南洋海戦物語〜人類の勇戦譚〜   作:イカ大王

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今回の輸送作戦で日米は、太平洋の大半が奴らの勢力下になった事を

理解します。




第十話 試練の海

1

「発見した敵潜水艦は六隻、内三隻を撃沈しました。こちらの被害は駆逐艦『オブライエン』が撃沈された模様です」

 

第八任務部隊(TF8)参謀長カール・ムーア大佐が、 TF8司令官レイモンド・スプルーアンス少将に報告した。

 

「了解…」

 

スプルーアンスはごく短く返答した。

味方駆逐艦一隻がやられたが、守るべき輸送船やタンカーは無傷だ。

 

(このまま凌ぎきれるかな?)

 

スプルーアンスは心の中で呟いた。

 

なおも後方から炸裂音が聞こえて来る。第二十九駆逐隊(DDG29)第二十二駆逐隊(DDG22)の爆雷攻撃が続いているのだ。

もしも深海棲艦の潜水艦が、人類の潜水艦に準ずる性能を持っているのだったら、爆雷攻撃を受けている時に雷撃はまず不可能だと思われる。

 

スプルーアンスを始めとするTF8の幕僚達は、魚雷が来ない事を願っていた。

 

十分が経過し、二十分、三十分と時間が過ぎていく。

 

スプルーアンスは艦橋の壁に掛けられている時計を見た。

 

時刻は11時21分。

 

「船団針路270度。DDG22とDDG29に深追いは避けろと言え」

 

もう敵潜の脅威は去ったと判断したのだ。

指示された通り、TF8とN12船団は針路270度、すなわち西に針路を取る。

スプルーアンスが乗る「ノーザンプトン」も左の遠心力を感じながら右に転舵し、艦首を西に向ける。

百隻近い船団のため、全ての船が変針するまで十分ほどかかる。

「ノーザンプトン」を含む重巡四隻を有する第四巡洋艦戦隊(CD4)が針路を270度に取り、続いて輸送船、タンカーやそれらの両側を守る駆逐艦が舵を切る。

 

「タンカー、順次面舵。LST群も面舵」

 

後部艦橋に詰めている見張り員から報告が上げられる。

船団の輸送船やタンカーは十隻を一組とした単縦陣を六列、束で形成している。先のジグザグ運動で多少陣形が乱れていると思っていたが衝突事故はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

異変が起きたのは全船が針路を270度に取った後だった。

 

船団の左前方を守っていた駆逐艦「バック」の艦橋側面に発光信号がきらめく。

 

「『バック』より発光信号。”魚雷多数、左前方ヨリ接近。距離六千ヤード(約五千五百メートル)”‼︎」

 

「……‼︎」

 

報告が入った瞬間、艦橋にいる全員に衝撃が走った。

 

「ぜ、全艦に通達。”船団針路350度、魚雷が来る”‼︎」

 

スプルーアンスは叫んだ。

 

 

 

(敵の潜水艦は最初の六隻だけではなかった…!)

 

考えを巡らせている間にもCD4の重巡四隻が変針し、駆逐艦や船団の前の方に位置している輸送船やタンカーが変針する。明らかに統率の取れた動きでは無い。軍艦はともかく、輸送船やタンカーはバラバラに変針している。どの船も魚雷から逃れるために必死だった。

 

「魚雷接近!左四十度から左百二十度‼︎」

 

「ノーザンプトン」は左前方から向かって来る魚雷を回避するために右に舵を切った。そのため、左正横から魚雷が接近してくるのだ。

 

「輸送船接触!」

 

見張り員の報告と共に「ノーザンプトン」の後方から金属が擦れ合う重々しい音が響く。バラバラに変針したため、他の輸送船と衝撃してしまった船がいたようだ。

 

スプルーアンスは艦橋の左側に歩みより、海面を睨みつけた。

海中を切り裂き、白色の雷跡を残しながら接近してくる多数の魚雷が目に映った。数は二十本以上だ。

 

 

 

 

 

「一千……八百……六百!(ヤード)」

 

 

 

