南洋海戦物語〜人類の勇戦譚〜   作:イカ大王

13 / 90

零式艦上戦闘機二一型

全長 8.8m
翼幅 12.0m
全備重量 2410㎏
発動機 栄一二型 940馬力
最大速度 533㎞/時
航続距離 3430㎞ (増槽使用)
兵装 7.7mm機関銃×2
20mm機関銃×2


第十一話 邀撃の翼

3月26日 十四時三十三分

 

1

空襲警報が鳴っていた。

 

甲高く、波打つような音が台湾の航空基地に響いている。

 

台湾空襲を想定した訓練では何度も聞いたことがあるが、今回は紛れもない実戦だ。

 

戦闘機搭乗員は素早く兵舎から滑走路に向かい、将兵は航空基地の至るところに備え付けてある二十五ミリ三連装機銃や八センチ単装高角砲に取り付き、目一杯仰角を上げる。

飛行場の脇にある航空機格納庫や掩体壕からは、整備員や兵器員が零式艦上戦闘機やカーチスP40などの戦闘機を威勢の良い掛け声と共に押し、滑走路に並べていく。

並べられた機体から、零戦二一型の中島「栄」一二型エンジンとP40のアリソンV-1710-39エンジンが暖機運転を開始し、滑走路にエンジンの始動音がこだまする。

もしも暖機運転をしなかったら、エンジンオイルが隅々まで行き渡らず、故障が起きやすくなってしまうのだ。

 

「搭乗員整列!」

 

そんな中、台南基地第一滑走路の脇に台南航空隊飛行長 小園安名(こぞの やすな)少佐の声が響いた。

台南空のほか、第三航空隊の戦闘機搭乗員も整列する。

整列し終わるのを見計らったのか、台南空と第三航空隊の上位部隊である第二十三航空戦隊司令の竹中龍蔵(たけなか りゅうぞう)少将が令達台に上がった。

竹中は搭乗員を見渡しながら口を開く。

 

「現在、台湾の南方百十浬より深海棲艦の大編隊が接近中だ。目標はここ、台湾と予測されている。台南航空隊、第三航空隊の戦闘機隊は直ちに発進。深海棲艦編隊を邀撃、これを殲滅せよ!」

 

竹中が力強く言い、続いて二十三航戦首席参謀の志摩作蔵(しま さくぞう)大佐が竹中の隣に上がり、話し始めた。

 

「敵編隊は推定二百機。高度三千から四千メートルの間で進撃中だ。台南航空隊、第三航空隊は、米第八航空軍(8AF)の戦闘機隊と共同で高度五千まで上がり、これを迎撃せよ。以上だ」

 

「敬礼!」

 

志摩が話終えると、小園が大声で言った。

 

五十人はいると思われる搭乗員が一糸乱れずに敬礼をする。 その動作には一寸の狂いもなく、見事としか言いようがない。

 

直後、「かかれ!」の号令がかけられ、戦闘機搭乗員が踵を返して自分の愛機に駆け出した。

 

滑走路に待機している零戦やP40のコクピットに、搭乗員が滑り込むように座る。

 

やがて暖機運転が終了し、フルスロットルの爆音が飛行場の空気をどよもした。汗だくで機体を運んできた整備員や兵器員が帽振れで見送る中、一番機の零戦から順に滑走路を突っ走り、大空へ駆け出す。

 

一機、二機、と零戦が発進し、第二滑走路では8AFに所属する多数のカーチスP40戦闘機が大地を蹴り、離陸する。

 

数分という短時間で全機が発進し、台湾を見下ろしながら編隊を組んでいく。

 

第二十三航空戦隊から発進した零戦五十二機、台南の8AFから発進したP40三十八機は、直ちに南に進路を取る。

 

同じような光景は、高雄、台中などの航空基地でも行われている。

 

高雄基地からは零戦三十六機、P40十四機が発進し、台中基地では零戦十八機、P40三十機が発進する。

 

三つの航空基地から飛び立った戦闘機は合計百八十八機。

 

二百機近い戦闘機は、エンジンの爆音を轟かせながら、深海棲艦の台湾攻撃を阻止すべく、洋上の敵編隊へ向かっていく。

 

日米戦闘機隊は、やがて水平線の向こうに消えた。

 

 

 

2

 

