沈黙の森で金色の怪物を倒してから三日。
その間、リーフとバルダはジャスミン指導のもと蔓のドームを除去する作業に従事していた。
高いところに登り、何度も落ちそうになりながら地道にナイフで切り落とす作業。
一日目を終えた時点で、リーフはおろかバルダすら嫌気がさしていた。
もういいだろと何度となく主張するも、「まだ木々は満足してないわ」とトチ狂ったことを述べるジャスミン。
命の恩人ゆえに三日も素直に作業をこなしていたが、いい加減がまんの限界に達している。
リーフの透明マントで姿ごと行方を眩まそうと画策し、いよいよ計画を実行に移そうかという三日目の晩。
唐突にジャスミンは言った。
「お疲れさま。もう満足みたいよ」
水浴びから帰ってきた彼女は、濡れた髪の毛を布で拭いていた。
リーフとバルダは部屋の隅で顔を突き合わせ作戦の詰めを話し合っていた。
「なに?」
「もう蔓を切る必要はないわ。だからお疲れさま」
二人は顔を見合わせる。
リーフが隠すことなく聞いた。
「僕たち解放されるってことかい?」
「その言い方は気に食わないけど……。まあ、明日から好きにしていいわ」
もう一度、男二人は顔を見合わせる。
そして突拍子もなく握手をした。満足げに互いの健闘をたたえ合う二人にジャスミンは「そんなに嫌だったの」と不快感で目を細める。
「明日は早いぞ!」
「もちろんだよ! 日が昇る前に発つつもりでいこう!」
若干テンションが上がりすぎている男ども。
その喜びに満ちた声に、クリーとフィリも同調するように鳴く。
ただ一人、木の声が分かる変人ことジャスミンは、共感も同調もせずに無言で乾燥させた果物を放りつけた。
家の真ん中で火を起こし、そこでスープを煮るジャスミン。
鍋から発する匂いは、そこらの野草を適当に煮詰めてると思えないとはリーフの言葉である。
長年沈黙の森で育ったジャスミンの主食は果物で、他には食べられる野草や極まれに魚が入る。
菜食主義と言って良い彼女の食生活に、最初リーフは当然のように文句を付けたのだが、「ならウェンでも食べてみる?」と強烈な一言にすぐさま白旗を振った。
考えてみれば沈黙の森でまともな動物が生き永らえるはずもない。
ジャスミンの菜食主義は、この環境に見事適応したがゆえの合理的な結果だったのだ。
だから全然成長してないんだと言う余計な一言は、何とか飲み込めた。
無言の食卓。
クリーとフィリが美味しそうに果実を貪っている。
ジャスミンはそれら二匹を微笑ましく見ながらスープを飲み、バルダは地図を睨みながら片手間にスープを片付けていた。
それをげんなりと横目に見るリーフ。
一難去ってまた一難というところである。
「それ何見ているの?」
「デルトラの地図だ」
ジャスミンの問いかけに、バルダは端的に答えた。
彼女は「へえ」と興味をそそられたようだ。
四つん這いにバルダの横に移動した。
「沈黙の森はどこなの?」
「それはここだな」
地図最南端のデルから北東の方角にある森。
そこが沈黙の森だ。
次の目的地、嘆きの湖はここから北西の方角にある。
そこに至るには山を越えるか、山を南北に迂回するか二つの道があり、バルダが悩んでいたのは近道と遠回りどちらにするのかと言う点だ。
「……山越えは嫌だよ」
「安心しろ。俺もそれをするつもりはない」
リーフの心底いやそうな呟きにバルダは同意する。
沈黙の森と嘆きの湖の間にそびえ立つ山は骸骨山と言われる山であり、既に字面から危なそうな雰囲気が出ている。
実際、その山にはグラナスと言う少々危ない小物が群れを成していて、登山には不向きだ。
だとすると北か南か山を迂回するルートになる訳だが。
「北だな……」
「はい?」
日程を考え、より短い方を選んだバルダ。
ジャスミンがその決定に信じられないと言う反応を示した。
とある方向を指さす。
「北って……こっち?」
「ああ、現実に行くとするとそっちだな」
実際に方角を指し示したジャスミン。
肯定の返事を聞いた途端、彼女は眉根が吊り上がった。
三日間、共に行動したバルダたちだから分かる。
この表情は怒りのそれだ。
