南洋海戦物語〜人類の勇戦譚〜   作:イカ大王

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ボルネオ島

フィリピンの南西に位置している世界第3位の面積を持つ島である。島の大部分が鬱蒼としたジャングル地帯であり、機甲部隊や砲兵部隊の移動に適さない地形である。しかし、島の西海岸にはボルネオ島を支配しているオランダによって作られた巨大な油田を有する都市パリクパパンがあり、近代化が進んでいる一面もある。3月10日以降、フィリピンより侵攻してきた深海棲艦地上軍との戦闘が続いており、予断を許さない状況が続いている。




第十二話 星条旗の艦隊

1

瀬戸内海は本州、九州、四国に囲まれた内海である。

 

 

古来より、畿内と九州を結ぶ航路で栄え、1941年4月12日現在でも様々な輸送船、遊覧船、漁船、そして軍艦などが、日本独自の活気に包まれながらこの美しい海を航行している。

 

 

その瀬戸内海に位置している日本海軍、呉軍港に一群の艦艇が入港して来た。

 

 

駆逐艦と思われる艦艇三十隻が入港し、巡洋艦と思われる艦艇が七隻、艦上が艦首から艦尾まで平べったく、右舷側に小さな艦橋を乗せている中型空母が一隻、順次入港する。

 

どの艦も柱島泊地や呉軍港に停泊している日本海軍の艦艇より軍艦色が薄い。

 

それに、艦から醸し出される雰囲気が日本海軍と少し違う。

 

その軍艦を目撃した漁師や、港に働いている職員は、その艦隊が掲げている旗を見て驚いたかもしれない。

 

 

 

 

白、赤、青の下地の旗に五十個の星。

 

 

 

 

星条旗だ。

 

アメリカ合衆国海軍所属、第八任務部隊(TF8)である。

この任務部隊は日本へ戦略物資を運ぶ船団の護衛として、横須賀に入港した後、横須賀海軍ドックで整備を受けてから日本軍のフィリピン奪還に協力するため呉を訪れたのだ。

TF8が入港してくると、在泊艦艇が歓迎の意を表して一斉に汽笛を鳴らす。

様々な音色の汽笛が瀬戸内の海に響き渡った。

 

 

柱島泊地の中央に停泊しているGF旗艦「長門」の艦橋では、GF首席参謀の風巻康夫大佐と、作戦参謀の三和義勇大佐が軍港に入港してくるTF8を見ながら話しをしていた。

 

「手荒くやられたみたいだ……」

 

風巻が手すりに肘を置きながら言った。タバコを吸っており、両手には横須賀から送られてきた TF8とN12船団の被害状況報告書が握られている。

 

「米船団がサンディエゴを出港する前に我々に一言でも知らせてくれば、警戒態勢を整えることが出来て被害が減ったと思うのだがな…」

 

三和もタバコを吹かしながら言った。

 

もし、山本長官の前でこのような態度だったら宇垣参謀長からどやされるかもしれないが、風巻と三和は海軍大学校の同期だ。

非公式だったら「俺」「貴様」で呼び合う仲のため、砕けた話し方になっている。

 

 

「被害は、重巡一、駆逐艦三、輸送船十八、タンカー十六隻沈没。その他七隻が大破か………この結果ならハワイを中心とする中部太平洋は完全に奴らの支配下になっている。米国から日本への戦略物資援助は中止される可能性が高いかもしれん」

 

風巻は顔を歪ませながら言った。アメリカに石油援助の最後の希望を託していたのかもしれない。

 

 

「もともと米国などあてにしていない。我々は当初の予定通り、残り七ヶ月以内にフィリピンを落とすだけさ…。だが……一つ、気になることがある」

 

三和が首を振りながら言った。

 

「何だ?」

 

三和の言葉に、風巻は聞き返す。

 

(予想はついてるがな…)

 

風巻は心の中で呟いた。

 

「東南アジア…。特にスマトラ、ボルネオの戦況だ」

 

 

 

スマトラ島、ボルネオ島の戦いは二十日前にさかのぼる。

 

 

フィリピンを占領した後、深海棲艦は、フィリピンの南方に位置しているボルネオ島、セレベス島に上陸した。

シンガポール方面では同地を占領した深海棲艦はマレー半島を陸伝いに北上すると共に、スマトラ島に侵攻している。

現在、ボルネオ島は赤道以北を深海棲艦地上軍に占領され、セレベス島は全域が奴らに占領されている。マレー半島は英タイ国境付近のクラ地狭まで戦線が押されており、スマトラ島はマラッカ海峡に面している沿岸部が全て占領されている。

日本にとって重要なのはボルネオ島パリクパパンとスマトラ島パレンバンにある東南アジア最大の貯蔵量を誇る油田だ。

この二箇所を深海棲艦に占領又は破壊されでもしたら、フィリピンを奪還しても石油は手に入らなくなってしまう。

三和はその事を危惧しているのだ。

 

