南洋海戦物語〜人類の勇戦譚〜   作:イカ大王

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さぁ、謎の敵から攻撃を受けた日米英軍はどう反撃に移っていくのか‼︎


第二話 反撃への道

 

 

1

 

日本帝国海軍。連合艦隊(GF)司令部の緊急会議は、3月3日に柱島泊地に停泊している旗艦「長門」の会議室で開かれた。

会議室内にはGF司令長官である山本五十六(やまもと いそろく)大将を始めとした幕僚らが集まっており、縦に長い白いテーブルクロスがかかった机に向かって着席している。

 

そんな中、数人の参謀が戸惑ったような表情を浮かべている。

3月1日から現在にかけて太平洋で起こっている異常事態は、いかなる状況でも冷静にGF長官を補佐する海軍のエリートでさえ、理解が及ばない事態なのだ。

 

「現在の状況を整理し、謎の敵艦隊の正体、及び対策について、活発な議論を諸君らに期待する」

 

山本長官は言い終わると、傍に座る若い参謀に目配せした。

それを見たGF首席参謀である風巻康夫(かざまきやすお)大佐は、手元にまとめられている紙を持ち、立ち上がって発言した。

 

「まずはじめに、トラック環礁の現在の状況について報告します」

 

当初は黒島亀人大佐が首席参謀だったが、黒島大佐は不慮の事故によって亡くなったため、風巻が新たな首席参謀になっている。

山本は黒島の死をかなり悔やんでいたが、風巻も十分優秀な男だった。

 

「トラックに展開していた内南洋方面艦隊とトラック航空隊はそれぞれ壊滅。七箇所の飛行場の内、竹島飛行場、夏島飛行場、秋島飛行場、楓島飛行場の四箇所が完全破壊、他の三つの飛行場は損傷していますが、離発着に問題なし。民間人は約二千人が死亡、または負傷です。今のところ敵勢力による上陸作戦は確認されていません。しかし、基地設備に大きな打撃を受けており、今すぐ部隊を展開して反撃、という訳にはいけないと思われます」

 

周りの参謀からは、「酷い」や「そんなに被害が…」と言った声が聞こえて来るが、風巻は報告を続ける。

 

「続いてマーシャル諸島の状況です。此方の被害はトラック以上に深刻です。昨日、午後一時ごろ、”我、正体不明ノ敵ノ攻撃ヲ受ク”の通信を埼玉の大和田通信隊が受信したのを最後に通信が途絶えました。通信隊は交信を試みていますが、すでにマーシャル諸島の電波塔が破壊されているか、守備隊が全滅したあとだと思われます」

 

「………米国の軍事拠点はどうなっている?」

 

少しの沈黙のあと、おもむろに山本が聞いた。

 

「それに関しては私から報告させていただきます」

 

軍令部第三部第五課から会議に参加している山口文次郎(やまぐち ぶんじろう)大佐が言った。

第三部は情報の収集と分析を担当する部署であり、世界各国の地域ごとに担当する課が分かれている。

第五課は北米、第六課は中国、第七課はソ連と東欧、第八課は英国を含む西欧だ。

今回の会議には、山本の少しでも情報が欲しいという要望によって、すべての課から代表が一人ずつ参加していた。

 

「米駐日大使館や駐在武官に問い合わせたところ、フィリピン、ハワイが攻撃を受けた模様です。ハワイは占領され、米艦隊も大打撃を受けましたが、フィリピンは米極東方面軍がルソン島北部を辛うじて確保しています。しかし、大量の避難民が北部に集まっているため、ルソン島どころかフィリピン全体の奪還も難しいでしょう」

 

「状況は、英国領でも同様です」

 

山口が着席すると、とって変わるように軍令部第八課長である倉本和樹(くらもと かずき)大佐が発言した。

 

「英領シンガポールも、フィリピンと同じく謎の敵の攻撃を受けました。東洋艦隊司令部は全滅。艦艇も大半が撃沈されたようです。マレーの日本総領事館付武官によりますと、残存艦隊はマラッカ海峡を抜けベンガル湾に脱出。セイロン島を最前線と定めた模様です」

 

情報が入るに連れて、作戦参謀の三和義勇(みわ よしたけ)中佐が、机上に広げられている太平洋全体が網羅された地図に「謎の敵」の存在を示す黒いピンと、攻撃を受けた場所を示す赤いピンを立ててゆく。

 

黒いピンは東から順にハワイ諸島、マーシャル諸島、フィリピン南部、シンガポールにそれぞれ立たされており、赤いピンはトラック諸島に唯一刺さっている。

 

