3月17日午前10時45分 北太平洋上
ハワイ北方1000カイリ
1
「間も無くポイント
アメリカ合衆国海軍
TF8とは、日本への船団–通称N12船団の護衛艦隊であり、編成はノーザンプトン級重巡「ノーザンプトン」「シカゴ」、ニューオーリンズ級重巡「クインシー」「アストレア」、ブルックリン級軽巡「フィラデルフィア」「ボイジ」「サバンナ」「フェニックス」、中型空母「ハンプトン・ローズ」とベンソン級、シムス級などの駆逐艦三十二隻を有している部隊である。
なお、N12船団はタンカー、輸送船を六十隻有している大船団で、積荷は石油、ガソリン等の戦略物資である。
「了解……全艦、警戒を怠るな」
TF8司令官兼N12船団長の、レイモンド・スプルーアンス少将はミラー航海長の報告を聞いた後、各艦に命令した。
スプルーアンスは出航前に、サンディエゴと目的地横須賀を線で結び、その線をポイント
C7より西は敵地と言えた。
命令を出しつつ、スプルーアンスは出航前の事に思いを巡らせている。
当初、アメリカは日本に石油を輸出する余裕がなかった。
真珠湾に備蓄していた七十万ガロンの重油が全て失われ、残存艦艇をすぐには動かせないと言う危機的状況に陥っていた。もしもその時に深海棲艦の艦隊が西海岸に現れたら、ほとんど抵抗出来ずにサンフランシスコやロサンゼルスを蹂躙されていただろう。
しかし、新たに太平洋艦隊司令長官に就任したチェスター・二ミッツ大将が、「現在、太平洋艦隊は再建途中であり、日本ほど大量の石油はあまり必要ない。それに日本は我が国の国民を命懸けで救ってくれた。この恩に応えるためにも直ちに戦略物資支援を開始すべきだ」と主張し、他の軍関係者や国民も同調したため、日本に対する戦略物資−主に石油の支援が開始されたのだ。
日本に対してはまだこの事を伝えていない。太平洋艦隊司令部が深海棲艦の電波傍受の可能性を考えたためだ。
「『フェラルディフィア』より入電です」
そこまで考えた時、スプルーアンスの思考は強制的に打ち切られた。
「ノーザンプトン」の艦橋に紙切れを持った通信長が入ってくる。
TF8参謀長のカール・ムーア大佐が「読め」と言い、通信長が報告を始めた。
「読みます。『方位315度ノ海面下ヨリ謎ノ電波ヲ探知ス』です」
「謎の電波、だと?」
ムーアが怪訝な声で聞き返し、周りの幕僚も顔を見合わせる。
ムーアが質問するため再び口を開けかけた時、新たな報告が入ってきた。
「本艦も海中より不審な電波を傍受、方位285度、数二!」
「『クインシー』より入電、『方位315度ノ海面より謎ノ電波ヲ確認』」
「他の味方艦からも同じ内容の報告電が入ってきます!」
艦橋に次々と切迫した内容の報告が飛び込んでくる。
「まさか…!」
ムーアがスプルーアンスの方を見て言った。
「その『まさか』、だな」
海面下から電波を発する存在など一つしかない。
敵の潜水艦だ。
鈍足な輸送船にとって潜水艦は天敵だ。第一次世界大戦でイギリスはドイツ海軍の優秀なUボートに、五千三百隻もの商船を撃沈された記録があるのだ。
N12船団とTF8は深海棲艦潜水艦部隊の跳梁する危険な海域に踏み込んでしまったのかもしれない。
「し、しかし。深海棲艦が潜水艦を保有している、という報告は今までに度々入ってましたが、まだ未確認情報のはずです」
TF8水雷参謀のジャック・シモンズ少佐が、救いを求めるように言った。
「深海棲艦は人類と類似した海軍兵器を保有している。この際、敵は潜水艦と判断して対処する」
スプルーアンスはきっぱりと言った。深海棲艦は潜水艦を保有していない、という希望的観測は、死に直結すると思ったのだ。
「船団、十四ノットに増速しジグザグ運動開始!各駆逐隊は敵潜を警戒、発見次第撃沈せよ!」
スプルーアンスが大声で命令する。
「ノーザンプトン」の機関の鼓動が高まり、輸送船に合わせて八ノットという低速で進んでいた艦が十四ノットに加速される。
タンカーや輸送船も、機関を振り絞り順次増速する。
「
「
「ノーザンプトン」がジグザグ運動に入った時、立て続けに見張りから二つの報告が飛び込んだ。
「ノーザンプトン」を初めとする巡洋艦や船団のタンカーは、潜水艦に対して無力だ。海中に潜む敵に攻撃する手段がない。今は駆逐艦に全てを託し、逃げ回ることしかできなかった。
2
「艦首前方より敵の通信波を確認。出力小」
DDG22に所属する駆逐艦「ハムマン」の艦橋に、通信室からの報告が上げられた。
「見張り、正面海域に何か見えるか?」
「何も見えません」
「ハムマン」艦長のアダム・ハンター少佐が聞くと、見張りは答えた。
「やはり潜水艦でしょうか?」
「おそらく、な」
