南洋海戦物語〜人類の勇戦譚〜   作:イカ大王

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クラーク・フィールド飛行場姫を撃破せよ!


第四十八話 クラーク爆撃

1

 

高嶋が敵機接近を全体に警報した直後、あたかもそれを待っていたかのように、二百機以上の敵機は一斉に上昇を開始した。

 

新たに出現した敵機群は、攻撃隊よりも遙か下、高度五百m辺りを旋回待機していたのだろう。

それらの甲型戦闘機は、従来の黒を中心とした機体色ではなく、深緑を基準にした森林迷彩のようなものが施されている。

 

攻撃隊の高度から見たら大地に溶け込んでしまい、この距離に近づくまで発見することができなかったのだ。

 

 

「撃て。近よせるな!」

 

高嶋は、やや狼狽した様子で無線機に怒鳴り込む。

弾幕射撃のみで撃退できる数じゃないが、少しでも被害が抑えられれば…と思っていた。

 

高嶋が指示を出す前に、危険を察知した各機が独自の判断で撃ち始めている。

各銃座は目一杯銃身を下げ、上昇してくる甲戦に対して、遮二無二に銃火を浴びせる。

 

無数の射弾が殺到した時、二百機の甲戦は一斉に散開し、数機一組で各々の角度で「コンバット・ボックス」に突入してきた。

 

各銃座は、さらに吠え猛る。

異方向同時攻撃に対処すべく、様々な方向に銃口が向けられ、鞭のように火箭をしならせて盛大に弾丸をばら撒く。

梯団外郭に達する前に、十五、六機の敵機が弾幕に捉えられ、火焔に包まれながら墜ちていく。

 

更に敵機の被弾は増える。こちらは敵機よりも上方に位置しているため、発射された機銃弾は直進性が増しており、重力の影響で弾速も早い。

その影響で命中率が高いのだ。

 

それに、何よりも発砲している爆撃機の数が多い。

第一次攻撃隊には、日米で四百機以上の爆撃機が参加しており、その全ての旋回機銃が発砲すれば、凄まじい数の銃火が敵機を迎え撃つことになる。

 

命中率が高いのは、なんと言っても「数」の力が大きかった。

 

「銃身が焼きつくまで撃て!!」

 

耳に銃座の発砲音しか届かない中、高嶋は叫ぶ。

 

三十機以上の敵機が、「コンバット・ボックス」にたどり着く前に撃墜され、取り付いた敵機も、二十機以上が周囲から旋回機銃の集中銃火を浴び、火焔とともに砕け散る。

 

だが、撃墜できたのは全体の四分の一に過ぎなかった。

無傷でふところに忍び込んだ多数の甲戦は、手当たりしだいに機銃を撃ちまくり、爆撃機を喰っていく。

 

ほぼ同時に八機の一式陸攻が被弾し、速力を大幅に落としながら攻撃隊を落伍した。

その数秒後には、梯団後方に位置していた陸軍飛行戦隊が襲われ、五、六機の九七式重爆が瞬く間に敵弾を喰らう。

 

「『アーチャー6、18、20』被弾!米軍機にも被害!」

 

「『セイヴァー』指揮官機。撃ち落とされました!」

 

味方機被害の報告が、各銃座から飛び込む。

チラリと周囲を見渡すと、黒煙を吐きながら墜落していく味方機が目立った。

翼を吹き飛ばされ、コクピットを粉砕され、エンジンを抉られ、その機体の搭乗員を乗せたまま、敵機の毒牙を受けた日米の爆撃機は、ルソンの大地へ墜ちてゆく。

 

敵機はさまざまな方向から梯団を攻撃し、第一次攻撃隊はみるみるうちに規模を失う。緻密だった編隊は前後に引き伸ばされ、飛行した後の大地には、攻撃隊の通過した空域を示すように、墜落機から発生した黒煙が続く。

 

被弾して速力が低下し、編隊から落伍した爆撃機には、これ見よがしに敵機が殺到する。

孤立した爆撃機は味方機の支援が受けれず、甲型戦闘機にとって撃墜しやすい目標なのだ。

 

