南洋海戦物語〜人類の勇戦譚〜   作:イカ大王

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いよいよKD作戦開始です。


第三章 “極東打通”作戦
第四十四話 円卓の騎士達


1941年10月5日・作戦日前日

 

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呉鎮守府の連合艦隊司令部では、山本五十六GF司令長官や同参謀長の宇垣纒少将、及び参謀全員が作戦室の円卓を囲み、第一艦隊からの続報を今や遅しと待っていた。

 

時刻は、午後7時を少し回った頃である。

日はとうに暮れており、街灯の鈍い光が窓から差し込んできていた。

 

そんな中。

作戦室の中は異様な空気が広がっている。

どの参謀も口元をきつくしばっており、一言も発さない。

 

目を閉じ、腕を組んで座っている者がいれば、落ち着かない表情で立てかけられてる時計と自分の手を交互に見る者、はたまた腕を後ろで組んで円卓の周りをウロウロする者もいる。

室内には、年代物の時計が奏でる秒針の音しか響いていない。

 

このような状態が始まって、早10時間。

今日の午前9時頃、第一艦隊司令部から“我、敵艦隊ヲ発見セリ。コレヨリ戦闘ニ移行ス”の電文を受信して以来、ずっとである。

 

それ以後のGF司令部宛の電文は無く、現地部隊が発した戦術的な電文しか傍受できていない。

傍受した内容だけでは、「飛龍」がやられたことと、戦いが優位に推移していることぐらいしか把握できず、山本を始めとする司令部要員達は歯痒い思いをしながら、食事も取らずに待っているのだ。

 

ひっきりなしに飛び交っていた戦術通信を傍受しなくなった以上、海戦は終了している思われていたが、結末を記した電文は依然届かない。

 

参謀たちの忍耐は、限界を迎えようとしていた。

 

 

 

だがその時、激しい足音が沈黙を破った。

その音はだんだんと大きくなってくることから、作戦室に向かって走ってきているようだ。

 

目を閉じていた者は気がついたように目を開け、円卓の周辺を歩いていた者は席に戻る。

他の者も威儀を正し、扉の方を注視した。

 

足音が作戦室の前で止まると「失礼します」と前置きしてから、勢いよく扉が開けられた。

入ってきたのは、呉通信隊の若い中尉だった。

片手に電文内容が書かれているであろう紙切れを持っており、走って来たためだろう、やや息が荒い。

 

呉通信隊とは呉鎮守府に所属している通信隊の一つであり、広島市郊外の80mアンテナを駆使して第一艦隊との通信を担当している部隊である。

この中尉は、傍受した通信内容を午前中から度々報告に来ているため、GF司令部としても顔馴染みな存在だった。

 

読め、と宇垣が顎で示すと、中尉は一息着いてから口を開く。

 

「読みます。第一艦隊司令部発。連合艦隊司令部宛。“我、敵艦隊ニ勝利ス。敵艦隊ハ敗走中ナリ”」

 

その言葉が室内に響きわたるや、参謀たちは破顔し、胸をなでおろした。

第一艦隊が命がけで戦っている最中、ただ待つだけというのはかなりの忍耐を必要としただろう。それから解放されたというのも、参謀たちを安堵させたようだ。

 

「勝ちましたか……。第一段階は無事達成ですね」

 

GF首席参謀の風巻康夫大佐は、落ち着き払った声で言った。

 

GF司令部では、第一艦隊と敵艦隊との戦闘を第一段階。“KD”作戦のルソン島制空権奪還を第二段階。同じく米アジア艦隊と英東洋艦隊による、深海棲艦極東艦隊の撃滅を第三段階と設定している。

第一艦隊がハワイから遥々遠征してきた深海棲艦太平洋艦隊を破ったため、第一の関門は突破できたと言えた。

 

「ああ。さすがは高須司令だ」

 

宇垣も同調するように言う。

 