「バカなの!?」
「……なぜだ?」
明確な臨戦態勢に移った二人と観戦ムードの一人と二匹。
リーフの胸元と肩に二匹は避難する。
「こっちは魔女テーガンが支配する土地よ! どうしてわざわざここを横断するのよ!?」
「こっちの方が近い。俺たちは悠長にしてられんのだ。一刻も早く宝石を――――」
「死んだら元も子もないでしょ!!」
食い気味のジャスミン。
趨勢はジャスミン有利かとリーフは思った。
しかし頑ななバルダは一歩も譲らない。
「こっち行きなさい!」
「ダメだ。北を行く」
「どうして!?」
「近いからだ。それ以外に理由はない」
バチバチと火花散らす二人。
傍らでリーフは欠伸を漏らした。
キッとジャスミンはリーフを睨む。
「あなたも何か言ったらどう!?」そんな感じの言葉を言おうとして、口に出る直前に飲み込んだ。
こいつに言っても何の意味もないと思いなおしたからである。
「迂回するべきよ」
「迂回は出来ない」
平行線の二人。
険しい顔で睨みあい、互いに自分の主張を押し通そうとする。
鬚面のバルダが10歩はリードしたと、リーフもこの時ばかりはバルダの勝利を確信する。
やがて、ついに根負けしたジャスミンは「ふんっ」とそっぽを向き部屋の隅で毛布をかぶった。
不貞寝か?とリーフは思った。
勝利を噛みしめ、溜息を吐きながら天井を仰ぐバルダ。
「おつかれ」と労いの言葉に「ああ……」と力なく答える。
「結局北から行くの?」
「そうだ」
「ふむ」とリーフは思案した。
バルダはそれを横目に見ながら残っていたスープを飲み干した。
「じゃあ僕から一つ提案。いっその事、デルに戻ってゆっくり疲れを――――」
「明日は日が昇ると同時に発つ。お前も早く寝ろ」
ぶっきら棒にバルダは言う。
虚無感あふれるリーフの胸に、クリーの鳴き声が棘の様に突き刺さった。
「もう降りても平気よ。ウェンはいないわ」
全自動安全確認機の言葉に従って、男二人は地に降り立った。
「どっち?」
「あっちだ」と会話を交わした後にジャスミンへと向き直る。
枝の上に体育座りで二人を見下ろす彼女は、心ここに非ずに思料していた。
なんだこいつとリーフは胡乱気に思い、その横でバルダが改めて感謝の言葉を紡いでいた。
「ジャスミン。この数日、お前には本当に世話になった。怪物の巣でお前が助けに来てくれなければ、俺たちは夢半ばに倒れていただろう。改めて礼を言う。ありがとう」
ジャスミンはくすぐったそうに身をよじった。
「う、ん……。別に、そんな。お礼なんて……いいわよ」
言いながら、視線はリーフへと向けられている。
言わずもがな、お前からは何かないのかと言う視線だ。
応じてリーフは口を開く。
「ジャスミン、最初は何だかんだ文句も言ったけど、君の作ったご飯は結構おいしかったよ」
「……あ、そう」
求めていた言葉ではないのか、ジャスミンの反応は淡白だ。
そうして別れの挨拶を終え、リーフとバルダは顔を見合わせて踵を返す。
「じゃあね」「達者でな」口々に言って、北へ向けて歩き出した。
ジャスミンの両肩でクリーとフィリが別れを惜しむように鳴く。
それからほんの僅かの間を経て、ジャスミンは口を開いた。
「ええ、さようなら。――――またね」
語尾に付け加えられた言葉にリーフが振り向く。
風にそよぐ髪を抑えながら笑顔を浮かべているジャスミン。
一瞬二人は見つめ合い、まあいいやとリーフの方からは視線を外した。
わずかに前へ行くバルダに追いつこうと歩みは少々急ぎ足になる。
ようやく追いついたところで、やはり先ほどの言葉尻が気になったリーフはもう一度後ろを振り向く。その動きを横目に捉えたバルダも釣られて振り向いた。
しかし、振り返った先には既にジャスミンの姿はなく、青臭いそよ風だけが後に残されている。
その光景に言い知れない寂寥感を胸に覚えたバルダ。
何とかそれを飲み下した後、隣のリーフに問いかけた。
「どうかしたか?」
リーフは「なんでもないよ」と短く返した。
そして先行く道に視線を戻す。
「行こうか」
「ああ」
こうして、バルダとリーフは沈黙の森を後にした。
