受験勉強イヤだなぁ…
11時07分
「巡洋艦が二隻だけ、だと?」
第二艦隊司令官 古賀峯一(こが みねいち)中将は同参謀長 鈴木義尾(すずき よしお)少将の言葉に、耳を疑った。
「はい…米アジア艦隊からの電文によりますと、出現した敵艦隊はヘ級軽巡洋艦が二隻、型式不明の駆逐艦が十隻です。時間的にすでに戦闘に突入していると思われます」
鈴木は顔色一つ変えずに、先と同じ内容を古賀に伝えた。
第二艦隊旗艦「金剛」の艦橋である。
現在、第二艦隊の戦艦二隻、巡洋艦五隻、駆逐艦十二隻は各々で単縦陣を組みながら、当初の予定どうりルソン島北東沖で警戒に当たっている。
第二艦隊の南方三十浬では、米軍のLST部隊が揚陸作業にいそしんでいるはずだった。
「少ない…ですな」
鈴木のかたわらに立つ風巻康夫大佐は、顎に手をやりながら呟くように言った。
本来、風巻はGF司令部の首席参謀だが、今回は深海棲艦の情報収集や米アジア艦隊との連絡官を兼ねて、第二艦隊司令部幕僚と共に旗艦「金剛」に乗艦している。
「…確かに少ないが、敵の兵力がこれだけならば、我々が動く必要はないな。TG8.1のみで戦えるだろう」
鈴木はきっぱりと言ったが、表情には少し失望の念が見える。米アジア艦隊のみに戦わせて、第二艦隊が戦わないのは日本海軍の面目が立たないとでも考えているのかもしれなかい。
「いえ…私は敵戦力はこれらだけではないと考えます」
風巻が言うと、一瞬、古賀の目が光ったように見えた。
「TG8.1が戦っている艦隊とは他に別の艦隊がいる、と?」
古賀の質問に、風巻は「はい…その可能性は捨てきれません」と答えた。
深海棲艦は自らの領域に侵入した外敵にはおおよそ容赦というものがない。
ルソン島沖海戦では台湾から発進した攻撃隊が百機以上と思われる甲型戦闘機の迎撃を受けたし、米国の船団はハワイ諸島の敵領域をかすっただけで、敵潜水艦による大損害を被った。
更には常時、フィリピン周辺を厳重に警戒し、偵察に向かった日米軍の索敵機や潜水艦に対して発見次第、猛攻を加えてくる。
それ程の姿勢で常に戦いに望んでいる深海棲艦が、軽巡二隻のみを中心とする小規模な艦隊で仕掛けて来ること自体、風巻にとっては腑に落ちなかった。
「理由は?」
古賀の問いに、風巻は一息ついてから話し始めた。
「米軍のLST部隊が敵機による空襲を受けたことを考えますと、深海棲艦は我々の作戦の全容を把握していると思われます…。あくまで憶測ですが、TG8.1が交戦している艦隊は主力ではなく、TG8.1をルソン島北西沖に釘付けにしておく事を任務としている艦隊で、敵の主力は別の海域で待機しながらこちらの出方を伺っているのではないでしょうか?」
風巻が自らの考えを言い終えると、鈴木は「まさか、そんなことがーー」と言ったが途中で口を閉じ、思案顔になる。
風巻参謀の意見にも一理あると思ったのかもしれない。
「風巻参謀の予想が正しいとすると、深海棲艦の考えはこうゆうことか…。小規模の艦隊でTG8.1を釣り出し、その隙に主力艦隊はルソン島を南周りで迂回し、揚陸地点に突入する。護衛に付いている軽巡一隻、駆逐艦八隻のTG8.2を蹴散らし、物資を満載して足が遅いLSTを一隻残らず殲滅する」
古賀が言い切ると、参謀たちの顔が険しくなった。
もしもそれが本当なら、揚陸作業中のLST部隊はかなり危険な状態にある。現在、TG8.1と交戦している小規模な艦隊にすら、勝てる戦力をTG8.2は有していない。
「しかし…ルソン島を南回りで迂回して来るとなると、北回りの二倍以上の距離、時間が必要です。深海棲艦がそんな手を使いますかね?」
第二艦隊首席参謀の柳沢蔵之介(やなざわ くらのすけ)大佐が古賀の顔を伺うように言うと、風巻は口を開く。
