被害
沈没「足柄」「川内」「初雪」「磯波」
大破「青葉」「衣笠」「古鷹」「加古」
中破「東雲」
小破「綾波」「敷波」
撃墜又は撃破 航空機八十二機
戦果
撃沈 リ級重巡二隻 ホ級軽巡二隻 イ級駆逐艦四隻
撃破 リ級重巡一隻 ホ級軽巡一隻 イ級駆逐艦二隻
船団の護衛は成功
「ルソン島沖海戦戦闘詳報:極秘」より抜粋
1
第三艦隊の残存艦艇と船団は、1941年3月13日の夜明けをルソン島の東方、六十浬の地点で迎えた。
艦隊の針路は九十度、真東だ。正面の水平線上に曙光がきらめき、暗闇が朝日によって瞬く間に駆逐されていく。
艦隊は敵航空機の攻撃を受けないために一旦東に進み、ルソン島からの距離が百浬の海域で北に転進するのだ。
今頃、台湾の航空基地では敵航空機の目を船団から逸らすため、日米合同の第二次攻撃隊が発進しているだろう。
船団の上空では、第四航空戦隊の軽空母「龍驤」「瑞鳳」から発進した九六式艦上戦闘機が警戒しており、海面近くでは九七式艦上攻撃機が目を光らせている。
第五水雷戦隊、第三水雷戦隊の駆逐艦、第十六戦隊の軽巡も船団の周りを固めている。
厳重警戒だが、船団が深海棲艦と接触することは無かった。
2
「「「「う〜〜ん」」」」
3月14日、横須賀鎮守府の一室で、四人の男性の唸り声が響いた。
四人は腕を組んでおり、正方形の机を囲んでいる。
机上にはフィリピンを含む西太平洋を網羅した地図と「ルソン島沖海戦:極秘」と書かれた戦闘詳報が置かれていた。
「沈んだのか……あの『足柄』が…」
連合艦隊参謀長の宇垣纏(うがきまとめ)少将が沈んだ声で言った。
「足柄」はジョージ五世観艦式に参加した際、「餓狼」と評される程攻撃力が高い艦だった。
対深海棲艦戦闘が今後激化して行くと予想される現在、日本海軍にとって大きな痛手だ。
「『足柄』だけではありません。他にも軽巡『川内』、駆逐艦『磯波』『初雪』が撃沈され、六戦隊の重巡四隻はいずれも大破です」
連合艦隊作戦参謀の三和義勇(みわよしたけ)大佐が言った。
「加えて第三艦隊の司令部は全滅し、日米の攻撃隊は第一次、第二次を合わせて六割の損耗率です…船団が一隻も欠けることなく佐世保に入港出来たことが唯一の救いですね」
続けて連合艦隊首席参謀の風巻康夫(かざまきやすお)大佐が言った。
二日前にルソン島沖で起きた第三艦隊と深海棲艦隊の戦いは、大本営によって「ルソン島沖海戦」の呼称が決定された。
報告によると、自軍よりも多くの被害を敵に与え、船団も守り通している。勝利と言って良い結果だが、予想以上の損害で誰もが口を噤んでいた。
「この戦いで、わかったことが一つある…」
四人の中の一人、連合艦隊司令長官山本五十六(やまもといそろく)大将が口を開いた。
宇垣、三和、風巻は、山本に顔を向ける。
「深海棲艦は決して弱敵ではない、ということだ。奴らと戦えば我々帝国海軍が長年得意としてきた夜戦でさえ、かなりの被害を被る。これからは米英以上の強敵と考え、慎重に職務を遂行して貰いたい」
「「「はい!」」」
三人は力強く答えた。
「さて、ルソン島沖海戦の結果を踏まえて、日本海軍はどう動くべきだと考える?」
「予定通り、フィリピン奪還を第一に考えるべきです」
山本の問いに三和作戦参謀が言った。
前回の会議の後、風巻と市原補給参謀は国内で備蓄している分で連合艦隊が稼働できる時間を計算した結果。残り八ヶ月という数字を弾きだした。
タイムリミットは八ヶ月しかないのだ。
この情報を重大視した日本政府は、各国政府に石油の融通を要請したが、色よい返答は得られていない。
三和はフィリピンを奪還し、南方航路を復活させることで石油による継戦体制を確立しようと言っているのだ。
「三和作戦参謀に賛成です。我が国で石油がほとんど産出しない以上、フィリピン奪還は急務です」
「タイムリミットが八ヶ月だと長く感じますが、実際はかなり短いです。それに予想より早く石油が底をつく可能性もあります。ここはフィリピン制圧を優先すべきです」
風巻が同意し、宇垣も賛成した。
「…しかし、米国からの援助はないのでしょうか?米国は今回の件で我が国に貸しがあると思いますが…」
風巻が首を捻りながら言った。腑に落ちない、と言いたげだった。
今回の救出作戦は米国の要請によって行われたものだ、かの国は石油産出量が多い、少しの石油ぐらい融通できそうだが…