編隊に、その爆撃機を救う余裕はない。

今は、ひたすらクラーク・フィールド飛行場姫を目指すしかなかった。

 

「まだか…クラークは…⁉︎」

 

高嶋は、そう言いながら正面の大地を凝視するが、飛行場姫のようなものは見えてこない。

依然、攻撃隊はクラークを視認できる距離まで進出していないのだ。

 

 

第一次ルソン島沖海戦の折に実施した航空攻撃は、深海棲艦の熾烈な抵抗に遭い、不十分な結果に終わっている。

 

第十一航空艦隊や第八航空軍はその戦訓を鑑み、今回の航空攻撃にはさまざまな対策を施した。

何よりも参加爆撃機の機数を大幅に増やしたし、同時に護衛戦闘機も零戦のほか、新鋭機のP38も投入して戦力増強を計った。

「コンバット・ボックス」という編隊編成も組み込み、攻撃成功は99%確実とまで言われた。

 

 

だが、戦いに備えるのは深海棲艦も同じだった。

 

クラーク飛行場姫に数百機の迎撃戦闘機を配備するとともに、三段構えの邀撃計画を立てていたのだ。

現に、第一第二段で攻撃してきた甲戦によって零戦、P38の全てが空戦に巻き込まれる状態になり、低空で攻撃隊を待ち構えていた第三段の迷彩甲戦は、爆撃隊の弾幕射撃のみで対抗するしか方法が無くなってしまっている。

 

人類もこの半年間、ルソン航空攻撃を準備していたが、深海棲艦もルソン防衛に備えていたのだ。

 

どちらの備えが効果的だったかは、現在の戦況が証明している。

人類よりも深海棲艦が一枚上手であり、攻撃は失敗の危機を迎えているのだ。

 

 

「いや。まだだ!」

 

高嶋は宣言するように言う。

言葉の半分は、自分に対する鼓舞のつもりだった。

 

現在、ルソン島上空に進入して三十分以上が経過している。

残り二十分ほどで、クラーク・フィールド飛行場姫を視認できる距離まで近づくのだ。

どれだけの被害を被るかわからないが、あと二十分間。この時間を耐え抜けばこちらの勝ちだと思っていた。

 

なによりも、この第一次攻撃隊がクラークを沈黙させなければ、“KD”作戦は頓挫する。

 

十一航艦や第八航空軍、第五飛行集団は、できる限りの爆撃機、戦闘機をこの攻撃隊に加えており、第二次攻撃隊は第一次攻撃隊の半分ほどの戦力しかない。

すなわち、もしも第一次攻撃隊が失敗すれば、第二次攻撃隊がクラーク撃滅に乗り出すことになるが、敵機の迎撃を突破するのは容易ではないのだ。

 

 

予定では分遣隊が離脱してイバ飛行場姫の攻撃に向かうはずだが、どの機体も離脱しない。

ハート大佐は、投入された全部隊でクラークを攻撃すると判断したようだ。

 

 

なおも熾烈な迎撃が続く中、攻撃隊は進撃を続ける。

八十機以上の爆撃機が墜落、又は落伍したが、攻撃隊はひたすらクラーク目指して前進する。

 

 

そして、さらに二十機以上の爆撃機が喰われた時。

 

正面の雲と雲の合間に、深緑の大地とは程遠い色をした、広大な黒色の平野が高嶋の目に映った。

 

それを見て、高嶋は絶句する。

 

広大な平野だと思ったものは、全て滑走路だったのだ。

半年前に見たクラーク・フィールド飛行場姫の規模の比ではない。

規模が数十倍にまで膨れ上がっている。

 

攻撃前のミーティングで、「クラークはかなり拡張されている」と米軍士官から伝えられていたが、それは高嶋の想像を絶していた。

 

(化け物め)

 

高嶋は、飛行場姫の規模に圧倒されながら、胸中でつぶやいた。

 

