我が家のジャンヌ・オルタちゃんは不器用可愛い   作:あーさぁ

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言葉では伝えられないから

 

 夕方、クエストを終えてカルデアへ帰還するなりジャンヌ・オルタに捕獲されてしまった。怒り心頭な彼女の口汚い言葉から推測するに、何やら書いている時に"アルトリア・オルタから「これは何と書いてあるんだ?」"なんて突っ込みを喰らったらしく──何故、どういった経緯で、とは聞けなかったが、要するに悔しかった、気に入らなかった……らしい。

 

──というわけで、というか拒否する暇も与えられないまま

 

──ただいま、絶賛、自室で赤ペン先生をやらされている

 

「はい、これで完璧でしょ?」

 

 自室の中央辺りへ置いた椅子へ座り、簡易的な机上へ広げられたノートと教本を見比べていたジャンヌ・オルタが自信満々な様子で顔を上げる。どやぁっ、と典型的なドヤ顔を見せる彼女の傍らへ寄り開かれたノートを覗き込んでみると──うん、すごく、読み難いです。スペルは合ってるし、使い方も正しい、ただただ、読み難いだけだ。

 

「な、なんでよッ!? 読めるでしょ、これッ!!」

 

 むーっ、と不満そうに頬を膨らませるジャンヌ・オルタ。その表情は、つい頭を撫でて慰めてやりたくなる。が、ぐっ、と堪えた──代わりに手を伸ばすと、ペンを握る彼女の手へ掌を重ね、握る。

 

「……、……っ…………ッ!!」

 

 暖かく柔らかいジャンヌ・オルタの手、肌触りの良い手の甲、細く長い指先は、いつまでも握ったまま離したくないとまで思わせるほどに繊細で、小さかった──あまりにも突然のことに彼女は驚いた様子だが、あえて気付かないフリ。いま彼女は勉強、もとい、字の練習中だ。余計な感情、思いは棚上げ。赤ペン先生としての義務を、果たす。

 

 そもそも、字が読みにくい原因は分かっている。それは彼女の書き方によるもの、簡単に言えば癖だ。字とは本来、書く順番が決まっているもの、それを彼女は知らずして書こうとしているから形が崩れてしまう。言うなれば、今のジャンヌ・オルタは文字を書いているのではなく、文字に似た図形を書いているようなモノ。

 

 だからこそ重ねた手で、ノートへ正しい書き順を経て文字を綴っていく。教本にある一文を丁寧に、ゆっくりと、ジャンヌ・オルタを促すように。文そのものではなく、形を模写するだけではなく、アルファベットの一つ一つを確かめるように。

 

──そして、しばらくの間

 

──ノートにペンを走らせる音だけが、部屋へ響く

 

「……ち、ちょっと……、……も、ぃいっ、から……それに顔、近い……」

 

 そんな時、ふとジャンヌ・オルタに言われたことで、ようやく気が付けた。もう少し顔を出せばキスができるほどの至近距離に、ジャンヌ・オルタの横顔があることに──気恥ずかしそうに俯いた顔は表情を判別し難いが、赤くなっている頬と耳で大体は察することができた。今の今までは気にしていなかったが、成る程、たしかにコレは恥ずかしい。

 

 言われるがままにジャンヌ・オルタの手を離し、顔を上げる。しばらくは無音、沈黙が部屋へ充満するも、ふと思い出したかのように彼女は模写を再開、再び紙の上をペンが走る音が聞こえてきた──気にしてません、意識してません、なんて背中が語っているが耳が真っ赤、バレバレである。

 

 とはいえ、指摘はしない。おそらくは照れ隠しなのだろうが、せっかく模写を再開したのに余計な会話で彼女の集中を切るのも気が引ける──ここは一つ、休憩のための布石として、お茶の用意でもしておこう。珈琲と、あとは何か甘い物でもあればいいが。

 

 

 

──なんて思案しながら彼女から離れ、キッチンへ向かう

 

──あまりにも集中していたせいか、気付けなかった

 

──どこか不機嫌そうに頬を膨らませる、彼女の視線に

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 ジャンヌ・オルタの模写を見始めてから、もう数時間が経過した。夜の帳も落ち、そろそろ深夜に入ろうかという刻限。余談だが、彼女の名前が入った専用のカップへ珈琲を注ぐのもこれで4度目である──だというのに、いまだに彼女は真剣な面持ちで教本の文字を追い、ノートへ模写し続けている。

 

 ちらっ、と彼女がペンを走らせるノートを覗き込むと、当初に比べ随分と文字が綺麗になっていた。教本の一文を模写し、自分が納得したら次の一文へ、という極めてスローペースだが自分に厳しいジャンヌルールの成果が出ている──何だかんだで、やはり彼女の本質は真面目、それも優等生になれるほどのポテンシャルを持っている。にも関わらず悪ぶったり他人から嫌われようとするのは、たぶん在り方の問題なのだろう。いやはや、難儀なコトだ。

 