常日頃から感情を表に出さず「黄金仮面」の異名で呼ばれていた宇垣も、この時ばかりは目をきらめかせ、顔に笑みを浮かべていた。

 

「戦艦より空母」という航空主兵論が広まりつつある現在、宇垣の専門である砲術を主な武器とする第一艦隊が、敵艦隊と砲戦を戦い、そして勝利したということが、とても嬉しかったらしい。

 

 

その時、二人目の将校が中尉と入れ替わるように入ってきた。

階級は少尉であり、片手に紙切れを持っている。

おそらく、第一艦隊の続報を呉通信隊が受信し、その内容を報告しに来たのだ。

 

また宇垣が顎で示すと、少尉は直立不動の姿勢で敬礼し、口を開いた。

 

「第一艦隊司令部発・続報。“我、戦艦八、巡洋艦七、駆逐艦十一、空母ラシキ大型艦二隻ヲ撃沈。戦艦一、巡洋艦二、駆逐艦九隻ヲ撃破スーー」

 

「空母…だと?」

 

この時、ずっと口を閉じていた山本が、少尉の報告を遮った。

円卓の周辺もザワザワとしだす。

 

 

「深海棲艦も空母を保有しているのではないか?」という疑問は、当然GF司令部内からも上がっていた。

だが前線からの発見報告は無く、半年間、深海棲艦の空母は人類の前に一向に姿を現していない。

よって、「深海棲艦は空母を保有していない」というのが、日本海軍や米海軍の見解だった。

だが、第一艦隊からの続報には、“空母らしき大型艦”を撃沈した。とある。

「深海棲艦に空母はない」と考えていた山本にとって、その報告内容はかなりの衝撃だった。

 

「はい。報告書には確かに“空母らしき大型艦”とあります」

 

少尉は紙切れと山本を交互に見ながら、淀みなく言う

 

「暗号の解読ミスという可能性は?」

 

通信参謀の和田雄四郎(わだ ゆうしろう)中佐も疑問に思ったのだろう、少尉に聞いた。

 

「第一艦隊との通信は、交信手・暗号解読手、いずれも通信隊で最優秀の古参兵を使っております。ミスという可能性は万が一にもないと考えますが…」

 

「そうか…。報告を続けてくれ」

 

ここで、自分が報告を遮ってしまったと思ったのだろう。山本は重々しい声で少尉に言った。

 

少尉は一息つくと、報告を続ける。

 

「“被害。『山城』『飛龍』『吹雪』『白雪』『狭霧』『嵐』『夕立』『海風』沈没。『長門』『日向』『扶桑』『五ヶ瀬』『三隈』『春雨』大破。『大和』『伊勢』『鈴谷』『那珂』『舞風』中破。『陸奥』『千代田』『朝雲』『山雲』『山風』『涼風』小破。加エテ、二航戦航空機ノ五割ヲ損失ス”。以上です」

 

少尉が報告を終えた直後、円卓周辺で沈黙が広がった。

やや間を空けて、宇垣が口を開く。

 

「そんなにやられたか…」

 

要約すると戦艦一、空母一、駆逐艦六隻を損失し、損傷は大破から小破を合わせて、戦艦六隻を含む艦艇十七隻となっている。

第一艦隊の総艦艇数は四十七隻だから、半分近い艦艇が沈没ないし損傷した計算だ。

戦果は戦艦八隻を含む二十八隻を撃沈、他十二隻を撃破だから、彼我の被害・目標の達成度を見ても第一艦隊の大勝利は揺るがない。

だが「山城」や「飛龍」を失い、「長門」「日向」「扶桑」が大破した惨状を見て、勝利を大喜びする気に参謀たちはなれなかったようだ。

 

「大勝利には違いがありません」

 

戦務参謀の渡辺安次(わたなべ やすじ)中佐が、励ますかのような声で発言した。

 