「こうして見ると、外洋に位置しているある程度の規模を持った軍事拠点のみを攻撃しているように思えるな。本国ではなく、遠く離れた場所に」

 

参謀長の宇垣纏(うがき まとめ)少将が、地図を見下ろしながら呟いた。

ハワイにしろトラックにしろ、シンガポールにしろ、大規模な日米英の海軍施設がある場所だ。

ハワイは広大な中部太平洋に睨みを効かせる役割が大きく、米海軍の拠点として整備が進められていた。

同地には米太平洋艦隊の主力が停泊しており、司令部もオアフ島に位置している。

トラック環礁は連合艦隊数個分の艦隊を収容可能な巨大な礁湖を持ち、有事の際には帝国海軍の最重要拠点となると目されていた。

常時、内南洋艦隊が停泊しており、航空部隊も多数が展開している。他国海軍関係者では「太平洋のジブラルタル」との異名で知れ渡っていた。

シンガポールは、広大な植民領土を持つ大英帝国が極東に持つ唯一の大規模海軍基地だ。

内部のセレター軍港には大型艦を修理可能なドックも存在し、マレーやインドの入植者を守る拠点として存在していた。

 

それらの拠点が「謎の敵」によって攻撃されたのだ。

そこには、明確な意思が存在するように思えた。

 

「現在、我々がとるべき行動は、敵の情報を収集することだと考えます。内南洋の軍事拠点が攻撃、占領されたということは、謎の敵は一定の軍事力を持つと思われますが、それがどこの国の部隊なのか、どのような勢力なのか、情報が乏しすぎます」

 

風巻首席参謀が、室内を見渡しながら口を開く。

それを聞いた幕僚達は一斉に頷いた。

誰もがそう思っていたに違いない。

 

「ドイツ、イタリア、乃至はソ連。と言った線はないでしょうか」

 

三和作戦参謀が「謎の敵」の正体だと思われる国を並べた。

 

「ふむ。まず、ソ連という線は消えます。彼の国は太平洋上の拠点を攻撃できるほどの海軍力を保有していません。さらに装備している大半の艦艇は黒海や北極海に展開しており、ウラジオには極小の部隊しか置いていませんから」

 

航空参謀の佐々木彰(ささき あきら)中佐が言った。

それに対して、戦務参謀である藤井茂(ふじい しげる)中佐が反論する。

 

「しかし、その三ヶ国の中では、もっとも攻撃の動機があるのはソ連です。我が国だけではなく、米国や英国に対しても然りです」

 

ーーーソビエト社会主義共和国連邦は、日本やアメリカ、イギリスなどの資本主義国家にとって相容れない存在である。

日本では1931年の満州事変のソ連介入によって、関東軍が勢力下に置こうとしていた満州の北半分をソ連に占領されている。

さらに1939年には北満州と南満州の国境付近で日ソの武力衝突が発生しており、戦車同士を中心とした大規模な紛争へと拡大した。

関東軍は真っ向から対決したが、軍備近代化の差や航空支援の有効活用がうまく行かず、結果は惨敗。

主力を務めた関東軍第二十六師団は、死体の山を築く事となってしまい、軍部、特に陸軍はソ連への危機感を募らせることとなっている。

この戦いーーー「南満州紛争」は日ソ政府によって政治的決着が付けられたが、日本という東洋の島国に、さらなる反共政策を強いることとなった。

国内では特別高等警察が暗躍して社会主義者への弾圧を強め、政府は他国との対ソ用の防共協定締結を急いだ。

その候補として上がったのが、当時 国家社会主義ドイツ労働者党(ナチス)が躍動し、ソビエトへの敵視を隠そうともしなかったナチス・ドイツと、ソ連の北満州進駐を批判し続け、貿易制裁へ踏み切ったアメリカ合衆国である。

国内は親独派と親米派に分かれ、激しい議論が行われるようになった。

ドイツ、アメリカともソ連を「いつかは打倒しなくてはならない敵」との認識を持っており、日本との認識が一致する。

親米独の政治家、軍人はいかに協定を結べば自国に有益かを熱心に語ったが、両派の議論は平行線を辿った。

そんな中、世界を震撼させる事件が起こる。

ナチス党首かつ、ドイツ第三帝国総統であるアドルフ・ヒトラーの死。

ユダヤ系人権団体過激派の暗殺によるものであり、ベルリン駅で胸に三発の銃弾を受けたのだ。

ドイツを不況から救い、皇帝(カイザー)の強国の復活を謳った為政者は、ベルリンで凶弾に倒れた。

親独派はヒトラーの狂気に犯されていたのかもしれない。ヒトラーの死を知るや、親米派に乗り換える者が続出し、日本は1939年に日米防共協定を、1940年には日英防共協定をそれぞれ締結したのだ。

