一式陸攻登場!
深海棲艦のレーダー基地を破壊せよ‼︎
だけだな…。
ではどうぞー
6月15日、午前5時22分
1
視界の中には暗闇に包まれた海面と、夜光塗料が塗られた計器、左右のエンジン排気口から出る鈍い赤色しか見えない。
時折、後方を振り返って味方機が後続している事を確認すると、再び正面を向く。
遥か上空の空は黒から紫紺に染まりつつあり、夜明けが近い事を伝えていた……。
「バブヤン島に着く頃には、日が昇っているな…」
第十一航空艦隊 高雄航空隊飛行隊長の高嶋稔(たかしま みのる)少佐は空を見ながら言った。
同時に、今までの経緯を思い出している。
昨日、6月14日。第八航空軍所属の電波探知機を搭載したB17が、バブヤン島「バブヤン・クラロ」山の西側に敵レーダー基地を発見した。
その情報が高雄飛行場で待機していた高雄航空隊の元に届くと、陸攻隊の搭乗員達は歓喜した。
高雄航空隊は3月上旬のルソン島民間人救出作戦で、第三艦隊を援護すべく、クラーク・フィールド飛行場姫への日米合同航空攻撃隊に参加している。
しかし、第三艦隊の上空援護は成功したが、攻撃隊は大損害を受けることとなってしまった。
高雄航空隊も例外ではなく、所属の三十六機のうち、二十五機の九六式陸攻が撃墜され、高嶋本人の九六式陸攻も命からがら離脱したのだ。
帰還した時、高嶋は深海棲艦へ雪辱を晴らす事を誓った。
必ず貴様らの侵略を阻止し、仲間の仇を取る。と……
だが、気持ちに反して出撃命令はなかなか来なかった。
連合艦隊と大本営は受け身に徹する事を選んだのだ。
さらに、陸攻主体の高雄空は新型陸上攻撃機の機種変換訓練のため、後方の九州に下げらてしまう。
その地で高嶋は補充の搭乗員を迎え、ひたすら新しい陸攻が部隊に馴染むように努力した。
以来三ヶ月。
高雄航空隊に台湾進出の命令が出され、高嶋は新型陸攻と共に台湾の土を踏む事となったのだ。
十一航艦司令部で作戦説明を受け、任務はB17が発見するであろう敵レーダー基地を叩き、今後の偵察や近々実施される補給作戦を、容易に行えるようにする事だった。
そしてB17が敵レーダー基地を発見。
残念ながら通信が届いた時間は4時半を針が超えた所で、行きはともかく帰りが夜間になってしまい、危険だという事により、1日ずらされての攻撃と決まったが、高嶋は満足だった。
現在、高雄空の一式陸上攻撃機二十七機は第三航空隊の零戦九機と共に、敵レーダーにかからないよう、高度八十メートルの低空をバブヤン島に向けて南下している。
同様に住島正夫(すみしま まさお)隊長率いる台南空の零戦二十四機と、第八航空軍所属の新型戦闘機 P38”ライトニング”十八機が、高雄空の西方三十五浬を、高度三千メートルに保ちながら南下している。
こちらの編隊は、わざと自らを敵レーダーに探知させ、陸攻隊が攻撃されないように敵の迎撃機を釣り出す役割を担っていた。
そこまで考えた時。
攻撃隊の左側、すなわち東の水平線上に曙光が閃らめいた。
一式陸攻、護衛の零戦の姿が暗闇から浮かび上がる。
朝日は瞬く間に暗闇を西に追いやり、海空雲一体とした自然の神秘的な光景を展開していく。
高嶋の故郷である高知の海では見ることができない南国の光景だが……
美しかった。
「綺麗ですね……」
高嶋機の操縦士である山上直樹(やまがみ なおき)中尉が、操縦桿を握りながら言ってくる。
ルソン島沖海戦で、共に死線をくぐった相棒とも言える部下だ。
「ああ…」
高嶋は返答する。
発表された情報によると、深海棲艦は占領下に置いた海域を真っ黒に汚染させ、海の生命に死をもたらしているという。
このまま深海棲艦の侵攻が進めば、この海も同様の汚染された海になってしまうかもしれない。
「山上」
「はッ…」
高嶋は、重々しい声で部下の名前を呼んだ。山上も畏まった様子で上官の次の言葉を待つ。
「この蒼く美しい海を、奴らの黒い海にしてはいけない…」
ここで言葉を切り、若干の時をあけて再び口を開く。
「何としても守るんだ」
「……当然ですよ…これ以上、深海魚どもの好きにはさせません」
高嶋の言葉に、山上は覚悟を決めたように言うのだった。