 

「四百……二百……百…近い!当たります!」

 

 

 

 

 

 

見張り員の悲鳴染みた声が飛び込む。

 

スプルーアンスは雷跡が舷側の影に隠れるのを見た。

 

 

神よ(マイゴッド)…!」

 

 

目を閉じ、天を振り仰いで運命の瞬間を待った。

魚雷が命中すると思ったのだ。

 

襲ってきた衝撃は小さかった。ドラム缶をハンマーで殴るような音が「ノーザンプトン」の艦上に響き、軽く艦が振動した。

 

 

「魚雷一、艦首に命中。不発のようです!」

 

 

歓喜の声と共に、その報告が上げられる。

スプルーアンスは安堵のあまり、その場にへたり込みそうになった。

「ノーザンプトン」は基準排水量一万四千トンの重巡洋艦だが、魚雷が一本でも命中すると大破は確実だ。沈むことはないにしろ、自慢の高速は発揮出来なくなる。

敵魚雷が不発だったのは奇跡だった。

 

 

 

だが、喜びに浸っている時間はない。

悲報が飛び込む。

 

 

「輸送船三、タンカー四隻被雷!……また一隻被雷!」

 

後方から爆発音が数度、響いて来る。

 

 

「やられたか…!」

 

ムーア参謀長が苦り切った声で言った。

守るべき船が被雷してしまったのだ。輸送船やタンカーは軍艦と比べて防御力が無きに等しい、それにどの船も戦略物資を満載しているため、その分浸水が早まる。一本でも喰らったら沈んでしまうだろう。

 

 

現在、船団は混乱状態に陥っている。

 

どの輸送船やタンカーも魚雷をかわすために舵を右や左に切り、増速したり減速する。

何を考えたのか、止まってしまう輸送船もいる。

 

瞬く間に六列の単縦陣は崩れ、四分五裂だ。

 

 

被雷した輸送船やタンカーは、魚雷が命中した穿穴から大量の海水が奔入し、黒煙を吐きながら船の傾斜がきつくなっていく。

 

 

怒り狂ったかのように駆逐艦が突進し、敵潜水艦がいると思われる場所に爆雷を叩き込む。

 

残った駆逐艦は周辺を警戒し、数隻が救助活動や消火協力をするため、被雷した輸送船やタンカーに近づく。

 

 

 

最終的に七隻の輸送船、四隻のタンカーが被雷した。

どの船も損傷が酷く、沈没は免れそうにない。

 

 

 

 

 

 

 

「正面より雷跡接近!」

 

「なに⁉︎」

 

突然、報告が艦橋に飛び込む。 スプルーアンスは「ノーザンプトン」の正面に双眼鏡を向けた。

 

雷跡が見える。

 

(なんて奴らだ!)

 

スプルーアンスは心の底からそう思った。

 

最初に遭遇した敵潜水艦部隊を回避すると、その先に新たな敵潜水艦がいる。そしてそれを回避すると、また新たな潜水艦部隊がいたのだ。

 

深海棲艦は一体何隻の潜水艦をこの海域に忍ばせているのか…。

 

 

「魚雷との距離、一千ヤード!」

 

「針路そのまま!」

 

「ノーザンプトン」艦長のマーチン・キース大佐が指示を出す。

 

「ノーザンプトン」が魚雷と魚雷の間をすり抜けられる事に賭けたのだ。

 

 

 

(大丈夫だ…当たらない)

 

「ノーザンプトン」は強運の持ち主だ。必ず回避できる。スプルーアンスはそう自分に言い聞かせた。

 

 

 

 

 

 

しかし、スプルーアンスの思いは艦に通じなかった。

 

 

「魚雷近い、当たります‼︎」

 

その悲鳴染みた報告が入った直後、「ノーザンプトン」の乗組員が生まれて初めて経験する衝撃が艦首より突き上がり、艦橋マストの高さと太さを遥かに超える水柱が高々と上がった。

 

先の魚雷よりも数十倍、強烈な衝撃だった。

 

 

 

3月26日 台湾・垣春

 