「第一艦隊は戦略的にも戦術的にも、敵艦隊に勝利しました。『山城』『飛龍』の損失という被害は決して小さいものではありませんが、戦果や結果を考えると悲観には及びません」

 

渡辺の言葉が正しいと感じたのか、参謀たちは顔を上げた。

そんな中、山本が円卓を見渡しながら口を開く。

 

「第一艦隊が勝利した以上、この件に関してこれ以上の議論は不要だ。それよりも、新たな問題が浮上している」

 

「…空母らしき大型艦の正体と、これが“KD”作戦へ与える影響。この二点ですね?」

 

「その通りだ参謀長。冴えてるな」

 

宇垣との短いやり取りの後、山本は今一度円卓を見渡し、風巻に顔を向けた。

 

「第一艦隊から入電した電文には“空母らしき大型艦”とあったが、貴官はどう考える?」

 

風巻は数秒間思案したのち、自らの見解を述べ始めた。

 

「空母というものは、戦艦、巡洋艦といった艦種とは全く異なる艦影をしています。上部構造物がほとんどなく、艦首から艦尾までを飛行甲板が全通しており、かなりの遠距離からでも他の艦種と見分けられることが判明しています。以上のことを考慮しますと、偵察機搭乗員の見間違いという線はありません。第一艦隊が帰還して、直接報告を聞くまではなんとも言えませんが、敵艦隊が空母を保有していたことは十中八九間違いないと考えます」

 

風巻が話し終えると、次いで作戦参謀の三和義勇(みわ よしたけ)大佐が発言した。

 

「私も風巻参謀と同意見です。深海棲艦の戦艦や巡洋艦を空母と誤認する可能性は小さいでしょう。それに、傍受した通信には空母同士の航空戦を裏付ける内容も記録されています」

 

三和が発言を終えると、山本は大きく息を吐き、刈り上げにしている頭を掻いた。

 

「やはり、空母を保有している可能性大、か…厄介だな」

 

山本はぼそりと呟いた。

 

深海棲艦が空母を保有しているならば、飛行場姫以外にも敵に航空部隊がいる、という状況になりかねない。

今後の航空戦の苦戦が予想された。

 

「しかしなぜ、深海棲艦の空母は今まで姿を現さなかったのでしょうか?空母は便利です。多様するほかないと思うのですが…」

 

和田が疑問を提起した。

その言葉に、風巻が反応する。

 

「深海棲艦の思考は理解しかねるが、決戦兵力という意味合いが強かったんじゃないか?切り札としてハワイに温存していたから、今まで人類の前に現れなかったのかも」

 

「その仮定は、二点目の問題に直結しますな」

 

風巻の仮定に、航空参謀の佐々木彰(ささき あきら)中佐が付け足すように言った。

皆の視線が集まる中、佐々木は口を開く。

 

「敵空母が“KD”作戦に与える影響ですが、小官は、影響はまったくないと考えます。今まで深海棲艦の空母は人類の前に姿を現しませんでしたが、これは当然、フィリピンやマレーでも同様です。敵空母はハワイに常駐しているだけで、極東には存在しないでしょう」

 

山本や宇垣は、それを聞いて大きく頷いた。

自分の考えと一致したことに満足したのかもしれない。

 

「しかし、用心に越したことはありません。“KD”作戦部隊には、一応第一艦隊が敵空母と交戦した旨、伝えた方が良いと思います」

 

風巻が佐々木に続いて発言した。

 

「そうだな。日米英軍問わず、深海棲艦の空母出現は伝えた方がいい。各部隊に徹底させておこう」

 

「長官、では?」

 

宇垣が確認するように言うと、山本は顔を上げ、明瞭な声で命じた。

 

「“KD”作戦のGOサインを出そう。作戦部隊各司令部に『敵太平洋艦隊は排除。作戦は予定通り決行』の符丁を打電。発信時刻は二〇〇〇とする」

 

 

 





次回から本格的に開始ですかねー

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