敵編隊を視界に捉えたのは、台南基地を発進してから二十分程経った頃だった。

 

「いたな……」

 

台南航空隊、第一中隊第二小隊の零戦を操る、駒崎忠恭(こまざき ただやす)飛行兵曹長は唇を舐めながら呟いた。

 

眼下には、台湾とフィリピンの間にあるバジー海峡が広がっており、正面の空には断雲が散らばっている。

 

その断雲の中から、黒いゴマ粒のようなものが数を増やしつつある。

深海棲艦機の航空攻撃隊であろう。

 

「住島一番より全機へ、正面に敵編隊発見!」

 

無線機に第一中隊長の住島正夫(すみしま まさお)少佐の声が響いた。

 

住島は第一中隊の中隊長だが、台南空の飛行隊長も兼任している。猛者揃いの台南空で飛行隊長を任されるだけあって、視力はかなり良いらしい。

 

駒崎は敵編隊を観察した。

二十〜二十五機程度の梯団が八隊見える。高度は四千メートル前後だ。

台南空と米国の戦闘機隊、合計九十機は高度五千メートルに取っており、高高度の優位はこちら側にある。

 

(おや…?)

 

駒崎はふと思った。

 

駒崎は十四日前に起きたルソン島沖海戦の航空攻撃に参加した。

その時戦った深海棲艦機の姿は覚えているが、敵の梯団八隊のうち、五隊の梯団を形成している敵機の形状が他と違うのだ。

 

ルソン島沖海戦で初見参した敵機より、かなり大きい。

 

 

深海棲艦の陸上爆撃機なのかもしれない…。

 

 

「住島一番より全機。米軍と話がついた。第三航空隊は最左、台南空は最左より二番目の梯団を狙う」

 

そこまで考えた時、住島中隊長の声が無線から聞こえた。

台南空の二十六機は最左より二番目、すなわち敵陸上爆撃機と思われる梯団の一隊を攻撃するのだ。

 

敵編隊との距離が詰まる。そろそろか?と、思った次の瞬間。

 

 

 

「住島一番より全機へ。奴らに台湾を拝ませるな。かかれ!」

 

住島飛行隊長の命令が、レシーバーに飛び込んだ。

零戦、P40が、一斉に散開する。

 

「第二小隊続け!」

 

駒崎は無線のマイクに叩きつけるように叫び、操縦桿を右に倒した。

零戦がフルスロットルの咆哮を上げ、機体が右に傾く。

上條忍(かみじょう しのぶ)一等飛行兵曹の二番機、村上秀夫(むらかみ ひでお)二等飛行兵曹の三番機、小平慎吾(こひら しんご)二等飛行兵曹の四番機が遅れずに機体を翻す。

 

駒崎機の照準器が敵機を捉えた。

巨大なブーメランのような形をしている。そのブーメランの中心部分に球体が付いており、左右の翼には二基づつのエンジンのようなものが付いている。尾翼は無く、プロペラもない。主翼のみで飛んでいるかのようだ。

 

距離がぐんぐん縮まり、敵爆撃機が照準器の外にはみ出す。

 

(頃合い良し…)

 

そう感じ、発射レバーを握ろうとしたその時、狙った敵爆撃機やその周辺の爆撃機の主翼上面に閃光が多数、煌めいた。

直後、真っ赤な弾丸が向かってくる。

 

(……‼︎)

 

駒崎は反射的に操縦桿を左に倒した。零戦が素早く左に横転する。コクピットの右脇を敵弾がかすり、機体が振動した。

少しでも回避が遅れていたらコクピットを正面から撃ち抜かれていただろう。

 

 

「小平機被弾!」

 

 

村上の悲鳴じみた声が無線から聞こえる。

 

後ろを振り向くと、右の主翼を叩き割られ、炎と黒煙を吐き出しながら落下していく小平機が見えた。

 

回避が遅れて被弾してしまったのだろう。

 

「畜生!」

 

もう部下から墜落機を出してしまった。駒崎は血が出そうなくらい下唇を噛む。だが今は戦闘中だ。少しでも気を抜けば死ぬ。

 

その事を再認識し、駒崎は操縦桿を引いた。

 

急降下によって高度が敵編隊より下がってしまったのだ、敵を攻撃するには高度を上げなければならない。

頭上を見上げると、深海棲艦機と日米戦闘機隊が熾烈な空中戦を繰り広げている。

 

