南洋海戦物語〜人類の勇戦譚〜   作:イカ大王

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『黒い破壊者』ブラックデストロイヤー 通称BD

1941年3月1日のマニラ上陸で初めて確認された深海棲艦地上兵器。
黒く、丸みを帯びた胴体には目、口、足といった部位があり、米極東陸軍の情報によると人間を捕食する。
以下の事から生物ではないか。という意見があるが、詳細は不明。

全長6.5m、全幅2.4m、全高3m。

正面装甲はかなり硬く、37mm砲では貫通する事が不可能に近いが『黒い破壊者』は巨体に似合わず脚部が小さいため、そこが弱点となっている。しかし、移動速度が60km/時以上と高速であり、脚部をピンポイントで狙撃するのは困難だと思われる。
口の中に75mmクラスの砲を搭載しており、発砲する時は口を開いて、砲身を突き出す。
旋回砲塔ではなく固定砲のため、胴体ごと標的に向けてから発砲する。







ゲーム艦これのイ級駆逐艦後期型です。


第十三話 ルソンの獣

1

4月18日午後11時29分、ルソン島北部の最前線は静かだった。

 

暗闇に包まれ、空には宝石箱をひっくり返したかのような星々が広がっている。

 

 

アメリカ極東陸軍(USAFFE)はルソン島北岸から南へ十五キロ下がったところに、イースト・ラインと言う防衛戦を敷いている。この防衛線ではブラックデストロイヤーの攻撃に備え、迫撃砲陣地や対戦車砲陣地を入念に設営し、警戒に当たっていた。

3月1日の奇襲攻撃やその後の撤退戦で戦力の七割を失ったが、まだ兵士5,000名、火砲や戦車も残っている。3月12日を境に深海棲艦地上軍が積極的に攻撃を仕掛けなくなった事も理由の一つだが、まだ戦線を辛うじて保持していた。

 

 

「斥候より連絡。ブラックデストロイヤー約十体、イースト・ラインに接近中」

 

通信兵のレオン・グルート上等兵が報告した。

 

「また来たか…」

 

報告を聞くや第28対戦車砲大隊に所属するロナルド・ケンドール軍曹は吐き捨てるように言った。

 

3月12日のルソン島沖海戦以降、敵地上軍の行動は消極的になってきている。昼間の戦闘機による機銃掃射や爆撃は変化なしだが、地上では大規模な攻撃を避け、定期的に少数の部隊が最前線を襲う、という戦法に切り替わっているのだ。

戦法は一撃離脱で、あまり被害が出ていない。しかし、いつ攻撃が来るか不明なので緊張状態が続いてしまい、兵士達は精神的にも肉体的にも疲労が重なっていた。

 

 

「砲撃準備‼︎」

 

ケンドールが命令すると装填手のロス・マッケーン一等兵が素早く砲弾を対戦車砲に装填し、尾栓を閉じる。

 

第28対戦車砲大隊が装備するのはM3 37mm対戦車砲だ。

884m/sの初速で砲弾を発射できる能力を持っている。

BDの正面装甲は貫通出来ないが、現在フィリピンにいるアメリカ極東陸軍で一番BDに対して有効な兵器だった。

イースト・ラインに展開している各対戦車砲陣地は木と枝と偽装網で巧みに遮蔽され、BDの接近を待ち構えている。

 

 

やや後方に展開している迫撃砲小隊が動いた。

空中に照明弾が砕け、淡い光がBDが近づいているであろう正面の地上を照らし出す。

 

その光の中に”それ”はいた。

 

真っ黒な楕円形の胴体、魚のように付いている左右の光る目、暗闇でもわかる白い歯。

 

まぎれもない深海棲艦地上兵器、『黒い破壊者(ブラックデストロイヤー)』だ。

 

 

 

「ひっ…!」

 

 

 

ケンドールの脇で砲弾を抱えている若い兵士が怯えた声をあげる。

 

 

「BD群、距離700m」

 

砲手のフィリップ・レスター伍長が落ち着いた声で報告する。

 

「了解」

 

ケンドールは双眼鏡を覗きながら短く返答した。

距離700mはM3対戦車砲にとって遠すぎる、仮に命中しても余裕で弾かれるだろう。

引きつけてから発砲させるつもりだった。

 

BDは防衛線に迫ってくる。時速60kmは出ていると思われた、

 

 

ケンドールの対戦車砲陣地の後方から甲高い音が響き、BD群の周辺や、ただ中に着弾の爆炎が踊り始める。

 

迫撃砲の攻撃だ。

 

一体のBDに直撃する。

真上から飛来した砲弾がBDの上面を貫いた。BDは真上から巨大なハンマーで叩き割られたかのように粉砕され、停止する。

発生した火災によって周りのBDが照らされる。照明弾よりくっきりと見える。暗闇で目標が見えないという事にはならなさそうだ。

 

 

そして。

 

 

「距離200m、照準OK!」

 

「よし、撃て(ファイヤ)!」

 

ケンドールはレスターの声が耳に入ると、大声で下令した。

 

