南洋海戦物語〜人類の勇戦譚〜   作:イカ大王

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あー、高校楽しい


第三十一話 英東洋艦隊

9月12日

1

 

轟音が響き渡った。

 

同時に目がくらむほどの閃光が眼下に走り、基準排水量四万二千トンの巨艦が発砲の衝撃で小刻みに震える。

巨大な火焔が艦左側に噴き出し、海面にさざなみがたつ。

瞬時に闇が吹き払われ、周囲を固める巡洋艦や駆逐艦の姿を暗闇から浮かび上がらせた。

 

 

マレー半島西海岸の町・マラッカよりの方位200度十浬の海域だ。

 

左側にはマレー半島が見え、反対の右側には極東有数の油田があるスマトラ島が薄っすらと確認することができる。

日はとうに暮れており、右上方には三日月が輝いていた。

 

 

「解せん」

 

英東洋艦隊司令長官トーマス・フィリップス中将は、旗艦「プリンス・オブ・ウェールズ」の艦橋で、腕を組みながら呟いた。

 

 

「確かに…そうですね」

 

フィリップスの傍らに立つ男性ーー英東洋艦隊参謀長のアーサー・E・パリサー少将は同意するように頷く。

 

 

 

 

3月1日ーー深海棲艦襲撃の日ーーは英東洋艦隊にとって最悪の日となった。

当時、シンガポールのセレター軍港に停泊していた軽巡四隻、駆逐艦十三隻、哨戒艇六隻、駆潜艇二隻、輸送艦七隻は全てが深海棲艦の奇襲により撃沈、又は大破着底となり、たった一日で全戦力の三分の二が失われた。

 

東洋艦隊司令部やセレター軍港の設備も全滅し、イギリス海軍はマレー半島以東の制海権を失ってしまう。

 

残存艦隊はセイロン島のツリンコマリーに後退し、ベンガル湾に深海棲艦が進入しないか監視することしかできなくなってしまったのだ。

 

シンガポールに展開した深海棲艦水上部隊は多数の巡洋艦、駆逐艦でマラッカ海峡を封鎖し、マレー半島のコタバル、クアンタンに上陸した深海棲艦地上軍を艦砲射撃で援護し続けた。

アーサー・パーシバル極東陸軍司令官は再三にわたり敵艦隊の排除を東洋艦隊に要請したが、司令官が不在で、なおかつ生き残った艦艇が旧式軽巡二隻のみとあってはいかんせん難しい。

 

フィリップスをはじめとする新たな東洋艦隊司令部が着任するまで、この状況は続いた。

 

だが、大英帝国は手をこまねいていたわけではない。

 

多数の航空部隊、機甲部隊をインド方面から展開させてクラ地峡の戦線を支えると共に、本国艦隊、地中海艦隊から多数の艦艇を引き抜き、東洋艦隊の戦力を増強した。

 

その艦隊に至っては、3月1日以前の戦力の四倍以上にまで膨れ上がっている。

 

戦艦「プリンス・オブ・ウェールズ」を中心に、巡洋戦艦「フッド」、巡洋艦は重巡「ロンドン」「デヴォンシャー」「シュロップシャー」「サセックス」の四隻と、もともと東洋艦隊に配備されていたリアンダー級軽巡の「アキリーズ」「エイジャックス」の二隻、敷設巡洋艦の「アブデイール」「ラトナ」「マンクスマン」「ワルシュマン」の計十隻。駆逐艦は増援を含めて二十四隻を有している。

 

 

「プリンス・オブ・ウェールズ」は去年末から竣工し始めたキング・ジョージ五世級戦艦の二番艦であり、中世の城を連想させる、ガッシリとした艦橋を持つ最新鋭戦艦である。

四連装主砲を前部と後部に一基ずつ、前部に連装主砲一基、計十門。四連装と連装の混合という特殊な砲配置を採用しており、主砲口径も時代に逆行するように三十六センチ砲を装備している。

だが、一部の装甲は日本海軍のナガト・タイプよりも厚く、速力は二十八ノットと、巡洋戦艦に迫るものがある。

通信設備やレーダー、対空砲も最新型のものが搭載されており、英海軍では「四十センチ砲搭載艦と互角に渡り合える三十六センチ砲搭載艦」の評価を得ている。

 

「フッド」は、物見櫓を思わせる三脚マストが特有だ。

同艦は1920年就役とやや古い艦だが、長らく使いこなされたためベテランが数多く乗っている。

さらに1940年、ドイツがビスマルク級戦艦を竣工させるまで世界最大の軍艦であり、ロイヤル・ネイヴィーの象徴とも言える艦だ。

その洗礼された艦影は、「世界一美しい軍艦」とも言われており、英国民の人気も高い。

主砲は「プリンス・オブ・ウェールズ」よりも口径が大きい三十八センチ砲を八門。連装四基として搭載している。

速力は約二十九.五ノットであり、巡洋戦艦の名の通り機動力も遜色ない。

 

「プリンス・オブ・ウェールズ」の頼りになる戦友だった。

 

