南洋海戦物語〜人類の勇戦譚〜   作:イカ大王

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第一艦隊頑張れッ


第四十一話 決戦海域、波高シ

1

 

第七、第五、第八戦隊が敵巡洋艦と砲火を交わしている頃。

第一、第二戦隊の戦艦七隻と敵戦艦八隻の砲戦も、たけなわとなりつつあった。

 

両単縦陣とも同じ針路の向かっており、同航戦の形を戦っている。

ひっきりなしに四十六、四十、三十六センチ砲の発砲音が轟き、約一トンの巨弾が味方戦艦に、敵戦艦にそれぞれ向かう。

外れた砲弾は海面に着弾して水柱をそそり立たせ、艦上に命中した砲弾は、直撃弾炸裂の閃光を走らせて無数の破片を四方に飛び散らせる。

被弾した戦艦は大きく振動して打撃に苦悶したり、逆に堅牢な装甲で敵弾を弾き返す。

ほとんどの戦艦が大なり小なりの黒煙を引きずっており、熾烈を極めた砲戦になっていることを伺わせた。

 

 

その戦いの渦中。

 

第一、第二戦隊計七隻の先頭に立つ「大和」は、同じく敵艦隊の先頭のタ級戦艦に対して十一回目となる交互撃ち方を放っていた。

 

ブザーが鳴り止んだ刹那、各砲塔の一番砲身から直径四十六センチの巨弾が轟音と共に発射され、凄まじい大きさの火焔が艦左側に出現する。

計三発の四十六センチ砲弾が音速の二倍以上の速度でタ級戦艦へと飛翔した。

 

「今度はどうだ?当たるか?」

 

第一艦隊司令長官の高須四郎(たかす しろう)中将は、発砲の余韻が収まった頃、「大和」の戦闘艦橋から敵一番艦を見やった。

 

「大和」は戦闘開始以来、まだ敵艦に一発も命中させていない。

高須の口調は、人類最強の艦砲を深海棲艦に思い知らせたい、と言いたげだった。

 

「すでに『長門』や『日向』は命中弾を得、斉射に移行しています。『大和』砲術科の技量が彼らに劣るとは思えませんし、そろそろ命中するのでは?」

 

第一艦隊首席参謀の津ヶ原伊織(つがはら いおり)大佐が、落ち着き払った声で言った。

それもそうだな…と高須が思った時、入れ替わるようにして敵弾が飛来する。

 

空そのものが落ちて来るかのような威圧感を持った飛翔音が途切れ、タ級戦艦の放った四十センチ砲弾が落下した。

「大和」の左舷側に四本、右舷側に三本の水柱がそれぞれ突き上がり、敵弾直撃の振動が二度「大和」を震わせる。

基準排水量七万二千トンの巨体は、敵弾を受け止めて動じないが、後方から二回の炸裂音が響く。

「大和」後部のどこかに敵弾が命中し、損害を与えたのだろう。

 

「カタパルト、後部甲板に被弾。ですが損害は軽微です。火災も起きてません」

 

「大和」艦長の宮里秀徳(みやざと しゅうとく)大佐が素早く報告する。

自らが預かった艦の防御力をかなり信頼している様子だった。

 

(いかに四十センチ砲と言えど、当たりどころが悪ければ「大和」でも致命傷を受ける。早めに命中弾を得なければな…)

 

高須は口中で呟いた。

「大和」は少し前にタ級戦艦の砲弾を喰らっており、以来三十秒毎に斉射弾を受けている。

先ほど被弾した第五斉射の命中弾も合わせて、計八発の敵弾を喰らっており、左舷側の機銃座や高角砲、カタパルトなどの脆い部分にに被害が蓄積していた。

重要防御区画に弾かれる砲弾もあるが、命中した敵弾は被害を確実に「大和」に与えているのだ。

 

対して「大和」は命中弾を得ていない。

今まで十回の交互撃ち方を実施しているが、虚しく敵艦の周辺に水柱をあげるだけである。

タ級戦艦から一方的に撃たれるだけとなっているのだ。

 

