南洋海戦物語〜人類の勇戦譚〜   作:イカ大王

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ザ、陸軍編ですね〜


第十四話 戦車猛進

1

側面に回り込んだ「クーガー」こと第四小隊のM3スチュアート4輌が、BD群を発見するのは容易かった。

BDの群れは一箇所に集まっており、「セッター」「ポインター」こと第一小隊、第二小隊のスチュアート8輌と撃ち合っているのだ。

 

 

「『クーガー』停止!」

 

第四小隊長のジョセファー・ウォルトン少尉はレシーバーに怒鳴りこんだ。

 

最大速度の57km/hで進んでいたスチュアートが、やや前のめりになって停止し、後続の3輌も停車する。

正面には「クーガー」に気付かず、砲撃を続けているBDが見える。

 

距離は約200mだ。

 

ひたすら「セッター」「ポインター」を狙っており、「クーガー」に脆弱な側面を晒している。

右から回り込んだ「ハウンズ」も同じであろう。

 

(チャンスだ…!)

 

「『クーガー1』より『セッター1』、敵側面に到達、今より攻撃します!」

 

ウォルトンは中隊長のハンソン中尉に報告すると、無線機の送信スイッチを切り替えてから、こう言った。

 

「横とったぞ、『クーガー』砲撃開始!」

 

直後、ウォルトン車が発砲し、部下のスチュアートも発砲する。

 

鋭い砲声が響き、スチュアートが振動する。

砲熕から薬莢が吐き出され、装填手が素早く次の砲弾を押し込む。

 

『クーガー』が放った四発の37mm弾の内、一発づつの砲弾が二体のBD側面に直撃した。

命中した瞬間、BDがこの世のものと思えない絶叫を上げ、一体は頭部を潰れた木の実のように粉砕され、もう一体は口に喰らい、顎と歯と砲身が直撃の衝撃で吹き飛ぶ。

二体とも項垂れながら停止し、火災が発生する。

 

「ハウンズ」も発砲したのだろう、一体のBDが爆発と共に転倒する。

 

「続けて撃て!」

 

ウォルトンが命令した直後。

何を考えたのか、撃破を免れた三体のBDが、地響きを立てながら回頭し、「クーガー」に突っ込んできた。

 

発射された37mm弾は狙いを外されるか、BDの正面に命中し、軽い音と共に弾き返される。

 

 

「!……『クーガー』全速前進!」

 

ウォルトンは意を決して命令した。

 

「前進ですか……隊長⁉︎」

 

操縦手が、正気か?と言わんばかりの顔で聞いてくる。

 

「後退しても、左右に回避してもやられるだけだ。死中に活を求める!」

 

「了ょ解!」

 

操縦手は、叩きつけるように言ったウォルトンの言葉で覚悟を決めたのか、陽気な声で返答した。

 

ギアを入れる音が響き、スチュアートが大幅に加速される。

 

 

BDが発砲する。

 

発射された敵弾の内、一発はウォルトン車の砲塔側面をかすった。

 

かすった瞬間、車内に凄まじい音が響き、スチュアートが盛大に振動する。

ウォルトンは衝撃で後頭部をぶつけ、数秒間視界が揺れた。

頭にヘッドギアを被っていなかったら、脳震盪を起こしていたかもしれない。

敵弾の威力を感じさせる一撃だった。

 

 

ウォルトンはキューポラの点視孔を覗くと、BDと一瞬目が合う。

 

無機質で、光が宿っていない目だった。

 

 

直後、「クーガー」と三体のBDは高速ですれ違う。

凄まじい足音と風切り音が、前から後ろに通過し、後方に過ぎ去る。

 

 

ウォルトンは瞬時に後ろを振り向いた。BDが反転して攻撃してくると思ったのだ。

 

 

BDはウォルトンの思いをよそに、全力で離脱していく。

敵は七割の戦力を失い、撤退しようとしているのだ。

 

 

 

「『セッター1』より全車、状況終了。深追いはするな。各隊、被害状況を報告せよ」

 

やがて、ハンソン中尉の疲れ切った声がレシーバーに響いた。

 

 

ウォルトンはハッチを開け、身を砲塔の上に乗り出す。

 

