南洋海戦物語〜人類の勇戦譚〜   作:イカ大王

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WBC、日本頑張れ!


第二十六話 反攻の歯車

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連合艦隊司令部が6月23日から24日にかけてルソン島周辺で行われた海戦ーー第二次ルソン島沖海戦ーーの詳細を把握したのは、第二艦隊と米アジア艦隊が呉に帰投した6月27日の夕方だった。

 

「まず、第二艦隊の被害から報告します」

 

GF司令部が仮住まいを置いている呉鎮守府の作戦室で、最初に話し始めたのは第二艦隊に同行していた風巻康夫GF首席参謀だった。

風巻は帰還したのち、各艦隊の戦闘詳報の情報をまとめ、会議に備えていたのだ。

 

作戦室には米アジア艦隊を代表してレイモンド・スプルーアンス少将とカール・ムーア大佐、古賀峯一中将や鈴木義尾少将などをはじめとする第二艦隊司令部幕僚、山本五十六大将や宇垣纏少将、三和義勇大佐などのGF司令部要員が顔を並べている。

 

風巻の声が作戦室に響いた瞬間、第二艦隊の面々の顔が一様に暗くなった。

 

風巻は構わず喋り始める。

 

「『高雄』『朝潮』『満潮』沈没。『金剛』『愛宕』『神通』大破。『榛名』『摩耶』『早潮』中破。『天津風』『時津風』小破……です」

 

GF参謀の中でどよめきが広がる。

 

第二艦隊はル級戦艦二隻を中心とした敵艦隊相手に、完勝と言わないまでも、勝利と判断できる戦果を上げた。

敵艦隊との戦闘を終了した時点では大破は「金剛」のみであり、沈没艦に至ってはゼロだった。

 

だが帰投の際、大規模な敵の潜水艦網に引っかかってしまい、「高雄」に六本、「朝潮」「満潮」に各一本ずつの魚雷が命中、この三隻はバジー海峡に沈んでしまう。

第二水雷戦隊の駆逐艦は敵潜水艦に魚雷を撃たせないよう奮迅したが、日本海軍駆逐艦の対潜装備で全ての敵潜を封じ込めることができず、三隻の他にも、「愛宕」「摩耶」といった主力艦にも魚雷が命中し、第二艦隊の被害は膨れ上がった。

 

その結果、健在な巡洋艦以上の艦は「鳥海」のみになってしまい、第二艦隊は事実上組織的戦闘力を失ってしまったのだ。

 

「続いて、米アジア艦隊の被害報告です」

 

風巻は、自らがまとめたノートをめくりながら言う。

 

「重巡『クインシー』、軽巡『アトランタ』、駆逐艦十隻、LST二隻が沈没。その他、重巡二隻、駆逐艦四隻が損傷です」

 

「…すなわち、合計すると巡洋艦三、駆逐艦十二、輸送艦二隻が沈み、戦艦二を含む十四隻が損傷した、ということか…」

 

「おっしゃる通りです」

 

山本の言葉に風巻は肯定した。

 

「損害軽微、とは言えませんな…」

 

三和が首を振りながら口を開く。

戦艦よりも、潜水艦からの方が被害が大きいことに驚いている様子だった。

 

「戦果はどうなんだ?」

 

宇垣が風巻に問う。

 

宇垣の問いに、風巻は一息ついてから話し始めた。

 

「日米両艦隊の戦果を合わせて…ル級戦艦一隻、リ級重巡三隻、へ級軽巡一隻、イ級駆逐艦八隻を撃沈。ル級戦艦、リ級重巡、へ級軽巡の各一隻とイ級駆逐艦五隻を撃破です。LST部隊の物資も大半が揚陸を完了しており、結果的に言うと我々の勝利です」

 

風巻が言い終わると、古賀が話し始めた。

表情は、苦虫を飲み下したように歪んでいる。自らの艦隊が大損害を受けたことで自責の念に駆られているのだろう。

 

「今回の海戦は、戦略的にも戦術的にも勝利しました。しかし、薄氷の勝利と言わざる終えません。米アジア艦隊も我々第二艦隊も、敵に踊らされました。TG8.2の奮戦がなければ、LST部隊はル級の巨砲に蹂躙されていたかもしれません」

 

古賀に続き、スプルーアンスが話し始めた。

 

「新たに、敵潜水艦の問題も浮上しました。過去に我々はハワイ諸島周辺で大規模な敵潜水艦部隊に捕捉され、大損害を受けましたが、それと同程度の潜水艦部隊が極東海域にも配備されていると判断します」

 

今回の海戦では敵艦隊に大損害を与えて撃退したが、新たに潜水艦という脅威が現れたのだ。

南方航路が復活しても、敵潜水艦に通商破壊を行われては意味がない。

 

なんとも厄介な敵が現れたものだな…作戦室に参集している参謀たちは皆一様に思ったことだろう。

 

 

「さて、海戦の詳細はわかった……」

 

