南洋海戦物語〜人類の勇戦譚〜   作:イカ大王

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つ、疲れた…。


第二十三話 灼熱のアトランタ

11時25分

 

1

 

「本艦よりの方位125度に、大型艦らしき艦影を確認。数二、距離一万八千ヤード」

 

「アトランタ」の艦橋に見張員の声が響いた。

TG8.2司令兼艦長のレヴィ・L・カルフーン大佐は、それを聞くや、航海長マーク・クルーズ中佐と顔を見合わせた。

 

 

現在、TG8.2は揚陸作業中のビーチから南方に十浬隔った海域で警戒に当たっている。

先の空襲で大破した艦の消火や救助に協力していた駆逐艦も戦列に戻り、軽巡「アトランタ」以下駆逐艦「メイヨー」「チャールズ・H・ヒューズ」「ランズテール」「マディソン」「ラフィー」「バートン」「ヒラリー・P・ジョーンズ」という編成だ。

 

 

(大型艦二、と言ったら戦艦が二隻か…)

 

カルフーンの脳裏に、日本海軍に所属し、今回の作戦にも参加している戦艦の姿が浮かんだ。

巨大なパコダマストを据えた二隻の日本戦艦が、TG8.2の船団警備に協力するため、接近してきたのかもしれない。

 

「二隻の大型艦なら、第二艦隊の『コンゴウ』と『ハルナ』でしょうか?」

 

クルーズも同じことを考えたようだ。首をひねりながらカルフーンに言う。

 

 

(待てよ……)

 

しかし、カルフーンは頭に引っかかることがあり、自問した。

 

今のTG8.2の針路は165度。

発見された大型艦は「アトランタ」よりの方位125度、すなわち南東方面の海面にいるから、これはやや不自然だ。

日本艦隊はルソン島北東部のサンタアナ半島沖にいるため、来るとしたら北からだろう。

そんなわざわざTG8.2とビーチを迂回するような針路を取って、接近してくるだろうか?

 

 

「まさか…!」

 

 

 

そこまで考えた時、カルフーンの胸中にどす黒い疑惑が浮上し始めた。

 

発見された二隻の大型艦が、味方戦艦でない可能性は十分にある。

 

 

「発光信号、送れ。“我、アトランタ。貴艦隊ハ、第二艦隊ナリヤ?”、だ」

 

カルフーンは、首筋に冷たいものが流れるのを感じつつ、指示を飛ばした。

「アトランタ」の通信アンテナは先の爆撃時の機銃掃射で破壊されている。夜間に光を発するのはためらわれたが、今は致し方なかった。

 

「了解。“我、アトランタ。貴艦隊ハ第二艦隊ナリヤ?”直ちに送信します」

 

艦橋見張りが復唱し、実行する。

 

「アトランタ」の艦橋で発光が規則的に閃らめき、第二艦隊と思われる艦隊にカルフーンが言った内容が送信される。

 

 

艦橋にいる全員がカルフーンの考えを読み取り、固唾を飲んで二隻の大型艦を見つめるが、一分、二分と時間が経っても返信が無い。

 

 

 

返答は、およそ四分経った時に、送られて来た。

 

 

 

左前方の水平線に二つの閃光が走り、その禍々しい艦影を暗闇に浮き上がらせた。

 

この時、カルフーンは直感的に思った。あの二隻は日本海軍の戦艦ではなく、深海棲艦の戦艦だ、と…。

 

日本戦艦のパゴダマストには到底見えない三脚マスト、光に照らされて見えた巨大な四基の三連装砲、マストと競い合うかのように屹立する二本の煙突。

 

紛れもない、1898年に戦艦「メイン」を撃沈し、フロリダ半島の東半分を焦土とした元凶で、現在確認されている深海棲艦の中で最強の軍艦。

 

 

 

 

 

ル級戦艦だ。

 

 

 

 

数秒遅れて砲声が響き、それに変わって三十六センチ砲弾の飛翔音が轟いてくる。

 

 

「なんてこった…」

 

クルーズの、力の抜けた声が聞こえた。

クルーズだけでなく、艦橋の全員が呆然とした表情で左前方の海面を見つめる。

 