飛行は続いている。
一式陸攻、零戦合計三十六機の攻撃隊は、ひたすらバブヤン島を目指して南下する。
二十分ほど経った頃、無線機に住島飛行隊長の声が響いた。
「住島一番より高雄一番、客が入店した。今よりもてなす」
「客が入店した」は敵戦闘機が釣り出された事、「もてなす」は敵戦闘機と戦闘行動に入るということだ。
目論見どうり、敵戦闘機はレーダーに映った日米戦闘機隊に喰い付いた。対空砲の抵抗は予想できるが、バブヤン島レーダー基地の護衛戦闘機は皆無であろう。
これで思う存分叩ける。
「よし!」
住島の報告を聞くや、高嶋と山上は頷き合った。
だが……その予想は裏切られる事となる。
「正面にバブヤン島!」
陸攻隊が爆撃針路に乗るため、高度を千メートルに上げた時。上部の二十ミリ旋回機銃を担当する宮永達郎(みやなが たつろう)二等飛行兵曹が報告を上げた。
高嶋は報告を聞くと、手元にある双眼鏡で正面を見た。
丸い視界の中に、小さな島が見える。
山が二つあり、緑に覆われている島だ。
二つの山のうち、低い方がスミス火山。ひときわ高いのが敵レーダー基地がある「バブヤン・クラロ」山であろう。
「!」
直後、高嶋は声にならない叫びを上げた。
バブヤン島の上空を、二十機前後の甲型戦闘機が待機しているのだ。
「なぜだ!敵機がいるぞ!」
山上も確認したらしい、狼狽した声で叫ぶ。
高嶋は、てっきり全敵戦闘機が陽動部隊に釣り出されたと考えていたが、それは間違いだった。
深海棲艦はこちらの動きを読み、戦闘機をレーダー基地の上空で待機させていたのだ。
さらに高度を上げたため、今頃レーダーに探知されているだろう。
「高嶋一番より全機。無線封鎖解除、全軍突撃せよ!」
高嶋は一刻の猶予もない、と判断し、全機に命令した。
命令した瞬間、二十七機の一式陸攻が一斉に巡航速度から最大速度に加速し、九機の零戦は敵戦闘機を迎え撃つべく陸攻隊を追い抜かしながら敵機に向かう。
敵機もこちらに気づいたようだ。俄然、受けて立つ。
攻撃隊を包み込むように散開し、こちらに向かって来た。
距離が凄まじい勢いで詰まっていく。
九機の零戦が敵戦闘機と空中戦に入った。
零戦は甲型戦闘機と正面からはやり合わない。燕のように機体を翻し、敵機の側面や背面に回りこむ。
高い機動力で敵弾をかわし、好射点に移動した零戦が、二十ミリ、七.七ミリなどの機銃を甲型に向けて発砲する。
弾丸を喰らった甲型が右の翼を叩き割られ、黒煙を吐きながら海面に向けて墜落を始める。
他にも、七.七ミリ弾を多数に叩き込まれ、白煙を引きずりながら空中をのたうつ甲型がいれば、機銃の弾倉が誘爆したのか、木っ端微塵に爆散する甲型も居る。
背後や側面を取られた甲型は右、あるいは左に機体を傾け、零戦を振り切ろうとするが、零戦は見逃さない。
右に、左にと旋回し、敵機に喰らい付いて距離を詰める。
見た所、零戦の搭乗員は果敢に攻撃し、大半の敵機を格闘戦に引きずりこんでいるが、数機の敵機が零戦に目もくれずに陸攻隊に接近して来た。
数は六機。
たかが六機でも、零戦のいない陸攻にとってはかなりの脅威だ。
「構わん、一点突破だ!突っ込め!」
高嶋は叩きつけるように無線機のマイクに言った。
バブヤン島はすぐそこにある。高嶋は強引に突破しようと考えたのだ。
次の瞬間、敵機が一斉に発砲する。
高嶋機に雨霰と敵弾が向かってくるが、命中寸前に弧を描いて下方にそれた。
陸攻隊も、機首の二十ミリ機銃を発砲した。
何条もの太い火線が敵機に殺到する。
複数の火線が同時に一機の敵機に命中した。
当たった瞬間、甲型の尖った機首が変形し、次の瞬間には強烈な閃光を発してバラバラに砕け散る。
直後、残りの甲型戦闘機が、自らが放った弾丸を追うように高嶋機の真下を通過した。
「西口機被弾。河本機被弾!」
敵機がすれ違いざまに射弾を撃ち込んだのだろう。宮永が報告を上げる。
ちらりと後方を向いてみると、一機の一式陸攻が、機首から煙をを引きずりながら後方に落伍していた。
機首に甲型の二十ミリ弾を喰らったのかもしれない。
もう一機は視界の外なのか、ここからは見えなかった。
「新たな敵二機、左上方!」
