6月22日
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「右前方に艦影。米アジア艦隊です」
伊予灘での砲撃訓練を終了し、呉の柱島泊地に向かっていた戦艦「日向」の羅針艦橋に、見張り員の声が響いた。
米アジア艦隊とは、スプールアンス少将が指揮をとっている米
本国からの増援で艦艇数が増加したため、各任務部隊に艦艇を分けて艦隊を再編成したのだ。
見張り員の報告を聞くや、右目に黒い眼帯をつけている男ーーー「日向」砲術長 寺崎文雄(てらさき ふみお)中佐は双眼鏡を正面に向けた。
視界の中に巡洋艦、駆逐艦、輸送船が見えてくる。
巡洋艦は六隻おり、三連装砲を前部に二基、後部に一基背負い式に搭載しているものが三隻。寺崎の前の乗艦である「足柄」の様に前部に三基、後部に二基搭載をしているものが二隻。川内型や球磨型のような小さな艦体に十二.七センチクラスと思われる砲を積めるだけ積んだ軽巡が一隻だ。
六隻の巡洋艦の内、五隻はがっしりとした箱型の艦橋だが、先頭の一隻だけはカメラの三脚のようなマストを据えていた。
(先頭の艦はノーザンプトン級重巡、次はニューオーリンズ級重巡、その後方はブルックリン級軽巡と……あれはなんだ?)
寺崎は頭に叩き込んだ艦艇の識別表を思い出しながら、米アジア艦隊の所属艦艇を確認していくが、最後尾の小振りな軽巡の名前が浮かんでこなかった。
恐らく、寺崎が覚えた頃の識別表には載っていなかった新鋭艦なのかもしれない。
他にも駆逐艦は単装砲を前部と後部に二基づつと、艦中央に一基を搭載したものが大半だ。
おそらくベンソン級駆逐艦であろう。その艦が約二十隻。
そして、それらの艦艇に護衛されている輸送船が二十〜三十五隻だ。
輸送船と言っても、その船は艦首から艦尾まで幅が変わっておらず、
上部構造物も後方に小さな艦橋が乗っかているだけだ。
輸送船を見慣れた身には、やや異様な形に見える。
(あれが
寺崎は心の中で呟いた。
ルソン島沖海戦以降、深海棲艦はルソン島北岸の港を徹底的に爆撃し、全てを使用不能に至らしめた。
深海棲艦の行動理念は不明だが、ルソン島の米極東陸軍との連絡線を遮断するため、というのは容易に想像が付く。
港が破壊されてしまったため、米極東陸軍に補給物資を送るどころか撤退させるのも難しい。
だが、米国はビーチさえあれば戦車や物資を揚陸することができる船をイギリスと共に開発していた。
それが戦車揚陸艦だ。
同艦はビーチングと呼ばれる方法でビーチに乗り上げ、艦首の巨大な門から戦車を上陸させるのだ。
作業中に潮が引いてしまえばビーチに取り残されてしまう、という欠点があるが、ビーチさえあればどこでも、そして早急に揚陸を完了することが出来る。
TF8司令部はその性能に目を付け、今回の補給作戦に参加させているのだ。
TF8と共に日本にやって来たN12船団にLSTは十二隻しか配備されていなかったが、ベーリング海経由で日本に戦略物資を運びにきたN13〜N17船団のLSTも加わり、数が二倍以上に増えている。
それらのLSTには現在、米極東陸軍への増援として日本陸軍の戦車連隊と米陸軍の機甲部隊、そして補給物資が搭載されていた。
「米アジア艦隊の後方にも艦影多数……あれは…」
見張り員からの新しい報告を聞き、寺崎は双眼鏡の筒先を米艦隊の後方にずらした。
直後、「日向」に勝るとも劣らないブォリュームを持つ戦艦が二隻、視界に入ってくる。
その戦艦の後方には巨大な艦橋を載せた重巡が四隻。そして、その六隻の周りを軽巡一、駆逐艦十二隻が固めている。
「…第二艦隊です!」
見張り員が声を弾ませながら報告を上げる。
(第二艦隊……)
寺崎は心の中で反芻した。
「日向」の所属している第一艦隊が「鉄砲の専門家」正規空母四隻を中心としている第一航空艦隊が「航空の専門家」なら、第二艦隊は「水雷の専門家」だ。
大日本帝国海軍が誇る酸素魚雷を駆使して戦う高速艦隊である。
連合艦隊は、米極東陸軍への補給作戦に、日本海軍三本柱の一つを出撃させたのだ。
編成は3月12日のトラック諸島民間人救出作戦から変わっていない。
