南洋海戦物語〜人類の勇戦譚〜   作:イカ大王

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いやー、「金剛」はプラモ持ってますけどカッコイイですよねー


第二十四話 ルソン沖の雷鳴

1

 

TG8.2より発せられた救援要請を受信した時、第二艦隊はルソン島北岸より二十浬の海域まで、東岸に沿って南進していた。

 

 

新たな敵艦隊が出現すると仮定した場合、その敵艦隊がルソン島西側から出現してTG8.1を攻撃するのか、ルソン島東側に周り込んでLST部隊を攻撃するのかで、柳沢第二艦隊首席参謀と、連絡官として「金剛」に乗り込んでいる風巻GF首席参謀との間で意見の対立があった。

 

両者一歩も引かず、最終判断は古賀峯一(こが みねいち)第二艦隊司令長官が下すこととなり、その結果、古賀は「新たな敵艦隊が現れた場合、揚陸中のLST部隊を攻撃する可能性が高い」と判断し、第二艦隊の南進に踏み切ったのだ。

柳沢参謀は不服そうな顔をしていたが、古賀の判断が正しかったということはTG8.2の悲鳴染みた電文内容が裏付けている。

 

 

第二艦隊はそれを受けて、巡航速度の十八ノットから最大速度の三十ノットに増速し、戦艦二隻を含む敵艦隊が出現した海域へと急いだ。

 

 

 

 

そして今、第二艦隊は敵の捕捉に成功したのだ。

 

 

 

 

「敵戦艦、米巡洋艦への砲撃を中止!」

 

「榛名」が第一射を放った直後、艦橋見張員が報告を上げる。

 

「我々の存在に気付いたようだな…」

 

古賀はそう呟いて「金剛」の正面海域に目を向けた。

先行している第二水雷戦隊の艦艇がぼんやりと見え、その向こうには炎上している敵味方の艦艇が十隻以上停止している。

その中でも一際大きな炎を背負っている艦がいた。

 

恐らく、TG8.2旗艦の「アトランタ」だろう。

 

圧倒的な戦力差の中、敵に挑んだ部隊の旗艦は、燃え上がる艦体を沈黙のまま海上にとどめていた。

 

 

「敵艦隊、再集結しつつあり。戦艦二、巡洋艦四、駆逐艦多数。本艦よりの方位0度。距離二〇〇(フタマルマル)

 

電測室より電測長が報告をあげた。

電探は、しっかりと敵艦隊を捕捉しているようだ。

 

第二艦隊の主要艦艇には、米国から供与されたSG(シュガージョージ)対水上レーダーが搭載されている。

日本海軍には「電探は電波を発して敵を捜索するため無線封鎖の原則に反する」や「訓練された見張員の捜索能力を持ってすれば問題なく、わざわざ外国に融通してもらう必要はない」という意見が多く、電探の開発に本腰を入れているとは言えなかった。

だが、日本海軍は日米防共協定や日英防共協定による米軍や英軍との軍事交流を通じて、その優秀な捜索能力に興味を示した。

電探の搭載に難色を示す人は多かったが、山本五十六GF司令長官や豊田副武(とよだ そむえ)艦政本部長をはじめとする海軍上層部が賛成した為ーー重巡以上の艦艇にのみだがーー搭載が決定されている。

電探は真空管などの取り扱いが難しいため、戦力になってくれるか古賀自身も半信半疑だったが、電測員は的確に敵情を伝えてくれていた。

 