「ロンドン」「デヴォンシャー」「シュロップシャー」「サセックス」の四隻は、いずれもカウンティ級重巡の第二グループとして建造されたロンドン級重巡である。

二十.三センチ連装砲を前部と後部に二基ずつ、背負式に搭載しており、四基八門の火力を誇る。

さらに二基の五十三.五センチ四連装魚雷発射管を装備しており、魚雷戦にも対応が可能だ。

「プリンス・オブ・ウェールズ」や「フッド」には及ばないものの、その攻撃力は敵駆逐艦を圧倒し、リ級重巡洋艦やホ級軽巡洋艦、へ級軽巡洋艦などの優秀な深海棲艦巡洋艦に対しても互角に戦える力を有していた。

 

敷設巡洋艦の四隻は、いずれもアブディール級敷設巡洋艦である。

文字通り、機雷敷設を専門とした巡洋艦であり、敵泊地に対して敷設を強行する目的で設計・建造された。

危険を伴う任務であり、素早く離脱できるように速力は三十六ノットと駆逐艦並の高速を誇る。

本来は、東洋艦隊に配備される予定はなかったが、米アジア艦隊の要請で、就役している全てのアブディール級が東洋に集っていた。

 

 

今、この海域にいる艦艇群は東洋艦隊の全兵力ではない。

「プリンス・オブ・ウェールズ」「フッド」を中心に重巡「ロンドン」「サセックス」、駆逐艦十二隻と言う編成だった。

 

「プリンス・オブ・ウェールズ」の後方に「フッド」が位置し、二隻の重巡は左側に、十二隻の駆逐艦は六隻ずつに分かれて、これら四隻の左右に展開している。

 

 

「今日こーーー」

 

 

東洋艦隊首席参謀サイモン・ヘイワーズ大佐が何かを言いかけた時、「フッド」の雷鳴のような交互撃ち方の砲声が響き渡った。

 

後方から届いた真っ赤な光が周辺の海面を照らし、「プリンス・オブ・ウェールズ」の正面海域に自らの艦橋の影が伸びる。

 

現在、二隻の戦艦はマラッカに展開している敵地上軍に対して艦砲射撃を実施しているのだ。

射撃を開始してから十分も経っていないが、つねに二隻合計で三十発以上の三十六センチ、三十八センチ砲弾を叩き込んでいた。

 

「今日こそは現れると思いましたがね……深海棲艦が我々の艦砲射撃を見過ごすとは考えられませんが…」

 

砲撃の余韻画収まった時、ヘイワーズは首を傾げながら言う。

このように、会話は砲撃の合間合間を縫って進められていた。

 

マレー半島西海岸の敵地上軍に対しての艦砲射撃は、今回が初めてではない。

八月中と九月前半に、計三回の艦砲射撃を実施している。

 

東洋艦隊がマレー半島への艦砲射撃に難色を示していたのは、艦隊の増援が来る前までのことだ。

深海棲艦はマラッカ海峡を巡洋艦や駆逐艦のみで封鎖しており、戦艦は確認されていない。

マレーシアには飛行場姫も確認されておらず、「プリンンス・オブ・ウェールズ」「フッド」をもってすれば、多少強引に制海権を敵に握られている海域を進んでも大丈夫だ、と判断されたのだ。

 

仮に敵巡洋艦部隊が襲来しても、二隻の戦艦で一蹴できる。

 

 

 

だが、敵艦隊は現れなかった。

 

一回目だけでなく、二回目、三回目も敵艦隊は出現せず、マラッカ海峡を封鎖していた深海棲艦水上部隊は、味方地上軍が巨砲に蹂躙されるのを黙って見過ごしたのだ。

 

参謀の中には「戦艦二隻を前に、戦意を失ってしまったのではないか?」という意見も出たが、フィリップスはそうは思っていない。

 

逆に、不気味さを感じていた。

 

「プリンス・オブ・ウェールズ」が、何回目かの砲撃を実施する。

凄まじい発射炎が光り、轟音がフィリップスの鼓膜を振動させる。

 

今回の砲撃は今までと違っていた。

今までは第一砲塔と第三砲塔の一番、三番砲身と二番、四番砲身を、第二砲塔は一番砲身と二番砲身を交互に射撃しており、一回に発射される砲弾は五発だった。

だが、今回は十門全てを発射している。

 

「プリンス・オブ・ウェールズ」砲術長のヘンリー・ミラー中佐が、交互撃ち方が十分と判断し、全門斉射に移行したのだろう。

 

「敵艦隊は、我々の弾切れを狙っているのかもしれませんよ?…私が深海棲艦なら、そうします」

 

「プリンス・オブ・ウェールズ」艦長のジョン・リーチ大佐が口を開いた。

 

「ふむ…考えられる事だが、レーダーには味方しか写ってないし、常時セイルフィッシュが周囲を警戒している。マラッカがシンガポールから近いと言っても、艦隊が航空機とレーダーの網をすり抜けることは無理じゃないか?」

 

パリサーは、右手を横に振りながら言った。

 

