南洋海戦物語〜人類の勇戦譚〜   作:イカ大王

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第一艦隊Vs深海棲艦太平洋艦隊も、今回で決着がつきます!

大海戦を制するのは一体どちらなのでしょうか⁉︎



第四十三話 傷だらけの栄光

1

 

「五ヶ瀬」はル級戦艦の主砲弾を受けて第一、第二主砲塔を破壊され、艦橋やマストも爆砕された。

速度は低下していないが、濛々たる黒煙を後方に引きずっており、艦上には多数の火災が発生している。

ほとんどのものが原型をとどめおらず、さながら幽霊船のような惨状だった。

その艦が浮いていること自体、信じられないぐらいである。

 

 

戦艦に挑んだ軽巡の末路が、そこにあった。

 

 

「すまぬ…」

 

「日向」砲術長の寺崎文雄中佐は、「五ヶ瀬」の惨状を見て瞑目した。

 

第八戦隊第二小隊は、「日向」を救うべく八番艦のル級戦艦に挑んだ。

二対一という数の優位があるとはいえ、軽巡と戦艦の戦闘である。初めから勝負はついていたのだろう。

「五ヶ瀬」「天塩」の二隻は、合計四十発以上の十五.五センチ砲弾、十二.七センチ砲弾を撃ち込んだらしいが、敵八番艦は戦闘不能にならず、たった二発の砲弾で「五ヶ瀬」を大破に追い込んだのだ。

 

 

寺崎の深謝の言葉は、主に「五ヶ瀬」乗組員に向けられていた。

 

 

だが、第二小隊の決死の行動は無駄ではない。

三対一という「日向」の圧倒的不利を、一隻のル級を牽制してくれたことで、二対一にしてくれたのだ。

「五ヶ瀬」を撃破した敵八番艦は「天塩」を目標に砲撃を続行しており、「天塩」は逃げ出すことなく牽制を続けてくれている。

 

二対一の状態は維持されているのだ。

 

 

 

そこまで考えた時、敵八番艦の右舷中央部に、凄まじく巨大な水柱がそそり立った。

八番艦のル級は激しく震え、大きく左にのけぞる。

十数秒の間を空けて、爆発音が「日向」に届いた。

 

一本目の水柱が火柱に変わる頃、間髪入れずに二本目の水柱が艦尾付近に突き上がる。

一回目と二回目の衝撃波が、艦のいたるところで共鳴し、ル級は大地震のような凄まじいし衝撃に襲われた。

二本の水柱が引いた時、敵八番艦は右舷喫水線下の二箇所に大穴を穿たれており、数百トンの海水が艦内になだれ込み始めていた。

 

巨体は大きく右に傾いており、右舷側の甲板が海水に洗われている。

 

艦上では繰り返し小爆発が発生しており、その度に周辺の黒煙を吹き飛ばす。だが、火災の数はそれ以上に多い。

吹き飛ばされても、すぐに新たな黒煙が上がり、艦上を覆い尽くす。

 

(やったな…『五ヶ瀬』)

 

何が起きたか、寺崎は分かっている。

「五ヶ瀬」か「天塩」かわからないが、発射した魚雷がル級に到達し、二本を命中させたのだ。

 

敵八番艦は海上に停止しており、繰り返し発砲していた主砲も沈黙している。

第二小隊は牽制にとどまらず、ル級戦艦一隻を戦闘不能にしてくれたのだ。

 

「五ヶ瀬」の犠牲は、「敵戦艦一隻撃破」の戦果で報われた。

決死の攻撃は無駄ではなかったのだ。

 

窮地に陥っていた「日向」の砲術長としては、感謝してもしきれない。これに応えるためには、第二小隊が開いてくれた道を通じて、残り二隻の敵戦艦を撃破し、その先にある勝利を掴みとることだった。

 

 

「敵六番艦、発砲!」

 

坂本譲測的長が報告する。

 

「斉射を続行」

 

寺崎の言葉に応えるように、「日向」は第一斉射を放つ。

前部、中部、後部に二基ずつ、計六基搭載された三十六センチ連装砲が、雷鳴のごとく吼え猛る。

強装薬炸裂の衝撃が「日向」の艦体を震わせ、十二発の巨弾を叩き出した。

 

「日向」は数分前の交互撃ち方で命中弾を得ている。

そのため、主砲全門を使った斉射に移行しているのだ。

 