古賀が電探についての考えを打ち切った時、「金剛」の艦内に主砲発射を告げるブザーが鳴り響く。

ブザー音が鳴り終わった直後、「金剛」がル級戦艦への二回目の交互撃ち方を放った。

第一砲塔と第二砲塔の二番砲身から真っ赤な炎が噴き出し、周囲の海面を一閃させ、二水戦の艦艇も暗闇から浮かび上がらせる。

直径約三十六センチの砲門から、雷鳴のような砲声と共に二発の砲弾が叩き出され、二万メートル先の敵艦隊に飛ぶ。

艦が発砲の影響で小刻みに震え、艦橋要員達を“濡れ雑巾”と呼ばれる衝撃が襲った。

主砲発射で生じる衝撃波と風圧が、濡れ雑巾でおもいっきり顔を叩かれたときの衝撃と似ているためこの名がついたらしい。

 

古賀は、傍らで顔をしかめている若い参謀に笑いを含みながら声をかけた。

 

「風巻参謀。“濡れ雑巾”はどうだ?」

 

「き…きついっス」

 

風巻は目をパチパチとしながら答えた。

 

彼は米国駐在武官、航空本部員、支那方面艦隊首席参謀、軍令部作戦部長などを歴任しており、どちらかというと陸で仕事をしている方が長い。

彼に「金剛」の発砲はきつかったようだ。

 

 

「敵戦艦、面舵。針路90度。他の艦艇は針路0度。距離一九〇(ヒトキュウマル)!」

 

今度は艦橋見張員が報告した。

敵艦隊は、戦艦でT字を描き、巡洋艦、駆逐艦を接近させて第二艦隊と戦うようだが、古賀は深海棲艦が「戦艦は戦艦同士でケリをつけよう」と言ってきているようと思えた。

 

「全艦へ通達。三戦隊目標、戦艦。四戦隊目標、巡洋艦。二水戦目標、駆逐艦。全艦突撃せよ!」

 

古賀は力強く下令する。

 

素早く「金剛」の通信アンテナから命令電文が飛んだ。

 

命令を受信した各部隊は、それぞれの旗艦を先頭にして増速する。

「神通」率いる二水戦が真っ先に突撃し、第四戦隊も「愛宕」を先頭に「高雄」「摩耶」「鳥海」の順で最大速度の三十四ノットに増速する。

 

「三戦隊、砲撃一時中止。戦隊針路90度!」

 

古賀は「金剛」艦長 大杉守一(おおすぎ もりかず)大佐に命じた。

 

「取舵一杯。針路90度」

 

「とーりかぁーじいっぱーい!」

 

大杉が復唱し、操舵室で舵輪を握っている将兵の声が、伝声管を通じて聞こえてくる。

 

舵はすぐに効かない。

第三戦隊の「金剛」「榛名」は直進を続ける。

 

 

「『愛宕』射撃開始。『高雄』『摩耶』続いて射撃を開始」

 

「二水戦、敵駆逐艦と交戦に入りました!」

 

見張員が二つの報告を上げた。

 

確かにそのようだ。

右前方の海域では多数の閃光が走り、吹雪型駆逐艦や高雄型重巡の艦影、三脚マストが特徴的な敵巡洋艦の影が海上に浮かび上がる。

 

やがて、「金剛」の艦首が左に振られ、「榛名」も続く。

二隻のル級戦艦と同航戦を戦うべく、二隻の金剛型戦艦は針路90度にとる。

右側に見えていた発砲炎やルソン島の薄っすらとした輪郭が、右に流れて見えなくなり、正面に広大なフィリピン海が見え始める。

直進に戻った時、二隻のル級戦艦は「金剛」の右前方、一万四千メートルの位置に見えている。

敵の方が早く変針したため、第三戦隊よりも先行する形となったのだ。

 

 

「『金剛』目標敵一番艦。『榛名』目標二番艦。準備出来次第撃ち方始め!」

 

「水偵に打電。吊光弾投下!」

 

古賀は二つの命令を発した。

 

古賀の指令を受け、眼下の第一、第二主砲がゆっくりとその巨体を右に旋回させ、二門ずつの砲身に仰角をかける。

ここからは見えないが、後部の第三、第四主砲や「榛名」の主砲四基もル級に狙いを定めているだろう。

 