それから二人はしばらく歩き、太陽は既に頂点に昇ろうかとしている。
道中、これまでは敵らしい敵はおろか人っ子一人にすら出会わず平穏な道のりであった。
バルダ曰くすでにテーガンの縄張りに入っているらしいが、そうとは思えない程平和な旅路である。
二人の今までの軌跡をたどれば、これはほぼほぼ奇跡ではないかと錯覚してしまいそうになるが、眼前に佇む物体を見て、それもここまでであるとリーフは悟った。
「あれなに?」
「……さあな」
二人の目前は断崖に掛けられた一本のつり橋。
風にあおられキイキイとしなるそれはひょっとしたら今にも崩れ落ちるのではないかと不安をあおる。
だがそれ以上に不安をあおるのは橋の前に鎮座した茶色い"何か"であった。
なんだあれとリーフは繰り返す。
何処をどう見ても茶色い何か。ひょっとしたら生き物かもしれない。
しかし微動だにしない所を見るとその推測に確信がもてない。
不用意に近づきたくもないが、しかしつり橋を渡らないことには嘆きの湖には辿り着けない。
覚悟を決めたバルダ。
「いってらっしゃい」と傍観決め込むリーフの襟首を引っ掴んで物体に近づく。
三メートルの距離まで近づいたところでそれは動き出した。
咄嗟に腰の剣を握りしめる。
「ふぅいぃー」
茶色い何かは、実は膝を抱えて蹲っていた異形の化け物だった。
鳥の嘴を彷彿とさせるひょっとこ口。目は猛禽類の様な特徴を帯びており、その体長は裕に2メートルを超えている。
どこからともなく取り出した馬鹿でかい剣を地面に突き刺し、化け物は低語した。
「旅人か?」
「そうだ」
低いしわがれ声。
リーフはその声を聞いて「こいつ直前まで泣いてたんじゃないだろうな」と胡乱気に思った。
「この橋を通りたくば俺の問う謎に答えよ」
「答えたら通してくれるのか?」
「正解すれば通してやろう。間違えれば斬り殺す」
「随分横暴じゃないか。誰の差し金だ」
「――――魔女テーガン」
その名はジャスミンが恐れた名にして嘆きの湖の番人の名。
本人ではなく手下とは言え、よもやこんなに早く対決することになろうとは。
「まさかトパーズが奪われたことを察知したんじゃあるまないな」心の中にその疑問が浮かび上がる。
「よかろう。その謎とやらを言ってみるがいい」
気が付けばバルダが勝手に謎かけを受けていた。
しかし悪い手ではない。謎に正解すれば争わずに通れるし、間違えても二対一だ。
最悪隙を見てぶっ殺そう。
「謎は一人につき一問出題される。考えるのも、答えるのも一人だけだ。そこのお前、少し下がれ」
「足が悪くて動けないんだ」
「離れなければ切る」
「頑張ってねバルダ」
リーフは少し離れた。
「では問おう。なぞなぞだ。『朝は四本足。昼は二本足。夜は三本足。この生き物なあんだ?』」
「……なんだと?」
思わずと言った感じでバルダは声を上げた。
化け物は聞き逃したと思ったか「『朝は四本足。昼は二本足。夜は三本足。この生き物なあんだ?』」ともう一度言い直した。
「そんな生き物いるわけなけないだろう」
「……つまり、回答は無と言う事か?」
「……いや、待て。少し考える」
「賢明だ」
バルダはその場にドカッと腰を下ろし腕を組んで考え込んだ。
見るからに脳筋なバルダにこういうなぞなぞは少々荷が重いかとリーフは不憫に思う。
「なあ化け物」
「……なんだ」
「君、テーガンの手下なんだろう? こんな所でつり橋の警備員をして満足かい?」
「違う。俺はテーガンの手下なんかじゃない」
「へえ、初耳だ。ちょっと事情話してよ」
「……よかろう」
化け物はバルダをチラリと見てからリーフへと向きおなる。
「俺は呪われたんだ。自由に飛び回る俺に嫉妬したテーガンが俺に呪いをかけこの場所に縛り付けた。真実が偽りとなり偽りが真実となるその時まで」
「え、君鳥か何かなの?」
「元はそうだ」
苦々しく言う化け物。
「じゃあ今は違うの?」
「見れば分かるだろう」
リーフは「へえ」と実に嫌な笑みを浮かべた。
何か企んでるのか。化け物にしてみれば人の不幸を蜜のように楽しんでいる様にしか見えない。
聊か以上に気分を害し、化け物はバルダに問うた。
