南洋海戦物語〜人類の勇戦譚〜   作:イカ大王

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ちょっと長いですが我慢して読んで下さいな


第四十五話 “KD”作戦発動

10月5日・ 20時25分 同じく作戦日前日

 

1

高雄海軍航空隊・飛行隊長の高嶋稔(たかしま みのる)少佐は、部下の山上直樹(やまがみ なおき)中尉と共に、高雄飛行場の航空機格納庫にいた。

 

十五機以上の大型機を同時に整備できるように設計された大型格納庫は、凄まじく巨大であり、内部には十七機の一式陸上攻撃機が出撃に備えて羽を休めている。

同時に六十人以上の整備員や兵器員、愛機の調整に来た搭乗員が黙々と作業を続けていた。

 

並べられている一式陸攻からはひっきりなしに整備中の火花が散り、整備員の大声があちらこちらから響き渡る。

 

出撃予定時間は、日をまたいだ明日の午前5時30分。この時間に最良の機体を搭乗員に預けるため、整備員の最後の追い込みが始まっていた。

 

 

「島倉。俺の中攻の様子はどうだ?」

 

高嶋は自らの一式陸攻の主翼に右手をおき、かがみながら一番エンジンを整備している男に声をかけた。

「島倉」と言われた男は、手に持っていたレンチを工具箱に戻し、ぬっと立ち上がる。

 

「バッチリです。一番二番エンジン共にぐずっていません。この調子でいけば、一式陸攻の最高速度を更新できますよ」

 

男は笑いを含みながら答えた。

 

彼は島倉浩二(しまくら こうじ)伍長。高嶋の陸攻の整備を部下の五人と共に担当している整備員である。

海軍に入隊して以来、整備員一筋二十年のベテランであり、機体整備に関して右に出るものはいない。

高嶋は、圧倒的信頼を彼に寄せていた。

 

「あと旋回機銃に給弾して、機体全体にワックス塗りゃ整備は終了です。ま、出撃時間には余裕で間に合いますね」

 

高嶋はそれを聞いて満足げに頷き、山上に顔を向けた。

 

「ほかの機体の整備状況を見てきてくれ」

 

「了解です」

 

山上は短く答えると、踵を返して走って行った。

 

 

 

当然のことだが、第十一航空艦隊指揮下の航空兵力は、この格納庫の陸攻十七機のみでは無い。

十一航艦は第二十一、二十二、二十三、二十四の四個航空戦隊を有しており、指揮下に高雄航空隊、鹿屋航空隊、元山航空隊、美幌航空隊、千歳航空隊、木更津航空隊、三沢航空隊などの陸攻部隊を置いている。

陸攻は一式陸攻と九六式陸攻を合わせて二百四十機。

戦闘機は台南航空隊をはじめとする五個航空隊であり、零式艦上戦闘機が計百六十八機。

 

四ヶ月前の敵レーダーサイト空爆以来、機体を温存するため、陸攻は出撃を差し止められていた。

それと同時に、陸攻搭乗員の訓練を大幅に促進している。

 

それらが功を奏し、これほど大量の陸攻を揃えることができたのだ。

 

ルソン島への航空攻撃には、これら四百八機に加えて、米第八航空軍のB17、P38や、日本陸軍第五飛行集団の九七式重爆撃機などが加わる。

 

総航空機数は八百機以上。

予定では、これらを第一次、第二次攻撃隊に分けて三ヶ所の飛行場姫を叩く手はずだった。

ルソン島の深海棲艦機兵力と見比べると二百機ほど劣るが、第一次ルソン島沖海戦時に放った攻撃隊を優に超える機数だ。

 

(やれる。この規模の基地と、海軍・陸軍・米軍が共に全力を尽くせば)

 

高嶋はだだっ広い格納庫に視線を動かし、拳に力を込める。

 

 

開戦前、台湾にこのような巨大な格納庫は無かった。

だが深海棲艦との開戦以来、台湾の航空基地は大々的に拡張作業が実施されている。

フランスから輸入した優秀な土木機材を大量に投入し、米海軍自慢のシービーズ部隊と共同で昼夜問わず作業を続けただめだ。

 

開戦前から主力だった高雄、台北、台中、台南飛行場は言うに及ばず、潮州、嘉義、花蓮と言った陸軍飛行場も拡張が施さされている。

どの航空基地も三千mから八千m規模の滑走路が点在し、滑走路の脇には巨大な格納庫が大量に建設されていた。

 