二隻の敵戦艦の上空に、満月のようなおぼろげな光が点灯した。

光源は風に揺られながら高度を落とし、ル級戦艦の艦影をぼんやりと浮かび上がらせる。

 

既に射出し、上空を舞っていた二機の零式水上観測機が、「金剛」「榛名」の射撃目標を明確にすべく、吊光弾を投下したのだ。

 

 

直後、右前方の海面で、凄まじい閃光と共に真っ赤な火炎がほとばしった。

瞬時に敵戦艦の輪郭を浮かび上がらせ、その周囲の星々の光を吹き払う。

 

閃光が消えてから数秒後、最初の光源よりやや後ろに下がった位置にも、新しい閃光が閃らめく。

 

若干の時間をおいて、大気が激しく鳴動し始める。

ル級戦艦が放った三十六センチ砲弾が飛来したのだ。

 

轟音が途切れた、と感じた瞬間。「金剛」の右正横の海面が砕け、四本の巨大な水柱が高々と突き上がった。

 

「金剛」の艦橋の高さを遥かに超え、右舷側で戦闘中の第四戦隊や二水戦を隠す。

 

「『榛名』に至近弾!」

 

見張員が大声で言った。

敵戦艦は一隻ずつで「金剛」「榛名」を砲撃しているようだ。

 

「ル級戦艦の兵装は伊勢型や扶桑型と同じく、三十六センチ砲十二門の大火力です。八門の金剛型ではやや分が悪いですな」

 

第二艦隊参謀長 鈴木義尾(すずき よしお)少将が言った。

 

「日本海軍得意の夜戦だ。火力の差があっても、深海棲艦に引けは取らんだろう」

 

古賀がそう答えると、本日三度目となる砲撃予告のブザーが艦内中に鳴り響いた。

 

古賀が、主砲発射に備えて下腹に力を込めた時、ブザー音が途切れ、一瞬のうちに視界を閃光が支配した。

眼下でめくるめく発射炎が閃らめき、足元に落雷したと思える程の轟音が耳朶を打つ。

右側の海面が発射炎を反射して赤く染まり、さざ波が立った。

 

「『榛名』砲撃開始しました!」

 

後方からも重々しい砲声が届いた直後、見張員が報告する。

 

二隻の金剛型戦艦は、ル級へ向けて三度目、同航戦に入ってからは最初の砲撃を放ったのだ。

 

「どうだ…?」

 

古賀は双眼鏡をル級戦艦へ向けた、丸い視界の中に薄っすらと敵戦艦の影が見えている。

 

「だんちゃーく!」

 

ストップウォッチを見ている水兵が報告し、艦橋にいる全員が敵一番艦に目を向けるが、艦上に命中の爆炎は躍らない。

放たれた四発の三十六センチ砲弾は、海面を叩くだけに終わったらしい。

「榛名」も同じだ。敵二番艦にも命中弾はない。

 

「金剛」「榛名」は日本海軍が保有している艦の中で最古参であり、ベテランも多く乗り込んでいるが、夜間一万四千メートル先の目標に初弾を命中させるのは至難だったようだ。

 

敵戦艦もお返しとばかりに第二射を放つ。

 

轟音と共に敵弾が飛来し、「金剛」の正面から右前方にかけて水柱が奔騰する。

基準排水量三万トンを超える巨艦は、至近弾に微動だにしない。

「金剛」は今までと変わらずに、敵艦と並進する。

 

「金剛」は続けて第二射を放った。

第一、第二、第三、第四主砲の二番砲身四門が咆哮し、衝撃が艦を震わせる。

後方に位置している「榛名」も、やや遅れて第二射を放つ。

時間差を開けて発射された八発の三十六センチ砲弾は、大気を震わせながらル級戦艦へ向かう。

 

敵一番艦の手前に、四本の水柱が噴き上がるのがぼんやりと見えた。

 

 

 

 