「答えは出たか?」
「いや、待てもう少し……」
「もう待てん」
剣を握りしめ、剣先をバルダに突きつけた。
「10秒数える。それまでに答えなければ回答放棄とみなし斬り殺す。10……」
「くっ……!!」
「9……8……7……6……」
「くそっ、やむをえん。リーフ、剣を抜け! 戦うぞ!」
「5……4……」
化け物がカウントを刻むのを尻目にバルダは剣を抜き構える。
しかしリーフは余裕綽綽そうにほほ笑むだけだ。
「リーフ!」
「3……2……1……0。時間だ。斬り殺す」
化け物が剣を上段に構え、バルダを唐竹割りにしようと雄たけびを上げた。
慌ててバルダはその場を飛び退く。
地面に剣が叩きつけられ、円形のひび割れが発生した。
「リーフ!!」
「まあちょっと落ち着きなよ。まだ僕の謎かけが残ってる」
「お前、なにを――――」
「……この期に及んで貴様は何を言っている?」
バルダが言葉を失い、化け物はついと言った感じでリーフに問いかけた。
リーフは待ってましたと化け物に語り掛ける。
「君はさ、元の姿に戻りたいんだろ?」
「当然だ」
「なら僕たちと戦うのは得策じゃないと思うなあ。ほら、僕たち強いからさ。十中八九死んじゃうだろうね」
腰に差している剣の柄を握り、リーフは己の武力を誇示する。
それを見て化け物は思った。
確かに、大男の方は見るからに強そうだ。しかしこの子供は言うほど強いだろうか。
身長は低く、筋力もそれほどあるようには見えない。すばしっこくはありそうだが、所詮はその程度だ。
だが、世の中には見た目に寄らぬ化け物と言うのは確かに存在するのも事実。
例えば魔女テーガンがそうだ。あれも見た目こそ人の姿をしているが、その中身は残虐で非道な悪魔だ。
恐ろしい魔法を使い、自分をこの様な目に遭わせさえしている。
かつて仲間の鳥を救うために突撃し、成すすべなく魔法で撃ち落とされたことを思い出す。
ひょっとしてこの子供もそうなのではないか。
化け物の胸中に一抹の不安が浮かんだ。
「だからさ、もう一度僕と謎かけ勝負して、それで生殺与奪を決めよう。君が勝てば僕らは大人しく腹でも斬るよ」
「リーフ、お前何を言っているんだ!!?」
バルダの悲鳴に近い怒号もお構いなしにリーフの口は滑らかに動く。
「…………」
「乗った方がいいと思うよ。元の姿に戻りたいよね? 死にたくないよね? 万が一にでも死ぬ危険は犯したくないよね? 勝負に勝てば君には何の危険もない。負けても橋を通すだけだ。死ぬ可能性なんてどこにもない」
「…………」
化け物は悩んだ。
この子供の言う通り、元の姿に戻りたい。戻ってまた大空を自由に飛び回りたい。
しかし化け物は知っている。人と言うのは総じて嘘つきだ。
「負ければ素直に死ぬと? 信じられん」
「じゃあほら、剣渡しておくよ」
リーフは腰の剣を投げ捨てた。無抵抗の証と言う事だろうか。
化け物の足元で鞘に納められたままの剣が無造作に転がる。
「バルダも、ほら」
「リーフ……おまえ……」
顎で武器を捨てるように指示するリーフに、バルダは青ざめる。
信じて、と言うようにウインクするリーフ。その手は腰に隠されているナイフにあてられている。
もしもの時にはこれで戦うと、最低限の保身に走っているその姿はいつも通りのリーフだった。
「……仕方がない。信じるぞ、リーフ」
バルダは剣を鞘に納め化け物の足元に放り投げた。
化け物は眼を眇めてリーフたちを睨む。
「さあ、勝負する? しない? しないなら取りあえずバルダだけは殺していいよ」
「……よかろう。その話に乗ろう」
「はい、契約成立」
ぱんっと両手を胸の前で合わせたリーフ。
揉み手するように擦り合わせる動作は厭らしさすら覚えるものだった。
早速化け物が謎を問おうとする。
「では、問おう。なぞなぞだ」
「え、何言ってんの?」
リーフはきょとんと眼を瞬く。
「なに?」と化け物の言葉に「僕はどういう謎かけ勝負するかなんて一言も言ってないけど」
巨人は眼を見開いた。意味が分からない。
謎かけで勝負するとさっき……。まさかこいつ――――!!