山本はそう呟くように言うと、宇垣に目で指示した。

宇垣は軽く頷くと、作戦室を見渡しながら口を開く。

 

「実は、諸君らが帰還している最中、重要な情報が連合艦隊にもたらされた」

 

それを聞くや、第二艦隊の幕僚達は身を乗り出し、スプルーアンスとムーアは顔を見合わせた。

風巻もその情報については知らされておらず、宇垣の次の言葉を緊張した面持ちで待つ。

 

「24日早朝に海南島を飛び立ち、マニラ中心部の偵察に向かった陸軍の一〇〇式司令部偵察機が、いくつかの写真を撮影した。残念ながら同機の偵察員は敵の弾片により即死。操縦士も台湾に辿り着いた瞬間に力尽きてしまったが、戦死した偵察員のカメラを現像してみると、そこには驚くべきものが写っていた」

 

宇垣はそう言いながら、手元に置いてあった封筒から六枚の写真を取り出し、机の上に並べた。

 

六枚中四枚の写真は同一の物を写していることが一目でわかるが、その「写しているもの」が参謀達を瞠目させた。

 

写真は縦に伸ばされているが、マニラ湾のほとりに巨大な円柱形の建造物がそびえ立っているのがわかる。

 

「これは…?」

 

風巻の口からは、自然にそのセリフが漏れていた。

 

「不明…だな。これを撮影した本人も、機体を操っていた陸軍航空兵も戦死してしまい、直接見た人の証言も聞けない。一応、深戦研に回して分析を依頼してはいるが、この巨大構造物の正体が判明するかどうか…」

 

山本も、お手上げだと言いたげな顔で言う。

 

「米海軍の情報で、このような巨大構造物に心当たりはありませんか?」

 

風巻はスプルーアンスに聞いたが、スプルーアンスは首を横に振りながら答える。

 

「いや、こんなものは見たことがない…」

 

 

1898年に一度遭遇して以来、深海棲艦の情報を分析し続けている米国でも、この構造物の正体はわからないようだ。

 

 

「これらの分析は深戦研に任せるとして、我々が確認したいのはこの写真だ」

 

そう言って、山本は残りの二枚を指差した。

こちらも縦に伸ばされているが、四隻の大型艦が写っていることがわかる。

 

 

「写真分析の結果。この四隻中二隻の大型艦は、四十センチ三連装砲を前部に二基、後部に一基搭載しており、今まで確認されていなかった深海棲艦の新型戦艦、という結論に至った」

 

宇垣が「新型戦艦」と言った瞬間、作戦室内がざわついた。

 

もしもその情報が正しかったら、極東の深海棲艦部隊は想定よりも一段と強力だ。

四十センチ砲九門という大火力は、伊勢型、扶桑型、金剛型といった旧式戦艦を圧倒し、四十センチ砲八門の長門型でさえ、四十センチ砲が新型戦艦と比べて一門少ない。

 

「この新型戦艦は、深戦研の深海棲艦艇命名規則により、『タ級戦艦』の名称が決定された。現在、タ級はマニラ湾に二隻が確認されており、写真に写っているル級二隻と、第二次ルソン島沖海戦を損傷しつつも生き残ったル級一隻の合計五隻の戦艦が極東海域における敵艦隊の主力だと思われる」

 

宇垣が言い終わると、続いて三和が話し始めた。

 

「続いてルソン島の深海棲艦航空兵力についての新情報です。従来、極東制空権の維持はクラークフィールド飛行場姫が担ってきたと考えられていましたが、西海岸のイバ、東海岸バレルの二箇所に新たな飛行場姫が発見されました。両飛行場姫の規模はクラーク飛行場姫の半分ほどですが、二百五十機以上の甲型戦闘機と乙型爆撃機を有していることが航空偵察により判明しています」

 

以上のことが四ヶ月間に渡って行った情報収集で見出した結論だ。

二人が言った戦力が、極東海域の制空権、制海権を握っている深海棲艦の主力部隊だと考えられている。

 

 

「皆、承知していると思うが、この五隻を始めとする深海棲艦アジア艦隊と三ヶ所の飛行場姫を殲滅しなければ、南方航路復活など夢のまた夢だ。加えて敵潜水艦の問題もある。国内の石油備蓄と、米国からの重油支援が追いつかなくなるまで、あと四ヶ月しかない。反攻作戦案の作成は三和作戦参謀、風巻首席参謀を中心に進めてもらうが、それを踏まえて深海棲艦と直接手合わせした諸君の意見を聞きたい」

 

山本が言い切ると、作戦室に参集している幕僚たちの顔が引き締まったものとなった。

山本は、大規模反攻作戦の実施を示唆したのだ。近々の作戦実施は噂されていたが、実施を明言されると緊張せざるおえないのだろう。

 

始めに、第二艦隊首席参謀の柳沢蔵之介大佐が発言した。

 

「先に宇垣参謀長と三和作戦参謀が仰ったように・極東海域の敵戦力はそれらだけでしょう。しかし、私が危惧するのは作戦中に横を突かれる事です」

 

