南洋海戦物語〜人類の勇戦譚〜   作:イカ大王

38 / 90


これからも更新遅くなりそうです…


第三十六話 攻撃隊帰還、そして…

 

 

「“敵機ノ迎撃ヲ受ク”。か……」

 

第二航空戦隊司令の山口多聞少将は、そう言って第一次攻撃隊指揮官機から送られてきた電文の綴りを握りしめた。

 

それを聞いて「飛龍」艦橋に詰めている幕僚達は、一斉に黙り込む。

その沈黙を破り、二航戦首席参謀の蔵垣早苗大佐が絞り出すように口を開いた。

 

「……敵機、ですか。なんとも厄介なものが現れましたね」

 

その言葉に、周囲の幕僚は同感だと言いたげに頷く。

 

 

第二航空戦隊の「飛龍」「蒼龍」「龍驤」が第一艦隊に編入された主な理由は、索敵力の強化と、航空攻撃による敵艦隊の戦力減殺を目的としている。

手持ちの艦攻を索敵機に回して索敵能力を上げると共に、敵艦隊を発見次第攻撃隊を放って「主力隊」との決戦前に敵の戦力をできる限り削っておくのだ。

すなわち、二航戦の基本任務の中に「制空権の確保」はない。

周辺海域に飛行場姫が建設されている島嶼がないため、敵航空兵力は皆無だと判断されたからだ。

 

だが現在、第一次攻撃隊が敵機の迎撃を受けるという、イレギュラーな事態が発生した。

 

当初の計画通りにことを進めていた二航戦司令部だが、(航空戦の指揮は航空の専門家である山口が取るように取り決めてある)出現した敵航空兵力への対策を早急に講じる必要に迫られているのだ。

「航空機が戦艦に変わって海軍の主力になる」と言われている現在、敵に航空兵力が存在しているというのは、かなり深刻な問題である。

 

山口の判断が、海戦の勝敗を左右するのは明白だった。

 

 

「我々が取るべき選択肢は、二つあります」

 

航海参謀の実山泉二(さねやま もとじ)中佐が、飛行甲板に視線を移しながら言った。

 

「当初の予定通り、第二次攻撃隊を戦艦八隻を中心とする敵艦隊に差し向け、『主力隊』との決戦に備えて戦力減殺に努めるか。それとも、新たに出現した敵機を発進させた元凶を探し出し、これを叩くか。です」

 

実山は、最後に「第一次攻撃隊を収容する以上、早急に飛行甲板を開けなければなりませんがね…」と言って自らの言葉を締めくくった。

 

実山の提示した二案のうち、前者に食いついたのは蔵垣だった。

 

「実山の言うとうりです。第一次攻撃隊が帰還する以上、飛行甲板は空けておく必要があります。ここは四の五言わずに二次攻撃隊を上げ、敵主力艦隊を再び叩くと共に、帰還機受け入れの状態を整えておくべきです」

 

蔵垣はやや力説するような口調になっていた。

 

江草からの続報によると、一次攻撃隊の艦爆隊はかなりの損害を受けたらしい。

詳しくはわからないが、半数近くが墜とされたようだ。

 

精鋭の艦爆乗りは、そう簡単に量産できるものではなく、ましてや大損害を受けたのは「艦爆の神様」と言われた江草隆草少佐率いる二航戦艦爆隊だ。

蔵垣は、彼らの消耗を抑えるためにも素早く収容してやりたいと考えたのかもしれない。

現に、「大和」から“対空電探感三、方位88度。第一次攻撃隊ト認ム。距離七十浬”との電文が数分前に「飛龍」に届いている。

数十分で「航空隊」上空に来れる距離だ。

だが、第二次攻撃隊の出撃準備はやや遅れている。

 

蔵垣の危機感にも、頷けるところがあった。

 

だが、「しかし……」と航空参謀の杉本重成(すぎもと しげなり)少佐が難色を示す。

 