 

 

それを聞いた風巻は、安心しろ。と言いたげな顔で喋り始めた。

 

 

 

「ボルネオで戦っているオランダ軍によると、深海棲艦の地上兵器はジャングル地帯の移動がかなり苦手のようだ。事実、ボルネオに上陸した敵地上軍は沿岸部の進軍は破竹の勢いだったが、ジャングルに入ると同時に這うような進撃速度に低下している。スラバヤ島に上陸した深海棲艦が沿岸部のみしか占領しなかったのは、ボルネオ島からの情報でジャングルを避けたからだろう。パリクパパンは沿岸部にあるが赤道より南、パレンバンは内陸にあるから当分敵の攻撃は受けない。安全だ」

 

三和は風巻の言葉にやや納得できないようだったが「そうだといいんだがな」と呟き、ゆっくりと頷いた。

 

 

「貴様の分析が正しければ、奴らも学習しているって事か…」

 

 

三和はそう言うと、少し間を空けて言葉を進めた。

 

 

「なぁ風巻。深海棲艦って一体何なんだ…。なぜ人類を攻撃する。奴らの目的はなんだ?」

 

 

「それがわかれば苦労はしないな…俺も知りたいね〜」

 

 

深海棲艦とは何なのか。この時代のいかなる人が思っている疑問である。だがそれを知るすべを今、彼らは持っていない。

 

 

 

 

そんな事を話している間にも、合計三十八隻の米艦隊は日本の駆逐艦に誘導され、呉の埠頭に向かっている。

やがて指定された場所に着いたのか、駆逐艦、巡洋艦、空母は鉄の擦れ合う音を響かせいながら、錨を下ろす。

 

そして、将旗が掲げられている巡洋艦から、一隻の内火艇が「長門」に向かって来た。

 

 

「スプルーアンス司令のお出ましだな」

 

風巻はそう言って三和と頷くと、三和と共に他の参謀が詰めているであろう会議室に向かって歩いて行った。

 

 

2

 

十分後、「長門」の会議室には長机を挟んで二つの艦隊司令部が対峙していた。

左に連合艦隊(GF)司令部右に第八任務部隊司令部である。

 

 

「遠路はるばるご苦労様です」

 

GF司令長官山本五十六大将は、TF8幕僚が全員座るのを見計らって、 レイモンド・スプルーアンス少将にねぎらいの言葉をかけた。

横須賀から届いた報告書でスプルーアンスが坐乗していた重巡「ノーザンプトン」が撃沈され、スプルーアンスを含む幕僚全員が数時間海を漂流したことを知っていたのだ。

相手は自分より階級が下の軍人だが、指揮系統が異なるため敬語で話している。

悠長な英語を聞いたからかスプルーアンスは驚いたような顔をしていたが、直ぐにいつもの顔に戻り、口を開いた。

 

 

「貴軍はルソン島の我が国民を救ってくださいました。それにより重巡一隻を含む四隻の軍艦を失ったのです。せめてものの恩返しですよ」

 

スプルーアンスは笑いながら言ったが、疲労の色が濃い。

 

TF8とN12船団はC7ポイントを通過してF2ポイントに到達する間に深海棲艦潜水艦部隊の波状攻撃を八回受けたのだ。

 

無理もない…。幕僚の全員がこう思ったことだろう。

 

 

「率直に申し上げます」

 

 

スプルーアンスが笑いを消し、再び口を開いた。

今は日米軍の作戦展開を協議する場だ。早く議題に入ろうと考えたのだろう。

 

「太平洋の補給線は断ち切られており、今回のような輸送作戦は困難だと判断します」

 

 

スプルーアンスがそう言うと、GF幕僚に二つの感情が現れた。

 

期待を裏切られ落胆する者と「予想通りだ」と呟き、顔色を変えない者だ。

前者は米国の援助があれば、今年10月までにフィリピンを奪還するというタイムリミットの呪縛から解き放たれると思ったのかもしれない。

 

続いてTF8参謀長カール・ムーア大佐が話し始めた。

 

「北太平洋では無く、アリューシャン列島より北の海。ベーリング海を通過する補給作戦は開始されようとしています。しかし、この海は波が高く、気象条件も劣悪なので五十、百隻といった大船団の航行には適しません。必然的にかなり小規模な船団になってしまうでしょう」

 

 

「少しでも重油、航空燃料といった戦略物資が届くだけでも十分です」

 

ムーアの言葉を聞いて風巻が言った。

 

スプルーアンスは風巻に軽く会釈すると、山本に質問した。

 

「タイワンの戦況はどうなっていますか?あそこはフィリピン奪還の足場となる場所である、ということはこちらも理解しています。タイワン防衛には協力を惜しみません」

 

 

 

 