今のところ敵弾は「大和」の弱点を外れているが、何発も喰らってれば、いずれ命中する可能性が高い。

艦橋トップに直撃して砲戦に不可欠な測距儀を破壊されたり、煙突に命中していくつかの缶を使用不能にされるかもしれないのだ。

 

そう考えればいても立ってもいられないが、高須のできることは少ない。

今は、「大和」砲術長の松田源吾(まつだ げんご)中佐以下の砲術科員たちを信じて、待つことしかできなかった。

 

 

周辺から水柱が引いた時、さっき放った「大和」の第十一射が着弾する。

 

タ級戦艦の周辺に赤色の水柱が奔騰した刹那、タ級戦艦の前部と後部に一つずつ爆炎が躍った。

同時に無数の破片が八方に飛び散り、遠目でもわかるほどにタ級の巨体が震える。

 

「やった!」

 

「大和」艦橋内に歓声がこだました。

高須も大きく手を打ち、喜びの気持ちを表した。

 

被弾したタ級戦艦は、前部と後部の二箇所から黒煙を噴き上げている。同時に、真っ赤な火災を遠望することができた。

 

「大和」の砲弾は、少なからずの損害をタ級に与えたようだ。

 

「大和」は十一回目の射撃で待望の命中弾を得、次から斉射に移行できる。

人類最大最強の打撃力を持つ四十六センチ砲弾が、四十秒毎に九発敵艦に降り注ぐのだ。

 

「大和」は、斉射弾装填のためにやや沈黙する。

 

その間にタ級戦艦が第六斉射を放った。

黒煙を引きずるタ級戦艦の艦上に黒煙を吹き飛ばしながら、めくるめく発射炎が閃らめく。

二発の四十六センチ砲弾を食らっておきながら、なおもタ級の士気は旺盛のようだ。

 

タ級の第六斉射が着弾する直前、「大和」は待望の斉射を放つ。

 

計九門の砲門から凄まじく巨大な炎が踊り出し、今まで感じたことのない轟音、振動、閃光が高須に襲いかかった。

「濡れ雑巾」と呼ばれる固形化した空気が艦橋を震わせ、同時に凄まじい音と光が、数秒間高須の視覚と聴覚を麻痺させる。

 

その余韻が収まった時、タ級の第六斉射弾が着弾した。

 

「大和」周囲に水柱がそそり立ち、被弾の衝撃が艦を震わせる。

 

今回は計三発が命中した。

 

一発は第二砲塔の正面に命中して弾き返され、二発目は艦首に直撃し、周囲の鋼板を右舷側へ吹き飛ばす。

 

最後の一発は、第二砲塔と艦橋の間にある第一副砲を襲った。

直撃された十五.五センチ三連装副砲は、たやすく正面防盾を貫通され、砲塔内部で敵弾の炸裂を受けた。

四十六センチ砲には及ばないものの、それなりに巨大な砲塔が台座ごと爆砕され、三本の砲身も、周囲を鎧っていた装甲板も、内部に詰めていた十二名の砲員も、瞬間で消失し、掻き消えた。

 

艦橋と大差ない高さの火柱が目の前に突き上がり、艦橋内を大火が真っ赤に染める。

 

「…!」

 

高須は絶句した。

今までにない衝撃が艦橋を揺らし、何人かがよろめく。

次いで何かが破裂するような轟音が連発し、その度に艦橋を大きく揺らした。

おそらく、装填済みだった十五.五センチ砲弾が誘爆しているのだろう。

 

「副砲に直撃!」

 

「副砲弾薬庫、注水!急げ!」

 

「応急班は直ちに急行!」

 

焦げ臭い匂いが充満する中、怒号にも似た声が艦橋内に飛び交い、被害への対処が実施される。

さんざん訓練を積んできたためだろう、動きは素早い。

 

それでも、今回の被弾が「大和」に対して、今までにない被害を与えたことは確かだった。

 

「危なかった…!」

 