「新たに出現した敵航空兵力は、かなり厄介な存在です。爆装の甲型戦闘機は軽巡程度なら傷つける能力を持っていますし、第二次ルソン島沖海戦では雷撃が可能なことも確認されています。敵航空機が『主力隊』の脅威になることは目に見えていますし、制空権確保の観点からも敵機を放った敵を潰す方が良いと考えますが…」

 

杉本の発言に、蔵垣は反論した。

 

「その『敵機を放った敵』がどういうものなのか具体性に欠けている。我々はそれが飛行場姫なのか、航空機搭載能力を持った敵艦なのか、はたまた確認されていない敵空母なのか、判断しかねるのだ。今できる最上のことは、叩ける敵を叩く。この一点に尽きる」

 

蔵垣に続いて、通信参謀の磯坂正孝(いそさか まさたか)中佐が口を開く。

 

「私も蔵垣参謀に賛成です。そもそも『敵機を放った敵』に攻撃隊を放つと言っても、どの索敵機もその存在を発見しておらず、所在不明です。よって、第二攻撃隊は当初の予定通り、敵主力艦隊に向かわせるべきだと考えます」

 

磯坂が言い切った直後、山口が「……それは違うだろ」と言った。

幕僚達の目が山口に向く。

今まで議論に加わらずに聞いてるだけだった山口だが、やや引っかかる所でもあったのだろうか?

 

「『五ヶ瀬』二号機は、敵主力艦隊の発見を報告してるじゃないか。その後に消息を絶ったが、これがヒントだと考える」

 

その言葉に磯坂は首をかしげる。

山口の考えを図りかねている様子だった。

 

「『五ヶ瀬』二号機は、君らが言っていた『敵機を上げた敵』を発見したんだと思う。だが、直後に敵に発見されて、通信する間も無く撃墜された……」

 

山口はそう言いつつ、海図台に足を進めた。

側近の幕僚達も続き、台を十人ほどの将校が囲む。

 

「『五ヶ瀬』二号機の索敵線は、第一艦隊の全周を360度で区分した内の、50度から60度線だ。敵主力艦隊を発見したのが、第一艦隊よりの方位50度二百四十五浬だから、敵航空部隊を発進させた敵は『五ヶ瀬』二号機の索敵線の先。すなわち、ここら辺に展開している可能性が高い」

 

山口は敵艦隊を示す赤い駒の右上の位置を、指揮棒でトントンと叩いた。

 

「司令は、索敵攻撃をなさろうと言うのですか?」

 

蔵垣が怪訝な顔で質問し、山口は力強く頷いた。

索敵攻撃とは、航空部隊が索敵を兼ねている航空攻撃方法である。

索敵の手間が省けて攻撃できるが、敵を発見できずに引き返してくる割合が通常の四倍以上に高くなってしまう。

 

「攻撃が空振りになる可能性が無いわけではないが、制空権確保はそれほどのリスクを背負ってもやり遂げなければならない事例だ」

 

だが、山口はそのようなリスクは先刻承知だった。

 

「……司令がそう仰るなら、異論はありません。第二次攻撃隊には索敵攻撃を実施させ、素早く第一次攻撃隊を収容しましょう」

 

蔵垣の一言で、二航戦の方針は決定した。

幕僚達は、山口の指示に従って動き出す。

 

 

 

 

だが、二航戦の方針は最初からつまずきを見せた。

第二次攻撃隊の発艦準備が進められて行く中、飛行甲板の後部にある第三エレベーターが故障して動かなくなったのだ。

第二次攻撃隊の三分の二は飛行甲板に上げられていたが、残りの機体は格納庫の中に残ったままになっている。

前部と中部のエレベーターは止まっておらず、機体を上げられない訳ではないが、これにより、ただでさえ遅れていた発艦準備が更に遅れてしまうこととなった。

 

「このままでは第一次攻撃隊の帰還に間に合いません。『蒼龍』『龍驤』の発艦準備は終了していますから、二隻を先に発艦させたらどうでしょう?」

 

実山が焦慮に駆られた表情で、意見を具申する。

山口は左手首につけている腕時計を見やった。

 

10時22分。

 