セイルフィッシュとは、日本製零式水上観測機を英海軍が採用したものだ。

正式名称は「ミツビシ・セイルフィッシュMkⅠ」であり、体格が大きいイギリス人に合わせて、コクピット周りが大きくなっている。

性能が高く、英海軍水偵乗りからはとても良い評価を得ていた。

 

パリサーの言葉に、リーチは反論する。

 

「マラッカ海峡沿岸に張り付いて島を背にし、レーダーをごまかす可能性は十分あります。それに、哨戒中のセイルフィッシュは四機のみです。水偵搭乗員の目を疑うわけではありませんが、網をすり抜けることは考えられます」

 

「仮に出現しても、我々には本艦と『フッド』がいる。深海棲艦の巡洋艦なんぞ敵ではないさ」

 

パリサーが諭すように言うと、リーチはバツの悪そうな顔をして沈黙する。

 

「敵艦隊が来ないことに不信感を持つ事は分かるが、敵が来ないに越したことはない…。今回の艦砲射撃で敵地上軍を粉砕すれば、それだけ陸軍が助かるからな」

 

フィリップスはリーチを見て言った。

生徒に教授する教師のような口調だった。

 

「は、はぁ」

 

リーチは納得できていないようだったが、引き下がる。

 

この時、フィリップスの心中で考えていたことが現実味を帯びはじめていた。

 

敵艦隊は、もうシンガポールにいないのではないか?というものである。

深海棲艦は自らの領域に進入した敵に対して、過剰なほどの攻撃を加えてくることはフィリピンを巡る戦いからも読み取れる。

そう考えれば、東洋艦隊は深海棲艦からすれば攻撃して撃退すべき対象なのは間違いない。

 

だが、駆逐艦どころか潜水艦すら姿を現さない。

 

敵艦隊は、マレー防衛を放棄してしまったのかもしれない。

 

 

「もう、シンガポールに敵水上部隊はいないのかもな…」

 

フィリップスがそう言うと、参謀達の目がフィリップスに向く。

 

丁度その時、「プリンス・オブ・ウェールズ」が第二斉射を放った。

巨体を主砲発射の衝撃が貫き、艦橋に詰めている参謀達の顔が閃光で浮かび上がった。

 

「と、いいますと?」

 

パリサーが言葉を続けるように促してくる。

フィリップスは「これは…私がふと思ったんだが」と前置きしてか話し始めた。

 

「敵は、マレーを我々を食い止めるためだけに占領したのではないかな…?敵の航空兵力はルソン島のみにしか無いし、艦隊の規模も桁違いだ…敵はルソン島を守るためだけに、要は捨て石のような役割のためにマレーを占領したと思うんだよ」

 

フィリップスの言葉に、ヘイワーズが同意するように言う。

 

「なるほど…可能性はありますね。現に我々はマレーで深海棲艦に食い止められ、半年間フィリピンに対する作戦に参加できませんでしたから…しかし、敵艦隊が出現しない理由にはならないのでは?」

 

ヘイワーズの問いに、フィリップスは答えた。

 

「捨て石であるマレーに、艦隊戦力を割けないと判断したからだと思う。恐らく、第二次ルソン島沖海戦で失った艦の穴埋めとして、マニラに向かったんじゃないかな。深海棲艦はルソンに戦力の集中を行なっているのかも…」

 

それを聞いた参謀達はほぼ同時に頷いた。

 

「今私が言ったことはあくまで推測だ。敵艦隊が来る可能性がないわけでわない。周辺警戒は厳としとけよ」

 

 

フィリップスはそう言ったが、敵艦隊は現れなかった。

 

 

艦砲射撃は何にも妨げられることなく続けられ、「プリンス・オブ・ウェールズ」と「フッド」は百発以上の主砲弾をマラッカに叩き込む。

弾道を計算されて飛来した砲弾は、着弾するや、地中深くに食い入ってから炸裂する。

巨大な火柱が形成され、土砂が舞い上がった。

近くにいたBDが消失し、無数の肉片が四方にばら撒かれる。

 

十五秒毎に飛来する十発前後の巨弾は、木々を根こそぎ吹き飛ばし、地面に穴を穿ち、アスファルトを粉砕する。

 

正面装甲が硬く、無類の防御力を持つBDとはいえ、戦艦の砲弾を喰らって無事な道理がない。

着弾する毎に落ち葉のように空中を舞い、粉砕される。

二隻の戦艦は碁盤の目に撃ち込むように、満遍なく砲弾をばらまいていく。

 

二隻の巨艦は十回、二十回、三十回と砲撃を繰り返す。

 

 

砲撃は二時間に及んだ。

 

東洋艦隊は陸との距離を詰め、内陸の敵勢力も叩く。

今まで英国が受けた貸しを、今回の艦砲射撃で全て清算しようとしているかのようだ。

 

 

 

だが、それでも敵艦隊は現れなかった。

 

水上、地上の深海棲艦は一切反撃することなく、ひたすら砲撃を受け続けている。

 

敵は、不気味な沈黙を延々と続けていた。

 

 





やっとキング・ジョージ五世級を登場させることができた……

東洋艦隊にもこれから思う存分戦ってもらいますね!

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