ここからは奇妙な膠着状態が続いた。

 

「金剛」「榛名」は第三射、第四射、第五射と、交互撃ち方を続けるが、空振りを繰り返すばかりであり、ル級戦艦もこちらに対して命中弾を得ていない。

着弾の距離が縮まった、と思った次の射弾には、また離れていたり、水柱が全く見えなくなったりと敵の射撃精度も粗かった。

 

 

 

 

 

最初に命中弾を得たのは、深海棲艦側だった。

 

 

 

 

「金剛」が第九射を轟然と放つ。

四発の砲弾が飛翔し、敵一番艦の反対側に着弾する。

 

今回も命中弾はない。

艦橋からは判別できないが、頭上の射撃指揮所に詰めているの「金剛」砲術長 浮田信家(うきた のぶいえ)中佐以下の砲術科員が着弾位置を敵艦に近づけていると願うばかりだった。

 

敵一番艦が十回目の射撃を行い、四発の砲弾が飛来する。

それが着弾した時、「金剛」の左側に二本、右側に一本の水柱が噴き上り、炸裂音が響いた。

艦橋が小刻みに震え、数人がよろめく。

 

「喰らったか…!」

 

古賀は、拳を握り締めながら呻くように言った。

 

「艦橋直下に被弾。第三、第四副砲損傷!」

 

「消火急げ!」

 

ダメージコントロールを担当する「金剛」副長戸崎大輝(とざき だいき)中佐が報告をあげ、大杉が対処命令を出す。

 

二基の副砲を失ったのは致命傷ではない。

だが「金剛」は直撃弾を喰らったのだ。

次からル級は斉射に移行し、十二発ずつの砲弾が飛来する事になる。

 

一発の敵弾を喰らった「金剛」だが、怯むことなく第十射を撃つ。

四発の三十六センチ砲弾が砲身より叩き出され、ル級戦艦へ飛ぶ。

 

砲戦開始時はル級戦艦が第三戦隊より先行していたが、時間が経つにつれて「金剛」「榛名」がル級戦艦を追い抜かしつつある。

同時に距離も詰まってきており、現在の距離は一万メートルを切っていた。

 

以上のことを考えると、そろそろ命中弾を得てもいい頃だが…。

 

水兵が「だんちゃーく!」と叫んだ直後、敵一番艦の中央部に真っ赤な爆炎が躍った。

 

「命中!」

 

浮田が歓喜を抑えられない声で報告する。

 

「よし!」

 

古賀は歓声を上げた。

古賀だけでなく艦橋にいる大杉や鈴木、風巻などの要員も喜びを露わにしている。

 

これで「金剛」も斉射に移行できる。

ル級戦艦から一方的にダメージを受けるという最悪の事態は回避できたのだ。

 

敵一番艦と「金剛」は装填のために沈黙する。

 

発砲は敵一番艦の方が早かった。

 

十二門全ての砲が発砲し、水平線まで暗闇から浮かび上がらせる。

十数秒後に、空そのものが落ちて来るような威圧感のある飛翔音が聞こえ始めた。

 

敵弾が着弾する直前、「金剛」は待望の第一斉射を放つ。

今までの倍する閃光が走り、同時に凄まじい轟音が乗組員達の鼓膜を震わせた。

計八つの砲門から、約八百キロの三十六センチ砲弾八発が叩き出され、音速の二倍以上の初速でル級戦艦に向かう。

 

斉射の余韻が収まった時、敵戦艦の射弾が着弾した。

 

 

着弾した瞬間、「金剛」を多数の水柱が包み込み、二発が直撃する。

「金剛」の巨体が大地震のように大きく揺れ、衝撃が二回続けて襲って来た。

一発が艦首に命中し、揚収機や甲板の破片を左舷海面に吹き飛ばす。

二発目は、第二煙突の真後ろにある後部艦橋を粉砕した。

そこに詰めていた後部見張員や航海士は全員死亡し、高さが半分以下に損じる。

 