そろそろ第一次攻撃隊が帰還してくる時刻だ、間に合わない。

考えた山口は、実山に言った。

 

「ああ。私の名で、二隻に指示を出してくれ」

 

山口の指示は、素早くアンテナから「飛龍」「龍驤」に飛ぶ。

発艦準備を終わらせていた二隻は、第四駆逐隊の「萩風」「嵐」を従え、風上へと針路を取る。

 

今まで視界の外だった二隻が「飛龍」艦橋から見えるようになった。

二隻とも風上に針路を取ると、何かに急かされるように発艦を開始する。次々と華奢な零戦や、魚雷を抱いた九七艦攻が、風を巻いて蒼空へと飛び立つ。

 

 

いろいろと遅延事態が発生したが、北東の空に第一次攻撃隊の姿が薄っすらと見え始めた頃には、「飛龍」の発艦準備は終了していた。

 

「飛龍」の艦上には、第二次攻撃隊に参加する零式艦上戦闘機九機、九七艦上攻撃機十四機が並べられており、暖機運転に勤しんでいる。

合計二十三個のプロペラが発生させる風は凄まじいものがあり、「飛龍」の前方から後方へ、一つの気流を発生させていた。

 

「風に立て!」

 

「飛龍」艦長の加来止男(かく とめお)大佐が操舵室に指示を飛ばす。

やや間を空けて、基準排水量一万七千トンの空母が左に回頭し、艦首を風上ーー南西へと向ける。

 

誰もがスムーズに発艦作業が行われると疑っていなかった。

 

 

 

 

 

ーーーーだか、魔の手が襲いかかる。

 

 

 

 

 

「ん?」

 

山口は、首を傾げた。

 

第一艦隊の上空で警戒に当たっていた零戦が機体を翻し、北西方向に機首を向けたのだ。

フルスロットルを開いたようで、爆音が鳴り響く。

逆に対潜哨戒機の九七艦攻が、泡を食ったように低空に舞い降り、南西へと向かう。

「飛龍」の脇を通過する過程で、艦攻のコクピットから偵察員が上半身を乗り出し、必死に何かを伝えようと両手を大きく振る。

 

 

 

その時、艦橋見張員が悲鳴じみた声で報告を上げた。

 

 

 

 

「『日向』より発光信号。“接近中ノ航空機ハ、味方機ニアラズ。深海棲艦ノ航空機ナリ”です!」

 

「飛龍」艦橋に、電撃のような衝撃が走った。

加来や蔵垣、実山、磯坂といった要員達は、全員が目を見開き、言葉を失う。

 

ーーーー敵機?接近中の編隊は帰還中の味方機じゃないのか?ーーーという疑問が、彼らの胸中から湧き出した。

 

素早く反応したのは山口だった。反射的に艦橋から首を出し、接近中の編隊に双眼鏡を向ける。

 

丸い二つの視界に、固定脚が特徴な九九艦爆が見えて安心したのもつかの間、その艦爆の後方の断雲から、数えきれないほどの甲型戦闘機が姿を現したのだ。

 

「!」

 

山口はその時、全てを悟った。

 

「日向」からの報告には、やや齟齬がある。

敵編隊は、第一次攻撃隊が空襲を終了した時点から、攻撃隊を尾行していたのだ。

そうすれば電探に反応があっても、管面の光点からは第一次攻撃隊と敵編隊の区別がつかない。

第一次攻撃隊はその気が無くとも、敵機を第一艦隊上空へ案内してしまったのだ。

 

「悪魔か…深海棲艦は…!」

 

山口の首筋を、冷たいものがつたる。

 

「飛龍」の飛行甲板には、多数の魚雷を抱いた九七艦攻が並べられており、「蒼龍」「龍驤」からも発艦終了の報告は来ていない。

もしも飛行甲板に一発でも被弾した暁には、航空燃料と魚雷が誘爆を起こし、火の海になってしまうであろう。

 

 

考えたくもない最悪な未来が、山口の脳裏をよぎった。

 

 

 

 

 





どうする!多聞丸!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。