敵弾が着弾した。

 

「アトランタ」の前方、四百メートルの地点に四本の水柱が突き上げ、二隻のル級戦艦を視界から隠す。

若干の差を開けて二番艦の射弾も落下し、右前方の海面に四本の水柱が凄まじい勢いで上がる。

 

 

その時、カルフーンは反射的に命令を下していた。

 

 

「TG8.2、対水上戦闘用意!」

 

カルフーンは一喝するような口調で言い、それを聞いた艦橋スタッフは、素早く行動を開始した。

 

「アトランタ」や後続艦ではブザー音がけたたましく鳴り響き、水兵達が必死の面相で通路を駆け抜け、自らの配置場所に急ぐ。

艦橋の目の前にある第一、第二、第三連装両用砲が左に旋回し、砲門を敵艦隊に向ける。

 

TG8.2で戦闘態勢が整えられていく中、ル級戦艦が第二射を放つ。

 

閃光が走り、ル級の艦影を浮かび上がらせた次の瞬間には、二番艦のル級も発砲したらしく、後方に第二の発射炎が光る。

さらには、その後方に第三、第四と、雷のような閃光が続く。

 

敵艦隊はル級戦艦二隻だけでは無いようだ。

発射炎から見るに巡洋艦が三、四隻付いている。この調子だと駆逐艦もいそうだ。

 

「TG8.1と第二艦隊に打電。“我、戦艦二隻、巡洋艦四隻ヲ含ム敵大艦隊ト遭遇ス、至急来援コウ”だ。この際平文でいい!『チャールズ・H・ヒューズ』に打電させろ!」

 

カルフーンは舌打ちをしつつ、指示を飛ばした。

 

通信アンテナを破壊されたことが、かなりこたえている。

これで五分は味方艦隊の救援が遅れてしまうだろう。

 

 

 

多数の砲弾が落下してくる中、思考回路をフル回転させて、カルフーンは考えた。

 

(TG8.1は駄目だ…距離があり過ぎる。救援に来てくれるのは第二艦隊かな……いや)

 

TG8.1はルソン島西側で敵艦隊と交戦中だ、仮に今すぐ戦闘を中断して救援に来てくれても、二時間以上かかってしまう。

二時間もの間、ル級戦艦を含む敵艦隊を抑え込むのは不可能だ。

そうなると、唯一の希望はルソン島北東部で遊弋している日本海軍第二艦隊だが、これも厳しい。

第二艦隊は、戦艦「コンゴウ」「ハルナ」と、重武装の重巡四隻の戦力を有しており、ル級を含む敵艦隊と互角以上に渡り合ってくれるだろう。

だが、LST部隊のビーチはルソン島北岸より三十浬、TG8.2は四十浬の海域にいる。

第二艦隊の艦艇が、全て三十ノット以上発揮できる高速艦で占められていても、ビーチまでは一時間、TG8.2がいる海域までは一時間以上かかってしまう。

カルフーンはちらりと、壁にかかっている時計を見た。

 

夜光塗料で鈍い光を発している長針と短針は、11時31分を示している。

最低、第二艦隊がビーチに達する0時半まで、敵艦隊を足止めしなければならないのだ。

 

カルフーンは一瞬、絶望的な感情に支配されて体がぐらついたが、すぐに切り替え、両手で頰を叩いた。

 

(やるしかない…!)

 

そう自分に言い聞かせると、左前方の敵艦隊を睨みつける。

 

 

「敵駆逐艦、針路320度。数十隻以上。急速に接近しつつあり」

 

見張員の報告が上がった。

 

次の瞬間、カルフーンは目を見開き、大声で下令していた。

 

「TG8.2、針路125度。突撃せよ!」

 

「砲撃目標、針路320度の敵駆逐艦。準備完了次第砲撃開始!」

 

 

「……本当によろしいのですね?」

 

クルーズが確認を求めるように聞いてくる。

 

クルーズが言いたいことはわかる。

戦艦二隻、巡洋艦四隻と多数の駆逐艦を有する大艦隊に、軽巡一隻、駆逐艦七隻のみの水雷戦隊で突撃しても雷撃は失敗、いや、部隊自体が全滅する可能性が非常に高い。

それに「アトランタ」はTG8.2唯一の巡洋艦で、なおかつ先頭に位置している。

砲撃が集中するのは自明の理だ。

そうなれば、カルフーン自身も死亡するかもしれないのだ。

 