高須は汗を拭い、艦橋眼下の第一副砲を見下ろした。

跡形もなく粉砕された副砲が、黒煙の合間から確認することができる。

もしも敵弾が少し後ろにずれていたら、艦橋に直撃するところだったのだ。そうはならなくとも、副砲弾薬庫が誘爆していたら「大和」と言えども無傷では済まなかっただろう。

 

その敵弾は「大和」にとってとても際どい一発だったのだ。

 

「まだです!」

 

津ヶ原が笑顔を見せながら言った。

 

「まだ被害は副砲や高角砲、甲板などにとどまっています!こちらも斉射に移行している以上、勝利はすぐそこです!」

 

「あぁ、もう少しの辛抱だ!」

 

津ヶ原の鼓舞するような言葉に、高須は陽気な声で答えた。

 

お返しと言わんばかりに、「大和」の第一斉射弾が落下する。

タ級戦艦周辺に赤色の着色料入りの水柱が奔騰し、艦上に爆発光が閃らめく。

砲身のような破片が宙高く舞い上がり、次いで巨大な火焔が艦後部に湧き出した。

 

「よし!」

 

高須は、それを見て喝采をあげた。

「大和」は一回目の斉射で、敵戦艦の主砲一基を破壊したのだ。

日本海軍が誇る四十六センチ砲の威力を、思い知らされた気がした。

 

タ級は受けた被害から立ち直れないのだろう。

第七斉射は来ず、沈黙を守っている。

 

「大和」は続けて第二斉射を放った。

先と変わらない衝撃が艦首から艦尾までを貫き、計九発の巨弾がタ級戦艦めがけて叩き出される。

再び赤色の水柱が敵艦の周りに突き上がり、艦後部辺りに三回、直撃弾炸裂の炎が躍った。

 

「大和」は四十秒のインターバルを置いて、続けて第三斉射を放つ。

 

その直後、タ級は打撃から立ち直ったのだろう。艦上に真っ赤な発射炎をほとばしらせ、砲弾を発射した。

だが、発砲の閃光は前部からのみだ。

第一斉射では、後部の第三砲塔を破壊したらしい。

 

十数秒後、タ級戦艦第七斉射の飛来音が聞こえ始めた。

心なしか、飛来の轟音が思いの外小さい。

「大和」が主砲一基を破壊したため、飛来する敵弾数が九発から六発に減ったためだろう。

 

その飛翔音が途切れたと感じた瞬間、「大和」の周囲に五本の水柱がそそり立ち、直撃弾炸裂の衝撃が艦をわななかせた。

 

衝撃は、さっきより少ない。

敵弾は艦橋から離れた箇所に命中したようだ。

 

「予備測距儀被弾。使用不能」

 

の報告が、艦橋に入る。

敵弾は、第二副砲と後部マストの間に位置している予備測距儀を直撃し、これを粉砕したようだ。

高須の頭上に据えてある主測距儀が破壊された場合の予備機構だが、今は大して必要ない。

「大和」は未だに致命傷を受けていないのだ。

 

第三斉射弾の着弾は敵弾の着弾と重なってしまったため、直接に見ることはできなかった。

それでも、水柱が引いた時にタ級戦艦が引きずる黒煙の量が倍以上に増えているのを確認することができ「大和」の第三斉射がかなりの被害を与えたのは確実だった。

 

少しの間を空けて「大和」は第四斉射を轟然と撃ち、タ級戦艦も遅れじと斉射を放つ。

 

互いの砲弾が高空ですれ違い、双方の標的へと高速で飛来する。

 

今回の敵弾は一発も「大和」に命中しなかった。

飛来した六発の敵弾は「大和」を左から右に飛び越え、右舷側の海面にまとまって落下する。

それを見て、高須は勝利を確信した。

 

おそらく、タ級戦艦は射撃を司る中枢を「大和」の四十六センチ砲弾の直撃を受け、破壊されたのだろう。

これで「大和」は大きく勝利に近づいたことになる。

ろくに砲弾を命中されられない戦艦を撃沈するなど、児戯にも等しいからだ。

 

「大和」の射弾が落下する。

 