「『ドラゴン・リーダー』より全機。目標視認(ターゲットインサイト)!各機、予定の行動に移れ!」

 

ハート大佐のやや焦りを含んだ声が、無線機より響く。

 

「『アーチャー』全機、俺に続け!」

 

高嶋はハート大佐の命令が届くや、無線機に怒鳴り込んだ。

その命令を聞いて、「アーチャー」こと高雄航空隊の残存機二十六機が、一斉にフルスロットルを開き、高嶋機に続く。

 

突撃を開始したのは高雄航空隊だけではない。

他の海軍航空隊も、陸軍飛行戦隊も突撃を開始し、クラークへの最後の道を突き進む。

 

突撃を開始した日本軍機、それを後方から追うB17群と、編隊は二つに分かれてしまったが、これは計画の内だった。

 

クラーク飛行場姫がいかに巨大でも、三百機の爆撃機が同時に攻撃できるほど大きくはない。

それに日本軍の陸攻や重爆が投弾する高度と、B17が投弾する高度が違うため、同時に爆撃してしまうと事故の危険もあるのだ。

戦力を分散し、敵に各個撃破の機会を与えてしまったようにも思えるが、致し方ないことだった。

 

日本軍機がクラーク・フィールド飛行場姫に接近するにあたり、凄まじい対空砲火が迎える。

視界のほとんどを炸裂の爆煙が覆い、高嶋があやつる一式陸攻を、縦に横にと揺さぶる。

 

高嶋機の右を飛行していた一式陸攻が、敵弾炸裂の衝撃をもろに食らう。

衝撃と、炸裂で襲いかかってきた弾片で機体のいたるところを切り裂かれ、半ばバラバラになりながらルソンの大地に叩きつけられる。

高嶋機と同じく先頭を飛行していたことから、航空隊の指揮官機だと思われたが、どの隊かは分からなかった。

 

今度は、やや旧式化しつつも機数を補うために参加していた九六式陸攻が、敵弾の炸裂を受ける。

真っ正面で炸裂を受けたため、柴犬の鼻のようにとんがっていた機首が大きくひしゃげ、両翼がエンジンごと根元からちぎり飛ばされた。

その九六式陸攻は惰性で数秒間飛び続けたが、次の瞬間には機首を大きく下げ、地上に激突してバラバラに砕け散った。

 

さらに三機を失うが、生き残った多数の中型爆撃機は、ひたすら高度を下げつつ突撃する。

 

高嶋機は、一番最初に飛行場姫の上空に躍り出た。

対空砲火に機銃が加わり、熾烈な砲火が浴びせられるが、高嶋機には命中しない。何発かかすることがあっても、致命的な一撃はない。

 

高嶋は素早く飛行場姫を見渡し、どこに爆弾を投下すれば効果的かを瞬時に考えた。

クラーク・フィールド飛行場姫は二十五、六本の滑走路が無数に交わる滑走路区間と、機体駐機を行う整備区間、管制塔のような建造物が林立する区間の三つに分かれ、その周辺全てに対空砲が配置されているようだ。

 

高嶋は迷うことなく滑走路に目をつける。

 

無数の滑走路が「×」や「*」のようにして交わっているため、その交差部分に爆弾を叩き込めば、二本、三本といった滑走路をいっぺんに使用不能にでき、効果的だと考えたのだ。

 

高嶋は比較的近くの交差している滑走路を見つけ、そこに指揮下の陸攻を誘った。

 

「目標、正面滑走路の交差部分。投弾準備」

 

高島は一言そう言うと、機体を目標に向けて突進させる。

 

「目標、正面滑走路の交差部分。投下準備に入ります」

 

機首の爆撃席に座る島本直彦(しまもと なおひこ)爆撃手が復唱する。

高嶋の乗機が九六式陸攻だった頃から、高嶋機の爆撃手を勤めているベテラン航空兵で、かなりの腕を持っている。

 