「『金剛』の射弾は…」

 

古賀は呟いた。

「金剛」は高速戦艦とはいえ、元は巡洋戦艦だ。

四発、五発ならともかく、ル級の三十六センチ砲弾を十発、二十発と喰らって無事でいれるとは思えない。

それを防ぐ為には、こちらが大損害を受ける前に敵を戦闘不能にする必要がある。

古賀はそう思い、ル級戦艦を凝視した。

 

敵一番艦の周囲に高々と水柱が突き上がり、ル級の前部に巨大な爆炎が二つ上がった。

数えきれないほどの破片が飛び散り、ル級戦艦の艦影を浮かび上がらせる。

爆炎はすぐに収まるが、変わって大規模な火災が発生し、暗闇でもわかる程の黒煙を後方になびかせた。

 

 

「いいぞ!」

 

鈴木の歓喜した声が古賀の耳に届いた。

見た所、二発の砲弾がル級の前部に命中したらしい。

かなりの損害を与えたのがわかる。

もしかしたら前部に位置している第一、第二主砲を破壊できたかもしれない。

 

 

やがて、ル級が第二斉射を放つ。

大量の黒煙を吹き飛ばし、先と変わらない閃光を発した。

古賀は主砲の破壊を期待していたが、それは達成できていなかったらしい。

 

装填を完了した「金剛」も第二斉射を撃つ。

二度目の強烈な衝撃が艦を震わせ、一瞬光が視界を支配した。

衝撃が艦全体を打ちのめし、少しの間硝煙が視界を塞ぐ。

 

大気との摩擦で真っ赤に灼熱した双方の砲弾が、高空で交錯する。

「金剛」が放った八発は敵一番艦へ、敵一番艦が放った十二発は「金剛」へと、大気を鳴動させながらそれぞれの目標へ向かう。

 

敵弾が着弾した瞬間、水中爆発の衝撃が突き上がり、衝撃が「金剛」の艦首から艦尾までを貫く。

 

二発が「金剛」を直撃した。

 

最初の一発は、第三主砲と第四主砲の間に位置している飛行甲板を貫く。ガントリークレーンとカタパルトを粉々に爆砕し、第二層まで貫通した。

待機していた水偵搭乗員や航空機整備士を火焔が焼き尽くし、航空燃料や油脂に引火して火災が発生する。

 

二発目は第二主砲の正面防盾に命中したが、火花が散るだけであり、甲高い音と共に弾き返す。

金剛型戦艦は「高速戦艦」の名の通り機動性が重視されており、防御力が他の戦艦に比べて低い。

だが、採用されている主砲は伊勢型戦艦や扶桑型戦艦の主砲と同じく、堅牢に作られている。

ル級の三十六センチ砲弾は、その装甲を貫通できずに明後日の方向に弾き飛ばされたのだ。

 

 

「金剛」が放った砲弾がル級に襲いかかる。

 

今度は、ル級の後部に集中して命中した。

三度、ル級の後部に直撃弾炸裂の閃光が走り、火焔が湧き出す。

 

同時に巨大な爆炎が後部に発生し、後続している二番艦も照らし出した。

砲身のような長細い物が爆炎と共に宙を舞い、炸裂音が「金剛」に届く。

 

「やったか…⁉︎」

 

古賀は身を乗り出した。

「金剛」の第二斉射弾はル級の第四主砲を破壊した可能性が高い。

もしもそうなら、火力が弱い金剛型として貴重な戦果だが…。

 

 

敵一番艦が第三斉射を放った。

前部は同じだが、後部から発せられた閃光が弱まってる。

「金剛」は第二斉射で、敵の火力の四分の一をもぎ取ったのだ。

 

「金剛」も第三斉射を発砲する。

「金剛」の装填速度は三十秒だが、ル級戦艦の装填速度は四十秒程のようだ。

「金剛」の斉射数がル級戦艦を追いつきつつあった。

 