レスターが引き金を引くと、37mmの砲門から発射炎がきらめき、砲が振動した。

発砲の轟音がルソンの大地に響き渡る。

 

 

直後、他の対戦車砲も砲撃を開始する。

 

 

 

BDの周辺に着弾の土砂が上がり、敵の正面に火花が散る。

 

破壊されたり、横転するBDはゼロだ。命中しても弾き返されてしまったようだ。先と変わらず高速で距離を詰めて来る。

 

 

「次発装填!」

 

ケンドールは叫ぶ。装填手のマッケーンが37mm徹甲弾を押し込め、尾栓を荒々しく閉じる。

 

「装填よし!」

 

再び閃光がきらめき、射弾が一体のBDに命中する。BDの足元に火焔が踊り、そのBDは前足と顔面を粉砕されて横転した。

 

BDの弱点は足元だ。巨体が高速で動くため、足を破壊するとバランスを崩し、行動不能にすることが出来るのだ。

 

 

「やった!」

 

陣地内に歓声が沸く。

 

 

直後、高速で向かって来ていたBD群が一斉に停止した。

 

「来るぞ…‼︎」

 

ケンドールが大声で叫んだ。

 

 

停止すると、BD群が次々と口を開き、口の中から砲身を突き出した。

BDが大きく揺れた、と見えた瞬間。その砲身の先から発射炎が光り、発射音が轟いた。

 

直後、周辺に敵弾が着弾し、ケンドール達の隣で果敢に発砲していた対戦車砲陣地の一つが爆砕される。

敵弾が直撃した瞬間、37mm砲の正面シールドは易々と破られ、炸裂した。

砲手や装填手は身体中を破片に切り刻まれ、朱に染まって倒れる。

 

他にも直撃弾が連続する。

 

ケンドールが周りを見渡すと、三、四ヶ所で敵弾を喰らった陣地が火災を起こしている。

 

それでも、攻撃はひるまない。

 

距離が近づいたためであろう。「ファイヤ!」の号令と共に重機関銃陣地から重々しい発射音が響き、射弾が吐き出される。

 

 

 

「距離80m!」

 

冷静を保っていたレスターが叫び声をあげる。

残った六体のBDのうち、一体がケンドールの対戦車砲陣地に向かってきているのだ。

 

「う、撃て!」

 

ケンドールは狼狽しながら叫んだ。

三たび砲門に発砲の閃光が煌めき、37mm弾が叩き出される。

 

砲弾は狙い通りBDに命中した。

 

しかし、当たったのは丸みを帯びた正面だった。

軽い音と共に弾き返され、それ以上の事は起きない。

 

BDとの距離は30mそこそこだ。

 

 

「まずい…逃げろ!」

 

ケンドールは部下に命じた。

 

ケンドールとレスター、マッケーンは素早く陣地から飛び出し、左右の草むらに伏せたが、砲弾を弾薬箱からマッケーンに渡す役割をしていた兵士二人が足がすくんで動けなくなっている。

 

「さっさとこっちに来い‼︎」

 

レスターが手を振って叫ぶが、彼らの目には向かってくるBDしか写っていない。直後、陣地はBDの巨体によって踏み潰されていた。

 

逃げ遅れた兵の内一人は絶叫を上げながらBDに踏み潰され、もう一人は血飛沫と共に上半身が搔き消える。

 

同じような光景は他の陣地でも起こっている。

 

生き残った対戦車砲は砲撃を続けるが、全てのBDを破壊する事は出来ない。

 

十箇所以上の陣地が破壊されたところで、BDが動きを止めた。

 

新たな照明弾が砕け、青白い光が地上に降り注いだ。

 

 

2

 

「う、うわぁぁぁぁぁ!」

 

「来るな、来るなぁ‼︎」

 

 

防衛線でBDと交戦中の友軍を救援すべく、現場に急行していた第192戦車大隊(192TB)所属M3スチュアート軽戦車の無線機には兵士達の断末魔が聞こえていた。

 

戦車大隊の正面では照明弾の光の下、縦横無尽に動き回るBDと、発砲する対戦車砲が見えている。発射された砲弾は虚しく弾かれ、六体のBDが健在だ。

 

まだ射程距離に入らない。

192TB第三中隊長を務めるジョージ・ハンソン中尉は歯ぎしりしながら距離が詰まるのを待っていた。

 

 

(待っていろ。今行くぞ…!)

