デルトラクエスト ~Another One~   作:紺南

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第8話

胡乱気に見てくるリーフを無視して、ジャスミンはバルダに駆け寄った。

弱弱しくはあるものの、息のあることを確認したジャスミンはほっと息を漏らし「動ける?」と尋ねる。

無気力にバルダは首を振った。

 

外は一面沼で囲まれている。一人どうやってかここまで来れたジャスミンにしても、役立たず一人抱えて逃げることは難しい。リーフと協力したとしても、やはり難しい。

 

ジャスミンは周囲を見回した。

この状況を打破しうる、何か使えそうな道具はないか。

しかし、血や錆に覆われた料理道具や壊れた拘束具こそあるものの、それは今役に立ちそうにはない。

 

臍を噛む思いで、ジャスミンはリーフを振り向いた。

その表情には、はっきり非難の色が浮かんでいる。

 

「バルダを置いていくつもり?」

 

それは率直すぎる言葉だった。

嫌悪感すら浮かんでいる瞳には紛れもない怒りが見て取れる。

おそらく直前までのリーフたちの会話を聞いていて、リーフがあっさりバルダを見殺しにしようとしたことを責めている。

少なからず知っている仲であるからこそ、ジャスミンはここまで怒っているのだ。

もしこれが初めて会ったころの彼女だったなら、責めることは無く、どころか助けようとすらしなかっただろう。

 

リーフは答えず顎に手を当て考え込んだ。

扉から吹き込む寒々しい風が二人の間を巡る。

ガタガタと窓枠の揺れる音にふと不安を覚えた。

耳をすませば相変わらず刃物の研ぐ音が聞こえてきた。

この分ではもう少しの間は平気そうだ。

 

考えるリーフの目前で、床に倒れたままのバルダが絞り出すような声音で呻いた。

 

「ジャスミン……なぜお前がここに居るのかは聞かん。だが俺を助けようなどと思ってくれるな。俺のことなど置いて逃げろ」

 

「いやよ」

 

ジャスミンははっきりと、拒絶した。その肩で同感とばかりにフィリが鳴く。

その思いもよらぬ即答に、バルダの表情は「なぜ?」と分かりやすく尋ねている。

ジャスミンの答えはこれまた明快だった。

 

「だって、二度も貴方たちを助けたのに、ここで見殺しにしたら結局なんの意味もないじゃない」

 

「……」

 

バルダは唖然として何も言わない。

ジャスミンはその沈黙をどう解釈したのか、そっぽを向いて「目覚めも悪いわ」と付け足した。

 

しばらくその横顔を眺めていたバルダは、突然無性に笑いたくなった。

こんな状況だというのに腹の底から湧いてくる昂ぶり。

自身は既に諦めているというのに、自分より一回り以上も幼い少女に、目覚め悪いからという理由で助けられようとしている。

これが愉快でなくて何だというのか。

実際、バルダの顔は泣き笑いに近い表情に破顔し、「……くっくっ」と堪えきれなかった声が漏れている。

決まり悪く、ジャスミンが横目でバルダを睨んでいた。

 

やがて、ようやく笑いの治まったバルダはほんの僅かな沈黙の後、リーフに尋ねた。

 

「リーフ。……何とかならんか」

 

「……」

 

リーフは何も言わずバルダを見る。

その顔からは既に諦観は消えていた。代わりに生にすがる貪欲な光が宿っていた。

 

リーフにとってそれは嫌と言うほど見てきた光だ。

その光の儚さも尊さも十分知っている。

この光は時に強い力をもたらすし、あるいは筆舌に尽くしがたい暴挙をもたらす。

今回はどちらだろうか。

 

そこまで考えてリーフは頭を振った。

今はそんなことはどうでもよかった。

 

「分かったよ、じゃあこうしよう」

 

二人に語り掛ける。

二人は真剣にリーフの言葉に耳を傾けた。

 

身体の動かないバルダを抱えて逃げることは難しい。

逃げてる所を追いつかれるかもしれないし、何より底なし沼を越える方法がない。

どういう方法でか、ここまで来たジャスミンが、リーフに助けを求めているのがその証左だ。

バルダを抱えて越えられるならとっくにそうしているだろう。

 

越えられないなら、逃げられないなら、この場で奴らと戦うしかない。

最低限のリスクで最上の結果をもたらす案は既に思い浮かんでいる。

 