「俺たちはただの水雷戦隊じゃない」

 

カルフーンはそう言って、言葉を続けた。

 

「魚雷発射管に搭載されているのは本国の魚雷ではなく、日本が作った酸素魚雷だぞ?どこに失敗する要素があるんだ?」

 

そう言うと、カルフーンはニヤリと笑って見せた。

 

TG8.2の魚雷発射管には試験的に、日米防共協定に基づいて日本より供与された九三式酸素魚雷(type93)が搭載されている。

カルフーンはその事を言ったのだ。

 

それを聞いたクルーズも笑いかえした。上官の覚悟に安心したのかもしれない。

 

「一丁やってやりましょう!」

 

 

 

 

 

 

カルフーンの命令どうり「アトランタ」が最大戦速の三十四ノットに増速し、後方のベンソン級駆逐艦も続く。

 

最大戦速に達した瞬間、左前方から反航戦の体制で接近して来る駆逐艦部隊に向かって、指向可能な十二.七センチ両用砲七基、合計十四門が火を噴いた。

艦砲では小口径砲に分類されるが、陸軍にとっては重砲クラスだ。

その砲が十四門、四秒毎に咆哮するのは、かなり壮観だった。

 

先頭の敵駆逐艦の反対側に多数の水柱が突きあがる。

初弾の命中はならなかったが、弾着修正を行って次の射撃までわずか四秒のみだ。

すぐに命中弾を得られるだろう。

 

「敵駆逐艦との距離一万ヤード。敵戦艦とのーーーーー!」

 

見張員の声が、三十六センチ砲弾の空気を切る轟音にかき消される。

 

カルフーンが頭上を振り仰いだ瞬間、「アトランタ」の右正横に着弾した。

艦橋をゆうに超える高さの水柱が奔騰する。

「アトランタ」が左に傾き、艦体が軋む。

 

足の裏を通じて水中爆発の衝撃が伝わって来る。

先の射弾よりも、弾着位置が近い証明だった。

 

「敵戦艦との距離、一万八千ヤード!」

 

「敵駆逐艦に命中弾!」

 

見張員が先の報告をし直し、「アトランタ」砲術長ヘンリー・ベッカー中佐が直撃弾を得たことを伝える。

 

カルフーンが双眼鏡を敵駆逐艦に向けようとした時、新たな敵弾が飛来した。

「アトランタ」目の前の海面が爆発し、ポセイドンのトライデントみたく三本の水柱が高々と突き上がった。

 

水柱の太さ、高さから、リ級重巡の二十センチ砲だろう。

 

「アトランタ」は少なくとも一隻づつのル級戦艦、リ級重巡洋艦に砲撃されているようだ。

 

 

 

合計八隻のTG8.2は、搭載されている様々な砲を、高速ですれ違って行く敵駆逐艦に向かって撃ち込む。

先頭の敵駆逐艦は、すでに二十発以上の砲弾を「アトランタ」から叩き込まれ、ノロノロと進むだけとなっている。

二番艦も同様だ。

ベンソン級駆逐艦から砲火を集中され、前部主砲と艦橋を粉砕されている。

 

敵駆逐艦も負けてはいない。

 

四番艦に位置している「ランズテール」は第一砲塔と煙突に敵弾を喰らって傷ついているし、「アトランタ」も艦中央部に三発の敵弾が命中し、二十八ミリ機銃や甲板をズタズタに破壊されている。

 

しかし、駆逐艦同士の砲戦ではTG8.2が優勢だった。

 

敵駆逐艦の隊列は乱れ、六隻が煙を引きずっており、二隻が停止している。

 

敵駆逐艦とTG8.2の相対速度は五十ノット以上で、次々と「アトランタ」は敵駆逐艦とすれ違って行く。

 

「『ランズテール』『メイヨー』被雷!」

 

突然、見張員が悲鳴染みた声で報告した。

 

「被雷?被弾じゃないのか…」

 