台湾の日本軍航空基地は、半年間の間で大きく生まれ変わっている。

これらを持ってすれば、第一次ルソン島沖海戦のような悲惨な航空攻撃にはならないと高嶋は考えていた。

 

 

その時、高嶋の思考は強制的に現実に戻される。

格納庫の壁に設置されている高音令達機から、肉声が流れ出たのだ。

 

「達する」

 

整備中の兵や愛機の調整に来ていた搭乗員は、一斉に手を止め、令達機の方に目を向ける。そんな中、令達機は言葉を続けた。

 

「十一航艦司令部は、連合艦隊司令部からの『ニイタカヤマノボレ』を受信した。“KD”作戦は予定通り実行される。出撃時刻に変更なし、明朝〇五三〇とする。各員、その身を捧げる覚悟で自らの任を全うせよ。以上」

 

令達が終わると、格納庫の整備員達はさっき以上の活気で動き出す。

 

「『ニイタカヤマノボレ』か」

 

高嶋は格納庫内を見渡しながら呟いた。

 

呉の連合艦隊司令部から全“KD”作戦部隊に送信されて来る電文の符丁は、全部で四種類ある。

 

敵艦隊の撃滅に第一艦隊が成功し、予定通り作戦を実施するのが「ニイタカヤマノボレ」。

敵艦隊の撃滅に第一艦隊が失敗し、作戦部隊が敵艦隊を邀撃するのが「ニイタカヤマクダレ」。

敵艦隊の撃滅に第一艦隊が失敗したものの、作戦を強行するのが「フジヤマノボレ」。

敵艦隊の撃滅に第一艦隊が失敗し、作戦自体すらも中止するのが「フジヤマクダレ」。

 

こんな具合だ。

日本最高峰と次峰の山の名が冠された符丁の中で、「ニイタカヤマノボレ」は全てが予定通り進んでいることを示す。

 

そのことに、ひとまず喜びたかった。

 

高嶋はそんなことを考えながら高雄航空隊の庁舎へと足を運ぶ。

 

出撃予定時間は8時間後である。

出撃に備えて、二時間ばかり仮眠を取ろうと考えていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

だが、深海棲艦はそれを許してくれない。

 

 

 

 

 

 

突然、高雄飛行場に不吉な音が鳴り響く。

 

甲高く波打つような音ーーー空襲警報である。

 

 

「夜間空襲だと⁉︎」

 

 

高嶋は頓狂な声を上げた。

 

今まで台湾は大から小を合わせて五十回以上の空襲をルソン島の飛行場姫から受けている。

だが、夜間に襲来したことは今までに一度も無い。

 

いずれも乙型重爆による昼間の強襲であり、それに呼応してこちらも迎撃機を発進させていた。

だが、台湾に夜間戦闘機は配備されていない。

迎撃戦の困難さは、昼間と比べて大きく跳ね上がるだろう。

 

 

高声令達機から切迫した声が流れる。

 

「情報。垣春の電探基地より、台湾南方百五十浬にて接近中の敵大編隊を探知すとの報告あり。命令。基地防空航空隊は直ちに発進、これらを迎撃、可能な限り撃墜せよ!」

 

その命令が下ると同時に、将兵たちは素早く行動を開始した。

 

夜間迎撃用に配置されていた数基の対空サーチライトに要員が取り付き、何本もの長細い光芒が天空の夜闇を貫く。

同時に、飛行場のいたるところに設置されている対空砲にも兵員が取り付き、高射砲や機銃の仰角を目一杯上げ、敵の空襲に対する備えを固めた。

 

第八航空軍の格納庫からは三十機前後のP40が引き出され、日本陸軍飛行第六十四戦隊の格納庫からは、二十機程度の一式戦闘機「隼」が誘導路に引き出される。

 

P40も一式戦も、航続距離や航法の問題で“KD”作戦の渡航攻撃に参加できない機体だ。

その搭乗員たちは日米を問わず、空襲の戸惑いよりルソン島攻撃に参加できない鬱憤をここで晴らそうとする感情の方が多いようだった。

合計五十機ほどのインターセプターたちは、轟々たる音を立てながら暖機運転を開始する。

 

「先手を打たれた…!」

 