「丁度良く囮に使えそうな物があるから、それを使って僕とジャスミンが奴らを不意打ちしよう」

 

「囮……」

 

ジャスミンは周囲を見渡す。家の中に道具は無数にある。

この中の何を囮に使うというのだろう。

 

囮と言うからには音や見た目で奴らの気を惹きつけられるものじゃないと駄目だ。

パッと見る限り、それらしき物は見当たらない。

まさか今から作るのか? そんな時間は――――。

 

そこでハッとジャスミンは気づき、足元に転がっていたバルダに視線を下ろした。

 

当のバルダは虚ろ気に天井を見つめ堅く口を閉ざしていた。口を引き締め、どうか違いますようにと心の中で祈っている。

そんな彼に、リーフは愉悦に口を歪めて言った。

 

「じゃあバルダ、囮役頼むね」

 

 

 

 

 

 

 

 

リーフは思い返していた。

 

二人の老夫婦は、ぱっと聞いたところ意味不明な言語を使っていた。

異国の言葉か、それとも魔女テーガンにそう言う魔法を掛けられたのか。

正確には分からないが、この二つを並べた時、後者の可能性が高い。

何せ鳥を人型の化け物に変えるぐらいだ。それぐらいやってもおかしくはない。

 

だが、それは老夫婦が味方であるという前提で成り立っている。

そこに老夫婦が実は魔女テーガンの手先である事実を加えたとき、仮説は全て引っくり返った。

 

老夫婦の言葉が、きちんと意味のある言語で、獲物を油断させるための暗号である可能性。

そこまで考えてようやく、奴らの話す言葉が逆さ言葉であることにリーフは気づいた。

 

奴らにとってメインディッシュはバルダであり、リーフはいいところ保存食程度の扱いだった。

それは言葉を翻訳すると自ずとわかる。

 

『久しぶりのご馳走』と言うのは奴らの腹の空き具合を、『夕食バルダ。リーフ肥料』と言うのは扱いの差を如実に表している

つまり、他の何を失っても、絶対にバルダの身柄だけは押さえに来るはずだ。

 

例えば、バルダが逃げようと床を這い、今にも家から脱出しようといている所を見たら、奴らはどうなるだろうか。

リーフの存在などあの小さな脳みそからすっぱり消えるだろうとリーフは考えた。

加えて、ジャスミンと言う老夫婦が知りえない助っ人までいる。

よほどのミスを犯さない限り不意打ちが失敗するようなことはありえない。

だからこそ、リーフはこの作戦を実行しようとしたのである。

 

透明マントを被ったジャスミンが家の隅っこで息をひそめ、家の外、ドアの影にリーフが隠れる。

バルダは丁度半身ほど外に身を乗り出させて這いつくばらせる。

それで準備は完了だ。後は大きな音でも出してこちらの様子を窺わせればいい。

バルダに気をとられた老夫婦をリーフとジャスミンで挟み撃ち。

文字にするなら簡単だ。実際にやっても、驚くほど容易だろう。

 

嫌がるジャスミンに透明マントを押し付けた後、自身は家の外で大きく伸びをする。

自由になれた。空気が美味い。

保身と言うか自衛と言うか、もうこのまま逃げてしまおうかな。

 

頭をよぎる考え。

それは眼前に広がる底なし沼を見て、即座に否定される。

こうして老夫婦が生活している以上、渡るための何らかの仕掛けがあるはずだが、それが何なのか調べるには少々時間が足りない。

 

時間に追われながら考えたとしても、いいアイデアが思い浮かぶとは思えない。

やはり一番はジャスミンにどうやってここまで来たのか聞くことである。

そのためにバルダには生きてもらう必要がありそうだ。僕のために、生きてくれバルダ。

ここ出れたら後は勝手にしてくれて構わないから。

 

まあ、万が一この奇襲が失敗しても、一人家の外で待機してる分逃げやすい。

家の中で透明マントを羽織るよりも幾分かましだろう。

 

リーフは足元の石を拾った。

さあ、大きな音を立てようか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから紆余曲折を経て、リーフたちを罠にかけた老夫婦あらため二匹のゴブリンもどきは、無事に底なし沼の底に沈んで行った。

悪どい笑顔でその一部始終を見ていたリーフに、ともすれば高笑いでも上げるんじゃないかとジャスミンは気が気ではなかった。

出来る限り静かに事を運びたいジャスミンは一言忠告する。

 

