デルトラクエスト ~Another One~   作:紺南

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第4話

リーフは、ジャスミンからウェンバーの詳しい生態を聞いた後、外で一人たそがれていたバルダの横に座った。

バルダは何も言わず遠くを見ていた。木しか見えないが。

 

「ウェンバーって高さだけで10メートルあるらしいよ」

 

「そうか」

 

「全長は30メートルぐらい。剣を弾くぐらい硬い外皮で覆われてるんだとさ。勝てる?」

 

「……無理だな」

 

大きく息を吐く。

先ほど言ったことが、どれほど身の程知らずで大言壮語だったのか思い知らされる話だ。

 

「所詮、怪物退治は無謀だったと言う事か……」

 

「僕死にたくないよ」

 

「俺も死にたくはない」

 

男二人現実を知る。

ウェンバーの時点で無理筋なのに、宝石を守る番人はそれ以上の化け物だと言う話だ。

 

どうやって倒せと言うのだろう。

化け物退治は昔話の定番だけど、大概それ系の主人公は奇跡を積み重ねてようやく化け物を倒している。

 

リーフもバルダも、仮にここの化け物を退けても後6回同じことを繰り返さなければいけないのだ。

宝石全部を集めるのに、昔話7回分の奇跡を起こす必要がある。

しかも一度でも失敗したらその時点でゲームオーバー。

コンティニューもロードもない。なんだこのクソゲーは。

 

「……」

 

「……」

 

今度は二人で遠くを見る。

視線の先は相変わらず木しかない。

 

しばらく静寂が流れ、下の方で大きな地鳴りが響いた頃、不意にリーフが口を開く。

 

「……奇跡って言うけど、別に奇跡起こさずとも頑張ればできるんじゃないかな」

 

「なに……?」

 

「僕たちはまだ怪物の正体も知らないんだ。どんな姿で、どういう習性を持っていて、どういう行動をとるのか。それさえわかれば対策も立てれる」

 

リーフがバルダを見る。

バルダは戸惑ったようにリーフを見返した。

 

「僕は死にたくない。この旅も半ば強引に送り出された。やる気なんてこれっぽっちもない。

 ……けど、僕にだってこの国を憂慮する気持ちが少しぐらいあるんだ。

 デルで僕がどういう扱いされているのか知らないけど、十中八九指名手配されていそうだし、このまま一生お尋ね者で過ごすよりは、影の大王を追っ払って自由に暮らしたいじゃないか」

 

――――憲兵殺したのはまずかったよなあ。

 

そう呟いて、リーフはその場に寝転ぶ。

バルダはそんなリーフを信じられないと言いたげに見ていた。

 

旅立って二日。

まだほんの短い時間だが、彼の口からは使命を軽視する発言しか出てこなかった。

バルダがことを急いたのは彼のやる気の無さも関係している。

 

両親から16年前何があったのか、そのすべてを聞かされていながらまるで無関心に過ごしてきたリーフ。

デルを離れてからも口に出る言葉と言えば使命への責任感ではなく、「どうして僕がこんなこと……」といった文句ばかり。

腰にあるベルトがこの国を救うただ一つの方法だと分かっているのか分かっていないのか。

 

ただの一度も「頑張るぞ」の類を言わないリーフをバルダが見限るのもしょうがない。

この国を救えるのは自分しかいないのだと短気に走った彼を誰が罰せよう。

 

だが、今リーフは確かに言った。

それが嘘にしろ本当にしろ――――恐らく嘘だろうが――――確かに「国の生末を憂いている」と。

後半の台詞が十割自暴自棄のそれだろうが、バルダには関係ない。

 

――――その言葉が聞きたかった。

 

自分には仲間がいるのだと、一人ではないのだと。

志を同じくする友が居るのだと。そう思うだけで彼の胸はすっと軽くなる。

 

焦りも恐怖も無力感すら今の彼には感じない。

身体が軽い。今なら何でもできそう!

 

そんな気持ちにバルダはなった。

 

「リーフ。俺の役目はベルトを守ることだ」

 

「うん」

 

「俺はお前を死んでも守る」

 

「頼むよ」

 

ようやく、二人は分かりあえた――――わけもなく。

 

リーフはベルトのことはぶっちゃけどうでもよく、ただ自分が生き残れればいい。

バルダはかつての無念を晴らすべく今度こそベルトを守り抜く。

 

リーフのゴールは憲兵から逃げ切ること。

バルダのゴールは宝石を集めきること。

 

この齟齬が、後々大きく響いてくるのだが今の二人には知る由もない。

 

そんな感じに何となく通じ合った二人は、簡単に今後のことを話し合い、家へと戻る。

 

「カァー」

 

出迎えてくれたのは目を爛々に輝かせたクリーと、静かな寝息を立てるジャスミンとフィリだった。

 

「…………」

 

「…………」

 

色々と聞きたいことがあった二人は、そのあどけない寝顔を見て何となく押し黙る。

バルダの視線に肩をすくめるリーフ。

溜息を吐いて、壁際に座り込んだ。

 

「寝ようか」

 

「ああ」

 

