6月23日午後10時09分
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「正面に島影!」
TG8.2司令官兼「アトランタ」艦長レヴィ・L・カルフーン大佐は正面に目を凝らした。
すると、暗闇の中から薄々と島の輪郭が見えてくる。予定通りなら目的地であるルソン島の東岸であろう。
「無事に着きましたね…」
「アトランタ」航海長マーク・クルーズ中佐が、安堵した表情で話しかけてきた。
「大幅に迂回したのが効いたな」
クルーズの言葉にカルフーンは返答する。
ルソン島のクラークフィールド飛行場姫からは連日のように
直線針路でルソン島を目指すと、これらの爆撃隊の針路が重なり、発見されてしまう可能性がある。
そのため、日米連合艦隊の総指揮をとるTF8司令部は大きく東に迂回する針路を選んだのだ。
3月上旬に生起したルソン島沖海戦でも、日本海軍第三艦隊と船団は迂回航路を選択し、深海棲艦から空襲を受けずにルソン島に到着している。スプールアンスもそれに倣ったのだろう。
なお、深海棲艦の艦隊から接触を受けないように、マニラの反対側のルソン島東岸での揚陸作業が予定されてた。
「『シーガル2』より入電。”Z
「シーガル2」こと「シカゴ」搭載のキングフィッシャー二号機から情報が届く。
Zポイントとは三十四隻の
予定どうり、極東陸軍の部隊が揚陸される物資や増援部隊を受け入れるべく待機しているのだ。
「LST群、針路270度。速力12ノットに減速せよ」
「第一陣は揚陸準備に入れ」
カルフーンは二つの命令を出した。
「アトランタ」の艦橋に発光信号が閃めき、TG8.2の右後方に位置しているLST群にカルフーンの命令が送信される。
やがて”命令了解”の信号が返信され、半分に当たる十七隻のLSTがルソン島東岸の海岸線に接近していく。
揚陸を行うビーチは全てのLSTが同時に接岸出来るほど大きくない。
そのため、半分づつで揚陸作業を実施するのだ。
TG8.2の「アトランタ」以下駆逐艦八隻はLST群を見守りつつ遊弋を続ける。
護衛に当たる艦隊はこの九隻だけではない。ルソン島北部沖ではTF8の本隊である
さらに、日米連合艦隊は深海棲艦に発見されていない。
カルフーンは補給作戦は間違いなく成功する、と状況を楽観していた、が……。
十七隻のLSTがTG8.2を追い抜かして接岸しようとした時、レーダーマンが切迫した声で報告を上げた。
「対空レーダーに反応。
「接岸中止。各艦、対空戦闘!」
カルフーンはレーダーマンの報告を聞いた直後、大声で命令した。
命令が伝達されるや、LSTの第一陣は海岸線から距離を置き、「アトランタ」は七基の十二.七センチ連装両用砲を敵機が接近してくる方向ーーー南西方向ーーーに向ける。
後方のベンソン級駆逐艦も同様だ。各艦五基づつ搭載されている十二.七センチ単装両用砲を素早く旋回させ、敵機襲来に備える。
護衛艦隊やLSTが戦闘準備を進めていく中、敵機は数分とせずに姿を表した。
ルソン島東岸の海岸線をかすめ、いくつかの黒い影がよぎる。
同時に深海棲艦機特有の飛行音が轟き始めた。
「全艦、射撃開始!」
カルフーンは叩きつけるように下令した。
直後、「アトランタ」の主砲が敵機に向けて火を吹く。
「アトランタ」は十二.七センチ連装両用砲八基、二十八ミリ四連装機銃四基、二十ミリ単装機銃六基を搭載している防空巡洋艦である。
艦隊防空を重視して設計、建造された「アトランタ」にとって、初陣である今回の対空戦闘では防空巡洋艦の名に恥じない威力を発揮した。
高度を取りつつあった数機の敵機のうち、敵一機の至近距離で砲弾が炸裂する。次の瞬間、その敵機は閃光を発してばらばらに砕け散った。