台湾とルソン島の航空戦は3月26日の台湾空襲以降、熾烈を極めている。

2日に一度はルソン島のクラークフィールド飛行場姫から多数の乙型爆撃機が襲来する。26日の二百機ほどの大編隊ではないが、五十〜百機ほどの編隊がやって来るのだ。

爆撃は台湾南部の高雄、台南に集中されている。

台湾の第十一航空艦隊と第八航空軍、新たに展開した日本陸軍第五飛行集団は戦闘機隊を南部に集中させて守りを固めると共に、B17爆撃機や一式陸上攻撃機を来るべき反攻作戦に備えて北部に退避させている。

対空電探の敵編隊早期発見、多数の戦闘機による果敢な迎撃、アメリカやフランスから輸入した優秀な土木機材の滑走路回復能力が功を奏し、戦線を保持し続けている。

台湾の航空部隊はルソン島沖海戦で敵の防空体制が予想以上に強力であり、守りに徹する。という命令を厳守しているのだ。

 

山本はその事をスプルーアンスに説明した。

その説明を聞くと、スプルーアンスが怪訝な顔で口を開いた。

 

 

「ルソン島への攻撃を実施しないのは消極的ではありませんか?貴軍には燃料が底をつく前にフィリピンを奪還しなければならない。というタイムリミットがあるはずです」

 

「その戦略思想ついては、我が政府や軍内部で何度も協議された事であり、我々はその戦略に基づいて行動するだけです」

 

山本は一切の妥協をせずに言った。

 

「我々は本国より、貴軍のフィリピン奪還に協力せよ。との命令を受けています。奪還作戦の主力を務める日本の戦略思想がそのようなものであれば従うだけですな」

 

 

ムーアが肩をすくめながら言った。

 

 

「御理解、感謝します」

 

山本は苦笑しながら感謝の言葉をかけた。

 

「しかし、我々から一つ、お願いしたいことがあります」

 

スプルーアンスがGF幕僚の顔を見渡しながら口を開いた。

 

「なんでしょう…?」

 

宇垣参謀長が怪訝な顔でスプルーアンスに問う。

 

「情報が入っていると思いますが、ルソン島北部では我が軍が深海棲艦の地上軍と戦闘を続けています。弾薬、食料などはまだ底をついていませんが、時間の問題です。我々は彼らへの補給作戦を考えております。貴軍にはその支援をお願いしたい」

 

N12船団に所属していた二十八隻の輸送船の内、十二隻の積荷が米極東陸軍への補給物資なのだ。

 

「ルソン島沖海戦の後、ルソン島北部の港は全て破壊されていることが偵察により判明しています。仮にルソン島に到達できたとして、一体どこに物資を陸揚げするつもりですか?」

 

三和が質問する。ムーアはその質問を予想していたようだ。三和の言葉を聞くと、スラスラと説明を始めた。

 

「我が軍はイギリスと共にとある艦の開発を進めていました。その艦は港無しに物資や部隊を揚陸させることが可能です」

 

(そのような船があるのか?)

 

風巻は疑問に思った。

 

 

 

「現在はヨコスカで整備を受けていますが、いずれお見せできる機会があるでしょう。これを見た深海棲艦は驚くかもしれませんね」

 

 

 

ムーアは言い終えるとニヤリと笑った。まるでいたずらを企んでいる子供のような顔だった。

 

 

「わかりました。日本海軍として、できる限りの支援をしましょう。ルソン島で戦っている友軍を見捨てることは出来ませんから…」

 

 

山本は作戦支援を了承した。

その理由は港以外の場所に物資を揚陸できる船が存在するからではない。

日本政府と米政府によって世界各国に対深海棲艦軍事同盟の締結が呼びかけられているからだ。

軍令部によると、英国とドイツは乗り気のようだが、他国はあまり乗り気ではない。その理由が言語の違う国家の軍同士が緻密な作戦を遂行できるはずがない、という考えがあるからだ。

理由は他にもありそうだが、山本は米海軍との共同作戦によって軍事同盟に参加しない国家の不安を払拭して同盟に参加できるようにしたいと考えているのだ。

 

その時、山本の脳裏に一つの光景が浮かんだ。

 

同じ戦列を組む、日本、アメリカ、イギリス、ドイツ、フランス、イタリア、ソ連の大艦隊。その軍艦のマストに掲げられている旗は国旗の他に、北極を中心として、南緯六十度までを含めた世界地図とその両側を囲むオリーブが描かれた旗。

その上空を通過するのは同じマークが描かれた各国の航空編隊。

 

 

夢のような光景だが、現在、人類に敵対する新たな脅威が現れたのだ。共通の敵が現れたら人類は肩を並べて戦うことが出来る。

山本はそれが可能だと信じていた。

 

 

会議は続いている。

 

やがて議題は補給作戦の参加兵力や敵潜水艦の情報、東南アジア戦線の戦況に移っていった。

 

 

 

 

 

 




このお話。

設定を考えるのが大変だ…。(涙)

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