「簡単な話です。深海棲艦が優れた戦略眼を持っているのであれば、敵主力艦隊はLST部隊を攻撃し、目先の戦術的勝利を欲するのであれば全力でTG8.1を攻撃するでしょう…。私は彼らは優れた戦略眼を持っていると判断します」
深海棲艦がルソン島の西側に主力艦隊を配しているのなら、彼らは戦術的勝利を目指しており、ルソン島の東側からLST部隊を攻撃するのであれば、戦略的勝利を目指しているということになる。
「長官、私はルソン島西側に敵主力艦隊が位置していると考えます。TG8.1の援護のためにも、第二艦隊は西進した方が良いかと…」
柳沢の発言に、風巻は反論した。
「いえ、敵艦隊はルソン島の東側に位置している可能性が大だと思われます。揚陸地点に移動して、LST部隊の周辺警戒に徹しましょう」
二人の意見対立に、古賀は迷っているようだ。黙りながら腕を組んで、参謀たちの議論に耳を傾けている。
「参謀長はどう思うか?」
古賀は鈴木に意見を求めた。
鈴木はゆっくりと頷き、慎重に言葉を選びながら口を開いた。
「小官は……柳沢参謀の意見に賛成です。現に、敵艦隊が出現したのはルソン島西側ですし、敵主力艦隊がいたとしても西側にいると考えるのが無難でしょう」
(ああ…やっぱりか)
鈴木が言い終えると、風巻は思った。
要は、輸送船の護衛のような地味な任務をやりたくはないのであろう。
米軍との軍事交流や、対ソ連用の合同演習を通して、米国式の合理的な考えが入って来ていたが、日本海軍には未だにそのような考えが根強いのだ。
だが、風巻は諦めず、なおも食い下がった。
「本作戦の第一目標は、ルソン島の米極東軍への物資補給です。仮に柳沢参謀の意見が正しくても、敵艦隊がルソン島を迂回してLST部隊を襲う可能性が1%でもあれば、南進すべきです」
風巻がそう言うと、柳沢が暗闇の中でも分かる程に、露骨に嫌そうな顔をする。
それもそうだな、と風巻は思った。
風巻GF参謀は第二艦隊にとって、ある程度の権力があるよそ者だ。柳沢は第二艦隊の首席参謀として、よそ者に口出しされたくなかったのかもしれない。
「では、風巻参謀は我々がルソン島東側に移動している間に、TG8.1が大損害を受けてもよろしいと?」
柳沢は若干の怒りを滲ませながら言った。
「TG8.1が壊滅しても、LST部隊が陸軍と補給物資の揚陸を完了したら我々の勝利です。戦術的勝利よりも、戦略的勝利を優先していただきたい」
「我が第二艦隊の任務は、米アジア艦隊の支援です。今戦っている友軍を無視して、戦艦の火力を輸送船護衛ごときに使えと言うことですか⁉︎」
「守るべきものはTG8.1ではなく、LST部隊だ。戦略目標を忘れるな!」
柳沢が声を荒げ、風巻も一歩も引かない。
連合艦隊首席参謀と第二艦隊首席参謀の議論は、収拾のつかないものとなりかけていたが、鈴木参謀長がなだめるように言った。
「まぁまぁ、二人共。ここは長官のご決断を仰ごう」
風巻と柳沢はその言葉を聞いた瞬間、同時に物凄いスピードで古賀司令官に顔を向け、同時にこう言った。
「「長官、ご決断を!」」
古賀は、二人の殺気立った顔を見てビクッとしたが、コホンと咳一つしてから、口を開き自らの決定を参謀たちに伝え始める。
聞くにつれて、風巻の表情は驚愕のそれに変わっていった。
《現在までの海戦の推移》
1941年6月23日
午後 9時48分 TG8.1- ルソン島北西沖で警戒開始
午後10時01分 第二艦隊- ルソン島北東沖で警戒開始
午後10時09分 TG8.2- ルソン島東岸・揚陸地点に到着
午後10時21分 TG8.2- 甲型戦闘機による空爆。
「ベンソン」「LST-16」沈没 「LST-17」大破
午後10時26分 LST群- 揚陸作業開始
午後10時42分 TG8.1- ルソン島北東沖にて敵艦隊と遭遇
午後10時55分 TG8.1- 戦闘開始
午後11時07分 第二艦隊- TG8.1の戦闘突入を把握
現在