「米国も太平洋艦隊の再建で精一杯だ、とてもじゃないが無理だろうな」
宇垣が残念そうな顔で言った。
「…話を戻しましょう。フィリピンを奪還するとして、どうするかです」
三和が言った。
「米国の情報によるとハワイの真珠湾には戦艦級と思われる艦を中心とした深海棲艦主力艦隊が停泊しているらしい。マニラの敵艦隊と合流されたら、いささか厄介な存在になる…。ここは敵の各個撃破を目指して早急にフィリピンを制圧すべきだな…」
宇垣が意見を言うと、風巻が反論した。
「今は敵の情報が少なすぎます。孫子の兵法には『己を知り敵を知れば百戦危うからず』と言う言葉がありますが、その通りです。現在は台湾を最前線として情報収集に徹するべきです」
「帝国陸海軍には限られた時間しかない、そんな悠長な事をしていたら石油が底をつき、日本は亡国の道を歩むことになるぞ!」
「限られた時間しかないからこそ、です。敵の手の内が不明なまま短兵急に戦力を動かし、大損害を受けると、その時点で日本の亡国が決定してしまいます」
宇垣が声を荒げるが、風巻も引かない。
「作戦参謀はどうだ?」
山本が三和に聞いた。三和は頷くと、口を開いた。
「私は首席参謀に賛成です。現在、台湾の第十一航空艦隊の編成も米第八航空軍の展開も完了してなく、作戦実施は困難です。今は情報収集を行い、敵の様子を伺うべきと考えます」
「君達は現在の状ー」
二人に反論しようとした宇垣を、山本が手で制した。
「諸君の意見はそれぞれ一理あるが、ここは風巻案を採ろう。日本海軍は受け身に徹し、敵の弱点を見つけ、そこを全力で突く」
宇垣が山本に一礼して引き下がる。参謀はあくまで長官の補佐だ、司令長官が決定したことは覆せない。
すると、山本が三和に問いかけた。
「現在の第十一航空艦隊の部隊編成と第八航空軍の展開状況はどうなっている?」
第十一航艦は零戦と最新型の陸攻を中心とした基地航空隊である。
一週間前の3月7日より編成が開始されており、編成が完了すると台湾の台南、台中、高雄の航空基地に配備され、ルソン島の深海棲艦航空部隊と対峙する予定だった。
第八航空軍は米戦略航空軍に所属する部隊で、多数のB17を指揮下に収めている。日本のフィリピン奪還に協力するため、順次台湾に送り込まれているのだ。
だが、B17は北太平洋を大きく迂回して島伝いに移動してくるため、全機の展開には時間がかかりそうだった。
「第十一航艦は七割が編成を終了させていますが、塚原二四三(つかはらにしぞう)中将の現地入りが遅れており、まだ作戦行動は無理です。
第八航空軍もカール・スパーツ中将の到着が遅れており、部隊も全体の五割程しか展開が完了していません。両部隊共、戦力化は一週間後と報告しています」
「ルソン島沖海戦の戦闘詳報は深戦研に送ったか?」
次いで宇垣に顔を向けて聞いた。
「抜かりなく…」
宇垣は言った。
深戦研とは深海棲艦戦略情報研究所の略である。大本営直属の特務機関で、山口文次郎大佐がチーフを務めている。
ここには様々な分野の専門家がおり、深海棲艦の情報を集め、分析する事を目的としていた。
深海棲艦の飛行場を人類の飛行場と区別するために「姫」と付ける事や、情報にあった深海棲艦の軍艦にイロハ順に名前を付けたのも、この組織である。
山本は時計で時間を確認すると、立ち上がって三人に言った。
「俺はこれから大本営の御前会議に出席する。政府の事情も絡んでくるから決定するか分からんが、風巻案を提案してみる」
御前会議とは、天皇の前で総理大臣などの重鎮が重要な国策を決定するための会議である。山本は日本海軍実働部隊の代表として出席が求められていた。
「この会議が日本の命運を左右するな…」
部屋を出る際、山本は呟いた。
3
山本が御前会議に出席するため霞ヶ関に向かっている頃。
アメリカ西海岸の軍港、サンディエゴで百隻近い船が暗闇の中、出航しようとしていた。
大半の船はのっぺりとした形をしているが、中には、いかにも軍艦と思えるゴツゴツした艦影もいる。
のっぺりした船はタンカー、ゴツゴツした船は巡洋艦や駆逐艦だ。
日本が望み薄、と判断していた石油の輸送船団である。
やがて、金属が擦れ合う音が港内に響きわたり、碇が上げられる。
タンカーが数隻ずつ出航し始める。
港はこれからの嵐を予言するかのように、静粛に包まれていた。
次回「海上護衛戦」
米船団に深海棲艦は容赦なく襲い掛かる…