳の時に両親を憲兵団に連れていかれたの」

 

バルダは黙る。

聞けば16歳だという少女は、6歳で両親と引き離されて以来一人で暮らしてきたのだ。

彼女の側に居るカラスのクリーと毛むくじゃらの小動物フィリは、少女の寂しさを和らげるためのペットだろう。

なんともまあ可哀そうなことだ。

 

同情の眼でジャスミンを見るバルダ。

ジャスミンは渋みに耐えて果物を頬張るリーフをあきれ顔で眺めていた。

バルダの同情の視線に気が付き、眉根を吊り上げる。

 

「なによ?」

 

「いや、なんでもない」

 

掌を振りながら愛想笑いで誤魔化す。

それでなんとか誤魔化して、下を向いたバルダは拳を強く握った。

デルトラには、ジャスミンと同じように家族と理不尽にも引き離された子供が大勢いる。

このような悲劇を二度と起こさせないためにも、一刻も早く宝石を集め、影の大王の支配からデルトラを解放しなければならない。

そう正義に燃えるバルダ。

 

本来その役目を任されているリーフは目の前の悲劇をどうとも思っていなかった。

こんな場所にも憲兵は来るのかと自分の身の心配しかしていなかった。

 

「ジャスミン、聞きたいことがある」

 

「なに」

 

「この森で一番危険な場所は何処だ?」

 

「……そんなこと聞いてどうするの」

 

「知らなくてはならない。俺たちの探すものがそこにあるはずだ」

 

俺たちじゃなくて俺って言え。僕は探してない。

リーフはそう言いたくて、渋みに耐える口は思うように動いてくれない。

 

「…………この辺りで危ないのはウェンバーの巣だけど、くさいだけで何もないわ。行くだけ無駄ね」

 

「ウェンバー?」

 

「あなたたちを食べようとしていた怪物よ」

 

「あの赤い光の正体か」

 

「それはウェンね。ウェンは獲物を麻痺させてウェンバーに貢ぐの。

 ウェンバーが夜に活動を始めたら、すぐに食べれるようにね。

 あのままあの場所に居たらあなたち骨も残らなかったわ」

 

バルダは恐ろしさにごくりと唾をのむ。

改めて、自分は目の前の少女に命を救われたのだと実感が湧いてきた。

 

「改めて礼を言おう、ジャスミン。お前さんが助けてくれなければ俺たちは今頃食われて死んでいただろう」

 

「……べつに、助けたくて助けたわけじゃないわ。お礼ならマントを作った人に言うことね」

 

ジロッとリーフを睨むジャスミン。

リーフはフィリを手のひらに乗せまじまじ眺めている。

キラキラお目目を瞬かせて「ふぃー?」と鳴くフィリに、リーフは興味津々だった。

 

「今日はもう眠って、明日の朝森を出ていくことね。なんだったら出口まで送るわ」

 

懇切丁寧な申し出にバルダはそこまでしてもらうわけにはと断ろうとする。

それを遮り、リーフが口を開いた。

 

「乞食の話聞いてたのかい、ジャスミン?」

 

「乞食?」とジャスミンは訝しる。

バルダのことであるが、リーフは気にせず続けた。

 

「バルダにはやるべきことがある。それを果たすには、この森のどこかに隠されている何かが必要だ。ウェンバーの巣以外にこの森で危険な場所はないかい?」

 

あくまで自分は関係ないと目的達成の頭数にはいれていない。

腰のベルトがある限り、逃げることなど絶対に出来ないのだがどこまでも諦めの悪い奴である。

 

「…………ないわ」

 

「嘘だね」

 

「ないって言ってるでしょ」

 

「この森の奥には何がある?」

 

ジャスミンは口を閉ざした。

当たりだとリーフは口端を吊り上げる。

 

「ジャスミン、僕たちにはその情報が少しでも必要なんだ。手に入れるべきものを手に入れるため、命を落とす確率を少しでも落とすため、君の知っていることを話してほしい」

 

リーフの頼みに、しばらく口を閉ざしていたジャスミンはやがて大きな溜息を吐いた。

 

「……死ぬわよ」

 

「覚悟はしてる」

 

バルダが答えた。

リーフは何も言わなかった。だって死にたくないから。

 

「この森の一番奥に蔓で作られたドームがあるの。そこには恐ろしい怪物が住んでるらしいわ」

 

「伝聞か?」

 

「ええ。蔓のせいで外からじゃ中の様子は伺えないの。いくら私でも、怪物の寝床にのこのこ入るバカはしないわ」

 

「ごもっともだな」

 

バルダとリーフは顔を見合わせた。

リーフは首を横に振る。応じてバルダは縦に振る。

 