無線機に、切迫した声が響く。
高嶋が命令を出すより早く、高嶋機の左に位置している第二中隊が上部、機首の二十ミリ。胴体側面の七.七ミリ機銃を発射する。
赤、オレンジと言った曳光弾が甲型に伸びるが、甲型は高速で距離を詰め、一機の陸攻に射弾を浴びせる。
二機の甲型から、連続して二十ミリ弾を叩き込まれた一式陸攻は、右エンジンから火を吐き、大幅に速度が衰えて編隊から落伍する。
発砲した甲型は、第二中隊の側面をすれ違い、下方に抜ける。
敵機は一撃離脱戦法を使用しているらしい。
更に四機の一式陸攻を撃墜された後、攻撃を繰り返していた甲型が機体を翻して陸攻隊より離脱する。
高嶋がその意味を悟るより早く、バブヤン島の敵対空砲が火を噴いた。
陸攻隊の周辺で敵弾が炸裂し始める。
高嶋機の右側でも一発の敵弾が炸裂した。炸裂した瞬間、高嶋の乗る一式陸攻は衝撃波で左に揺れ、弾片が機体の至るところに当たって甲高い音を立てる。
山上が衝撃でずれた進路を修正するが、新たな敵弾が左側で炸裂し、今度は機体が右に傾く。
後方から閃光が届き、機体の破壊された音が響きわたった。
「二中隊長機被弾!西本機…撃墜されました!」
次々と被弾報告が飛び込んで来る。
だが、次の瞬間、陸攻隊はバブヤン島の北東から島上空に侵入していた。
「あの山の西側だ!」
高嶋は出撃前に頭に叩き込んだ地形図を思い出しながら、山上に大声で命令する。
山上は命令を聞くと、スミス火山の北側をかすめつつ、「バブヤン・クラロ」山に機首を向けた。
「宮口機被弾!」
宮永が報告が報告を上げるが、高嶋は後ろを振り向かない。目は「バブヤン・クラロ」山のみを見続ける。
残存十七機の一式陸攻は、高嶋機を先頭にしながら最大時速で敵レーダー基地に向かっていく。
「高嶋一番より全機、爆撃準備」
高嶋は全機に指示を送った。
「バブヤン・クラロ」山の西側に到達したら、敵レーダー基地に各機四発づつ、合計六十八発の二十五番(250キロ爆弾)を叩きつけるのだ。
各機は爆撃手が投下準備に入る。
陸攻隊は「バブヤン・クラロ」山を迂回する。
ここで、敵対空砲の砲撃が止んだ。深海棲艦は島の全てに対空砲を配備した訳ではないようだ。
次の瞬間、目的地に到達する。
西側山腹にそびえ立つ骨組みの鉄塔が、搭乗員達の目を射た。
多数の甲型戦闘機と交戦状態に入ってから五分も経っていないが、とても長い時間だった気がする。
陸攻隊はやっとの思いで、攻撃目標にたどり着いたのだ。
「高嶋一番より全機。緩降下爆撃に切り替える!俺に続け!」
高嶋は一瞬で判断し、無線機に怒鳴り込んだ
今から爆撃高度に上がるのは時間がかかりすぎる。それに先の敵機が襲ってくるかもしれないのだ。ぐずぐずしてられない。
鉄塔の左右二ヶ所に発射炎が閃めいた。
敵レーダー基地を守る最後の盾。二基の対空機銃が備え付けられていたのだ。
多数の弾丸が噴き伸びてくる。敵弾は高嶋機の左右を通過して、後方
に抜けた。
だが、高嶋機の右後方に位置していた一式陸攻がやられる。
その陸攻は敵弾に絡め取られ、コクピットを粉砕され、キラキラと破片を飛び散らせながら海岸線に向かって落下していく。
「てッ!」
爆撃手の島本直彦(しまもと なおひこ)一等飛行兵曹が叫んだ。
同時に投下ボタンに力を込め、はるばる運んで来た二十五番四発を二秒間隔で投下する。
後続機も次々と二十五番を投下していく。
直後、高嶋機の下方で強烈な閃光が発生し、ほぼ同時に炸裂音が響き渡った。
「命中!」
「やった!」
島本から報告が入ると、高嶋は山上と頷き合った。
直撃弾は連続する。
数秒ごとに、二十五番が鉄塔や機銃陣地に叩きつけられ、爆炎が躍る。
最後の陸攻が投弾し、二発が直撃、もう二発が至近弾になった時、高さ二十メートル程の鉄塔は原型を止めておらず、ゆっくりと甲高い音を立てながら横に倒壊した。
これで、ルソン島偵察が今までより何倍も容易になる。それに一週間後に予定されている補給作戦も幾分かやり易くなるだろう。
「第十一航空艦隊司令部に打電。”ワレ、敵電探基地ヲ完全破壊ス”だ」
高嶋は宣言するように、高らかと言うのだった。
はぁ……ガリパンキャラ出してぇー(爆)