先に、敵六番艦の射弾が落下する。

 

寺崎が目を見開いた瞬間、「日向」の左右に水柱が奔騰し、二度、ハンマーで打撃されたような直撃弾炸裂の振動が艦を震わせた。

同時に、後方から何かが壊れる音が届く。

 

「喰らったか…!」

 

寺崎は唸り声を上げた。

 

少し遅かったとはいえ、敵六番艦も命中弾を得た。

これで「日向」は敵六番艦を一方的に叩くことはできなくなった。

以後は、双方の間で斉射の応酬が続くことだろう。

 

やや遅れて「日向」の第一斉射弾が落下する。

敵六番艦の周辺に多数の水柱がそそり立ち、ル級の姿を隠す。

 

数秒後、水柱が引いたのちの敵六番艦は、中央部から後部辺りにかけて大規模な火災が発生していた。

同時に、大量の黒煙を引きずっている。

 

何発が命中したがわからないが、「日向」は一回目の斉射でかなりの被害を敵六番艦に与えたらしい。

 

その戦果に喜ぶ暇もなく、新たな射弾が飛来する。

頭をかきむしりたくなるような飛翔音が途切れた瞬間、「日向」の左前方に四本の水柱が発生した。

まだ至近弾ではないが、水中爆発の衝撃は足の裏を通じて感じ取ることができ、否応にも敵弾の落下位置が近づいているのを感じられる。

 

敵七番艦の砲撃だ。

 

第八戦隊第二小隊が敵八番艦を仕留めてくれたとはいえ、依然二対一の不利の状態は続いている。

勝利するためには、敵七番艦が「日向」に命中弾を得る前に敵六番艦を片付け、各個撃破の形に持っていけるかどうかが重要だった。

 

 

 

敵六番艦は、斉射に移行するためだろう、やや沈黙する。

 

その間に、「日向」は第二斉射を放つ。

二回目の轟音が寺崎の鼓膜を震わせ、衝撃が艦をわななかせた。

 

発射された十二発が空中にあるうちに、敵六番艦の艦上に斉射の火焔が躍った。

前部と後部に閃光が走り、「日向」と同じ十二発の三十六センチ砲弾が発射される。

 

直後、敵六番艦の前半分を隠すように、多数の水柱がそそり立った。

同時に、艦首辺りに真っ赤な爆炎が湧き出し、黒い塵のようなものや、ひん曲がった破片が四方に飛び散った。

 

「どうだ?」

 

水柱に遮られて直接見ることはできなかったが、黄色の着色染料が混ぜられている水柱が、火焔に反射して赤く染まったのを確認している。

そのことから、かなり巨大な火炎が発生したと思ったのだ。

 

水柱が引いた時、寺崎は自分の期待が正しかったことを悟った。

 

大双眼鏡を覗いて見ると、敵六番艦の鋭利な艦首が大きく変形しているのがわかる。

かなりの被害を、艦首とその周囲に与えたようだ。

 

仕返しのように、敵六番艦の第一斉射弾が落下してくる。

寺崎が被弾に備えて下腹に力を込めた時、三発が「日向」に命中した。

一発は艦首と第一主砲塔の間の甲板を貫き、内部で炸裂する。

兵員居住区が被害を受け、ハンモックや私物、官給品を焼き尽くした。

二発目は、後部艦橋をかすめて右舷側の海面に落下する。

かすめたと言っても、後部艦橋が大損害を受けたことに変わりはなく、後部マストがへし折れる寸前まで大きく揺らいだ挙句、後部艦橋に詰めていた艦橋要員は、衝撃で宙に投げ出されたり、身体を壁に打ち付けたりなどして全員が人事不省の有様だった。

 

そして三発目は、他の二発よりも重大な被害をもたらした。

 

寺崎が下腹に力を込めた刹那、黒い塊が第一砲塔の天蓋に吸い込まれた。

直後、凄まじい爆音が轟き、第一砲塔の天蓋が何かに食い破られたかのように瞬時に引き裂かれる。

二本の砲身は根元からちぎれ飛び、艦橋に匹敵する高さの火柱が目の前にそそり立った。

 

「な…!」

 

寺崎は言葉を失った。

「日向」の艦体は苦悶するように震え、寺崎は砲術長席から転がり落ちそうになる。

射撃指揮所内の砲術科員たちは、ほとんどが大きくよろけ、または転倒した。

 