二隻の戦艦は第三戦隊第一小隊の「金剛」「榛名」。四隻の重巡は「愛宕」「高雄」「摩耶」「鳥海」。軽巡と駆逐艦は日本海軍水雷戦隊の精鋭中の精鋭、「神通」率いる第二水雷戦隊だ。
合計十八隻の艦隊は白波を立てながら米アジア艦隊の後方を、「日向」の右前方から右後方へと抜ける針路を進んで来る。
艦隊を観察している間にも、米アジア艦隊、第二艦隊と距離が近づいていく。
「米アジア艦隊旗艦『シカゴ』に発光信号。”貴艦隊ノ無事ト、補給作戦ノ成功ヲ祈ル”」
「日向」艦長 橋本信太郎(はしもと しんたろう)大佐が見張り員に言った。
見張り員は素早く復唱すると、信号灯で「シカゴ」に橋本の言葉を送信する。
やや間を置いて「シカゴ」の艦橋に発光信号が閃らめいた。
「『シカゴ』より返信…”吉報ヲ待タレタシ”、です!」
寺崎はちらりと「シカゴ」を見やった。
その精悍な見た目は、これからの戦いを覚悟しているようだった。
「戦線に出たくてウズウズしているようだな…」
橋本艦長が「シカゴ」に顔を向けながら話しかけてくる。
「当然です……」
寺崎はルソン島海戦で「足柄」砲術長としてリ級重巡洋艦やホ級軽巡洋艦と戦った。
残念ながら「足柄」は沈んでしまったが、砲戦によりリ級一隻を撃沈、もう一隻を撃破した。その後には味方駆逐艦の突入を援護する為にわざと探照灯を照らして囮となり、雷撃成功にも貢献した。
だが、寺崎個人としては「足柄」を沈めてしまった事や高橋元帥(高橋伊望 元第三艦隊司令長官 死後二階級特進)を失ってしまった事で、深い後悔の念に包まれてしまう。
それに「足柄」が大破し、艦から脱出する際、寺崎は「足柄」艦橋に
あの時は、脱出する事に頭が一杯で気にも留めていなかったが、その後思い出してみると、
体に悪寒が走る。
あれは幻覚だったのだろうか?それとも本当に…
帰国した後、寺崎は戦闘報告書を海軍中央に提出すると共に深海棲艦戦略情報研究所の職員から聴取を受けた。
聴取を受ける中で、寺崎は「足柄」の艦橋で見た女性の事を話した。
脱出の最中に見たのであれば、見間違いか、正気を疑われかねかったが、深戦研の職員は真剣に聞いてくれた。
現実味のないことを話した事で、海軍での居場所は無くなるかもしれないと考えていたが、自分が「日向」砲術長という役割に就いている事から大丈夫だったようだ。
「そう焦る必要はない。今は練度をあげることだけを考えていれば良い」
橋本艦長が口端を釣り上げながら言った。
寺崎が「日向」砲術長を拝命してから一ヶ月しか経っていない。
今のところ寺崎は「日向」の火器関係について完全に掌握しているとは言えない。
ルソン島沖海戦で初弾命中を成し遂げた寺崎でも、重巡と戦艦の砲撃システムは勝手が違うため、訓練に時間がかかってしまうのだ。
「しかし……第一艦隊が出る幕がありますかどうか」
寺崎は焦慮を隠せない表情で返答した。
第一艦隊は「長門」「陸奥」「伊勢」「日向」「扶桑」「山城」を中心とする戦艦部隊である。
これらの戦艦群を動かすには、凄まじい量の重油が必要になる。米国からの石油補給があっても到底足りず、備蓄を切り崩してやりくりしている状態だ。
新型戦艦が近々戦列に加わるという噂もあり、日本の石油事情は更に切迫する事になるだろう。
国内の備蓄が切れるのは今年10月頃と見積もられている。
タイムリミットは四ヶ月程しかないのだ。もしも南方航路を
そうなれば台湾で食い止めている深海棲艦が北上し、日本本土が蹂躙されるかもしれないのだ。
トラックの何倍といった民間人が犠牲になってしまうだろう…
「それを判断するのは
橋本はどこか他人事のように言う。
この艦長はしっかりしてるんだが、どこか能天気なんだよなぁ。と内心で苦笑しつつ、寺崎は返答した。
「それも、そうですねぇ…」
出撃は進んでいる。
米海軍アジア艦隊、日本海軍第二艦隊の二個艦隊は九州と四国の間、豊後水道を抜ける針路を取り、次々と「日向」とすれ違っていく。
やがて艦隊は豊後水道を抜け、太平洋に消えた。
空は梅雨らしくどんよりとくすんでおり、これからの戦いの行方を暗示しているようだった。
第一艦隊にはこの後、思う存分戦ってもらいます。
次回は深海棲艦VS日米連合艦隊です。