タ級戦艦の前半分から正面にかけて多数の水柱が発生し、艦首辺りに直撃弾炸裂の閃光が走った。

無数の塵が舞い上がり、タ級の艦体が大きく振動する。

 

あたかも、四十六センチ砲弾直撃の大打撃に苦悶しているかのようだった。

 

(「大和」ならやれる。深海棲艦の新型戦艦ですら下せる)

 

高須は、日本が建造した世界最大の戦艦が深海棲艦に対抗できることを実戦の場で確認することができ、胸中で思った。

 

高須には以前から一途の不安があった。

深海棲艦が送り出してくる未知数の戦艦に、日本が巨額を投じて建造した「大和」がしっかりと対抗できるのか、というものだ。

全体が究明されていない深海棲艦だけに、「大和」をも凌ぐ能力が備わっていてもおかしくないと考えたのだ。

 

だが、その杞憂は今取り除かれた。

「大和」は四十六センチ砲九門を振りかざし、タ級戦艦を追い詰めつつある。

深海棲艦最強の戦艦を、討ち取りつつあるのだ。

 

「勝てる!…日本は、人類は、奴らに勝てる!」

 

高須は声に出して言った。

その声に応えるかのように「大和」は第五斉射の咆哮を上げる。

 

先までは苦痛に感じていた主砲斉射だったが、今は雄叫びを上げる戦士のように思えた。

 

タ級も、黒煙を吹き飛ばしながら主砲を撃つ。

その闘志は見上げたものだが、「大和」の前では無力だった。

 

九発の四十六センチ砲弾がタ級そのものとタ級周辺に落下し、タ級を巨大な水の壁が囲んだ。

タ級の巨体を水柱が全て隠し、観測することはできない。

だが、水柱の内側で起こっている惨状は容易に想像できた。

 

水柱が引いた時、タ級の艦影は大きく変化していた。

 

キング・ジョージ五世級のように切り立っていた箱型の艦橋は、叩き潰されたブリキ缶のように大きくひしゃげており、中央に屹立していた一本の煙突も、後部の甲高いマストも、跡形もなく消失している。

何発かが喫水線下に大穴を穿ったのか、艦体も大きく前に傾いており、鋭利な艦首は大部分が海水に洗われている。

第一斉射で破壊した第三砲塔は言うに及ばず、果敢に発砲していた前部第一、第二砲塔も、砲門から火を噴かすことなく沈黙していた。

 

「敵一番艦、落伍!」

 

松田砲術長が、嬉しそうな声で報告する。

 

「うむ!」

 

高須は大きく頷いた。

 

艦橋内に歓声が爆発する。

「大和」が上げた戦果に、誰もが自分のようによろこんでいた。

 

タ級は、推進機構に大きな傷を受けたようだ。

海上に停止し、その身を業火に焼かれている。

 

その時、タ級が最後に放った射弾が轟音と共に落下してきた。

 

高須が目を見開いた瞬間、「大和」の左右に見上げんばかりの水柱がそそり立ち、大音響の異音が高須の鼓膜を震わせた。

「大和」の巨体が小刻みに震え、振動が艦橋にも伝わってきた。

 

「な、何だ⁉︎」

 

高須は自らの顔から血の気が引くのを感じた。

今の被弾の衝撃は、今までにない特殊なものである。

特に、耳奥に異物をひねりこまれるような異音は、かなり不気味なものだった。

 

「長官。第一主砲塔が!」

 

小林謙吾(こばやし けんご)参謀長が、指を外にやりながら言った。

 

高須がすぐに目をやると、その目に写ったものは三本の砲身の内、中央の二番砲身が途中で折れ曲り、左の三番砲身が根元から吹き飛ばされている第一主砲の姿だった。

さっきの異音は、砲身が折れ曲がる音だったのかもしれない。

 

「ありえない…」

 

誰かの乾いた声が、高須の耳に届いた。

「大和」主砲塔の正面防盾は、重要防御区画以上に頑丈に作られており、決戦距離から放たれた四十センチ砲弾はおろか、自艦の四十六センチ砲弾すら弾き返せるように設計されている。