続いてもう一機が黒煙と炎を吐きながら高度を落とし、海面に激突する前に爆発、四散する。
「アトランタ」が夜間にも関わらず瞬く間に二機撃墜した事に触発されたのか、ベンソン級駆逐艦も遅れじと砲撃を開始した。
後方から発砲音が響き始める。
「アトランタ」の両用砲は四秒毎に咆哮し、十四発づつの十二.七センチ砲弾を夜の空に撃ち上げていく。
新たに一機の敵機が至近弾の衝撃でよろめく、カルフーンは撃墜を期待するが、その敵機は機体を立て直し、他の敵機と共にTG8.2の上空を飛行音を響かせながら通過した。
光に照らされて一瞬しか見えなかったが、オスカー(甲型戦闘機の米軍コード名)ようだ。
オスカーは極東陸軍に対して地上爆撃を行ったという情報が届いている。LSTにも同じように攻撃するつもりだろう。
敵機が射界から外れた第四砲塔以外の砲塔は、敵機を捕捉し続ける。
十二.七センチ砲は重巡や戦艦が搭載している砲と比べたら、豆鉄砲のようなものだが、合計十二門が同時に発射された衝撃と音はかなり強烈だ。
四秒ごとに基準排水量六千トンの艦体を揺らし、音と閃光が周辺を支配する。
やがて、敵編隊は被弾機を出しながらも、LST群の上空を通過した。
カルフーンは爆弾で攻撃するつもりだと考えていたが、投下されたのは爆弾では無かった。
LST群の頭上で満月のような光源が複数点灯する。それらの光は風に漂いながら、ゆっくりと高度を落とし、LSTの艦影を夜の海に浮かび上がらせていく。
「吊光弾だと⁉︎」
クルーズが驚いた声を上げた。
まさか深海棲艦が吊光弾を持っているとは思っていなかったのかもしれない。
「新たなD群。左正横より接近、約二十機!」
(こいつが本命だな…)
見張り員の報告を聞くや、カルフーンは思った。
今まで砲撃していた小規模なオスカーの編隊は、吊光弾を投下し、対空砲を引きつけるためだったのだ。
「ベッカー、新たな敵編隊が本命だ。そいつをやれ!」
カルフーンは「アトランタ」砲術長であるヘンリー・ベッカー中佐を呼び出して言った。
今までLSTの上空を通過したオスカーを砲撃していた両用砲が素早く左側に旋回し、連続射撃を再開する。
新たに現れた敵機もオスカーのようだ。海面付近の低いところを飛行しながら突進してくる。そのため編隊を狙うために両用砲の砲身は水平近くまで倒されていた。
一機のオスカーが被弾する。
そのオスカーは逆光で機体がくっきりと見えるようになるが、直後、海面に滑り込むようにして墜落する。
その後方を突撃していたオスカーは頭上で砲弾が炸裂し、巨大な手で叩かれたかのように海面に叩きつけられる。
「探照灯、照射!」
新たに二機を撃墜したが、敵機はまだ十機以上いる。カルフーンは探照灯で敵機の姿をさらけ出し、機銃も発射出来るようにしようと考えたのだ。
直後、「アトランタ」の艦橋左側から二条の光芒が伸び、海面付近を舐め回すかのように照らし出す。
光芒が一点で止まった。
光の先にはオスカーの編隊が見える。
ベッカーが「機銃、射撃開始!」を命じだのだろう。重々しい連射音が響き、多数の機銃弾が発射される。
四発に一発の割合で曳光弾が混ざっているため、赤、オレンジといった色の流星が飛翔しているような光景だ。
左側に発砲可能な二十八ミリ四連装機銃二基と、二十ミリ機銃三基が対空射撃に加わったのだ。
オスカーの速度は速く、すぐに光芒の外に外れるが機銃は敵機の未来位置に向けて撃ちまくる。
次の瞬間、曳光弾が吸い込まれ、暗闇にマグネシウムを焚いたような閃光が走った。
二十八ミリの大口径機銃弾を喰らったオスカーは、一瞬でバラバラに空中分解を起こして海面に飛沫を起こす。
オスカーの編隊はいくら撃墜しても、ひたすら距離を詰めてくる。
(まさか……雷撃か?)