 

ハンソンは心の中から友軍に呼びかける。

 

第三中隊は四個小隊、すなわちM3スチュアート軽戦車16輌を有する機甲部隊である。

 

当初、USAFFEは192TBの他、第194戦車大隊(194TB)を指揮下に収めており、M3スチュアート軽戦車を合計108輌保有していた。しかし、度重なるBDとの戦闘や、昼間の爆撃などで73輌が失われ、現在イースト・ラインに配備されているのは生き残った35輌のみである。

USAFFEは生き残った35輌で16輌づつの二個中隊を編成し、3輌をBDの攻撃に備えるため軍司令部の周りに配している。

 

第三中隊はそのうちの一つなのだ。

言わば虎の子。最後の砦。

 

大隊司令部は地獄の中にいる友軍を救うため、この重要な部隊を差し向けたのだ。

 

 

「『セッター1』より『ハウンズ』左旋回。『クーガー』右旋回。敵に気付かれないように動け……。『セッター』『ポインター』全車はこのまま前進」

 

ハンソンは無線機に言った。

 

「『ハウンズ1』了解」

 

「『クーガー1』了解」

 

無線機に第三小隊長と第四小隊長の声が響き、4輌づつのM3スチュアートが左右に旋回する。

 

 

M3スチュアートの主砲は37mm砲だ。BDとの正面きっての撃ち合いは分が悪すぎる。

そのため、『セッター』『ポインター』こと第一、第二小隊の8輌で正面から敵に接近して注意を引きつけ、その間に『ハウンズ』『クーガー』こと第三、第四小隊の各4輌が夜の暗闇に紛れ、BDの側面を突く、という作戦だ。

ハンソンは過去の戦訓より、BDの側面装甲や背面装甲が、正面装甲に比べて柔らかい事を知っており、それを考慮したのだ。

 

 

新たな照明弾が空中に砕け、青白い光が地上を照らし出す。

 

ハンソンはBDとの距離を測った。

 

「600m……500m…」

 

第三中隊のM3スチュアートは最大速度で接近しているため、距離が詰まっていく。

「セッター」と「ポインター」の役割は敵の牽制だ。BDを撃破する必要はないが、200mほどまで近付こうと、ハンソンは考えていた。

 

「BDが動きを止めました!」

 

砲手のハワード・キッドマン軍曹が報告する。

 

ハンソンも、キューポラの狭い視界からBDを見た。

六体のBDが停止し、こちら側を向いている。

 

距離は350mだ。

 

 

「『セッター1』より『セッター』『ポインター』。全車散開!」

 

 

ハンソンが命令すると、操縦手のノエル・ベッカー伍長がM3スチュアートを左に旋回させる。

ハンソンは後方を見ると、後続する7輌のM3スチュアートがお互いの間隔を開けるため、左右に旋回する。

 

 

その時、六体のBDが一斉に発砲した。

発射した瞬間、暗闇の中に照明弾のそれより強烈な光が、深海棲艦地上兵器の姿をくっきりと浮かび上がらせた。

ハンソンが身構えたとき、敵弾はハンソン車の目の前に落下した。

多量の土砂が舞い上がり、M3スチュアートが振動する。

 

後方から爆発音が轟き、真っ赤な光が車内に差し込んできた。

 

「『ポインター3』がやられた!」

 

無線機に悲鳴じみた声が飛び込む。

 

第二小隊三号車のM3スチュアートが敵弾を喰らい、爆砕されたのだ。

 

破壊されたBDを調査したところ、75mmクラスの砲が搭載されている事が判明している。M3スチュアートは偵察や歩兵支援を目的とした軽戦車であり、正面装甲に75mm弾を弾き返せる能力はない。

 

文字通り、粉砕されただろう。

 

 

ハンソン車が直進に戻ったとき、敵の砲門に二度目の閃光が走る。

 

飛来した敵弾は砲塔の右をかすめ、後方に飛ぶ。

敵弾通過の衝撃が、砲塔を少し震わせた。

 

 

「『セッター1』より『セッター』『ポインター』全車、砲撃開始。だが止まるな、止まったら死ぬぞ!」

 

ハンソンは無線機のマイクに怒鳴りこんだ。

 

「ファイヤ!」

 

車内に号令が響き、7輌のM3スチュアートが次々と発砲する。

動きながら撃っているため、命中は二の次だ、今は敵を牽制できたらそれでいい。

 

ハンソン車の右正横を、履帯を高速回転させながら前進していたM3スチュアートが砲塔に被弾する。

 

命中した直後、首をはねられたように砲塔が後方に吹き飛び、停止する。

第三中隊は、また1輌の戦車を失ったのだ。

 

 

今度は、とあるM3スチュアートが左の履帯に被弾する。

被弾した瞬間、転輪と履帯がバラバラになって吹き飛び、その車輌は右に旋回して停止する。

砲塔は無傷であり、固定砲台として二度、三度と発砲するが、停止している事に目を付けられ、敵に火力を集中される。

続けざまに三発の敵弾を車体正面、側面、砲塔正面に喰らい、そのスチュアートは原型をとどめないまでに破壊される。

 

 

「クソッ…『クーガー』と『ハウンズ』はまだか⁉︎」

 

ハンソンは叫んだ。

「セッター」と「ポインター」の任務は敵の目を引きつけて「クーガー」「ハウンズ」の突入援護だが、このままだと全滅する。

 

 

「『セッター4』被弾!」

 

新たな被弾報告が飛び込む。

今度は第一小隊四号車のスチュアートがやられたのだ。

 

ハンソンがこれ以上の被害を減らすため、後退命令を出そうとしたその時。無線機に声が響いた。

 

 

 

「『クーガー1』より『セッター1』、敵側面に到達、今より攻撃します!」

 

 

 




地上戦、これからもあります! (題名ガン無視)

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