 

タ級の四十センチ砲は、我々が思っている以上に長砲身で貫通力を高めているのか…それともそもそも四十センチ以上の口径なのか、という疑惑が高須の中でも渦巻く。

 

だが、破壊された第一主砲を見やり、高須はあることに気づいた。

 

第一主砲は、完全に破壊されていない。

損傷しているのは二番砲身と三番砲身のみであり、正面装甲は貫通されていないように見える。

恐らく、敵弾は二番砲身と三番砲身の間に直撃し、貫通せずに炸裂したのだろう。

それによって有り余ったエネルギーが、二本の砲身を折り曲げ、吹き飛ばしたのだ。

 

「最後の砲撃が、そんな被害を…」

 

高須は呟いた。

タ級は、十発以上の四十六センチ砲弾を撃ち込まれながらも、最後に放った砲弾で「大和」に無視できない被害を与えたのだ。

タ級の不屈の精神が、「大和」から火力の三分の一をもぎ取ったと言えるだろう。

 

敵ながら天晴れというしかなかった。

 

「怯むな!」

 

高須は皆を鼓舞するように叫んだ。

敵戦艦一隻撃破の喜びに冷水をかけられた形だが、未だに戦闘は続いている。

 

まだ、気をぬくわけにはいかない。

 

「目標、二番艦!」

 

敵一番艦の上空で弾着観測に当たっていた零式観測機が、敵二番艦の上空に移動するのが高須の目に写った。

 

 

2

 

先頭のタ級戦艦が「大和」との砲戦に敗れて戦列を離れた頃、「日向」艦橋で、その戦果を喜べる人は一人もいなかった。

 

「『山城』速力低下。戦列を離れます!」

 

「『扶桑』に敵弾集中!」

 

の二つの報告が飛び込んだからだ。

 

 

「クソ。後方から切り崩されていく」

 

艦橋トップの射撃指揮所に陣取る眼帯の男ーー「日向」砲術長寺崎文雄中佐は、後方を見やって独り言ちた。

 

 

ーーー第一艦隊は七隻、敵艦隊は八隻。

この一隻の戦艦数の差が、ここで響いてきた。

 

一隻敵が多いということは、日本戦艦の内一隻が敵戦艦二隻からの集中砲火を受けるということであり、その一隻は戦列の最後尾に位置していた「山城」だった。

「山城」は自らの目標である敵七番艦を砲撃して少なからずの被害を与えていたが、いかんせん二対一では敵わず、二隻のル級戦艦に袋叩きにされてしまったのだ。

そして「山城」を完膚なきまで叩いた敵七番艦、八番艦は、敵六番艦を相手取っていた「扶桑」に砲門を向けた。

「扶桑」は一対一の砲戦から唐突に三対一の劣勢に追い込まれ、多数の砲弾に射竦められつつあるのだ。

「扶桑」の一個前に位置している「日向」砲術長の身としては、相当の危機感を覚えずにいられなかった。

 

 

「だんちゃーく!」

 

ストップウオッチを睨みつける水兵が叫び、放った十二発の斉射弾が着弾することを伝える。

敵五番艦ーール級戦艦の中央部と艦首付近に爆炎が躍ったと感じだ刹那、敵艦の周辺に黄色の着色料が入った水柱が噴き上り、神隠しのようにル級の姿を隠した。

 

「どうだ?」

 

寺崎は指揮官用の大双眼鏡を覗き込み、品定めするように呟いた。

 

「日向」は第三射で命中弾を得、計七回の斉射を実施している。

以来十発以上の三十六センチ砲弾を敵五番艦に叩きつけており、敵主砲四基のうち二基までを破壊していた。

それに、「大和」は敵一番艦を、「陸奥」は敵三番艦を無力化したと報告が入っており、それぞれ「長門」が目標としている敵二番艦と「伊勢」が目標としている敵四番艦の二隻に砲撃目標を変更している。