 

以後の砲戦は熾烈を極めた。

 

双方共直撃弾を得ており、斉射一回ごとに二、三発の砲弾が命中する。

 

「金剛」はル級戦艦の第三斉射で、今までで最大の三発を喰らった。

第四主砲の天蓋に一発が直撃し、凄まじい炸裂音と共にこれを爆砕する。

 

敵弾は天蓋を瞬時に切り裂き、内部に着弾した瞬間に炸裂した。

第四主砲の砲員達が着弾した敵弾を見て凍りついた直後、真っ赤な炎と衝撃波が内部を蹂躙し、有り余ったエネルギーは二本の砲身と天蓋を宙高く舞い上げた。

衝撃で砲台自体が歪み、濛々とした黒煙を後方に引きずり始める。

 

主砲の天蓋は正面防盾に比べて装甲が薄い。敵弾は主砲の弱点と言える場所に命中したのだ。

他の二発は、右舷側に並べてある十五.二センチ単装副砲や十二.七センチ連装高角砲、光学射撃指揮装置を剥ぎ払う。

装填済みだった単装砲や高角砲の砲弾が誘爆し、小爆発が立て続けに発生した。

 

第四斉射では、一発が後部マストの根元に直撃する。

命中した瞬間、高さ四十メートル以上のマストが大きく揺らいだ。

三つの支柱のうち二本を破壊され、残った一本が支えていたが、やがて耐えられなくなり、コントロールを失った高楼は空中線を引きちぎりながら左の海面に倒壊して水飛沫を上げた。

 

 

「金剛」も負けてはいない。

 

第三、第四斉射で、計十六発の砲弾を発射し、うち五発が敵一番艦に命中した。

第三斉射で前部の主砲一基を破壊し、第四斉射では一発がル級戦艦の艦橋を直撃した。

 

破壊された前部主砲は、後部からのみだった黒煙を前部からも噴きあげる結果となり、敵一番艦の艦首から艦尾までを火災と真っ黒な煙が覆い尽くしている。

 

第四斉射が着弾した刹那、ル級戦艦の周囲に外れ弾の水柱が奔騰し、深海棲艦で特徴となっている三脚マストのてっぺんに閃光が走った。

 

水柱が引いた時、敵一番艦の艦影は大きく変わっている。

三脚マストが途中でへし折れて、高さが半分以下になっており、煙突が二本とも綺麗さっぱり消失していた。

 

 

「どうだ…ル級戦艦?」

 

古賀は敵一番艦に問いかけた。

 

 

敵一番艦が大損害を受けたというのは、誰から見ても一目瞭然だ。

ここで一番艦を撃破したら、すぐに「榛名」が斉射を撃ち合っている敵二番艦との戦いに加勢しようと考えていた。

 

だが、古賀の考えは打ち砕かれた。

 

敵一番艦が自らを覆っている黒煙を吹き飛ばし、第五斉射を放ったのだ。

 

「なんて奴だ…!」

 

古賀は賛嘆の声を上げた。

 

ル級戦艦は十発以上の三十六センチ砲弾を叩き込まれており、艦橋を粉砕され、主砲火力は半減している。

 

それでも、戦う意欲を捨てていない。

何として目「金剛」を撃沈する、という執念を感じさせた。

 

 

ブザー音が鳴り響く。

 

 

(撃て…『金剛』!)