2

台湾南部、垣春の電探(レーダー)基地で二人の電測員が電探のスコープを見ながら会話をしていた。

 

「まったく、司令部は何を考えてんだか…」

 

電探陣地に配備されている山倉豊(やまくら ゆたか)兵曹長が、隣に座っている篠上三郎(しのがみ さぶろう)一等兵曹に言った。

 

「と、いいますと?」

 

篠上は怪訝な顔で聞き返す。

 

「バーカ。受身に徹し、敵の情報を収集せよ…。て命令内容だよ。日本は今ピンチだ。こんな悠長な事をしてたら(あぶら)切れで、戦わずに負けになっちまうぞ」

 

山倉は苛立ちを抑えきれずに言った。

 

今より二日前、台湾の日本海軍第十一航空艦隊と米第八航空軍に一通の命令文が届いた。

内容は山倉が言っていたのと、あらかた同じである。

 

”十一航艦ト第八航空軍ワ、比島(フィリピン)ヨリ襲来スル敵機ヲ迎撃シ、深海棲艦ノ情報収集二努メヨ”

 

というものだ。

この命令内容に、皆が不満を感じていた。 当初は''直チニ比島(フィリピン)ノ深海棲艦ヲ攻撃、撃滅セヨ”と言った趣旨の命令が来ると思われていたが、いざ来てみると「守りに徹しろ」という内容の電文だったのだ。

大日本帝国軍は攻撃を誇りとした歴戦の軍隊である。「守る」ということは「攻撃」と比べて士気が下がってしまうのだ。

 

「海軍の友人によると、この前日本に戦略物資を届けに米国の船団が横須賀に入港したと聞いたんですが、輸送船の六割がやられてたらしいですよ…」

 

篠上は小声で言った。

 

「マジか…こりゃフィリピン制圧を急がにゃならんな」

 

山倉も声を押さえて言った。

この様な会話を電測長にでも聞かれたら大変な事になる。

 

米国の船団が大損害を受けたのは海軍の中で噂になっていた。末端の兵士まで情報が伝わらないため、様々な憶測が飛び交っているのだ。だが、輸送船の六割が失われ、重巡洋艦も一隻撃沈されたのは確かな情報だった。

 

その時、山倉が電探の管面を見ると、丸いスコープの下側にエコーが起きた。

 

 

 

 

 

「ん?」

 

 

 

 

 

山倉はまじまじと管面を見つめる。緑色のエコーが波打っているのだ。

 

「どうかしたんですか?」

 

お喋りな上司が突然黙ったため、篠上が心配そうに聞いてくる。

山倉は目を擦り、電探のスコープを見直した。

スコープの下側、つまり台湾の南側方向に反応がある。

 

「どうした?」

 

電測長の茅峰翔太郎(かやみね しょうたろう)大尉も問いかけた。

 

「対空用電探、感一。方位百八十度…」

 

山倉は茅峰に報告する。

 

「…!」

 

直後、山倉は声にならない叫びを上げた。

エコーが次第に大きくなっているのだ。一機、二機と言った機数では無い。最低でも百五十機はいる大編隊だ。

 

「電測長、第十一航空艦隊司令部に報告を!」

 

山倉は茅峰に向かって叫ぶ。スコープを見たところ、台湾の南から敵の大編隊が接近しているのだ。茅峰もその事をいち早く理解したのだろう、素早く部屋の壁に立てかけられている電話機に飛びついた。

 

「垣春電探基地より十一航艦司令部、対空用電探に感あり。敵大編隊、台湾南方より接近中!繰り返します。敵大編隊、南方より接近中!」

 

茅峰は司令部を呼び出し、早口で報告する。

 

 

 

ちらりと電探のスコープを見ると、段々とエコーが強くなっていくのがわかった。

 

 

 

 

 

 




次回「邀撃の翼」

台湾が初めてクラークフィールドの深海棲艦から空襲を受ける。

爆撃を阻止するため、死に物狂いで迎撃する戦闘機。

日米戦闘機隊VS深海棲艦爆撃機編隊

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