ここをしのげば、敵二、三、四番艦を「伊勢」とともに撃破した第一戦隊が、砲戦に加勢してくれると寺崎は考えていた。

 

 

水柱が引いた時、敵五番艦は艦首から艦尾までを真っ黒な黒煙が覆ってる姿が見えた。

「日向」が放った第八斉射は、ル級戦艦の前部にも直撃し、後部からのみになっていた黒煙を前部からも上げる結果になったようだ。

 

敵弾も飛来するが、「日向」には命中しない。

正面や、後方に着弾したり、あるいは「日向」の左右に落下するが、近くなったり遠くなったりと、敵の射撃精度は低下しつつあった。

 

「敵五番艦の速力が落ちています!」

 

測的長の坂本譲(さかもと ゆずる)大尉が、大声で報告する。

 

「やったか!」

 

寺崎は喜色を浮かべた。

「扶桑」が不利な以上、早急に敵五番艦を仕留めなければならないと考えていたのだ。

 

「目標、敵六番艦!」

 

艦長の橋本信太郎(はしもと しんたろう)大佐の命令が、射撃指揮所に飛び込んだ。

 

「日向」は敵五番艦に大きな被害を与え、速力を低下させたが、トドメを刺したとは言い難い。

だが、橋本艦長は「扶桑」の援護を優先すると決めたようだ。

 

 

 

だが、「扶桑」への援護は間に合わなかった。

 

「日向」が目標を敵六番艦に変更して交互撃ち方を開始した時、常に「扶桑」は敵六、八番艦のル級二隻から斉射を断続的に喰らっており、無視できない大損害を受けていた。

 

二十秒置きに十二発ずつの三十六センチ砲弾が「扶桑」に飛来し、弾かれるものもあるが、半分以上の砲弾が艦上の構造物を破壊する。

六基ある主砲のうち半数の三基はとっくに粉砕され、艦上は鉄屑の堆積場のような様子を呈している。

随所に敵弾の大穴を穿たれており、そこからは真っ赤な火炎とどす黒い煙が這い出ていた。

ひょろ長く屹立していた艦橋の上半分は綺麗さっぱり消失しており、艦影は別の戦艦と間違えかねないほど変化している。

 

思い出したかのように主砲が発砲するが、各砲塔バラバラであり、敵六番艦には一発も命中していない。

 

「扶桑」は敵六番艦と互角の砲戦を戦っていたものの、「山城」を片付けた敵七、八番艦の砲撃を受け、一気に押し切られてしまったのだ。

 

「日向」は新目標の敵六番艦に向けて、繰り返し交互撃ち方を撃つ。

 

「扶桑」が頑張っているうちは、敵六、七、八番艦のル級は「扶桑」を攻撃し続けており、「日向」に砲撃を加えない。

敵が「扶桑」を撃破する前に、一隻でも多くのル級を仕留めようと寺崎は考えたのだ。

 

だが、その思惑はもろくも崩れ去った。

 

「『扶桑』より発光信号。“我、隊列ヲ落伍ス。我二カエリミズ、進撃ヲ続ケサレタシ”!」

 

「『扶桑』落伍!」

 

二つの報告が、立て続けに上げられる。

 

「やられたか…!」

 

寺崎は苦り切った声を上げた。

「扶桑」は三対一の砲戦に敗れ、戦列を離れた。

第一次ルソン島沖海戦や午前中の航空戦で窮地を凌いだ寺崎でも、ル級戦艦三隻と渡り合って勝てる自信はなかった。

 

やがて、敵弾の飛翔音が大気を鳴動し始める。

 

それが途切れた…と感じた瞬間、「日向」の周辺に、三回連続で水柱がそそり立った。

 

「来た…!」

 

寺崎は声にならない叫びを上げた。

「山城」と「扶桑」を下した三隻のル級戦艦が、「日向」に砲門を向けてきたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この時、敵八番艦に肉薄する二隻の巡洋艦のことなど、寺崎はまだ知らない。

 

 

 

 





あー、テスドォぉぉぉぉぉいやぁだぁぁぁぁぁ!

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