「だ、第一砲塔弾薬庫注水!急げ!」

 

そんな中、寺崎は狼狽した様子で叫ぶ。

 

「日向」は主砲一基を失った。

火力の六分の一をもぎ取られたのだ。

 

(大丈夫…まだ、大丈夫だ)

 

寺崎は自分に言い聞かせた。

 

主砲一基を失ったのは痛手だが、まだ五基十門が残っている。

伊勢・扶桑型戦艦は計十二門の砲身を連装六基に分散して配置しているため、一基を破壊されても被害は少ない。

 

多砲塔戦艦の強みと言えた。

 

 

主砲一基を失った状態で、「日向」は第三斉射を撃つ。

三たび衝撃が艦を揺らし、雷鳴のような発射音が乗組員の耳朶を震わせた。

火力が弱くなったためだろう、思いの外発射の反動は弱い。

それでも、凄まじい破壊力を持つ徹甲弾十発が、敵六番艦に飛翔して行ったのは確かだった。

 

 

 

 

 

 

「日向」は続けて第四、五、六と斉射を続行し、敵六番艦も「日向」に向けて斉射を撃ちまくる。

無数の巨弾が「日向」周辺に水柱を発生させ、艦体を抉る。

 

以来、ル級の斉射を六回受けた「日向」は、更に主砲一基を潰され、後部艦橋を爆砕され、濛々たる黒煙を引きずっていた。

新鋭とはどうに言えない老体は、敵弾を喰らうたびに苦悶するように震え、艦のいたるところが悲鳴を上げる。

 

だが、それはル級も同じだった。

 

「日向」の斉射を受け続けたル級は、特徴的だった三脚マストを巨弾の直撃を受けて失い、前部と後部の主砲全てを破壊された。

速度も低下しており、敵七番艦に追い抜かされつつある。

 

「敵六番艦、落伍!」

 

寺崎は、伝声管を通じて艦長の橋本信太郎大佐に報告した。

 

「射撃目標、敵七番艦!」

 

素早く橋本艦長の命令が届く。

 

敵六番艦を撃破して一対一に持ち込んだものの、敵七番艦は弾着修正を繰り返しており、今にも「日向」に直撃弾を与えそうなところまで精度を向上させている。いつ敵弾を喰らってもおかしくない。

 

橋本艦長の口振りは、「勝負はこれからだ」と言いたげだった。

 

 

「了解。目標敵七番艦。ただちに砲撃を再開します」

 

素早く復唱すると、次いで指揮所を見渡し、重々しい声で命じた。

 

「主砲目標を敵七番艦に変更。測的始め!」

 

自らの命令で、皆がにわかに動き出すのを横目に見つつ、寺崎は片目で指揮官用大双眼鏡を覗き、敵七番艦を見やった。

 

敵七番艦の艦上には、十数秒ごとに直撃弾炸裂の閃光が走っている。そして、計六条の黒煙を引きずっていた。

おそらく、敵八番艦を撃破した「天塩」が、目標を変更して砲撃を続行しているのだろう。

 

それでも、決定的な被害は受けていないようだ。

 

第二小隊は、敵八番艦に対して魚雷を使用して勝利したが、やはり軽巡では、砲戦だけでル級を仕留めるのは難しいらしい。

ここは本艦が参戦し、ル級戦艦を確実に撃破しよう、と寺崎は考えていた。

 

「日向」が砲撃準備を整える中、敵七番艦の射弾は繰り返し飛来する。

 

「日向」の正面に落下して、針路を塞ぐように水柱がそそり立ったり、頭上を飛び越えて右舷側の海面に着弾したりと、至近弾はあるものの、直撃する敵弾はない。

だが、その幸運がいつまでも続くとは思っていない。

 

急いでで砲撃を再開しなければ、という焦慮が寺崎の胸中で渦巻いていた。

 

「測的よし!」

 

「方位盤よし!」

 

「主砲、発射準備よし!」

 

寺崎の気持ちを察するように、素早く指揮所の各部署から準備完了の報告が届く。

寺崎は、主砲発射を告げるブザーのボタンを押し、目標である敵七番艦を見据えた。

 

(三隻も相手取る事になるとはな…)

 

そんな中、寺崎の意識は思考に飛んだ。

 