「変なことはしないでよね」

 

「君がここに居ることがすでに変なことだと思うんだけど」

 

ジャスミンは顔を顰めた。

それから「こっち」と端的に述べて木々の向こうへ消えていく。

 

剣を杖に、なんとか立ち上がることの出来たバルダがリーフの肩に手を置いてか細い声で言った。

 

「また助けられてしまったな……礼を言わなくては」

 

「そうだね」

 

素直に頷くリーフ。

理由がどうあれ、目的が何であれ、それが何者であれ、命を救われたことに違いはない。

礼を言うことはやぶさかではない。

だが、リーフは少しの間考えて、隣のバルダに投げかけた。

 

「君、この晩二度目の『助けてくれてありがとう』を言おうとしてるけど、僕らこの先この調子でずっとやってくのかい?」

 

「……」

 

加えて、ことジャスミンに対しては通算三度目の『助けてくれてありがとう』である。

その事実をぐさりと突きさされ、さすがのバルダも何とも言えなくなった。

 

もし仮に最後まで宝石を集めきれたとしても、何がしかで100回ぐらいは助けてくれてありがとうを言いそうだし、ジャスミンに対しては30回ぐらい言いそうな気がしてきたリーフたちであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バルダに肩を貸し、クリーの案内に従って、リーフはようやくジャスミンに追いついた。

そこは一本の大木の根元。

その根の上で膝を立て座っていたジャスミンは、不機嫌そうに二人がやってくるのを待っていた。

 

先んじて、いち早く辿り着いたクリーを腕に止まらせ、ジャスミンは二人に言い放つ。

 

「遅いわよ」

 

「ごめんよ、これ重くてさ」

 

バルダを根っこにほっぽり投げるリーフ。

まだ身体の自由の利かないバルダは「ぐふっ」と間の抜けた声を漏らした。

リーフが尋ねる。

 

「で、なんで君ここに居るの?」

 

ジャスミンはすぐには答えず、代わりに鼻を鳴らした。

周囲の木々に視線を巡らせた後、あざ笑うかのように言う。

 

「そんなこと、どうでもいいでしょ。それより貴方たち、憲兵に追いかけられて、逃げ切れたと思ったらテーガンの手下に狙われて……。今日は随分災難ね」

 

「……」

 

疑問を呈したら皮肉をぶつけられた。

すごく不機嫌だ。曲がりなりにも蔓を切り払った仲だというのに。

 

彼女の言葉を聞くに、随分前から後をつけられていたらしい。

だとすると、不機嫌の理由はリーフのここまでの言動にあるのかもしれない。

 

しかしそうなると、憲兵に追いかけられている時は黙って見守り、ゴブリンの罠に掛かった時にようやく助ける気になったということか。

絶体絶命度で言えば大差ないように思えるが、前者は見捨てて後者で助けたのはどういう風の吹き回しだろうか。

 

その内心を読み取ったかの如く、ジャスミンは言葉を続けた。

 

「聞きたいことがあるのよ」

 

「なんだろう?」

 

おもむろに、ジャスミンは背後に向けて「出てきていいわよ」と声をかけた。

すると根の隙間から小さな小人のような少年が這い出して来る。

 

「うおっ」驚いたリーフが一歩退いた。

「む……」とバルダが上体を起こそうとする。しかし相変わらず身体の自由が利かない。

 

「この子、貴方たちが追いかけられた憲兵に捕まってたの。丁度貴方たちのおかげで見張りが手薄になったから助けられたわ」

 

淡々と述べられる言葉をリーフは右から左に聞き流していた。

少年の見た目は明らかにデル族ではない。

青灰色の肌に、赤い髪が一房ニワトリのようにピンと立っている。

 

噂にしか聞いたことの無い他部族のどれかだろうか。

抱いた疑問の答えはバルダがもっていた。

 

「ララド族か」

 

「ララド族?」

 

「ああ」

 

バルダの言葉にララド族の少年は頷く。

ララド族とは大昔、デル城を建築した部族である。

大工の種族らしい。リーフが知っているのはそれだけだ。

 

「彼、言葉が話せないの。文字は書けるんだけど、生憎私文字はさっぱり。だから貴方たちを助けたってわけ」

 

要は通訳として役に立ちそうだったから助けられたのである。

 