 

 

古賀は口内で呟いた。

 

 

直後、第一、第二、第三主砲の六門が、雷鳴のように咆哮した。

六発の砲弾が火焔と共に叩き出され、弓なりの弧を描いてル級戦艦へ飛翔する。

 

 

ル級戦艦の砲弾が先に落下した。

 

飛来した六発の砲弾うち、五発が外れたが、一発が二本の煙突の間に命中した。

煙突直下に位置しているロ号艦本式缶八基のうち、半数に当たる四基が粉砕される。

缶とはタービンに蒸気を送り、スクリューを回転させる機関の一部だ。これを一基でも破壊されると、タービンが必要とする蒸気量を維持できずに艦の最大速度が低下してしまう。

 

 

缶を破壊された「金剛」が大幅に減速する。

 

最大速度の三十ノットは元より、二十ノットも出ていない。

 

 

 

「金剛」が大損害を受けた八秒後「金剛」の第五斉射弾が落下した。

この射弾も、敵一番艦の第五斉射と同じく五発が外れ、一発が命中する。

 

 

この時、「金剛」艦橋からは確認できていなかったが、敵一番艦は第一主砲と第四主砲を「金剛」の砲弾を喰らって破壊されていた。

第五斉射で命中した一発は、破壊されている第一主砲に直撃する。

 

引き裂かれていた天蓋から砲塔内に進入した砲弾は、エネルギーが尽きるまで層を真下に貫通し、第一主砲に装填する予定だった三十六センチ砲弾を保管しておく部屋ーーー弾薬庫ーーーで炸裂した。

 

敵一番艦は交互撃ち方十回、斉射五回を放っており合計百発の砲弾を撃ち出していたが、依然、百五十発以上の三十六センチが残っている。

 

その砲弾が一斉に誘爆した。

 

 

 

 

 

「敵一番艦、轟沈!」

 

海が割れたと思える程の大音響がルソン島東側の海域でこだました時、艦橋見張員が大声で叫んだが、その声を聞き取れる人は誰もいなかった。

 

海上に太陽が出現したと思えるほどの光が発生し、古賀は堪らず目を逸らす。

真っ赤なキノコ雲が湧き出し、そこを境にル級戦艦はV字に折れた。

 

数秒後、「ズンッ」と言った風の衝撃波が「金剛」に到達し、古賀は内蔵が押し上げられる間隔を味わった。

 

 

 

余韻は短時間で収まる。

二つにちぎれたル級戦艦は、火災を海水で消しながら、海中に沈んでいく。

水蒸気が充満し、はっきりと見ることができない。

 

だが、目の前で行われた戦艦の方最期は、ただただ「壮絶」の一言で尽きた。

 

 

「危なかったな…」

 

古賀は大きく息を吐いてから呟いた。

敵一番艦が轟沈間際に放った第五斉射で、「金剛」は大損害を受けた。

自慢の高速が発揮できなくなった上、主砲の一基が破壊されている。

そのほかにも、右舷の副砲や高角砲はあらかた破壊されており、後部マストもへし折れている。

 

この状態で、敵一番艦がまだ粘っていたら相討ちとなり、「金剛」も撃沈されるかもしれなかった。

 

「敵二番艦、面舵。退避する模様」

 

見張員が報告をあげる。

 

古賀は、右斜め後ろに目を向けた。

五、六箇所に火災を発生させたル級戦艦が右に回頭している姿が視界に映る。

 

敵二番艦は二対一の砲戦になることを恐れて、撤退するようだ。

 

 

 

「長官、追撃しますか?」

 

鈴木が言ってきたが、古賀は首を横に振って言った。

 

「いや…もういいだろう」

 

「金剛」は大破と断定される被害を受けている。

この状況で変に追撃したら、敵の反撃で損害がかさんでしまうかもしれなかった。

それに、第四戦隊司令部から“敵巡洋艦、駆逐艦退却ス”の電文が送られてきている。

敵艦隊の揚陸地点突入を阻止する事が第一目標であるだけに、その目標は達成できたと判断できた。

 

 

「全艦宛、打電。“逐次集マレ。二水戦ハ、人命救助ヲ開始セヨ”」

 

 

古賀が疲れ切った声で指示を出した。

 

 

 

これが事実上の戦闘終了宣言だった。

 

 




そろそろひと段落、かな?

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