「……よしっ、終わりっ、と……えーっと、次は……」

 

 なんて考えていると、ジャンヌ・オルタは教本へ視線を移しページを捲ろうとする。真面目なのは結構、むしろ大変よろしい。だが流石に、そろそろ勘弁願いたい。ページを捲ろうとする彼女の手首を掴み遮ると、非難の目を向けてくる彼女を尻目に壁へ掛けられている時計を指差してやった。

 

「あら、もうこんな時間だったのね……気付かなかったわ」

 

 どうやら、本当に時間の感覚が無かったらしい。驚いた、と目を丸くしたジャンヌ・オルタは、ひたすら机へ向かっていたせいで固まった体をほぐすように背中を逸らし、伸びを一回。途中、背中を逸らしたことで彼女の胸元が強調されたので、慌てて視線を逸らす──その途中、照れ隠しというか、話題逸らしというか、ついつい問い掛けてしまった。

 

 

 

──何故、時間を忘れてしまうほど練習に没頭するのか?

 

──何故、これほどまでに真剣なのか?

 

 

 

 と──

 

「……ぇ、ぁ……それ、は……っ……そのっ……」

 

 こちらの疑問を受けて、ジャンヌ・オルタは言葉を濁す。さらには歯切れ悪く、視線を迷わせるという挙動不審のオマケ付き──しかし、何やら観念したような、それでいて気恥ずかしそうに顔を俯かせると、ボソッ、と呟いた。

 

 

 

「……な、名前とか、やっぱり綺麗に書きたい……じゃない……そのっ……契約書、っていうか……っ……、……ここっ……こ、んぃん……とどけ、っ……とか……」

 

 

 

 言い終わった瞬間、ジャンヌ・オルタが勢いよく立ち上がる。その時の彼女の横顔、頬どころか耳まで真っ赤だったのは見逃さなかった。羞恥で頭から湯気を出すのでは、と心配になるほど──あまりにも突然で嬉しい一言に頭はショートしてしまい、上手く働かない。そんなこちらの事情を知ってか知らずか、彼女は足早に机から離れていく。

 

 ジャンヌ・オルタが向かったのは、自室とシャワールームを繋ぐ扉。荒々しく扉を開けた彼女は捨て台詞のように「着替え用意しといて」なんて言い残すと、シャワールームの中へと消えていった──扉越しに「う"ぁ"ぁ"ぁ"」なんて彼女の奇声が聞こえたが、むしろ奇声を上げたいのはこっちだ。

 

 

 

──顔が熱い、心臓が早鐘を打つ、口端が吊り上がるのを止められない

 

──色々と突然で、いまだに上手く頭が働かない

 

──ただ、だからこそ、今やらなければならないことをしよう

 

──そうだ、考えるのは後だ

 

 働かない頭でそう結論付けた(問題を棚上げした)後クローゼットへ向かい、もはや自室での彼女の普段着になりつつあるYシャツを引っ張り出す──準備が終わってからも、やはり頭は回らない。どんな顔をしてシャワールームから帰ってくる彼女を迎えればいいのだろうか、なんて言葉を掛ければいいのだろうか、と脳内で思考は袋小路に入り込む。

 

 

 

──そして、とうとう……考えるのをやめた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~おまけ~

 

 

 

「おい、マスター」

 

 カルデア内を歩いていると、アルトリア・オルタに呼び止められた。振り返ると、いつもと変わらぬ能面のような感情を伺えない表情。だが、あえて言えば、そう、何やら楽しそうな様子──常に威圧感を漂わせている彼女にしては珍しく、どこか柔らかい雰囲気を纏っているような気がする。

 

「ジャンヌ・オルタから何か貰ったか?」

 

 はて、何故そのようなことを聞いてくるのだろう?

 

 直近では彼女から贈り物を貰った記憶などないし、そもそもアルトリア・オルタの質問の意図が分からない。どういうことなのか聞いてみると、彼女は溜め息混じりに首を左右へ振り──にやりっ、と意味深に微笑んだ。

 

「いやなに、私の勘違いだ、忘れろ──」

 

 「そうかそうか」、なんて一人だけ納得した様子のアルトリア・オルタは踵を返し行ってしまう。彼女の言動の意味、深意が理解できない。何が何やら、と思い考えてはみるものの答えが分かるはずもなく──早々に思案を諦めると、さっさと自室へと向かう。

 

 

 

──その後は、特に誰へ呼び止められることなく自室へ到着

 

──部屋へ入ろうとした時、ふと目に留まったモノがある

 

──自身の目線の高さで、ドアへ張られていたモノは

 

──ピンク色の可愛らしい、フォウくんらしき動物がプリントされた便箋

 

──はて、こんなモノ部屋を出る時にあっただろうか?

 

──よく見れば便箋に、すごく見慣れた"誰か"の文字が書いてあった

 

 

 

──ただ一行だけ、"貴方を愛しています"と

 

 

 





ジャンヌ・オルタにラブレターを貰いたい人生だった(死亡)

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