リーフは真顔で「それはどうもありがとう」とジャスミンに礼を述べた。

ジャスミンは満面の笑みで「どういたしまして」と返答する。

 

そんな二人を横目に見ながら、ララド族の少年は根を乗り越え、バルダの目前でしゃがみこむ。

見ると彼は地面に文字を書き始めた。

 

それは見たことの無い文字で、ジャスミンはもちろんリーフも読めない。

二人が首を捻る横でバルダが言った。

 

「『助けてくれてありがとう』」

 

「ん、なに? 今度は君がジャスミンにお礼かい? べつに言う必要ないんじゃないかなあ」

 

ジャスミンも同意して「そうよ」と頷いている。

今はそんなことよりも少年の文字を翻訳するのが急務であると。

だが当のバルダは首を横に振った。

 

「彼の言葉だ」

 

「……読めるの?」

 

「ああ、なんとかな」

 

それを聞いた少年は次々に文字を書いていった。

もともとは先ほどのゴブリンの所で奴隷として扱われていたこと。命からがら逃げだしたところで憲兵に捕まったこと。そこをジャスミンに救われたたこと。リーフたちのピンチを知り、助けに行こうとしたジャスミンに何とか沼の秘密を教えたこと。

 

そこまで通訳したバルダは、何となくジャスミンを見た。釣られてリーフもジャスミンを見る。

ジャスミンは地面の文字を凝視し、意地でも視線を二人に向けようとはしなかった。

少年は微笑みながら続きを書く。

 

「『名はマナス』」

 

「そう。マナスって言うのね。……怪我は大丈夫?」

 

マナスは奴隷として扱われていたからか、ガリガリにやせ細っていて、所々紫に変色した痣がある。

首にはまだ首輪が嵌っているし、足首には鎖の切れた足枷が付いている。

奴隷と聞いた途端、ジャスミンの視線が彼の境遇を労わり、同情に満ちたものになったのは気のせいではないだろう。

 

マナスは頷いた。

 

「『あなたたちは――――』……なんだ?」

 

「ん?」

 

見るとWをひっくり返したような文字が分からないらしい。

当然リーフにもわからない。

 

マナスはその文字を指で消すと、一人一人指で差しながら名前を書いていく。

 

「『ジャスミン、バルダ、リーフ。命の恩人。助けてくれてありがとう』」

 

ジャスミンはともかく、リーフとバルダはマナスの存在など知りもしなかった。

リーフたちが憲兵を引きつけたおかげで助けることが出来たらしいが、それはリーフたちの与り知らぬ所で結果的にそうなっただけで、感謝されるいわれは微塵もない。

だというのになぜ命の恩人認定されているのか。

 

二人は顔を見合わせて、それからマナスに向き直った。

 

「いや、俺たちは――――」

 

「どういたしまして」

 

バルダが否定しようとする横で一足早く言い切るリーフ。

 

恩が売れるなら勘違いだろうと何だろうと売っておけと思ったリーフ。

勘違いは正すべきだと思ったバルダ。

二人の意思疎通は、まだまだ険しい道のりの真っ只中だ。

 

ジャスミンがまた周囲を見回した。

 

「大体分かったわ。……そろそろ出発した方が良さそうね」

 

「じゃあ僕らは焚き木でも焼こうか」

 

立ち上がったジャスミンと棒切れ一本拾うリーフ。

マナスが慌てて書きなぐった。

 

「……リーフ、さっきお前が丁寧に土葬した怪物はどうやらテーガンの子供らしい」

 

「へえ」

 

構わずリーフは二本目の木の棒を拾う。

 

「いつテーガンが子供の死を察知するか分からんから、早くこの場を離れた方がいいと」

 

「……感謝されるならともかく、恨まれる覚えはないよ」

 

不意打ちで首切り落とした奴の言葉である。

 

だが今は悠長に冗談など言っている場合ではない。

バルダは立ち上がる。

ようやく身体の自由が利くようになってきた。

歩くだけなら足手まといにはならないだろう。

 

魔女テーガンは二つ目の宝石の番人。

出来るだけ関わり合いたくない存在だ。

そんな奴に目を付けられるなど、御免こうむりたい。

その思いは図らずとも両者共通の考えだった。

 

「いくぞリーフ」

 

「……分かったよ」

 

今日は夜通し歩くことになるだろう。

リーフはその未来を予見して大きく溜息を吐き、手に持っていた木の棒を放り捨てた。

 




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