これより前、「日向」は敵五番艦と敵六番艦の二隻と撃ち合っており、敵七番艦を含めると、計三隻のル級戦艦と砲火を交えていることになる。

今までの海戦の認識では、一回の水上砲戦で、二隻も敵戦艦を相手取れば多い方だと考えられていたが、「日向」は三隻目を相手取ろうとしているのだ。

 

寺崎としては、八面六臂の大活躍だと言いたいところだが、こちらも「扶桑」と「山城」を戦列外に失っている以上、手放しに喜べないことだったが…。

 

 

考えが思考から戦場に戻った瞬間、寺崎はボタンから手を離し、発射命令を下すべく口を開く。

 

「撃ち方ーーー」

 

だが、寺崎は命令を発することはできなかった。

 

「日向」の左右に巨大な水柱が突き上がり、艦中を打撃が襲ったからである。

後方から鈍い振動が伝わり、同時に鋭い炸裂音が響き渡った。

 

「喰らった…!」

 

寺崎が唸り声を上げた時、各砲塔と連絡を取っていた白崎努(しろざき つとむ)特務少尉が報告した。

 

「第四砲塔損傷!通信途絶!」

 

「やられたか…!」

 

「日向」は敵六番艦との砲戦で第一、第三砲塔を破壊されており、今、第四砲塔まで破壊された。

火力は半分にまで低下してしまったのだ。

 

現在使用できる主砲は、前部甲板の第二砲塔と、後部甲板の第五、第六砲塔のみである。

この三基で、敵七番艦と渡り合わなければならなかった。

 

「怯むな。撃て!」

 

衝撃が収まった頃、寺崎は力強い声で命じた。

坂本測的長が引き金を引き、生き残った主砲の各一番砲身から、計三発の巨弾が、音速の二倍以上の速度で発射される。

 

半数の火力を失いながらも、「日向」は新目標への射弾を放ったのだ。皆の闘志は、なおも健在だった。

 

だが、それを押しつぶすようにして十二発の敵弾が飛来し、数発が「日向」を抉ぐる。

 

 

 

「日向」の第一射弾は、命中しない。

敵七番艦から、かなり離れた場所に虚しく水柱を上げるだけだ。

 

 

 

第一次ルソン島沖海戦で初弾命中を成し遂げた寺崎でも、この局面での初弾命中は難しいと言わざるおえなかった。

 

「日向」は第二射、三射、四射と交互撃ち方を続行する。

その間に敵弾は容赦なく「日向」に直撃し、一寸刻みに艦を破壊してゆく。

 

今までの戦闘で、二十発以上の三十六センチ砲弾を喰らった艦体は、凄まじい様子を呈していた。

左舷側の副砲はあらかた破壊されており、後部艦橋や煙突も原型を留めぬままに粉砕されている。

砲撃を続けていた主砲三基のうち、最後尾に位置している第六砲塔も轟音と共に爆砕され、飛行甲板からは、航空燃料に引火したのか、巨大な火焔が躍っていた。

 

 

だが、「日向」は大損害を受けつつも、待望の命中弾を第五射で得ることができた。

 

敵七番艦の左右に水柱がそそり立ち、前部甲板辺りに巨大な爆炎が躍る。

同時に、砲身のような長細い破片が宙に舞った。

 

「よし!」

 

寺崎は喝采を上げた。

「日向」は満身創痍の状態でありながら、敵七番艦に主砲弾を命中させたのだ。

それだけではない。見たところ、ル級戦艦の主砲一基を破壊したらしい。

今の「日向」にとって、貴重な戦果だった。

 

 

「日向」はやや間を空けて第一斉射を放つ。

二基のみの主砲だが、計四門の砲門から紅蓮の炎が噴き出し、四発の三十六センチ砲弾を叩き出したのだ。

 

着弾を待つ間に、敵七番艦の第八斉射弾が落下してくる。

砲弾が空気を切り裂く、甲高い音が途切れた…と感じた瞬間、「日向」の艦首に火焔が湧き出し、錨や菊の紋章、鋼板などを四方にちぎり飛ばした。

何十回も経験した衝撃が艦を襲い、艦橋の頂点に位置している射撃指揮所にも、かなりの振動が伝わる。

 

だが、寺崎はそんなことは眼中にない。

 

目は大双眼鏡を覗き続けており、その先にある敵七番艦を凝視していた。

 

「だ、だんちゃーく!」

 