男二人、警戒中のクリーを安心させるため、四隅の一角に身を寄せ合いイビキをかき始めた。

 

 

 

 

 

 

 

翌朝、ジャスミンが目を覚ましたのは、朝の始まりを知らせる鳴き声に刺激されてであった。

目を開けて日の光の眩しさに目を細めるジャスミンへ、木々が「おはよう」と挨拶してくる。

「おはよう」とジャスミンも返事をする。

 

どうやら、外は今日も快晴なようだ。

 

欠伸を一回。

大きく伸びを一度。

 

フィリが胸元で動き始めたのをこちょばしく思いながらふと部屋の一角に目を向ける。

部屋の隅っこ。四隅の一角。そこで男が二人身を寄せ合い眠っていた。

 

一瞬それが誰なのかは分からなかったが、次の瞬間には昨日のことを思い出した。

だんだんと覚醒する頭で二人の名前を思い出そうとする。

 

――――バルダと……あとなんて言ったかしら?

 

思い出せない。

そもそも名前を教えてもらってないかもしれない。

 

名前は知らずとも、その少年の顔は忘れてはいないから別に困らないが。

第一声に人を猿呼ばわりした少年だ。嫌でも記憶には残る。

 

報復に渋い果物をあげたら我慢して食べていたのは好印象だった。

それでもマイナスに吹っ切れた印象の穴埋めには程遠い。

 

ジャスミンは朝食に昨晩バルダにあげたのと同じ果物を食べる。

クリーとフィリも彼女のひざ元でそれぞれ果実を食べている。

しゃくっと瑞々しい音が彼女の口元でなった。

 

ジャスミンとバルダたちの距離は家の端から端まで離れており、咀嚼音で起きると言う事はまずないだろう。

まあ仮に起きるとしてもそれに遠慮するジャスミンではない。

しゃりしゃりと食べながら、少女は二人を眺める。

 

「……仲良いのね」

 

なんとなしに呟いた声音は、不気味なほどに無感情だ。

フィリとクリーが心配そうに見上げてくる。

ジャスミンは二匹を安心させるように頭を撫でた。

嬉しそうに二匹は鳴く。

 

6歳から一人だった彼女の友――――あるいは仲間――――はクリーとフィリの二匹だけだ。

人とはもう長い事話していないし、接触を持った人間は全て死体となってウェンバーの腹の中だ。

だから、彼女にとって昨晩の会話は久しぶりで且つ新鮮なものだった。

 

とくに、バルダとの喧嘩一つ手前の言い争いは、彼女が珍しく感情を表に出したことの表れとなる。

いつもなら何も思わず、何も言わず、「勝手にすれば」と突き放していただろう。

間違っても制止と警告なんてしない。

 

昨日に限ってそれをしてしまったのは、直前に大きく動揺していたからだろうか。

その原因であるマント。今はリーフが掛け布団がわりに使っている。

 

「あれなんなのよ……」

 

何もないところで転び、どうってことない場所で足を滑らせる。

最初はたまたま運が悪かったのだろうと思ったそれも、連続して何度も続いて、ひいては家に辿り着けないほど悪化した。

 

いったい誰が一歩進むたびに足を滑らせるだろうか。

極度のどじっこでもそこまではすまい。

ジャスミンにとって『沈黙の森』は庭であり、親切な木々もたくさんいる場所なのだ。

 

――――そんなところで、あんなに歩けないぐらい転ぶなんて。

 

あの時、森に響くくらいの木々の大笑いを思い出してジャスミンは渋面を作った。

思い返せば思い返すほどムカムカしてくる。

 

これも全てあのマント――――ひいては持ち主のせいである。

憂さ晴らしに、ジャスミンは果実の芯をリーフ目がけて投げた。

見事頭に命中したそれは跳ね返り、部屋の中央まで転がり戻る。

 

「う……ん……」

 

眠っている最中の頭への衝撃はリーフを夢の世界から帰還させるのに十分だった。

うっすらと目を開いたリーフは、部屋の反対側に座っているジャスミンを焦点の合わない眼で見つめる。

 

そのまま数秒見つめて、リーフはマントを頭まで引き上げ全身を覆ってしまった。

 

まだ眠るつもりなのかとジャスミンは呆れる――――暇なく驚愕に目を瞬いた。

 

直前までそこにいたはずのリーフは、全身をマントに包んだ瞬間姿が掻き消えた。

 

「え……!?」

 

きょろきょろと辺りを見わたす。

リーフの姿はどこにもない。

 

まさか外……。

考えて、しかしその考えは打ち消す。

一つしかない家の出口には布が吊り下げられており、あれを動かさずにあそこを潜ることは不可能だ。

布は今この瞬間も微動だにすることなく鎮としてそこにある。

 

――――まさか、魔法……?