カルフーンは見張員に聞いたが、確かに被雷のようだ。

後方をちらりと見ると、「ランズテール」と「メイヨー」が大火災を起こして停止している。

 

カルフーンはこの時、TG8.2がどれほど危険な状況に置かれていたかを理解した。

 

敵駆逐艦はすれ違う過程で魚雷を放っていたのだ。

 

TG8.2は敵に向けて横腹を見せており、被雷面積が広い。

二隻しか被雷しなかったのは、奇跡としか言いようがなかった。

 

 

「敵戦艦との距離一万四千ヤード。戦艦の後方に敵巡洋艦!」

 

「敵駆逐艦反転。後方より接近!」

 

二つの報告が艦橋に飛び込んだ。

 

「射撃目標を敵戦艦に変更!」

 

カルフーンは意を決して言った。

攻撃目標はル級戦艦だ。

いくら、後方から敵駆逐艦が撃ってこようと、射撃目標を敵駆逐艦にしようとは思っていなかった。

 

二隻のル級が五度目の砲撃を行う。

距離が詰まったため、先よりもくっきりと発砲の瞬間が見える。

一瞬だけ閃光が周辺を支配し、後続のリ級重巡をも照らし出した。

 

頭を掻きむしりたくなるような砲弾の飛翔音が迫り、「アトランタ」の至近距離に着弾する。

 

今までにない水中爆発の衝撃が突き上げ、「アトランタ」は正面の水柱に艦首を突っ込んだ。

鋭い艦首が巨大な水柱を切り崩し、南洋特有のスコールを思わせる量の海水が頭上から降り注ぐ。

 

海水の大雨が収まると、二隻目のル級戦艦の射弾が飛来した。

飛翔音が前方から後方に過ぎ、敵弾は「アトランタ」の後方に落下した。飛翔音がとぎれると、後方から真っ赤な光が届き、同時に耳をつんざく炸裂音がルソン島東方の海上をいんいんと響き渡った。

 

 

 

「『チャールズ・H・ヒューズ』轟沈!」

 

見張員の言葉に、カルフーンは「了解」とのみ答える。

 

たとえ一発でも、三十六センチ砲弾を直撃されて浮いていられる駆逐艦はいない。

恐らく、艦底部まで貫通されて、竜骨をへし折られたであろう。

 

巡洋艦の射弾も飛来する。

 

ル級の後方で、立て続けに四つの発射炎が閃らめき、リ級重巡の艦影を浮かび上がらせた。

 

後方に着弾し、「アトランタ」が前のめる。

 

最初の射弾は外れてくれたが、次の射弾は違った。

 

飛翔音が迫った刹那、「アトランタ」の左右に高々と水柱が奔騰し、頭上からハンマーで一撃されたような衝撃が襲い掛かった。

衝撃で艦体が軋み、敵弾の炸裂音が艦橋に届く。

 

「後部両用砲、全損!」

 

ベッカーが報告を上げた。

 

飛来したリ級重巡の二十センチ砲弾は、後部に並べられていた三基の両用砲を吹き飛ばしたのだ。

 

「敵戦艦との距離は⁈」

 

「約六千ヤード!」

 

カルフーンの質問に、見張員は素早く答えた。

 

「よし、TG8.2、針路0度!敵との同航戦に移行しつつ魚雷発射だ!」

 

カルフーンは命じた。

type93なら六千ヤードを駛走するなど容易い。Mk16魚雷と違って余裕で射程距離内だ。

 

「取り舵一杯。針路0度!」

 

クルーズが、操舵室に繋がっている艦内電話に怒鳴り込む。

 

(急いでくれよ…アトランタ!)