敵戦闘機とドックファイトをしている零戦がいれば、剣士の決闘のように敵戦闘機と正面から機銃を撃ち合うP40もいる。

 

前者は零戦の機動力を生かして勝利するが、後者はP40が多数の敵弾を正面から喰らい、プロペラを吹き飛ばされ、エンジンを引き裂かれ、パイロットを射殺されて、悲鳴じみた音を発しながらバジー海峡に落下していく。

 

敵爆撃機を攻撃している零戦やP40は少ない、敵戦闘機に阻まれて接近できないようだ。

 

それでも十機以上の敵爆撃機が黒煙を吐きながら、編隊より落伍しかかっていた。

 

「行くぞ!」

 

駒崎は自分を鼓舞すると、一機の敵爆撃機に狙いを定めた。

 

敵爆撃機から見て前下方からの攻撃だ。重力によって弾丸の威力は下がってしまうが、今更高度を稼ぐのは時間がかかる。台湾まで無限に距離があるわけではないのだ。

 

敵爆撃機の主翼下面に発射炎が二つ光り、火煎が伸びてくる。

狙った敵爆撃機の周りの爆撃機群も発砲する。弾幕射撃だ。

駒崎は操縦桿を左に右にと倒し、敵弾をかわしながら距離を詰める。

 

(今度こそ…!)

 

駒崎はそう思い、発射レバーを握った。

 

本来ならば、機首に搭載している七.七ミリ機銃二門を発射し、弾道を確認した上で両翼の二十ミリ機関砲を撃つが、駒崎は七.七ミリ、二十ミリ、二つの武器を同時に放った。

 

零戦が発射によって小刻みに振動し、照準器に映っている敵爆撃機が二重、三重とぶれる。

 

駒崎が放った四条の火煎は、狙い通り敵爆撃機の機首に投網の様に命中した。火花が散った様に見えたが、一瞬で敵爆撃機とすれ違い、視界から外れる。

 

すれ違った後も油断は出来ない。後方から敵の射弾が迫ってくる。敵の上面機銃座だろう。

 

そして…。

 

「敵爆撃機、一機撃墜!」

 

村上の喜んだ声が無線に響いた。

 

駒崎は敵弾が来なくなった事を見計らい、操縦桿を水平に戻した。

 

下を見ると、一機の敵爆撃機が左主翼と機首から黒煙を吐きながら高度を落としている。位置的に自分達が攻撃した爆撃機だろう。

 

「よし!」

 

とりあえず一機撃墜だ。

 

駒崎は高度計を見た。高度五千メートル。

駒崎の第二小隊は敵爆撃機編隊より高い位置に上がっている。

先は小平機を失い失敗したが、爆撃機攻撃で一番有効な急降下攻撃をすることが可能だ。

駒崎以外にも同じことを考えた小隊指揮官がいるのだろう。首を振って左右を見ると、混戦から抜け出した零戦やP40の小隊が見える。

 

駒崎は手荒に操縦桿を左に倒し、フットバーを蹴飛ばした。

零戦が左に機体を翻し、視界正面に敵爆撃機編隊が移動する。

 

速度は最大の五百三十三キロを超え、降下特有のフワリとした感覚が体を包み込む。

 

急降下をかけてくる零戦小隊を見つけたのだろう。一斉に敵爆撃機の上面銃座が発砲する。

凄まじい量の敵弾が向かってくるが、全て零戦の左右、上下を通過する。速度が速すぎて追いつけないのかもしれない。

 

弾は勇者を避けて通る。という言葉の通り、一発も零戦に命中しない。

 

 

「喰らえ。深海野郎‼︎」

 

 

距離が詰まったところで駒崎は叫び、発射レバーを握った。

再び機体が振動し、四条の弾丸と薬莢が吐き出される。

 

狙い余さず、駒崎の零戦が放った弾丸は敵爆撃機の右主翼を斬りつけた。

小さい破片の様なものが吹き飛び、黒煙が這い出る。

 

直後、駒崎の零戦は敵爆撃機の側面を通過し、敵編隊の下方に飛び出している。

 

高度三千程で水平飛行に戻って見上げてみると、何機もの敵爆撃機が

煙や炎を出しながら高度を落としている。

 

「いいぞ!」

 