「貴様……騙したなっ!!」
「いやいや、人聞き悪いなぁ。詳細な勝負内容確認しなかったのは君だよ?」
「殺す!」
「待って待って。今説明するよ。そんなに変わらないから。謎かけで勝負するのはいっしょ!」
リーフは言いながら数歩後ずさった。
今にも剣を振ろうとしていた化け物はリーフの言葉を理解できずにその場に固まる。
しょせんは鳥頭だとリーフは内心ほくそ笑む。
「では何でさっき止めた」
「出題者は君じゃなくて僕だからだよ」
冷や汗を拭いながら説明する。
「僕が君に謎を問う。君がそれに答える。正解すれば僕達の負け。間違ったら僕たちの勝ち。どう? 簡単でしょ?」
化け物は思いっきり顔を顰めた。
これだから人間はと吐き捨てる。
「その謎が絶対に答えられない謎だったらどうするんだ。貴様らの勝ちが決まっているだろう」
「いーや、僕が問う謎の答えを君は知ってるよ。というかどちらが正解かを君が決めるんだ」
「…………なにを――――」
やはり化け物は理解できなかった。
人の言葉を理解できるように、人の心の機微を理解できるように呪いで作り替えられたと言うのに、リーフの言葉が理解できない。
今や恐ろしさすら覚えそうなほど、化け物はリーフを理解することが出来ないでいた。
リーフはにっこりと笑顔を浮かべる。
「元に戻りたいんでしょ? 手伝ってあげるよ。だから――――」
人差し指を唇に立てる。
それは静かにとジェスチャーしているように見えた。
「真実を答えてね」
改めて勝負内容が説明された。
出題者はリーフ。回答者が化け物。
問う謎は一つだけ。
答えられない謎が出題されることはない。
正当は必ず一つだけ。
回答の時間制限あり。
正解した場合リーフとバルダの二人は自決する。
間違った場合リーフとバルダは安全につり橋を渡ることが出来る。
そこまで説明されて、ようやく化け物は剣を降ろした。
「これでいいかな?」
「気に食わんが……仕方がない」
一杯食わされたと悔し気な化け物はその場に座り込む。
化け物なりの回答スタイルと言う奴だ。
反対に出題者のリーフはその背後に佇むバルダと共に立ったまま。
普段は逆の立ち位置に居るはずの化け物は、この状況にどことなく居心地悪さを感じた。
「じゃあ問うよ。正解を答えてね」
いよいよ、リーフが謎を問う。
その後ろでバルダが息を呑んで見守る。
正直に言って、化け物はどんな謎かけであろうとも正答する自信があった。
それができるよう、テーガンに呪いをかけられていたからである。
今こうしている間も人間顔負けの速度で思考が回転している。
何よりも、化け物は長い間ずっと謎かけのことばかり考えていた。
その経験を元にすればどのような謎にも容易く答えることが出来る。
その自負は、リーフの謎かけを聞いた瞬間吹っ飛んだ。
「君は鳥か? それとも人か? いったい何なんだろう?」
「…………」
思考が停止する。
頭の中でリーフの言葉が何度も繰り返される。
鳥か、人か。そんなのは決まっている。俺は鳥だ。ずっと鳥だった。
「俺は――――」
鳥だと言おうとして、先ほどの会話が脳裏をよぎった。
リーフは訊ねた。「今はもう鳥じゃないのか」と。それに対して自分は何と答えたか。
「見れば分かるだろう」そう言ったのだ。
傍から見て、俺は何に見える? 人か? それとも鳥か? そんなの、考えるまでもない。
「さあ、君は鳥か? それとも人か?」
考える化け物を見て、リーフは愉快そうに笑っている。
その笑顔が、何とも純粋無垢な子供のように見えて、化け物は余計に心乱される。
とっとと言ってしまおう。そして殺そう。化け物の口は動く。
「俺は――――」
「ちなみに、僕は君ほど大きい人間を見たことがない」
リーフの言葉に、化け物は口をつぐむ。
「そもそも、君はどうやって生まれてきた? 人はすべからく母親の胎内から生まれてくるけど、君は卵から還ったんじゃないの?」
化け物の頭の中はぐるぐると巡っている。
リーフの言う通り、化け物は卵から還った。
人はそんなに大きくないと言うのも、言われてみればその通りだ。
どうする? どっちが正解だ?