 

 

会議室の議論は紛糾するが、「謎の敵」の正体に辿り着く幕僚はいない。

海軍大学校を好成績で卒業した参謀らでも、敵の正体がわからないのだ。

そのまま三十分、一時間と会議は続くが、得るものはない。

司令部内に無力感が芽生え始めた時、一人の参謀が挙手した。

 

「発言よろしいでしょうか?」

 

補給参謀の市吉聖美(せいみ まさよし)中佐である。

参謀達の訝しげな顔が、市吉に向けられた。

「補給参謀」は艦隊補給の管理や兵站について、司令に助言することを主な役目としている。

参謀長や首席参謀、作戦参謀と言った幕僚と違く、作戦上のことに対して意見を述べることはなきに等しいのだ。

 

「なんせこのような状態だ。役割でつべこべ言っている余裕はない。どうぞ、遠慮なく言ってくれ」

 

そんな参謀達の視線を制して、山本は市吉に言った。

市吉は山本に深々と一礼すると、参謀達に向き合った。

 

「フィリピンの大部分をたった二日で占領した敵勢力は、現在、日本にとって生命線というべき所に居座っています」

 

そう言うと、太平洋地図の極東要図に、日本とボルネオ島、スマトラ島を鉛筆で線を描いて結んだ。

この二つの島はそれぞれオランダ領だが、日本が石油の四分の三を頼っている精油所がある。

そしてその線の上に…フィリピンがあった。

 

「すなわち、敵の正体がなんであれ、長期に渡りフィリピン周辺の制海、制空権を握られていたら、日本は近代戦争に必要不可欠の石油を手に入れなくなり、戦わずして陸海軍は行動不能になってしまう可能性があります」

 

市吉が言い終わると、参謀の間でどよめきが広がった。

フィリピンが敵の手にあるうちは、日本軍は備蓄分の石油しか使えないかもしれないのだ。

いや、使えるだけでもいいかもしれない、もしも備蓄の石油が底をついたなら……と考えるだけで背筋が冷たくなる。

 

「米国に石油を融通して貰えばいいのではないか?」

 

宇垣が疑問を提起した。

1941年3月現在。米国と日本は険悪な関係ではない。

互いの勢力圏が太平洋で接触する大国同士だが、共通の敵(ソ連)があるため関係はいたって良好である。

 

「ハワイが敵の勢力下にあり、米太平洋艦隊も壊滅した現在、太平洋を安全にタンカー船団が通過できるとは限りません」

 

日本と米国の間に広がる広大な太平洋は、もはや平和な海ではない。

ハワイ、トラックの二大拠点を制圧され、制海権は完全に敵の手中にあるものだと思われた。

会議室内に重々しい空気が広がっている。

誰もが予想だにしなかった日本の窮地に、口を噤んでいる。

 

「他国による石油輸入が望み薄ならば…我々の方針は決まったも同然だな、首席参謀」

 

参謀達の議論を腕を組みながら聞いていた山本が風巻に言った。

 

この一言で連合艦隊の作戦方針は決まった。

当分、日本帝国海軍は南方航路上に居座るフィリピンの奪還を戦略の根幹に据えることとなる。

 

会議が終わり、参謀や軍令部員が各々の仕事に戻ろうとしていた時。

電話機の呼び出し音が、会議室内に響き渡った。

会議室の電話には、余程のことがなければ繋ぐな、と言ってある。

その電話機が鳴ったということは、「余程のこと」が起きた、という事である。

参謀が息を呑むなか、宇垣参謀長が歩み寄り受話器を取る。そして二、三語話す。

宇垣は電話の内容に驚いているのか、やや狼狽した様子だ。

やがて話し終えたのか手荒く受話器を戻すと、こう言った。

 

「駐米大使館より情報が届きました。米国の情報公開によって太平洋の軍事拠点を攻撃している『謎の敵』の正体が分かったそうです。山本長官はただちに海軍省に出頭せよ、だそうです」

 




次回予告 深海に棲む舟

敵の正体が予想外のもので、揺れる日本

米国は、今持っている敵の情報を全て提示するという条件で
日本政府にある要請をする。

それを呑んだ日本政府、ついに日本海軍が動き出す‼︎

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