爆弾槽にはるばる抱えてきた500kg陸用爆弾二発を、的確に目標に命中させるべく、照準器を覗いて微調整を続けていることだろう。

 

「左二十度」

 

「左十度」

 

「行きすぎました。右五度」

 

機体を投弾コースに乗せるべく、島本の指示を聞いて機体を右へ左へと動かす。

敵弾炸裂の只中で行うため、機体が衝撃波で煽られ、なかなかコースに乗せるのが難しい。

それでも、五回目の調整で「そのまま直進」の報告が上がり、無事コースに乗ることができたことを伝える。

 

「投下!」

 

その数秒後、島本の鋭い号令が機内に響いた。

それと同時に、足元から機械的な音響が届き、ヒョイっと一式陸攻は数メートルほど上昇する。

 

500kg陸用爆弾を二発、計一トンの重荷を切り離した影響で機体が急に軽くなり、高度が上がったのだ。

 

操縦桿を調整して機体の安定を保つと共に、飛行場姫から離脱する針路を取る。

 

「後続機、順次爆弾投下!」

 

旋回機銃に取り付いている兵が、大声で報告する。

敵戦闘機による熾烈な迎撃と飛行場姫の対空砲火を突破し、高雄空は爆撃に成功したのだ。

 

その次の瞬間、眼下から目がくらむほどの閃光が届き、凄まじい炸裂音が高嶋の鼓膜を震わせた。

同時に、巨大な火焔が地上から湧き出し、土砂やアスファルト画四方に飛び散る。

 

「命、中!」

 

島本が喜色を含んだ声で報告した。

 

爆弾命中は連続する。

新たな火焔が湧き出すごとに、滑走路は引き裂かれ、土砂が舞い上げられ、深さ三メートル以上の大穴を穿たれる。

その穿たれた大穴に、更に多数の500kg爆弾が降り注ぎ、盛大に大地をたがやす。

数十発の500kg爆弾を叩きつけられ、大量の爆煙が滑走路を覆い尽くした。

 

「よし!」

 

その光景を見て、高嶋は満足気に頷いた。

高雄空は、交差部分を攻撃することで、まとめて三本の滑走路を破壊したのだ。一航空隊の戦果としては十二分と言える。

 

同じような光景は、クラーク・フィールド飛行場姫のいたるところで展開されていた。

駐機場で翼を休めている乙型重爆撃機は、近くに着弾しただけでも飛行脚をへし折られて擱座し、直撃した場合は爆炎と共に粉々に砕け散る。

250kg爆弾を食らった巨大倉庫は、天井をやすやすとぶち抜かれ、棟内で爆弾炸裂を受けた。

中で待機していた甲型戦闘機を火焔が焼き尽くし、その倉庫は跡形もなく倒壊する。

管制塔らしき構造物は、数発の至近弾で大きく揺らぎ、一発の直撃弾で塔の上半分を爆砕された。

無数の破片が八方に飛び散り、下半分も轟音と共に倒れる。

 

対空砲を狙う機体もいる。

対空砲火に味方機を撃墜されつつも、機載機銃を撃ちまくりながら目と鼻の距離まで肉薄し、爆弾を投下した。

500kg爆弾を直撃された対空砲は、高射砲、機銃を問わず爆砕され、土嚢を吹き飛ばされ、長い砲身が横転する。

 

 

今やクラーク飛行場姫は、日本軍の中型爆撃機に数百発の250kg爆弾、500kg爆弾を叩きつけられ、致命的な損害を受けた。

全ての滑走路がズタズタに破壊されており、基地設備もあらかた破壊され、大火災が発生している。

 

投弾を終えた日本軍機は、持ち前の機動力を生かして低空に舞い降り、クラーク飛行場姫から一目散に離脱した。

 

 

 

 

 

それに取って代わるように、百五十機以上のB17がクラーク上空へ侵入してくる。

 

 

 

やがて、爆弾が大気を切り裂く音が響き渡り、大量の1000ポンド爆弾が、豪雨のように降り注いできた。

 

 

 

 

 




また次回もお楽しみに!

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