開けた瞬間、戦闘後特有の匂いが鼻を突いた。

肉、鉄が焼ける匂いや、血、煙の混ざった匂いだ。何度嗅いでも慣れるものではない。特に血の匂いは……。

 

ウォルトンは自分の小隊のスチュアートが健在か確認しながら、ふとさっきの出来事を思い出していた。

 

 

BDと目が合った瞬間に感じた「悲しみ」というやつだ。

 

 

何故か、BDの目が悲しそうに見えたのだ。

 

 

直後、ウォルトンはかぶりを振った。

 

(俺は何を考えているんだ…深海棲艦に感情などあるはずがないだろ)

 

そう思い、ハンソン中尉に被害がなかった事を報告する。

 

「『クーガー1』より『セッター1』第四小隊被害なし」

 

「『ハウンズ1』より『セッター1』第三小隊被害無し」

 

側面に回り込んだ第三、四小隊の被害は皆無だったが、第二小隊の報告は少し違った。

 

「『ポインター2』より『セッター1』、3輌大破」

 

第二小隊は小隊長車を含む3輌がやられたらしい。

「ポインター」に被害があるという事は「セッター」にも被弾したスチュアートがありそうだが、ハンソン中尉からの報告は無かった。

 

 

「『セッター1』より全車へ、第九補給地点まで後退。到着と同時に砲弾の補給を開始せよ」

 

 

その命令を聞き、ウォルトンが復唱しょうとレシーバーを握った時。

 

 

 

切迫した声の命令が、無線機に響いた。

 

 

 

 

 

 

「『トレーナー』より第三戦車中隊!イースト・ライン西部管区に新たなBD群が出現、個体数約三十。中隊は直ちに西部管区に移動。これを迎撃せよ!」

 

 

 

 

「トレーナー」とは第三中隊の上位部隊である第192戦車大隊司令部の呼び出し符丁だ。

 

 

「なん…だと…」

 

ウォルトンは呻き声を発した。

たった今戦ったBDは六体だけだったが、それでも16輌を有する第三中隊は精一杯だった。

新たに現れたBD群は三十体、五倍だ。とても戦えるとは思えないが…。

 

 

「聞いての通りだ。第三中隊はその全車輌を駆使して、敵の攻撃を阻止する!」

 

ハンソン中尉の皆を鼓舞する声が無線機に響き、M3スチュアート軽戦車が次々と西部管区に向かっていく。

 

 

「『クーガー1』より『クーガー』全車、右旋回。もう一戦やるぞ!」

 

ウォルトンの命令に従い、指揮下のスチュアート4輌が次々と信地旋回し、西に正面を向け、前進する。

 

 

 

 

 

ウォルトン率いる第四小隊は、新たな強敵に戦いを挑むべく、

味方の8輌と共に暗闇に消えて行った。

 

 

 

午前2時16分

 

2

 

「『トレーナー』より被害報告です」

 

ルソン島、北東部に伸びる半島。サンタアナ半島の根元にあるUSAFFE司令部に司令部付通信兵が入ってきた。

 

ゴンザカという町にある商業事務所の一室だ。

以前、司令部はルソン島北部の港湾会社に拠点をかまえていたが、深海棲艦の港への爆撃が激化したため、場所を移している。

 

USAFFE司令官ジョナサン・ウェインライト中将を始めとする司令部幕僚は、通信兵が入って来ると顔色を変えた。

西部管区に襲来した三十体のBDに対して、第192戦車大隊第二、第三中隊のM3スチュアート合計28輌を迎撃に向かわせたのは彼らだ。

過去の戦闘より、BD一体に対抗するためにはスチュアート3輌は必要だという事が分かっている。だが、敵は30、味方は28。

 

かなり劣勢だ。

 

誰もが通信兵の報告に耳を傾ける。

 

 

「敵の侵入は阻止しましたが、敵迎撃の先鋒を務めた第二中隊は全滅。第三中隊は戦力の半分を喪失……です」

 

 

報告の内容を聞いた瞬間、幕僚達に衝撃が走った。

 

BDに有効に対抗出来る部隊の四分の三が、たった二時間ほどの戦闘で失われたのだ。

誰もが驚きを隠せないでいる。

 

 

「我々は深海棲艦地上軍の性格を考え違いしていたのかもしれんな…」

 