ストップウオッチを握る水兵が報告する。

次の瞬間、敵七番艦の周辺に三本の水柱が奔騰し、艦中央部に爆炎が躍った。

黒いチリのようなものが飛び散り、命中した箇所には小規模な火災が発生する。

放った四発のうち、一発がル級に命中したようだ。

 

 

だが、ここで「日向」と敵七番艦との砲戦は唐突に終了した。

 

 

寺崎が敵弾が飛来しないことを不審に思った時、見張員が大声で報告する。

 

「敵七番艦、取舵に転舵!」

 

「何⁉︎」

 

寺崎はそれを聞くや、反射的に指揮官用大双眼鏡に視界を戻した。

丸い視界の中に、左に転舵して離脱しつつあるル級戦艦の姿が見える。

多数の黒煙を上げてはいるが、戦列を離れるほどの被害を被っているようには見えない。

この砲戦では敵が有利だったのに、ル級は勝負を捨てたのだろうか?

 

「敵二、三、四番艦、大火災。行き足止まります」

 

「敵七番艦、離脱を図る模様」

 

見張員は、新たな敵情を報せている。

 

「どうやら勝ちました。砲術長!」

 

坂本測的長が、声を弾ませて叫んだ。

寺崎も、瞬時に状況を理解した。

 

敵一番艦は海戦の前半に「大和」に撃破され、敵五番艦と敵六番艦も「日向」が撃破した。

問題の敵八番艦も、「五ヶ瀬」「天塩」に魚雷を撃ち込まれて停止している。

戦闘力を残しているのは二、三、四、七番艦のタ級一隻とル級三隻だったが、二、三、四番艦は「大和」「長門」「陸奥」「伊勢」との砲戦に敗れ、たった今撃破された。

 

敵七番艦は、一対五では到底敵わないと考えたのだろう。

戦闘続行ではなく、撤退を選択したのだ。

 

 

寺崎は射撃指揮所の外に出て、周辺海域を見渡した。

敵艦隊は散り散りになりながら敗走しつつある。

 

戦艦は言うに及ばず、巡洋艦、駆逐艦といった艦も、隊列を一切組まず、一目散に北東方向に脱出していく。

 

深海棲艦隊に、海戦前の威容はない。

どの艦も黒煙を引きずっており、手荒くやられていた。

 

 

真珠湾からはるばる遠征してきた深海棲艦太平洋艦隊は、日本海軍第一艦隊という巨壁に真っ向からぶち当たり、そして粉々に砕け散ったのだ。

まぁ、敵艦隊を受け止めた「巨壁」も、少しでも触ればすぐにでも崩れてしまうぐらいの被害を受けたのだが…。

 

 

第一砲塔から上がる黒煙が視界を遮っていたが、寺崎は空が茜色に染まり始めているのに気付いていた。

 

西には、沈みつつある太陽の姿が見える。

 

射撃指揮所は測距儀と共に艦橋の頂点に位置しているため、全周を見渡すことができるのだ。

 

(長い一日だった…)

 

夕陽を見ながら、胸中で呟く。

 

10月5日の日の出から日没まで、ずっと第一艦隊は深海棲艦と戦っていた。

 

何度も危ない場面があったものの、対空戦闘や対艦戦闘、何時間もの死闘を制したのは第一艦隊だった。

被害を受けつつも、フィリピン救援を目論んでいた深海棲艦隊に大損害を与え、撃退に成功したのだ。

 

「あとは任せたぞ」

 

今度は、はっきりと声に出して言う。

第一艦隊が敵艦隊に勝利したからといって、戦いはまだ前半戦の段階だ。

この海戦の先にある作戦ーーー“KD”作戦を完璧に成功しなければ、第一艦隊の勝利は意味をなさなくなる。

 

寺崎の言葉は、台湾やパラオ、マラッカ海峡に待機している“KD”作戦参加部隊に向けてのものだった。

 

寺崎の心眼は、水平線の先にいる日米英部隊を、しっかりと捉えていた。

 

 

 

 

 

勝利した第一艦隊は、日本への帰路につく。

 

 

艦隊が祖国に着く頃には、“KD”作戦の成否は判明しているだろう。

 

 

艦隊の将兵は、皆、作戦の成功を祈っていた。

 

 

 

 

 

 






次回からはいよいよ作戦発動。

日本の命運を決める一戦。はっーじまーるよー


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