「横を突かれる……?ハワイを根城にしている深海棲艦部隊のことか?」

 

「左様です」

 

柳沢は宇垣の言葉を肯定すると、立ち上がって机上の太平洋地図を中心部分ーーハワイ・オアフ島ーーを指差した。

 

「オアフ島真珠湾の主人は3月1日を境に変わってしまいました。ハワイ諸島を偵察した潜水艦の情報によりますと、十隻の戦艦らしき大型艦を中心にした大艦隊が停泊している模様であり、この艦隊への備えが必要だと考えます」

 

柳沢の言葉に、数人の参謀が頷く。

 

南方航路復活を第一目標にするあまり、極東の敵戦力ばかり注視していたが、ハワイの深海棲艦も十二分に脅威だ。

 

極東の敵と合流されたら今以上に南方航路復活は難しくなるし、反攻作戦の最中に襲来したら、ガラ空きの日本本土を艦砲射撃で蹂躙されるかもしれない。

 

「艦隊を二分する必要があるかな…」

 

山本も危機感を持ったのだろう。呟くように言った。

 

「戦力を二分、ですか…ちと博打の要素が多いですな」

 

山本の言葉を聞き、三和は顎に手をやりながら言う。

日本に残された時間は少なく、極東に対する反攻作戦は一度しか実施できないことは確実だ。

一回しかないチャンスに対して重要な戦力を二分して挑むのはかなり危険な気がする。

 

「致し方ない。仮に作戦が成功して石油を手に入れることが出来ても、本土が焦土と化しては本末転倒だ。それに……」

 

「それに?」

 

「俺は博打が大好きだからな」

 

山本はニヤリと笑いながら言った。

 

 

「マニラの敵艦隊は我々に任せてもらえませんか?」

 

我、意を得たり。と言いたげな顔でスプルーアンスが口を開き、話し始めた。

参謀たちの目が、一斉にスプルーアンスに向く。

 

 

「今回の海戦で米アジア艦隊はかなりの損害を受けましたが、新たな増援部隊がアラスカのアンカレッジで待機しています。それを率いる指揮官は有能な上、新鋭戦艦二隻を含めた四隻の戦艦と正規空母四隻を有しています」

 

スプルーアンスが言い終わると、作戦室から「おぉ」という声が上がる。

 

日本海軍の決戦戦力を二分しなければならない状態で、スプルーアンスの申し出は何よりも有り難かった。

 

加えて、風巻も発言する。

 

「2月に竣工した『大和』も択捉島の単冠湾にて慣熟訓練を続けており、間も無く戦力化されるでしょう」

 

「大和」とは日本帝国海軍が満を持して送り出す世界最大、最強の戦艦だ。

他国海軍で類を見ない四十六センチ三連装砲を前部に二基、後部に一基、合計九門を装備しており、左右舷側の重要防御区画は「決戦距離から放たれた自艦の主砲弾を弾き返せる」規定をパスしており、ル級の三十六センチ砲弾はもちろん、新たに確認されたタ級の四十センチ砲弾すら易々と弾き返すことが可能だ。

「大和」一隻でル級戦艦なら四隻、タ級戦艦なら三隻を同時に相手にできる、とまで言われている。

 

現在は、米国からの重油と、北樺太の油田から産出した重油の両方を補給しやすいよう、北方の択捉島で訓練を続けている。

反攻作戦は「大和」の慣熟訓練を終了した暁に開始されるだろう。

 

「『蒼鶴』と『海鶴』は間に合わぬか…」

 

山本は残念そうに言った。

 

「蒼鶴」と「海鶴」とは佐世保と呉の海軍工廠にて艤装中の翔鶴型航空母艦の三、四番艦だ。

深海棲艦によるシーレーン遮断の影響で、工期が遅れているという。

この二隻が戦力化されれば、第一航空艦隊の他にもう一つの空母機動部隊を編成する予定だったが、四ヶ月以内に竣工することはスケジュール的に不可能だった。

「戦艦よりも空母」と言ってやまない航空屋の山本にとっては、「大和」より二隻の正規空母が艦隊に加わってくれた方が良かったらしい。

 

「もう、意見はないか?」

 

山本は作戦室を見渡しながら言った。

 

参謀達は引き締められた顔を微動だにしない。

 

 

「では諸君、会議はこれにて終了。風巻、三和、宇垣の三名は他の参謀と共同で反攻作戦案を練り上げろ」

 

山本が言い終わると、作戦室に集まっていた参謀達が一斉に起立し、山本に一礼する。

 

これで会議は終了した。

 

これを境に日本海軍は「情報収集」路線から「極東制圧」路線へと舵を切って行くこととなる。

 

 

 

 

 

「南方航路復活……まるで“極東打通”作戦だな」

 

 

 

 

風巻は誰にも聞こえないような声で、そう呟くのだった。

 

 




これでフィリピン攻防戦は終了ですね、

次の編からは、反攻作戦が本格的に動き出します。

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