報告を聞き、ウェインライトは苦り切った声で言った。

 

3月14日以来、敵地上軍はルソン島においての占領地の拡大を控えており、数日おきに小規模な部隊がイースト・ラインに嫌がらせとも言える攻撃を繰り返すだけだった。

それを踏まえて、USAFFE司令部は「敵はイースト・ラインを突破する力を有していないか、北ルソンを制圧するより、重要な任務がある」と考え、37mm砲という脆弱な兵器を配備するだけで事足りようとしていたのだ。

 

だが、それは間違っていた。

 

阻止はしたものの、深海棲艦地上軍はイースト・ラインの突破を諮ったのだ………三十体のBDで。

 

 

「今後、BD対応は対戦車砲部隊が主力になりそうです。あの非力な部隊が」

 

USAFFE参謀長のサム・ジェイソン大佐が自潮気味に行った。

37mm砲がBDの正面装甲を貫通できない事は周知の事実になっている。

BDの弱点は足元か、側面、背面だが、戦車のように自走できない対戦車砲は正面から向かってくるBDに対して撃つしかなく、無力なのだ。

 

 

 

フィリピンは大半が敵の支配下にあり、制海権、制空権は全て深海棲艦が握っているる。USAFFEは敵のど真ん中で孤立しているのだ。この状況で敵地上軍がルソン島制圧に本腰を入れるような事になると、瞬時に全滅してしまうかもしれない…。

 

そのような考えが幕僚達の脳内を駆け巡っているのだろう。誰一人と言葉を発さない。

 

 

「希望はまだある…」

 

ウェインライトは幕僚全員の心に刻むかのように大きな声で言った。

 

「TF8の物資補給作戦ですか?」

 

サムが確認するように聞き返すと、ウェインライトは頷いた。

 

「北ルソンの港は全て破壊されています。どうやって陸揚げするのでしょうか。いや…それ以前にTF8に敵領域を突破しルソン島までたどり着けますかね?」

 

一人の参謀が聞く。

 

「我々に出来る事は無い。友軍を信じて待つだけだ」

 

ウェインライトに変わってサムが言った。

 

「補給参謀、備蓄はあとどれほど保ちそうかな?」

 

ウェインライトが補給参謀であるエド・マシューズ少佐に問うと、マシューズは淀みなく答えた。

 

「水、食料は自給自足が可能なのでかなり持ちます。しかしガソリンや砲弾、火器などが不足しかかっており、今の状況が続けば三ヶ月程で枯渇します。しかし、重要なのはBDに有効にダメージを与える事が可能な兵器だと考えます。いくら37mm砲弾をもらっても、敵に効果が無ければ意味はありませんから…」

 

マシューズが言うと、ウェインライトは( ̄▽ ̄)と笑って口を開いた。

 

「それについては問題ない。TF8と共にヨコスカに入港した船団には

75mm砲を搭載した新型戦車が多数、載せられている。詳しくは知らないがスチュアートよりはBDに対抗できるだろう」

 

「それに日本陸軍に戦車部隊を派遣してもらう、という事も考えられますな。日本の戦車兵や装備している一〇〇式中戦車などは、皆優秀で強力ですから…」

 

サムが自信ありげに言った。彼は日本で戦車部隊の訓練を視察した事があるのだ。

 

 

 

「それも要請してみよう。通信長!」

 

ウェインライトは大声で、特設通信室に詰めている通信長を呼んだ。

やがて、通信長であるラリー・ディロン大尉が会議室に入ってきた。

 

「TF8に打電『補給作戦ハ 三ヶ月以内ノ実施ヲ希望ス 日本陸軍ニモ派兵ヲ要請サレタシ』だ。スプールアンスならこれでわかるだろう」

 

ウェインライトはディロンに電文内容を指示する。

 

 

ディロンは内容を聞くや、復唱してから通信室に走って行った。

 

 

 

 

 

 








USAFFE司令官だったマッカーサー大将はルソン島沖海戦の時、地上戦の陣頭指揮をとっていた際に戦死してしまい、代わりに北ルソン軍司令官だったジョナサン・ウェインライト中将が指揮をとっています。
(作中に書けなかったので補足しておきます)

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