――――諦めて帰ろう。

 

――――分かってる。この子をこれ以上付き合わせる訳にはいかない。

 

意思の疎通は図れていなかった。

 

「貴重な情報をありがとう。俺たちはもうお暇することにしよう。リーフ」

 

「うん」

 

二人は立ち上がった。

このまま怪物の寝床に襲撃をかけようと闘志満々のバルダと、きちんと伝わったのか不安で考え込むリーフ。

ジャスミンは二人の様子に不安を覚えた。

 

「待ちなさい。この夜更けにどこに行くつもり?」

 

「決まっているだろう。すべきことを成しに行くんだ」

 

「言わなかった? ウェンバーは夜行性なのよ、地面に降りたらすぐに食べられちゃうわ!」

 

「心配するな。どんな怪物も、俺がこの剣で叩き切ってやる」

 

剣を掲げて獰猛に笑うバルダ。恰幅の良さと相まって、まるで熊の様である。

その様は何も知らない人からすればどれほど頼もしく見えるだろうか。

ウェンバーの舎弟如きに絶体絶命に追いやられた人間とは思えない頼もしさだ。

 

「ウェンバーにそんなちっぽけな剣が役に立つはずないでしょ! あなたがどんな怪物を想像しているのか知らないけど、ここの怪物はあなたの想像の10倍危険よ!」

 

「…………っ!」

 

ジャスミンの剣幕にほんの少しだけバルダは気圧された。

 

旅に出るにあたって、無理に自分を奮い立たせていた虚勢。

それはウェンに呆気なくやられたことで剥がれ落ち、奇跡的に命を掬ってから今まで上塗りしていた分もジャスミンの言葉によって塗った側から剥がれ落ちている。

 

――――本音を言うなら怖い。

 

見もせぬ化け物に立ち向かわなければいけないことが、そこに辿り着くまでに簡単に命を落としてしまいそうなことが何より怖かった。

 

だがバルダはその本心を認める訳にはいかなかった。

かつてデル城で衛兵として仕えていたあの日。守る物を守れず、命からがら逃げたあの時。

10年以上経った今でも自分はあの時のまま弱いままなのだと、何一つ成長していないのだと認めることは出来なかった。

悔いて培ってきた今までを何の意味もなかったのだと否定することなど出来るはずがなかった。

 

ゆえにバルダは強い言葉でジャスミンを拒絶する。

かつての自分を彼女に重ねて。

 

「いいかジャスミン。救ってくれたことには感謝するが、それとこれとは関係ない。俺たちはやらなければいけないんだ。例え無謀で愚かなことでも、命を落とすと分かっていても! 使命を果たすことだけが、デルトラを救う唯一の道なんだ!」

 

「ほんっとうに愚かね! 使命だ何だ言って、結局は自殺しに行くだけじゃない! 耳障りの良い言葉で自分を慰めてるだけの愚か者だわ!」

 

バルダの頬が赤く染まる。

この旅の目的を完遂できるはずがない。

遅いか早いか、必ずどこかで力尽きる。

そう考えていた点を図星に突かれた。

 

反射的に上った血。拳を強く握りしめる。

ジャスミンもその動きに気づいていて、腰のナイフに手をかけた。

クリーが警戒に鋭く鳴き、フィリは怯えてジャスミンの胸元に退避する。

 

一触即発に張りつめる空気。

いつ張り裂けてもおかしくないそんな中で、空気を読まずリーフが問い尋ねた。

 

「で、結局ウェンバーってどんな怪物なの?」

 

ジャスミンが横目でリーフを見る。

しかしすぐに視線をバルダに戻した。

こんな空気の中で呑気にお喋りなんてしてられない。

 

リーフはジャスミンが暗にそう言ったのだと受け止めて、バルダを落ち着かせることにした。

 

「バルダ」

 

「…………」

 

「バルダ」

 

「……すまない」

 

拳を解き項垂れたバルダ。

その姿に先ほどまでの勇ましさはどこにもなく、ただ情けないだけの姿がそこにあった。

 

ジャスミンもその姿を見て警戒を解く。

バルダはもう一度「すまない」と小さく呟いて、情けなさそのままに外に出ようとした。

 

「……どこへ行くの?」

 

「外の空気にあたりたい」

 

ジャスミンの一応の問いかけへの返答は静かなものだった。

自身がどういう心理状態なのかはきちんと理解しているのだろう。

情けなさも葛藤も恐怖も隠すことなく現れている。

 

ジャスミンはそれ以上何も言わず、リーフも特に何か言うことなく外に出ていくバルダを見送った。

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