基地全体が敵編隊の迎撃準備に急ぐなか、高嶋は立ち尽くして苦り切った声を上げた。

 

朝5時半という早い出撃時間は、飛行場姫に乙型重爆を発進させる隙を与えずに覆滅することを目的としている。

だが、ルソン島の飛行場姫はこちらの考えをあざ笑うかのように夜間に乙型重爆を放ったのだ。

 

 

 

 

敵編隊が向かって来る南側を見やると、どこまでも深い暗闇が広がっている。

だが、敵編隊の接近はひしひしと感じることができた。

 

 

2

 

同じ頃、第十六任務部隊(TF16)旗艦の「エンタープライズ」でも連合艦隊が発信した符丁を受信していた。

 

「受信した電文は『ニイタカヤマノボレ』です」

 

「となると、今のところは順調に進んでますな」

 

「エンタープライズ」通信長の報告を聞いて、TF16参謀長のマイルズ・ブローニンズ中佐はTF16司令官のウィリアム・ハルゼー中将に言った。

 

「ああ」

 

ハルゼーは艦橋から艦隊周辺を見渡しながら、短く答えた。

 

TF16は輪形陣を組んでおり、「エンタープライズ」の右前方に「ハンプトン・ローズ」が、右真横に「ホーネット」が、それぞれ薄っすらと見える。

他にも護衛としてニューオーリンズ級重巡の「サンフランシスコ」「ミネアポリス」、ブルックリン級軽巡の「フェラデルフィア」、駆逐艦十五隻が空母三隻の周辺を固めているはずだったが、暗闇に紛れて見つけることはできなかった。

 

第十七任務部隊(TF17)と第一航空艦隊は無事に向かってるかな?」

 

ハルゼーは思い出したようにブローニングに聞いた。

 

TF17と第一航空艦隊は、作戦劈頭に台湾の航空部隊・TF16と共同で飛行場姫攻撃の任を預かる部隊である。

TF17は沖縄の中城湾から、第一航空艦隊はTF16とともにパラオから出撃しており、今はそれぞれの目標海域に向かっているはずだった。

 

「現在は徹底した無線封鎖中であり、何とも言えません。しかし、日本には『便りがないのは良い便り』という言葉があります。各部隊から通信が無いのは、無事に予定海域に向かっている証拠でしょう」

 

ブローニングは淀みなく返答した。

 

「そうか…頼むぞ。フレッチャー、ナグモ」

 

ハルゼーはフランク・J・フレッチャーTF17司令官、南雲忠一(なぐも ちゅういち)第一航空艦隊司令官の名前を呟き、司令官席に身体を沈めた。

 

ルソン島への航空攻撃は、空母機動部隊と台湾の航空部隊が同時に飛行場姫の上空に到達し、深海棲艦が反撃の爆撃機を上げる前に撃滅することが求められている。

多数の航空機を第一次攻撃隊に参加させ、「一撃必殺」で飛行場姫を素早く叩き潰す。

それこそが、今作戦の格子だ。

 

航空攻撃は、日本軍とアメリカ軍の緻密な計画のもとに成り立っているのだ。

ここで少しでもほころびがあれば、作戦自体が頓挫する原因になりかねない。

アメリカ海軍一の猛将を謳われているハルゼーだが、日米機動部隊三隊の総指揮を預かる司令官として、それがもっとも危険視することだった。

 

「クレの日本海軍司令部より続報です」

 

その時、通信長が再び艦橋に上がって来た。

 

ブローニングが通信長から紙を受け取り、目を通した。

だが、紙を見つめるブローニングの顔色はみるみるうちに青くなってゆく。

 

「どうした?」

 

ハルゼーが問うと、ブローニングはおそるおそるといった風に続報の内容を話し始めた。

 

「敵艦隊を迎撃した第一艦隊は、西太平洋で深海棲艦の空母と交戦したようです。続報によりますと、『極東での敵空母の存在を留意されたし』とあります」

 

ブローニングが内容を話し終わると、艦橋内がざわめきだした。

誰もが不安そうな表情をしている。

 

それもそのはずだ。

“KD”作戦は極東の深海棲艦航空兵力は飛行場姫のみ、というのを大前提にして成り立っている。

もしも敵に空母という駒があるのなら、それこそ作戦が頓挫する原因になりかねなかった。

 

 

「うろたえるな!」

 

ハルゼーの骨太な声が響き渡った。

その一喝で、艦橋内に沈黙が広がる。

 