「あと10秒。9、8、7」
「お、俺は――――」
リーフが秒読みを始めたことで、化け物は焦る。
焦った末に答えを述べていた。
「俺は……鳥だ」
「なるほど」
リーフは頷いた。
「君は自分のことを鳥だと思っている訳だ」
そう言うリーフの顔には変わらず笑顔で彩られている。
「でも残念。不正解」
「なに……?」
「僕にとって君はね。ただの化け物だよ」
化け物の動きがピタッと止まる。
考えすらしなかった答えに思考すら止まってしまう。
どういうことだ?
鳥か人かのどちらかを尋ねているのではなかったのか?
思い返す。『君は鳥か? それとも人か? いったい何なんだろう?』
一体何なんだろう?
謎かけの本質はそっちだ。鳥か人かは思考を狭めるための誘導に過ぎない。
今更ながらにそのことに気づき、化け物の顔は怒りに染まっていく。
掴んでいた剣を振り上げ、リーフに振り下ろそうとする。もはや問など関係ない。俺を引っかけたこの男を殺す。それしか考えられなくなる。
「リーフ!!」
警告に叫んだバルダの声。
しかし、結局のところ剣が振り下ろされることはなく、化け物はその動きを止めた。
プルプルと身体が痙攣しているように見える。唐突に化け物は絶叫した。
「おおおおおおおおおおおおお!!!????」
土塊のように、化け物の身体は崩れ落ちる。
崩れ落ちた土塊の中から、毛の生えた何かが甲高い鳴き声と共に飛び出す。
リーフは額の汗を拭って息をつく。
「びっくりした……こうなるのか」
どこか遠くへ姿を消した鳥を見送り、バルダはいつの間にか構えていた剣を下ろした。
「……まったく肝を冷やしたぞ」
「いや、ほんとにね」
対面する形で二人は言葉を交わした。
足元に転がっていた剣を腰に差しながら、リーフは快活に笑う。
「……しかし、どうして奴は元の姿に戻れたんだ?」
「決まってるさ。真実が偽りに、偽りが真実になったからだよ」
バルダは分からんと眉根を寄せた。
リーフはそんなバルダを見下すように鼻で笑う。
「真実も偽りも、結局は個人の主観だよ。魔法で姿を変えられてるだけで、鳥であることに間違いはなかったけど、僕にとっては化け物だったからね。鳥である真実を
リーフの説明を受けても、バルダは納得いかんと顔を顰めている。
「……そういうものか?」
「難しく考えすぎだよ、バルダは」
人生もっと楽に生きないと、と説くリーフ。
親子ほども年の離れた若造に人生を説かれるとは。
俺も老いたとバルダは頭を掻いた。
「奴が元に戻ると確証があってやったのか?」
「そんなのあるわけないじゃないか」
その言葉に目を丸くしたバルダ。
くすくすと上機嫌にリーフは笑った。
「もしもの時はバルダが殺せばそれで終わりだった。そのために注意を僕に惹きつけたんだから」
「そこまで持っていくのがえらく綱渡りだったじゃないか。謎かけにしても、もっと賢いのはなかったのか」
ほぼほぼ推測ばかりで、半分面白がっての謎かけだ。
あれでは下手をすれば二人とも死んでいた。
そうぼやくバルダに「まあ、結果良ければいいじゃないか」とリーフに取り付く島がない。
「行こう、バルダ。良い物が見れた。しばらく僕の機嫌はいいよ」
「俺の機嫌は最悪だ」
二人はつり橋を渡り始める。
ボロボロのつり橋は、幸いにも崩れる様子もなく比較的頑丈に作られていた。
無事つり橋を渡り切った頃、思い出したようにバルダが言った。
「そう言えば、俺への謎かけの答えはなんだったんだ……」
「分かるか?」とリーフに尋ねる
リーフは「ああ、あれ?」と答えを知っているようだった。
「あれはね……内緒かな」
「おいおい……」
期待させてそれかと閉口した。
「バルダは答えることも出来なかったからね。自分で考えてみてよ。思いついたら答え合わせしよう」
「まったく……」
言いながら、バルダは道すがら考えることにした。
何せ時間だけはたっぷりある。
ゆっくりと考えてみよう。