 

リーフが誰かに追われてることぐらいは昨日の会話で察しがついていた。

追手がここまで迫り、リーフを捕らえるため魔法でも使ったのだとしたら……。

 

ジャスミンは思わず立ち上がり、おそるおそるリーフが居た場所に近づく。

まじまじとそこを凝視するも、異変は見受けられない。

試しに手を伸ばしてみて――――そこにある何かに指先が触れた。

 

「っ……!!」

 

とっさに手を引っ込める。

触れた指先を見て、何もおかしいところはなかった。

 

「…………」

 

緊張で、ジャスミンの鼓動は早鐘を打っている。

うるさいぐらい跳ねる心音を聞きながら、もう一度手を伸ばした。

 

さっきと同じようなところで"それ"に触れた。

今度は引っ込めることはせず、思い切って突いてみる。

弾性はほとんどない。押せば押すだけ指は進む。

 

感触は滑らか。まるで布の様な触感。……と言うか布?

何となく危険はないと分かったジャスミンは、それの大体の大きさを知ろうとした。

 

高さは丁度ジャスミンが座ったぐらい。

横幅もそれほどない。ジャスミンより二回り大きいぐらいか。

 

"それ"と接するようにバルダが眠っている。

 

――――これって……。

 

ジャスミンはそれが何なのか段々わかってきた。

輪郭をなぞったことで大体の形がイメージできる。

直前まで見ていたあれとそっくりな形だった。

 

思い切って、ジャスミンは"それ"を両手で掴む。

そして力の限り引っ張った。

 

ばさりと布のはためく音。

ジャスミンの手の中にはリーフのマントが握られており、

 

「…………むにゃ」

 

突然掻き消えたはずのリーフは、消える前と同じ位置同じ体勢で、安らかに眠っていた。

 

 

 

 

 

 

 

「ふぃー!!」

 

フィリは追いかけてくる何かから逃げ惑っていた。

目に見えないそれは「ぐふふふ」と邪悪な笑いをこぼし、四つん這いにフィリを追いかける。

頭の上にはクリーが居て、間断なくつつかれていた。

 

 

少し距離を置いて見守る苦笑いのバルダ。

外の様子を見に行っていたジャスミンは、帰ってくるなり飛び込んできた光景を見て、一切の躊躇なく見えないそれの腹を蹴り上げた。

 

「……ッ!!!!」

 

ぴたっと動きを止めたその隙を縫い、フィリはジャスミンの手の中に飛び込む。

 

「フィリを苛めないで!!」

 

悶絶する気配に向けて毅然と言い放つジャスミン。

フィリにとって、彼女は己のピンチに駆けつけた白馬の王子に等しかった。

熱く暑く頬ずりをする。

 

「リーフ。もう満足しただろう。いい加減落ち着いたらどうだ」

 

「ぐっ……。いたい……」

 

リーフの持つマントは透明マントだった。

それを寝起きすぐに聞かされたリーフは、かつてないテンションで遊びの道具に使っていた。

 

姿を隠しフィリを追いかける。

ただそれだけのことが、今のリーフには楽しくて仕方がない。

 

ジャスミンに蹴られるまでずっとそれだけをしていたリーフは、まるで年相応の子供の様で、バルダの諌める言葉には力がない。

彼のこんな姿を見るのは憲兵に嫌がらせする時か、子供に余計なこと吹き込んでる時か、あるいは子供相手に剣で無双している時である。

 

表面だけ見るならそれほどレアと言うことはないが、ここまで無垢な姿はかなりレアだ。

出来れば止めたくないと思ってしまうのは、長い間リーフを監視してしいたために抱いた父性と言うやつのせいだろうか。

年を取ったものだとバルダは思った。

 

「外はもう安全よ。少なくともウェンはいないわ。……本当に行くの?」

 

「ああ。お前さんには世話になったな」

 

心配そうに言うジャスミンに、バルダは少し気まずく返答する。

昨晩のことがまだ尾を引いていた。

 

「昨日のことを蒸し返すわけじゃないけど――――」

 

「いや、大丈夫だジャスミン。そのことは。俺はもう自分の命を粗末に扱ったりはしないさ」

 

バルダは一瞬躊躇して続けた。

 

「……昨晩のことはすまなかった。お前さんの言った通り、俺たちは死にに行くようなもんなんだろう」

 

「だったら……」

 

「だが、やはり止めるわけにはいかん。死ぬ危険がどれだけ高くても、これだけは絶対に成し遂げなければいけないんだ」

 

ジャスミンは、昨日と変わらぬバルダの決意を聞いてそれ以上何を言っても無駄だと悟った。

自分がどれだけ危険を説こうと、この男はそれで立ち止まりはしない。

狼狽え揺らいでいた昨晩ならまだしも、静かな決意に燃ゆる今となっては説得は無意味なのだと。

 

「まあ安心しなよバルダ。僕は死にたくないから。死にそうだと思ったら何を捨ててでも逃げるよ」

 

悶絶から立ち直ったリーフは、頭の上にクリーを止まらせながらマントを着こんでいる。

この男も一緒にいくのだと、ジャスミンは何となく悲しくなった。

 

「死にたくないから死なないなんて、随分夢見がちなこと言うのね。子供みたいだわ」

 

「夢を見るのは子供の特権だよ、ジャスミン」

 

――――それよりも。

 

「お腹空いたんだけど、何か食べる物ない?」

 

「…………」

 

 

 

 

ジャスミンの渡した果物は、やっぱり渋かった。

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