駒崎は歓喜した。

台南基地より発進した九十機の他に、高雄、台中基地から発進した零戦、P40も続々と邀撃に加わっている。

このまま行けば台湾空襲を阻止できるかもしれない。

 

その時、駒崎の視界に左前方から向かって来る三機の敵機が見えた。

爆撃機ではない、ルソン島沖海戦で初めて手合わせした戦闘機だ。

 

いつ見ても凶々しい見た目をしている。

 

そんな事を考えながら、駒崎は操縦桿を左に倒し、第二小隊を敵戦闘機と相対させた。

敵三機は真正面から突進して来る。発砲は敵の方が速かった。

敵戦闘機の下部に発射炎がきらめき、一条の火煎が向かって来る。

 

敵弾が到達した時、駒崎機はそこにいない。すでに機体を横に横転させて回避している。緩横転のテクニックだ。

 

上條と村上も発射するが、命中しない。

 

敵三機とすれ違う。直後、駒崎は機体を左へ水平旋回させて、敵機に追従した。

敵戦闘機も同じことを考えたのか急旋回を開始する。

 

三機ずつの戦闘機が互いの背後を取るため、旋回する。

 

遠心力により、駒崎の体はコクピットの右に張り付きそうになるが、必死に堪える。

機体はほぼ垂直だ。左の翼を海面、右の翼を上空に向け、敵戦闘機の背後を取るため旋回を続ける。

 

駒崎は知っていた。ルソン島沖海戦の時、深海棲艦の戦闘機は零戦と比べ、機動力が劣る事を。

 

敵戦闘機は急旋回を続けるが、三機の零戦は必ず敵機より小さい弧を描き、敵三機の懐に入って行く。

 

(もらった…!)

 

駒崎は心の中で呟き、発射レバーを握った。

 

両翼から破壊力抜群二十ミリ弾が二条発射され、内一条が敵機の右側面に命中した。

その敵戦闘機は命中した箇所から真っ赤な炎を吐き出し、黒い塵の様なものを出しながら海面に落下し、水飛沫を上げる。

 

他の二機も、上條と村上が撃墜したようだ。姿が見えない。

 

駒崎は次の敵機を探すべく周囲に目を向けた時、レシーバーに上條の切迫した声が響いた。

 

 

「駒崎二番より一番。台湾が!」

 

その声を聞き、駒崎が水平線上を見ると、茶色の島が見えた。大きさ、方位からして台湾であろう。

日米戦闘機隊は敵編隊と戦闘している間に台湾が目視できる位置まで来ていたのだ。

敵爆撃機隊の内、先頭集団は台湾の上空にかかっている。

 

高度計を見ると現在の高度は千五百メートル。四千メートルの高さにいる敵爆撃隊の爆撃を阻止することは不可能だ。

 

駒崎の第二小隊は敵戦闘機を三機撃墜したが、爆撃機を攻撃出来ない低空に釣り出されてしまったのだ。

 

「まだだ!」

 

駒崎は叫び、零戦の機首を台湾に向けた。爆撃を阻止するのは無理だが、妨害は可能なはずだ。

 

 

最後まで、諦めるつもりはなかった。

 

 

 




「深海棲艦の陸上爆撃機について」

同爆撃機は調査の結果、ブーメラン又は「く」の様な形状をしており、尾翼や胴体は無し。中央がやや丸みを帯びている。左右翼の下にプロペラではない別の推進エンジンと思われる物が四つ搭載されており、米国のB17四発重爆撃機と同様な運用方法だと推定される。

スペック
全長 25m
翼幅 40m
速力 500㎞/時
航続距離
クラークフィールド飛行場姫〜台湾南部までを飛行できる能力を保持している事を考えると、最低1000浬と推定される。

兵装 20mmクラス連装銃座 主翼上下に2基ずつ、合計4基
爆弾搭載量 約5トンと推定
乗組員 生命体やコクピットの様なものは確認できず。

以下のことは3月26日台湾上空にて撃墜され、台湾に不時着した深海棲艦爆撃機を解析して得た結論である。同機は他の墜落機と違い損傷が軽かったため、信頼に値する情報である。
備考
深海棲艦機に新たな機体が確認されたため、戦闘機型を甲型。爆撃機型を乙型とする。









深海棲艦戦略情報研究所
「第四回報告書:極秘」より抜粋

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。