「ハムマン」航海長のリッキー・テイラー大尉が問いかけるとハンターは即答した。
後方をちらりと見ると、八隻の巡洋艦と六十隻もの輸送船やタンカーがジグザグ運動に入っている。あそこに魚雷であれ砲撃であれ、撃ち込まれたら大損害は必須だ。
敵潜水艦は一隻残らず撃沈する必要があった。
「敵潜の探索を開始せよ」
ハンターが命令すると同時に、「ハムマン」の艦首から最新型の探信音が放たれ、ソナーマンが海中の音を聞き取るため耳を澄ませる。
海上の慌ただしさを察知したのだろう。敵の通信が止む。
深海棲艦の潜水艦は海中に潜みながら、こちらの動きを探っているだろう。今にも魚雷が向かってくるかもしれない、そう考えると背筋が寒くなってくる。
やがて、何かを発見したのだろう。ソナーマンが報告を上げた。
「ソナーコンタクト!右二十度、距離三千ヤード‼︎」
探信音が海中で何かを捉えたようだ。報告を聞いた瞬間、ハンターは大声で命令した。
「面舵、針路335度!」
「両舷全速前進!」
「面舵二十度、全速前進、
リッキーが素早く復唱し、「ハムマン」の艦首が右に–敵潜がいる方向に振られる。
「目標まで五分です」
航海士が報告する。
ハンターは正面の海域に目を向けた。見た目は普通の海だが、海面下には獰猛な海狼が息を潜めているのだ。
すると突然、ソナーマンの切迫した声が届いた。
「ソナーより艦橋!正面より魚雷音接近、数四‼︎」
「なに⁉︎」
ハンターはてっきり、海底に逃げ出すと思っていたが、敵潜水艦は猛然と「ハムマン」に牙を剥いたのだ
「艦長…!」
リッキーが怯えた声を上げる。
「このままだ!」
ハンターは叩きつけるように言った。
下手に舵を切れば、横腹に魚雷を喰らうと考えたのだ。
「魚雷音接近!距離八百ヤード‼︎」
ソナーマンが絶叫染みた声で報告する。
「魚雷発見!右十度から左十五度、近い‼︎」
魚雷を目視確認したのだろう、見張りも報告する。
「ハムマン」はシムス級の駆逐艦である。基準排水量は二千五百トン程度で、一本でも魚雷が命中したら致命傷を負うのは確実だ。それに「ハムマン」と敵魚雷は相対している。もしも艦首に命中したら自艦のスピードも衝撃に加算され、轟沈するかもしれない。
ハンターは唾を飲んで、その時を待った。
そして…。
「敵魚雷、本艦の左右を抜けました!」
見張りの報告でハンターは「ハムマン」が被雷を免れたとわかった。
「よし…!」
リッキーはガッツポーズをとる。
しかし、DDG22の僚艦は全艦回避というわけにはいかなかった。
「ハムマン」の後方五百ヤードを敵潜に向かって航行中だった、駆逐艦「オブライエン」が被雷する。
被雷した瞬間、一時的に「オブライエン」の姿が見えなくなる程の水柱が艦首に上がり、次いで火柱に変わった。
この時、「オブライエン」は魚雷との相対速度が加算され、艦橋直下まで一気に貫通されていた。艦首は左右にぱっくりと開いており、ドス黒い黒煙が上がっている。
艦自体は前方に傾き、スクリューが顔を覗かせている。
「オブライエン」が救いようがないのは、誰の目にも明らかだった。
「
ハンターが罵声を発する。
「ソナーより艦橋、敵潜、急速に沈降中!」
「目標地点に到着!」
ソナーマンが敵潜水艦が退避にかかった事を伝え、航海士が目標地点に到達した事を伝える。
「生きてハワイに返すな…爆雷発射初め!」
敵愾心がこみ上げながらハンターは命令した。
すると、「ハムマン」の後方から爆雷の発射音が響き、若干の間を置いて炸裂音が聞こえてくる。
「味方艦、爆雷を発射!」
僚艦も爆雷を発射し始める。
次々と爆雷が海中の忌まわしい敵潜水艦に叩き込まれる。
そして、二十発程発射した頃。
後部見張りの報告が入った。
「敵潜水艦のものと思われる浮遊物を確認、撃沈した模様!」
戦いは続く。
空母「ハンプトン・ローズ」CV–8
「ハンプトン・ローズ」は1939年から1940年にかけて竣工した「ハンプトン・ローズ」級中型空母の一番艦である。日本海軍が竣工、建造中の翔鶴型正規空母四隻に対抗して建造された、中型空母「ワスプ」の量産タイプだ。
対深海棲艦戦争勃発時は同型艦四隻全て大西洋に展開していたが、アメリカ太平洋艦隊が壊滅したことにより、全艦が太平洋に回航されている。今回の作戦にも参加しており、深海棲艦の攻撃が今後激化していくと予想される現在、空母機動部隊の中核として期待が寄せられている。
同型艦「ホワイトオーク」「カウンズタウン」「ユナイテッド・ステーツ」
スペック
全長 219.5m
全幅 30.7m
最大速度30.7ノット
武装 12.7cm単装高角砲 八基
28mm四連装機関砲 四基
20mm単装機銃 三十二基
搭載機数 七十六機