「マニラ湾には何度も日本軍が偵察を行なっていが、空母がいるなんて情報はない。シンガポールを偵察したイギリス空軍からも同様だ」

 

“KD”作戦開始に先立ち、深海棲艦水上部隊の拠点とされていたマニラ湾やシンガポールへは、多数の偵察機、潜水艦が送り込まれ、情報収集が行われている。

 

マニラ湾の敵極東艦隊に空母は確認されてないし、シンガポールにはそもそも敵艦すらいないと報告が上がっているのだ。

 

「日本海軍の連中も、極東に敵空母はいないと考えてるからこそ、『警戒されたし』や『注意されたし』ではなく『留意されたし』と言った文句にしたんだろうな。連中がどっしり腰を据えているのに、我々がうろたえては仕方がない」

 

「しかし…」

 

ブローニングを始めとする参謀達はまだ何か言いたげだったが、黙って引き下がる。

ここは司令を信じてみよう、とでも思ったのかもしれない。

 

 

 

 

 

TF16司令部でそのような会話がされているさなか。

 

「エンタープライズ」や「ホーネット」、「ハンプトン・ローズ」の飛行甲板直下ーーー格納庫では、出撃に備えて航空機の整備が行われている。

 

昨年11月から配備が始まったアメリカ海軍主力艦上戦闘機のグラマンF4F“ワイルドキャット”や、急降下爆撃機のSBD“ドーントレス”。雷撃機のTBD“デヴァステーター”などがこぞって1000ポンド爆弾の搭載や、12.7mm機銃弾の積み込み、エンジン調整などの作業を受けている。

 

 

 

状況は、TF17や第一航空艦隊でも同様だ。

 

TF17の「ヨークタウン」「ワスプ」「ホワイト・オーク」でも、一航艦の「赤城」「加賀」「翔鶴」「瑞鶴」「瑞鳳」でも、明日の朝にルソン島へ渾身の一撃を加えるべく、海鷲達が最後の調整を受けている。

 

 

 

 

出撃の時は近い。

 

 

 

 

3

1941年10月6日 “KD”作戦実施当日

 

 

 

高雄飛行場は、いたるところに爆弾直撃の傷跡を残していた。

 

巨大な破口を穿たれている滑走路があれば、整備中の機体ごと爆砕された格納庫、至近弾を受けて横転した高射砲などがちらほら見える。

場所によっては黒煙が上がっており、そのような場所は必死の消化作業が続いていた。

 

 

「設営隊は、滑走路の復旧はどの程度で終わると言っている?」

 

第十一航空艦隊司令官の塚原二四三(つかはら にしぞう)中将は、飛行場のほとりにある司令部庁舎から滑走路全体を見渡しながら聞いた。

 

質問を受けた参謀長の大西瀧治郎(おおにし たきじろう)大佐は、10分ほど前に受けた海軍設営隊の報告を、脳内で思い出しながら口を開く。

 

「あと30分ほどで、発着陸に問題ない程度にまで復旧できるそうです」

 

「30分か…ギリギリだな」

 

30分という時間は、塚原の期待を裏切ることになったのだろう。

彼は神妙な表情になり、顎に手をやりながら言った。

 

現在の時刻は午前4時56分。日はまだ水平線から顔を出していないが、夜空は真黒から薄青に変化し始めている。

出撃予定時間は午前5時30分だから、34分の猶予しかない。

 

 

 

(思いがけないことになったものだ…)

 

大西は今までのことに思いを巡らした。

 

七時間ほど前。台湾南西部の沿岸に位置して高雄飛行場と台南飛行場は、約八十機と思われる乙型重爆撃機の夜間空襲を受けた。

 

幸い、第八航空軍のP40や日本陸軍の一式戦が奮闘したことや、敵編隊が高雄と台南の二ヶ所を攻撃して戦力分散の愚を犯してくれたこと、夜間で視界が悪く飛行場への直撃弾が少なかったことなどが相まって、基地施設の被害は少ない。

高雄飛行場と台南飛行場合わせて滑走路三本が損傷し、格納庫数棟、高射砲数基が破壊された程度だ。

機体は格納庫ごと破壊されたものが多く、一式陸攻七機、B17四機、P38五機が全壊、又は半壊したが、全体の航空機数を見ると無視できる被害である。

 