 

カルフーンは自分が艦長を務める艦に願った。

 

命中弾を得れた事で、リ級重巡は斉射に移行するだろう。

「アトランタ」は巡洋艦でも、駆逐艦を少し大きくしただけの防御力しかない。

次に二十センチ砲弾を喰らったら致命傷を受けるかもしれない。

 

「『マディソン』取舵。続いて『ラフィー』取舵!」

 

「『ヒラリー・P・ジョーンズ』に敵弾集中。落伍します!」

 

見張員が後続の駆逐艦が続々と転舵してるのと、後方から追いすがって来た敵駆逐艦の集中砲火で「ヒラリー・P・ジョーンズ」が戦闘不能になった事を伝える。

 

これでTG8.2は四隻の駆逐艦を戦列外に失った。

生き残った「マディソン」「ラフィー」「バートン」の三隻と雷撃を成功させなければならない。

 

「アトランタ」が艦首を左に振る。

 

正面に見えていたル級戦艦が右に流れ、「アトランタ」の右側に移動した。

 

艦橋から魚雷が発射される瞬間は見えない、「魚雷発射完了」の報告で、それと知るだけだ。

だが、「アトランタ」からは四本、駆逐艦からは各八本、計二十八本のtype93が発射されたのだ。

 

type93は弾頭炸薬がMk16魚雷の約二倍搭載されており、一本で巡洋艦を戦闘不能に陥らせるとこができる。

それ程の破壊力ならば戦艦も無事ではすまない。

 

カルフーンは敵艦に高々と水柱が上がるのを期待しながら、ル級戦艦を見続けた。

 

リ級が放った砲弾が飛来した。

 

カルフーンは意に返さない。

「アトランタ」は転舵した直後であり、直進する前提で放った砲弾は見当外れの海域に着弾するはずだった。

 

だか、砲弾は散布界と言う一定の範囲にばらけて落下する性質を持っている。

三連装砲は、特にその傾向にあった。

 

「アトランタ」はリ級重巡が放った射弾の散布界から脱出していなかった。

 

「アトランタ」艦橋の目の前で凄まじい閃光が発生し、同時に衝撃で全ての窓ガラスが粉々に吹き飛んだ。

 

カルフーンは衝撃で大きくよろめき、海図台の手すりに手をかけた。

 

「喰らった…のか⁉︎」

 

クルーズが驚いたように言う。

 

「第一砲塔損傷。第二砲塔旋回不能!」

 

射撃指揮所からベッカーの報告が届いた。

 

リ級の放った二十センチ砲弾は、第一両用砲を粉砕し、衝撃で第二両用砲の台座を歪ませて旋回不能に陥れたのだ。

 

「怯むな。撃ち続けろ!」

 

カルフーンは指示を飛ばした。

 

生き残った第三両用砲と上部構造物の右側の第五両用砲がル級戦艦に向けて咆哮し、左側に位置している第四両用砲は後方から近づいて来る敵駆逐艦に撃ちまくる。

 

だが、敵艦隊の勢いは止まらない。

 

「『バートン』被弾。轟沈です!」

 

「クソ。ル級の仕業か!」

 

見張員の言葉に、カルフーンは罵声を発した。

 

ル級戦艦は、砲弾の装填に時間がかかり、素早く動く駆逐艦への命中率も悪いが、喰らったら一撃で致命傷を与える事が出来る。

 

これで二隻の駆逐艦がル級の餌食になったのだ。

 

 

 

再び、リ級の砲弾が飛来する。

 

飛翔音が途切れた瞬間、「アトランタ」の中央部に一発が直撃した。

 

奥底から、響き渡ってくるような炸裂音が轟く。

あたかも、艦が打撃に悲鳴を上げているようだった。

 

同時に、乗組員がよろけるほど「アトランタ」が大幅に減速する。

 

(缶をやられたな…)

 

カルフーンは見当をつけつつ、機関室に通じる艦内電話を手に取った。

 

「被害は…?」

 

「み、三つの缶をやられました。十五ノット程度しか…出せま…せん」

 

カルフーンの問いに、機関長は答えた。

先の被弾で重症を負ったのか、激しく喘ぐ声が聞こえてくる。

 

「分かった。修復に全力を尽くしてくれ」

 

カルフーンは冷静を装って指示を出し、受話器を置いた。

 

置いた瞬間、「アトランタ」の目の前に、まとまってル級が放った三十六センチ砲弾が落下した。

艦が着弾によって発生した波によって、大きく動揺する。

もしも「アトランタ」が減速していなかったら、まともに喰らっていただろう。

 

それ程、際どい距離だったのだ。

 

 

「まだか…魚雷は!」

 