クラフーンは思った。
オスカーの編隊は海面ギリギリの高度を突っ込んでくる。
我が軍のTBDデヴァステーターや日本海軍の
深海棲艦の侵略戦闘行動が始まって三ヶ月と二十三日。アメリカは1898年にも一度接触しているが、今までオスカーが雷撃を行うという情報はない。
だが、駆逐艦に雷装を施している深海棲艦だ。航空機にも魚雷を搭載できる可能性は十分にある。
何よりも、海軍に入って二十年のベテラン士官の勘が、オスカーは雷撃を狙っている。と伝えていた。
「TG8.2全艦、針路240度。魚雷が来るぞ!」
カルフーンは大声で命令した。
「取舵一杯。針路240度!」
カルフーンの言葉を聞き、クルーズが操舵室へ通じる伝声管に怒鳴りこむ。
「LST群に送信”針路240度ニ変針セヨ。魚雷ガ来ル”だ!」
「アトランタ」のアンテナから、LST群に対して「魚雷接近」の警報が送られる。
直後、対空砲火の中を突撃して来たオスカーの編隊が「アトランタ」の前方、後方、はたまた頭上を、左から右に通過する。
通過する際、機銃を艦橋に乱射していくオスカーもいる。
艦橋の窓ガラスが吹き飛び、弾丸に撃ち抜かれた見張り員が血反吐を吐きながら大きく仰け反る。
そのオスカーは次の瞬間、二十八ミリ機銃と二十ミリ機銃に火力を集中される。
オスカーに赤い斑点まとわりついた、と見えた瞬間、原型を止めぬままに砕け散り、破片が「アトランタ」の艦上に降り注いだ。
「対空レーダー。ブラックアウト。何も見えません!」
「アンテナ損傷。通信不能!」
レーダーマンと、通信長が顔を引きつらせながら報告する。
オスカーが放った弾丸は、艦橋上部に位置している通信アンテナやレーダーをも破壊した。
「アトランタ」は夜戦に不可欠の電波の目を失ってしまったのだ。
「『マディソン』取舵。続いて『ヒラリー・P・ジョーンズ』取舵!」
後部見張り員が報告を上げる。
命令を受けた八隻の駆逐艦が、次々と回避行動を取っているのだ。
「アトランタ」も変針する。
鋭い艦首が海面を切り裂きながら、左に回頭していく。
「アトランタ」は小さい艦体に多数の対空火器や魚雷を載せたために、ややトップヘビー気味の軍艦だ。
右舷の海面が間近に迫るほど、傾く。
だが、転覆する事はない。他の駆逐艦と同じく、針路240度に取り、向かってきているであろう敵魚雷と正対する。
「雷跡一、本艦左舷を通過‼︎」
見張り員の報告が飛び込む。
やはり、とカルフーンは呟いた。
オスカーの編隊は雷撃を狙っていたのだ。
「雷後二、右舷を通過!」
「雷跡一、左舷側を通過します!」
なおも報告が上がるが、「アトランタ」には命中しない。
オスカーが放った魚雷は、全て左右に逸れている。
だが、全艦が回避出来たわけでは無かった。
「『ベンソン』被雷!」
見張り員の報告が入った刹那、雷鳴のような轟音が「アトランタ」に届く。
カルフーンが咄嗟に見ると、ベンソン級駆逐艦のネームシップがやや前のめりになって停止している。艦首からは絶えず大量の黒煙が上がっており、遠目でも分かるほどに艦の傾斜が深くなっている。
「ベンソン」は救えないであろう。
TG8.2所属艦の被雷は「ベンソン」のみだったが、被害はまだ終わらない。
オスカーが放った魚雷の射線にはTG8.2の他に、LST群も入っていたのだ。
「『LST-7』被雷。『LST-16』被雷!」
悲鳴染みた声で見張り員の報告が上がる。
LSTはどの艦も物資を満載している。一本だけでも致命傷だろう。
二隻のLSTは艦橋からは死角で、見ることは出来なかったが、火災が発生し、刻々と艦の傾斜を深めているのは容易に想像できる。
「敵機、ルソン島南西部に離脱。撤退する模様」
レーダーマンに変わって、見張り員が報告する。
雷撃を終了したため、飛行場姫に帰還するのだろう。
「『マディソン』は『ベンソン』。『メイヨー』『ランズテール』はLST-7、16の乗組員を救助せよ」
「LST第一陣は揚陸準備に入れ。第二陣は待機」
「本艦と駆逐艦四隻は、周辺警戒を続行する」
カルフーンは敵機の飛行音が聞こえなくなるのを見計らって、三つの命令を出した。
「アトランタ」の艦橋から発光信号が送られる。
命令を受けた駆逐艦は救助活動に入り、LST群第一陣の十五隻は被雷した二隻を残して、ビーチに近づく。
「『
カルフーンは、言いかけて苦笑した。
「アトランタ」の通信アンテナが、オスカーの機銃掃射で破壊されたのを思い出したのだ。
「『チャールズ・H・ヒューズ』に発光信号。”我ニカワリテ、『シカゴ』ニ被害状況ヲ報告セヨ”だ」
「”我ニカワリテ、『シカゴ』ニ被害状況ヲ報告セヨ”直ちに送信します」
カルフーンの言葉を通信長が復唱した。
(我々は深海棲艦に発見されている。敵の攻撃はまだありそうだな…)
カルフーンは心の中で呟いた。
次回はスプールアンス率いるTG8.1が敵艦隊と戦います!
作者の受験まで、あと二ヶ月半‼︎
イャァァァァァァァ!