滑走路の修復作業は、海軍設営隊と米海軍のシービーズが空襲終了直後から着手している。

だが、ブルドーザーやショベルカーを装備した日米の機械化設営隊でも、乙型重爆が穿った大穴は難敵だったようだ。

予想以上に時間がかかり、出撃時間30分前までもつれ込んでしまったのだ。

 

「第一次攻撃隊の参加機は、無傷の滑走路と誘導路で待機させています。米軍も同様です」

 

航空参謀の中川俊司(なかがわ しゅんじ)中佐が言った。

 

 

高雄飛行場には、第一から第七まで計七本の滑走路がある。

 

四千mの戦闘機用滑走路が二本、八千mの大型機用滑走路が四本、そして不時着用の三千m滑走路が一本だ。

損傷したのは第二、第六の大型機用滑走路であり、第六滑走路は米陸軍の第八航空軍が使用することになっている。

 

中川は、米第八航空軍の状況も合わせて伝えたのだ。

 

無傷の滑走路で待機している機体はともかく、誘導路に待機している機体は、滑走路が修復されない限り飛び立てない。

 

「待つしかありませんな」

 

大西は感情を感じさせない声で、そう言うのだった。

 

 

 

 

➖➖➖➖45分後➖➖➖➖

 

朝日が顔を覗かせた頃…

 

 

「来たか!」

 

高雄航空隊飛行隊長の高嶋稔少佐は、一式陸攻の操縦席に座りながら弾んだ声を上げた。

 

数時間前から第二滑走路で動きまくっていた土木機材や、作業を続けていた設営隊員たちが滑走路から離れ、飛行場の脇に移動している。

同時に、ヘルメットを被った航空機誘導員が誘導路の正面に立ち、両手に持ったライトスティックを交互に振り始めた。

 

「コマンドG5(ジー・ファイブ)より『アーチャー1』」

 

無線機から、庁舎の航空管制室に陣取っている飛行長の肉声が響く。

 

「第二滑走路の修復が完了した。『アーチャー』全機を率いて滑走路に移動。直ちに発進せよ。現在、作戦に15分の遅れが出ている。事故は許さんが、なるべく急げ」

 

「『アーチャー1』了解」

 

高嶋は短く返答し、誘導員にしたがって一式陸攻を第二滑走路に移動させる。

部下の一式陸攻も、高嶋機に続いて滑走路に移動してゆく。

チラリと左右を見ると、他の滑走路から零戦や一式陸攻、米軍のB17やP38が、大空に飛び立っているのが見えた。

 

 

高雄航空隊(アーチャー)の一式陸上攻撃機三十六機が発進準備を整えるのは早かった。

どの機体も第二滑走路が修復する間に暖機運転を終了させている。

後方の三沢航空隊(セイバー)も同様だ。

第二滑走路から飛び立つ二個航空隊の陸攻七十二機は、素早く離陸を開始作業を開始する。

 

 

高嶋は一式陸攻のフルスロットルを開いた。

左右の主翼に搭載されている「火星」二一型発動機が1470馬力の咆哮を上げ、約七トンの機体をぐいっと引っ張る。

風を切る音が徐々に増大し、速度計の針は時計回りに動き続ける。

 

設営隊は良い仕事をしたようだ。

滑走路は驚くほど滑らかであり、振動が少ない。

 

右側に見える高雄航空隊庁舎や、左側に見える帽を振る設営隊員達があっという間に後方に過ぎ去り、一式陸攻はぐんぐん加速する。

 

「離陸速度です!」

 

横に座る山上直樹副操縦士の声が飛び込むや、高嶋は操縦桿をゆっくりと手前に引く。

すると、一式陸攻は機首を上向け、タイヤが滑走路から離れる。そして緩やかな角度で上昇を開始した。

 

「『アーチャー』各機、『セイバー』各機。本機に続いて離陸します」

 

尾部20mm機銃を担当する川浦治助(かわくら じすけ)上等飛行兵が報告を上げる。

 

 

(今に見てろよ。深海棲艦)

 

機体を操りながら、高嶋はまだ見ぬ敵に言った。

第一次ルソン島沖海戦の借りをここで返してやる、と…。

 

 

 

東の水平線から朝日が昇る。

 

 

10月6日の曙光が、第一次攻撃隊の姿をありありと浮かび上がらせた。

 

 

 





次回からルソン島制空権奪還戦!

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