カルフーンは苛つき気味の声で言った。

 

type93の雷速は速く、そろそろ敵艦隊に到達してそうなものだが…。

 

 

その時、リ級重巡が放った射弾が飛来した。

 

どの巡洋艦が「アトランタ」を砲撃しているのか判別できないが、砲弾が着弾し、「アトランタ」の左右に水柱が突き上がった瞬間、

一発の敵弾が「アトランタ」の艦橋に直撃した。

 

カルフーンが目を見開いた刹那、今までの被弾とは比べものにならない程の衝撃が艦橋に襲い掛かかった。

 

カルフーンは衝撃で吹っ飛ばされ、背後の隔壁に背中を強くぶつけた。

肺の中の空気が一瞬で吐き出され、数秒間、吸うことも吐くことも出来なくなる。

右肩に激痛が走り、カルフーンは呻き声を上げた時には、両手を床につけて這いつくばっていた。

 

大きく息を吸い、ぼんやりとする目をパチクリさせながら体を起き上がらせる。

 

最初に視界に入って来たのは、右側に大穴が開いている艦橋だった。

 

縦五メートル、横六メートルほどの穴が穿たれており、穴の向こう側には、小火災を起こしたル級戦艦が見える。

 

カルフーンは痛む右肩を押さえながら、艦橋内を見渡した。

 

ところどころで火災が発生し、黒煙の匂いが鼻を突いた。

 

血、肉片が壁にこびり付いており、生き絶えた艦橋要員や元が何かわからない肉塊が床に転がっている。

 

カルフーンの脳裏に、自分を忠実に補佐してくれていた部下達の名前が浮かんだ。

 

「航海長…クルーズ航海長!」

 

返事はない。

 

「ウェイブス!、モリソン!……トニー!…ベッカー!」

 

カルフーンは目に涙を浮かべながら、部下の名前を呼び続けるが、返事はない。

 

 

 

 

「う……艦長…」

 

かすれるような声がカルフーンの耳に届く。

 

 

「クルーズ航海長!」

 

カルフーンは声がした方向に振り向いた。

巨大な破片が左胸に刺さり、壁に寄りかかってぐったりとしている航海長の姿が視界に入る。

 

「クルーズ!」

 

カルフーンは部下の名前を叫び、駆け寄って手を握った。

 

「おい…しっかりしろ!」

 

カルフーンは叫んだが、クルーズはカルフーンと目が合った瞬間に力尽き、握った血まみれの手が力なく床に落ちた。

 

 

「……すまない」

 

カルフーンは、クルーズの目を閉じさせながら呟いた。

 

突撃の指示を出したのは自分だ。

所属艦艇のほとんどを失い、時間は30分程しか稼げていない。

結局、type93を使った必死の雷撃も失敗した。

 

カルフーンは立ち上がって、ル級戦艦を睨み付けた。

 

 

 

責任は、艦と運命を共にする事で取る。

 

 

 

 

日本のサムライは、自らの責任の取り方に“ハラキリ”というものがあると、クルーズから聞いた事がある。

 

自分で自分の腹を、小刀で切るのだ。

 

それを聞いた時、「そんな馬鹿なことがあるか」と笑い飛ばしたが、今になってはその精神も理解できる。

 

 

 

 

 

だが、いつまでたっても、ル級とリ級の射弾は飛んでこなかった。

 

カルフーンは疑問に思ってル級戦艦を見た時、自分の目を疑った。

巨大な二本の水柱がル級の至近に発生したのだ。

 

カルフーンはTG8.2が放ったtype93が命中したのかと思ったが、時間的にtype93は敵艦隊の遥か後方に過ぎ去っているだろう。

 

「一体、何が…?」

 

カルフーンがそう呟き、周囲を見渡した時、正面の海域に閃光が走った。

 

巨大なパゴダマストが海上に浮かび上がり、砲声が響き渡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「第二艦隊だ…!」

 

カルフーンの口からは、自然に声が出ていた。

 

 

 

日本の戦艦が、これほど大きく、力強く見えたのは初めてだった。

 

 




次回は金剛型戦艦対ル級戦艦

です!


どうでもいいことだけど、合格した〜

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